第49話 蒼穹を舞え
「そういえば先輩、さっきお茶淹れに行ってる間に見てたんですけど、あれって空飛ぶ道具の模型です?」
「おっ、よく聞いてくれたな!」
ぼくが話題を切り替えると、トルク先輩はぱっと顔を明るくした。
そして、早速その模型を手に取った。前回ぼくたちが見てた、あの飛行機めいた何かのやつだ。
「やっぱ空を飛ぶなら、一番参考になるのは鳥だと思ってさ。その形を取り入れてみたんだよ」
どうよ? と先輩。
「でも、鳥って羽を動かして飛んでるよね? それって動くの?」
「う……っ、ティーアも随分鋭いこと言うようになったじゃん」
「? そうかな?」
「そうだよ。……いやー、これはただの模型だから、当然動くわけないんだけど。鳥みたいに羽を動かす装置つけてみたんだけど、飛べなくってさあ」
まあ、そりゃあね。
鳥の羽ばたきって、ああ見えてかなり複雑な動きなんだよ。単純な動きしかできない機械に、それができるわけがない。
そもそも、地球ですら人間の歩行を機械に模倣させることだって困難を極めてるんだ。鳥の羽ばたきをそっくりそのまま再現するなんて、この世界でできるわけがない。
「とりあえず、今は動かすスピードが足らないからだろうなーって思ってて、なんとか人力以外で羽を動かし続ける仕組み作れないかなーって考えてるトコ」
人力だったのかよ! そりゃ飛べないわ!
って、よく考えたら当然か。この世界、産業革命は遠そうだもんなあ。
「……まあそんな感じなんだけど、セフィはどう思う?」
う。
そんな期待のこもった目で見つめられても……ぼくには無理と断言することしかできないんだけど。
……なんでティーアまで、そんなキラキラした目をするんだい?
「……残念ですけど、どれだけパワーやスピードを上げても、ただ羽ばたくだけじゃ絶対に飛べないと思います」
「な、なんでだーっ?」
即答で問いが返ってきた。まあ無理もない。
「まず、『羽ばたき』という行為はただ単調に羽を上下させてるだけの行為じゃないんですよ。先輩が作った装置を見てないんではっきりとは言えませんが、たぶん手で動かしてこう……羽が上下に動く機構以外のものは組み込まれてないんじゃないですか?」
「…………」
図星だね、この沈黙は?
「鳥って、羽を下すときは極力強い空気抵抗を受けるように、逆に上げる時は極力空気抵抗を受けないように羽を微調整し続けてるんですよ。その細かい動きを完全に再現できない限りは、羽を使っての飛行はまず無理だと思いますよ」
ぼくも航空力学は素人だからはっきりとはわかんないけど……こういう認識でいい、はず。
ついでに言うと、鳥はその見た目に反して軽かったと記憶してる。確か、骨が空洞だかなんだかで。そういう自重を極力減らす身体の仕組みも、空を飛ぶことに一躍買ってたはずだ。
同じサイズに縮尺を合わせると、人間と鳥では圧倒的に鳥のほうが軽い……んじゃなかったっけかな。だから、相当の仕組みを作らない限り、人間に羽ばたきは無理だ。
……まあ、ここではいおしまい、と言うのはさすがにちょっとかわいそうだ。
「ただ……今のは魔法に関する仕組みを一切無視した話です。飛行のために何か特別な魔法を組み込むことができるなら、どうなるかはわかんないですかね」
そう、忘れちゃいけない魔法の存在。
この世界には、科学とはまた違う法則で動く魔法がある。これを有効に活用できれば、地球の科学を凌駕するものを作ることだって不可能ではないはずだ。
っていうか、マティアスの天空城なんていうでかぶつが堂々と空に浮かんでるから、案外本当にできると思うんだけど、どうなんだろう?
あの中に入って、そういう根幹部分を調べることができればいいんだけどなあ……。
「ん……んん、そっか……なるほど……」
「でもどっちにしたって難しそう。他に方法ないのかなあ?」
「……案はある、けど……こっちも先が見えないんだよなあ……」
「へえ? あるんですか?」
「ああうん……実はちょっと前、所長が持ってる古文書を見せてもらったんだけどさあ」
「古文書」
「おう、先史時代の奴らしーぞ」
「おお!?」
「えっと……300年以上前のこと、だったっけ?」
「おうさ、今よりもずっとすごい技術があったらしいっていう話だ」
藤子ちゃんもその辺りは調べてたな。ムーンレイスの禁書を全部確認したうえで、そういう時代があったことは間違いない、って断言してたっけ。
「んで、その古文書にさ、空飛ぶ機械のことが書いてあったんだ」
「おお!」
「ホントに!?」
「ホントだよ。写させてもくれなかったから、中身ちょっとうろ覚えなんだけど……確か、王霊石を使って船を浮かせて、推進器? とかいうので動かしてる、って書いてあった」
「おうれいせき?」
「……初めて聞く名前ですね」
「だろ! だから行き詰ってんだよ! まったく見当もつかなくってさあ!」
水霊石とか土霊石とか、属性の名前を持った霊石は今までいくつも見てきたけど……。
そのどれにも属さないのに霊石ってつくのは、上位互換とかそういう存在ってことなんだろうか?
「あたいが思うに、魔法を使った空飛ぶ道具の最終形態がその王霊石使ったやつなんじゃないかなー。だからそこに行くまでに間に、こう……もっと別の何かがあるんじゃないか、って思うんだけど……」
「……ゴールが見えてても道中のルートが見えないんじゃ、困っちゃうよね」
「ティーアの言う通りだねえ」
紙はなかなかに苦労しました。
「……でも、その王霊石というものの話は興味深いですね。ぼくもいろいろ調べてみます。もしかしたら、お城に何かあるかもしれないし」
ムーンレイスほど歴史が古い国じゃないけど、一つや二つくらいはきっとあるでしょうよ。
「おう、頼めるか? あたいじゃ城に入れないんだよなあ」
「ええ、任せてください。それに、先史時代を調べてる知り合いもいるんで、そっちにもあたってみます」
「ねえ兄様、どうせなら先輩をお城に連れてってあげようよ。そのほうがきっと早いよ」
「そうだねえ……でも、お城にそういう書庫がなかったらがっかりだし、まずはぼくたちでそういうのがないか探してみよう」
「わかった、手伝うよ」
「先輩もそれでいいですかね? 書庫にそういう古文書がありそうなら、改めて招待するってことで」
「ん、構わない。あたいもさ、別にお城自体には興味ないかんね」
へへ、と先輩が笑う。
お城に興味がないとは。いや、ぼくも人のことは言えないけど。
「先史時代のことは一旦置いといて……セフィ、今の状態で研究を進めるにはどうしたらいいと思う?」
「今の状態で、ですか?」
「ん。だって、王霊石のほうはそもそも見つけられるかどうかもわかんないだろ。だから、今の方向性の技術も研究はしないとな、って」
ごもっともで。
答えにたどり着くための道は、いくつでもあるはずだもんね。先輩は熱心だなあ。
ではぼくも、全力でそれにお応えしよう。主に、地球の航空力学で。
「そうですねえ、ぱっと浮かぶ案は2つですね」
「2つも浮かぶのかよ!?」
「さっすが兄様、すごいや!」
いやまあ、元地球人ですからね……空飛ぶならどうするかっていうのは、日常的なことだったから……。
「まず1つ。空気よりも軽い物質を利用して浮かぶ」
「空気よりも……」
「軽い……?」
要は、風船やアドバルーンの仕組みだね。
けど……うーん、目には見えない気体をどう説明すればいいかな。
「そう。えーと……んー、空気をまず水だと思って考えてほしいんだけど……」
言いながら、ぼくはアイテムボックスから箱と水を取り出した。
ちなみに、これのことは既に手紙で教えてあるので、これ自体に先輩は驚かない。
あ、いや、初見だから相応には驚いてるや。
「この中に入ってる水を、ぼくたちが吸ってる空気だと考えてください」
頷く二人に対して、ぼくは染料を取り出して水に溶かした。紙とか色鉛筆で使った赤いやつで、水は静かに赤く染まる。
次に、ぼくは油を取り出した。この世界で代表的な植物油だ。まあ、菜種油とか大豆油みたいなものだと思ってもらえれば。
これには別に、青い色を付ける。区別のためだ。
「……で、この油を中に入れるとどうなるか、というと……」
「はいはい、水の上に浮かびます!」
ティーアが手を上げたので、ぼくはにっこりと笑って肯定する。
地球人の皆さんでなくても、結果はこの世界の人間にだってわかるのだ。
油は水よりも軽く、水の表面に浮かぶ。その仕組みはわかっていなくても、その事象はちゃんと把握しているから。
実際に、赤い水の中に青い油を注げば……その青が、点々と赤の中に浮かんで漂い始めた。
「もちろんこうなりますねー。で、これはなぜかと言うと、水よりも油のほうが軽いので、沈まずに浮かぶから、なんですね」
「……なるほど、これが空気にも当てはまるってことなんだな?」
「その通りでございます!……もちろん、まずは空気より軽い物質を探す必要がありますけどね」
「水に浮かぶのと同じなら、空に浮かぶ船みたいな感じになるのかな? 空気をこう、オールでかくみたいな感じで?」
「うん、そういう装置をつければ空は飛べると思う」
実際ティーアの表現はまさに正しくて、地球ではこの仕組みで成り立つ飛行機械を、飛行船と呼んでいる。推進装置は主にプロペラだったっけか。
某究極幻想のゲームでは、マジで船にプロペラつけただけの代物が平然と空を飛んでいて、飛空艇なんて言われていたけど、あれとは違う。
でも、あれはあれでロマンではあるな。ちょっと考えてみるかな?
……いや、違う。話がずれかかってる。元に戻そう。
飛行船で使われていた「空気より軽い物質」は、水素だったりヘリウムだったりした。
ぼくが死んだ当時ではヘリウムが主流になってたかと思うけど、利便性は普通の飛行機のほうが圧倒的に上だから、そもそも飛行船というジャンルがほとんど死に体だったっけか。
たまにどこかの企業が宣伝用に空に浮かべてたくらいかなあ……。
「でもそれって大変じゃないか? だって、そういうのって目に見えないじゃん。どうやって集めるんだ?」
「あ、そうだよね。それにどうやって探すの?」
「……ぼくにだってわからないことくらい……ある」
「っておい!」
「すいません、案は浮かぶんですが、その先どうするかまでは」
「……まあ、しょうがねえよな」
研究職として察するところがあるのか、先輩はそれ以上は何も言わなかったけど。
でも、顔があからさまにがっかりしてたから、ちょっと来るものがあるな。今度藤子ちゃんに聞いてみよう。
「兄様でもわからないんなら、もうどうしようもないね……」
「……いや、時間をかければぼくじゃなくてもわかると思うからね?」
ティーアは相変わらずだ。
ぼくができない、イコール誰がやっても100%無理、みたいな図式が彼女の中にあるんだろうか……。
「えーと、気を取り直して、次の案いっていいですか?」
「ん。おう、聞かせてくれ」
「2つ目の案は、揚力を使って浮かぶものです」
「「ヨーリョク……?」」
まあうん、2人が知るはずもない単語だよね。
たぶんこの世界にはまだない概念だろうから、ぼくは今とっさに日本語を使った。余計2人にはなじみがないだろう。
「これを説明するには……まずこれを……こう……」
この辺は、まずは見せたほうがいいだろう。
ぼくはそう考えて、アイテムボックスから紙を取り出した。そして、紙飛行機を折る。
「あ、折り紙だ」
「久々に見るなあ。……で? 何作ってるんだ、それ?」
「まあお待ちを……よし、と……ま、こんなところかな」
出来上がった紙飛行機は、いわゆるへそ飛行機というやつだ。一般的に「紙飛行機」で想像されるあの形の先端部分を、中に織り込んだスタイル。
他にもいろいろあるけど、手っ取り早いのでこれにした。
「これはですね……本来はこう、やって遊ぶものなんですが」
そしてぼくは、その紙飛行機をそっと空に向かって投げる。
すると……もちろん、紙飛行機だ。即座に落下することはなく、10秒ほど滞空して飛び、緩やかに床へと降りて行った。
「飛んだ!?」
「すっごぉい!」
大慌てで、紙飛行機を回収する先輩である。
そして、回収した地点からぼくのほうへとそれを投げてきた。
ぼくがやったのと同じようにして、それは緩やかに空を滑空してぼくのところに戻ってくる。
「……おおお!」
「すごい、すごいねこれ!」
「普通は、自分好みにこれを作っていかに長距離を飛ばせるかを競うんだけどね」
「あ、面白そー!」
「待てティーア、今はそれどころじゃない。セフィ、これ……どうなってんだ?」
「はい。その前にまず……先輩、歩いたら風を感じますよね?」
「ん? ああ、うん」
それがなんなんだ、という顔が返ってきた。まあ当然か。
「これは、その動くときに受ける風を利用して飛んでいるんです。もちろん、その程度の風で飛ぶには相応の仕組みがいくつも必要なんですが……」
ぼくは紙飛行機を掲げる。
そして、その翼などを指さしながら説明を続けるのだ。
「これは、その動いた時に当たる風が本体を上に押し上げるように動くための形になってます。でも完全ではないので、空中にとどまり切れずにだんだんと落ちていくのですね。滑空、っていうんですけども……形状や重量をしっかり調節して、適切な速度で風を受けることができれば、落ちることなく空を飛び続けることができます」
「な、なる……ほど……?」
頷きながらも、先輩は首をかしげている。
ティーアに至っては、頭上にハテマナークの乱舞。
……いや、仕方ない。これはしょうがない。だって、説明してるぼく自身も揚力の細かい仕組みを理解してないんだから。
間違ったことは言ってない……と思うけど、それでも言葉足らずなところはかなりありそう。教えて理系の人!
「欠点としては、動き続けないと落ちるので、その場にとどまってられないところですかね。あと、機体をその速度に保つだけの動力がいります」
まあ、もちろん教えてくれる人なんていないので、続けるしかないんだけどね。
「……大変そうだなあ、それも……」
「どれくらいのスピードがいるの?」
「え? えーっと、確かマッハとかその辺り……いや待てよ、離陸自体は250キロくらいでいけるんだったっけか……あー、んと、ぼくもわかんないけど、たぶん音の4分の1くらい出せれば余裕だと思う」
「めっちゃくちゃ速くないか!?」
まあ速いですね。地上でその速度をたたき出すには、少なくとも新幹線レベルの技術が必要になるだろうな。
……っていうか、そもそも新幹線って戦闘機の技術が元だったっけ?
とかく、空を飛ぶのは大変なことなのだ。
「うーん……どっちにしても、いろいろ大変だなあ……」
「……その割には、あんまり嫌そうじゃないですね?」
「そりゃまあ、そのほうが燃えるじゃないか」
「その発想はなかった」
「まあ、なんていうか……セフィがいるしな。お前がいるなら、なんかそのうちほいっとできそうな気がしてさ」
「そりゃあ、兄様はすごいもん」
そんなわけない、と言うより早くティーアが言いきってくれた。
ははは……いやいや、それは買いかぶりすぎだよ!
「い、いやティーア……さすがにそれはない、ないよ……」
「そんなことないよ、兄様なら絶対できるよ! 自信持って!」
「そうそう、謙遜するなって!」
な、なんでこんなにぼくに自信を持てるかなー。
ぼくにあるのは地球人の知識と発想だけなんですけど?
そりゃあ、チートな味方がバックについてますけど?
とはいえ、ここでそれを断言するわけにもいかないし、暴露する度胸もないわけで。結果、愛想笑いを浮かべるしかないぼくなのでした。
けどまあ、どっちにしても飛行機械の開発は、ぼくとしても進めておきたい。
以前もちらっと言ったけど、主に物流の意味で。文化の波及速度を上げることは、漫画の普及にもつながるからね!
はてさて、ぼくたちが空を飛べる日は来るのかどうか?
それはまだ、誰にもわからない。きっと、神様にも。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
フリューゲルデアフライハイト(
飛行機の話は、現代でも正確な仕組みがわかっていないと言われることもあるくらい複雑なものなので、ぶっちゃけうまく説明できてる自信がありません。
なので、この作品で目指す空飛ぶ乗り物は、飛行機と言うよりFFの飛空艇になりそうです。
ロマンですよね、飛空艇。




