第48話 再会
ぼくたちがハイウィンドに移り住んで、数日が経った。
その間、ぼくたちは国政に携わる多くのお貴族様たちからの招待やら訪問やらを受け、しちめんどくさい思いをしながら淡々と受け流し続けていた。
良かったことと言えば、アキ兄さん他、初めて顔を合わせた家族と親睦を深める機会になったくらいかなあ。
いやー、だってめんどいじゃん、この手のパーティだのなんだのって。堅苦しいし、服だって大げさだし、何より自分の時間がなさ過ぎて……。
ただ、以前父さんがしたっていう「掃除」がよほど大々的だったからか、裏のある雰囲気は一切なかった。せいぜい、ぼくがやる技術開発に一枚かみたいっていう心理が透けて見えてたくらいかな。
貴族と言えばドロドロの政争のイメージが離れないんだけど、この国は随分親しみやすい人が多いようだ。もちろんそれも腹芸かもしれないけど……父さんに心酔してる様子だったし、なかなかクリーンに動いてるのかも知れない。父さんが引退した後が心配だけど。
まあ、そういう黒い話はいいんだ。そういうのは、父さんと兄さんの仕事さ。
……逃げてるわけじゃないぞ、立場上巻き込まれる可能性はゼロにできないんだから、自衛程度には関わるとも。
ただ、そんな話はぼく自身興味が薄いし、やりたいとも思ってないから、その手の話は基本スルーさせてもらう。ぼくの人生に多大な影響を及ぼすなら、触る機会もあるかもだけどね。
「というわけで、堅苦しい政治の話は置いといて、ようやく街を散策できるようになったセフィたちなのでした」
「……セフィ、誰に向かって話しているんだ?」
「アキ兄様、これは『お約束』だからつっこんじゃダメなのよ」
「……?」
ティーアの言葉に、アキ兄さんが盛大に首をかしげた。その頭上に、大量の疑問符が浮かんでいる。
こればっかりは慣れだよね……ふふふ……。
「まあそれはさておき。案内役はありがたいけど、アキ兄さんが王宮から出てきてよかったの?」
「ああ、シエルはそういう国だ」
ぼくの問いに、元の穏やかな表情に戻して答える兄さんである。
ここは、ハイウィンドの第二区画。具体的には、二番目の壁と三番目の壁の間にある貴族街だ。
この間の予想通り、ここは富裕層が住む一等地らしい。貴族街という名称はかつての名残で、今は貴族階級だけが住んでるってわけではないみたい。
とはいえそんな来歴だからか、ただ豪華だとか立派だとか、それだけで終わるような品の無い建物はあまりない。大体は歴史を感じる佇まいをしていて、あまり高い建物がない。
その辺り、なんだかんだでこの街が刻んできた時間の長さを感じることができる気がするな。
「元々、父上は冒険者生活が長かったからな。王族であろうがなんだろうが、街を出歩くことくらい目くじらを立てられることもない」
「……はあー、他の国行ったことないからわからないけど、それって普通ではない、よね……」
「ああ、そうなんだろう。しかし父上はそう言う方針だ。人々の上に立つ者は、それを支えてくれている民草と同じ視線を常にもつべし、とね」
「父さんらしいと言えばらしいんだけど」
いかにも伝統的な慣習とは無関係そうなことばっかりしてるもんなあ。日ごろの言動もそうだし。
ぼくの考えていることが伝わったのか、兄さんは穏やかに微笑んだ。
そこに口を挟んできたのは、ティーアだ。
「……でも、護衛の人はずっとついてきてるよねえ?」
ぼくとのゼロ距離を維持しながらも、目の色がやや鋭い。
「それはな。俺たちは仮にも王族なんだから、仕方がないさ」
「……ぼく、気づかなかったんだけど。ティーアよくわかったね?」
「なんとなくだけど。……4人、かな?」
「惜しい、5人だ」
「……あう」
「ほぼ正解なんだし、そうあからさまに落ち込まなくっても。気持ちはわからなくはないけどさ」
「うー、もっとがんばる……」
「向上心旺盛だな、いいことだ」
そしてアキ兄さんは、微笑みながらティーアをなでた。
……いいなあ。ぼくはもうこれ、できないんだよな。アキ兄さんは180センチはありそうな長身だし、追い抜かれることもないだろうし……。
「……さて、そろそろ目的地だな。二人とも見えるか? あの塔が、魔法研究所だ」
「おー、あれが!」
「あそこにトルク先輩がいるんだね!?」
アキ兄さんが指差す塔を見て、ぼくたちは顔をほころばせる。
そう、ぼくたちはトルク先輩を尋ねるところなのだ。
彼女が学校を卒業してから4年、手紙のやり取りはあっても顔を合わせたことはない。だから、せっかくぼくたちも都に来たんだし、ぜひ会っておきたいと思ってね。
「じゃあ、俺はここまでだ」
「ありがとう、アキ兄さん。兄さんは工房のほうだったっけ」
「ああ。サスペンションの再現実験だ、楽しみだ」
「ぜひ驚いてくださいよ。……それじゃ、ここで失礼するね」
「ばいばいアキ兄さま、また後でね!」
「ああ、行ってらっしゃいだ」
というわけで、ぼくたちは兄さんと別れる。
ちらっと振り返ってみれば、今まで来た道をまた戻っていく兄さんの後ろ姿が実に目立つ。白髪というのも目を引くけど、あの背丈は他の人より頭一つは抜け出てるんだよね。
あとは、格好も結構独特っていうか。常に全身を覆うような、ポンチョに近い貫頭衣で首から下を隠してる、って感じ。何かやましいことでもあるのか、それとも単純にそう言う趣味なのか……。
まあいいか。今はトルク先輩だ。
「……おっきいねえ」
「うん、大きいねえ」
東京タワーにはだいぶ負けるけどね。
兄さんに言われた魔法研究所。それはまさに塔で、見た感じ6階建てくらいはあるかな。王宮の尖塔よりも高いんだからよっぽどだ。世が世なら破却されてもおかしくない。
建築様式とかそういう話はわかんないけど、見た感じは周りの家とさほど変わらないかなあ。
デザインは、無数の魔法陣が所狭しと描きこまれているという、ちょっとアレな仕上がりだけど……。
「……派手だねえ」
「うん、派手だね。高架下のヤンキーの落書きを思い出すなあ」
「……?」
「あ、ごめんなんでもない。それより、早く中に入ろっか」
「うん!」
何はともあれ、中へと入ってみないとね。
……内装はわりと普通。そこまで羽目を外した感じはないな。もちろん、よくわからない調度品もあるけど……それくらい。
ただ、人気がない。ロビー的な場所は結構広いスペースが取ってあるみたいだけど、誰もいないのだ。
むむ、会社としては受付がいないというのは致命的だぞ。こういう場所はそれこそ人にとっても顔、第一印象はここで決まると言ってもいいのに。
『これはこれは両殿下、ようこそ魔法研究所へ!』
「きゃっ!?」
とか思ってると、不意にどこからともなく声が響いてきた。
まるで拡声器を通したような、かなりノイズとエフェクトがかかった声だ。
突然のことに、ティーアがぼくの身体にしがみつく。
『ご連絡をいただいておりましたら用意しておりましたのに。少々お待ちを、ただちにそちらに向かいます』
もう一度、声が響いた。そして声が、その2回で聞こえなくなる。
「……に、兄様、今の……」
「大丈夫だよ、なんとなく仕組みは想像つくし」
「ほ、本当……?」
「うん。たぶん、遠隔地の状況が見れるものと声を運ぶ道具があるんだと思う」
「へ、へえ……さすがだなあ、兄様」
カメラとマイクだね。
でも、だとするとこの世界、意外と技術進んでるのかね?
地球でのそういう通信機器の歴史は、まだ調べたことなかったけど……。
「お待たせいたしました、両殿下」
あれこれと考えていると、階段から一人の男性が駆け下りてきた。
それは、額にハチマキを巻いた青年だった。そのハチマキには冒険者ギルドのマーク、三つ鱗紋……じゃなくてトライドホーンの紋章。色は金、ということはゴールドクラスなのかな。結構な実力者ということだろう。
恰好はめちゃくちゃラフだ。着飾った様子はなくて、くたびれた服装やのびた無精ひげからは、身なりに頓着がない性格がよくわかる。
「すいませんな、お待たせしてしまい!」
「あ、いえ。ぼくたちもアポなしで来ちゃいましたから、お気になさらず」
「ありがとうございます」
そしてその人は、その場に跪いた。
「えと……あの、そんな畏まらなくっていいですよ?」
「おお、かたじけない。ははは、陛下譲りですな、そういうところは」
そうだね、父さんも同じこと言いそうだね。
「僭越ながら名乗らせていただきますと! 自分めはここの所長をしております、エルト・カラ・ルザリアニスと申す者! 若くして既に多くの功績をお持ちの殿下にこうしてお会いできるとは、まことに、あ、まことにィィ恐悦至極!!」
「はあ……」
なんだこの人……。
見える……見えるぞ……この人の後ろに「HAHAHA☆」って文字が……。
パッと見た感じはいかにももやしな研究者なのに、よくまあこんなにテンション吹き飛ばせるな……。
ティーアなんて完全にドン引きしてるじゃないか。
「おお! 申し訳ありません、殿下にお会いできてこのエルト、随分舞い上がっているようですな!」
そうだね、このテンションが素だったらいくらぼくでもちょっと引くよ。
ぼくもテンションは高い方だと思ってるけど、これには負けるな……。
「さて殿下! 本日はいかなるご用件でしょうか?」
「あ、うん……その、ここにトルクって人がいると思うんだけど……」
「トルク! おお、彼女ですか。将来有望な少女だ。エアーズロックの出身と聞いておりますぞ!」
「そう、その人です。実はぼくたち、彼女とは友達で。よかったら会いたいなと思って……」
「なるほど! わかりました、では案内いたしましょう……ぞ!」
「!?」
「ひゃっ!?」
ぞ、のタイミングで、エルトさんの身体が光った。
何そのギミッグ!? 何を仕込んでるの!?
「では両殿下、こちらへ!」
けれどエルトさんは、何事もなかったかのように階段を上っていく。
なんなんだ……なんだよこの人、マジで……!
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「おーっ、セフィ! ティーア!」
「トルク先輩!」
「せんぱーい!」
エルトさんに連れて行かれた塔のとある部屋で、ぼくたちはトルク先輩と再会した。
そのまま、ぼくたちは彼女に抱きとめられる。相変わらずのスキンシップ魔だなあ。
「ティーアはでっかくなったなー!」
「へへー、でしょー!」
「セフィはかわんねーな! 相変わらずだな!」
「いいんですよ、無理に大きくならなくっても!」
これでいいのだ!
しかしそういう先輩も……いや、大きくなりましたね、本当。
160センチくらいはあるんじゃないだろうか。ぼくとの身長差、実に約40センチ……うーむ、見上げる首が痛い。
顔立ちもだいぶ大人っぽくなってる。よく見ると、化粧もしてる。なるほどそりゃ雰囲気も変わるよ。
変わらないのは、いつも頭に巻いてたバンダナくらいかなあ。もちろん、新調はされてるみたいだけど。
……まあ、一番目を引くのは何と言ってもプロポーションですかね。なんすか、その胸は。けしからん、実にけしからん。
肉体年齢的にまだそういう感覚がないからなのか、どうもそっち方面に対する感情はあんまり湧いてこないんだけど、前世の記憶があるだけに、こういう時はちょっとそういう気にもなる。
「いやー、ほんっとに久しぶりだなー。えーっと、4年、……か?」
「ですねー、それくらいです」
「両殿下、イスを用意しましたぞ! お座りくださいませ!」
「あ、ありがとう……」
「すいませんね、エルトさん」
「何、これくらいお安い御用ですぞ!」
なんていい笑顔をするんだ……。
「つもる話もあるでしょうから、私はこれにて失礼しましょう。トルク君、今日はお休みにするから、自由にしてくれたまえ!」
「えっ、いいんすか!?」
「いいのだよ!……それでは両殿下、また機会がありましたらば!」
そしてそう言い残すと、エルトさんは颯爽と去って行った。
「……なんだったんだ」
「慣れればどーってことないから」
あれに慣れたくはないなあ……。
「所長のことはおいとこーぜ。ま、二人とも座れよ。あ、緑茶でも出そうか?」
「ありがと、先輩」
「え、ていうか先輩、お茶淹れられるんです?」
「シッケーな! あたいだってそれくらいできらぁ!」
文字にすると結構きついけど、口調はいじけてる感じだ。
そうして先輩は、ぷんすか言いながら一旦部屋から出て行った。
その隙に、と言っては何だけど、ぼくはこの部屋の中を改めて観察する。
魔法研究所は、研究員1人に対して1部屋が与えられていると聞いている。衣食住のうち、住居が国によって保障されているのだ。
もちろん、日本と違って色んな技術が未発達なこの世界だ。キッチンや浴室の類はないみたい。だから、お茶の用意は食堂かどこかに行く必要があるんだろう。
そういうわけで、この部屋にあるのは寝室と、研究用の部屋というシンプルな構造をしている。
そのシンプルな部屋の中は、意外と片付いている。意外と、と言うとまた怒られそうだけど、彼女はこういうところはきっちりしてるみたいだ。
まあ、女っ気が希薄なのは隠しようもない事実だけどね!
「兄様、見て見て。これ……」
「ん?……おおー」
ぼくと同じく手持無沙汰になったティーアが見つけたのは、模型だった。鳥を模したもの……かな?
でも、鳥と言うには無機質だ。ただ左右に翼が広げられているだけの何か。顔なんてあるわけもない。
その何かは、そう、きっと飛行機を目指したものだろう。
「……先輩、ホントに空飛ぶ道具作ろうとしてるんだね」
「みたいだね。がんばってるんだなあ」
「兄様、これ、飛ぶのかな?」
「これは単に模型だから、無理じゃないかなあ。こういう形ならどうだろう、っていう試行錯誤だね」
「ふーん……」
まあ、模型じゃなくてもこれが空を飛ぶことはないだろうけどね。動力の有無以前に、空を飛ぶ形じゃない。
これじゃあ揚力はほとんど得られないだろうし、空気抵抗をめちゃくちゃ受けるだろう。先輩には申し訳ないけど。
いやまあ、地球において飛行機に代表される航空力学は、実はまだ解明されてない。だからもしかするともしかするかもしれないけど……どうなんだろう、その辺りは。
個人的には、まず飛行船とか気球とかの、空気より軽い物質を利用したものを先に考えたほうがいいんじゃないかなあと思うけどね。ヘリウムみたいな……そういうものを利用して、さ。
「うぃー、おまっちどー」
先輩が戻ってきた。手に持ったお盆には、ポットが1つと人数分のカップ。それから、クッキーが数枚乗ったお皿だ。
それを目ざとく見つけたティーアが、立ち上がらんばかりの勢いで身を乗り出す。
「あっ、クッキーだ!」
「おうよ。へへー、セフィにレシピ教えてもらってからさ、たまに作ってんだ。結構評判いいんだぜー?」
自慢げに言いながら、先輩はお盆を近場のテーブルに置いた。
と同時に、ティーアの手がクッキーに早速伸びていく。
「おま、相変わらず甘いもの好きだなあ」
「……あ、おいしー!」
「……そりゃどーも」
じゃあ、ぼくも遠慮なくいただこう。
「おお、ホントだおいしい。ほんのり甘いや」
「お、おう……ありがとな……」
ぼくが笑うと、先輩はちょっと目線をずらして頬をかいた。
ふふ、照れてる。こういうところで乙女チックなのも、変わってないんだな。
それからしばらく、懐かしい話題に花が咲く。主に学校の頃の話。
ここに……シェルシェ先輩もいてほしかったな。過ぎてしまったことだけど……この3人が揃ってると、どうしてもそう思ってしまうよ。
それは2人も感じ始めているようで、どことなく居心地が悪そうだ。
それを見て取って、ぼくは話題を変えることにした。ここからは、将来の話を。まだ訪れていない瞬間のことを、話そう。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
さらに増えるキャラ。
広がっていく風呂敷。
たたむことができるだろうか……!w




