第47話 フロウリアス家の人々
「わかった、わかった二人とも、俺が悪かった! 俺が悪かったから!」
負けを認めた父さんは、両手をぼくたちに向けながらそう言うのである。
誰がぼくらを王族の暮らしから遠ざけてたんだか。まったく白々しい話だ。
「わかればよろしい」
「よろしー」
まあ、ぼくたちも鬼じゃない。降伏した相手にとどめを刺すなんて第六天魔王なことはしない。
王様と王子の会話じゃないことは百も承知だけど。
ここは、王宮の中でも王族のプライベートな区画らしい。大奥に近いかな。場所としては、王宮の端、通路で繋がった尖塔だ。
城に入ってしちめんどくさい手続きだか儀式だかを済ませて、ようやくここまで来たのだ。
「ふうー……、相変わらずセフィはキレッキレだな」
「誰がそうさせるのかな……」
「世界の七不思議だな」
どの口がそれを言うのか。
「アルったら楽しそうにしちゃって。私も混ぜてよ」
そこに、女性の声が割り込んできた。
声のした方に目を向けてみると、そこには誰が見ても王妃様とわかるドレス姿の女の人がいた。
年の頃は父さんと同じくらいに見えるから、……まあ、年齢的にはおばさん、になるんだろうけど。
でもその目は、美しい緑と黒のヘテロクロミアだ。ティライレオルグリーン……シングルとはいえ、魔法に長けた人だということは否が応でもよくわかる。
そんな女性に、真っ先に反応したのは誰であろう、母さんだった。
「わあぁぁーっ、シャニス! 久しぶりなのです!」
「うふふ、久しぶりねベリー。おいでおいで……あははは、相変わらずちっこいわねえ」
そして二人は、長年離れ離れになっていた母娘のようにひしと抱き合う。
「むむむっ、シャニスの胸は一体いつになったら垂れるのです!」
「あははは、その憎まれ口も久しぶりね。おあいにく、まだまだ女をやめるつもりなんてないわよ!」
ぱっと聞いた感じでは憎まれ口のようにも聞こえるが、顔を見れば、ただの仲のいい友達同士の、たわいない会話だということはすぐにわかる。
どうやら、二人は親友みたいだけど……?
「シャニス、ベリー。気持ちはわかるが、セフィたちにまだ自己紹介も済んでないじゃないか」
「うふふ、それもそうね。でも12年ぶりなんだもの、少しは、ね?」
「やれやれ、仕方ないなあ」
肩をすくめる父さんだ。どうやら、この人にはあまり強く出られないのかな?
「……セフィ、ティーア。彼女はシャニス、俺の……あー、なんだ。1人目の嫁だ」
あっ、察し。
「ひとりめ……?」
よくわからないと言ったふうに、ティーアが首を傾げる。
「父さんは、お嫁さんが何人もいるんだよ。母さんはその一人、ってこと」
「???」
「もうちょっと大きくなったら、ティーアにもわかるようになるよ、きっと」
「んっと……うん」
この辺りのことは、ティーアにはまだちょっと難しいかなー。
「……1人目ってことは、正室さんなんだ。皇后様だねえ」
「そういう序列は俺はつけてないから、気にしなくていいぞ? あいつもベリーも、みんな同格だよ」
「じゃあ、気負わずに義母さん、でいいのかな?」
「ああ、いいんじゃないか?」
「なるほどねえ、あなたがセフィね」
母さんとじゃれながら、シャニスさんがふうん、とぼくを見ていた。
何かを見定めるような、そんな顔だ。
「アルが天才天才って言うのが、なんとなーくわかった気がするわね」
「だろ!?」
「……父さん、あまり吹いて回らないでよ……」
ハードル上がるじゃん……。
「あらあら、あまりほめられるのは好きじゃないのかしら?」
「好きじゃないと言うか……あまり話が大きくなって、自分のやりたいことができなくなるのが嫌なんですよ」
「悟ったお子様ねえ……」
否定はしない。
あえて言うなら、悟った、と言うよりは枯れた、ほうが近いような気もするけど。
「セフィはすごいのです! 今回も来る途中、竜車が揺れない装置を作ったのです!」
「へえ? 本当だったらすごいわね。わたしも移動するときには難儀してるのよねー。若いころはそれもよかったんだけど、さすがにこの歳になると……」
「今でも十分若く見えますけど?」
「あら、言うじゃない。ふふふ、この子が一番アルの血を受け継いでるのかもしれないわねー」
そしてシャニスさんは、くすくすと笑った。
ひとしきり笑ったのち、母さんを抱っこしたままで居住まいを正してぼくたちに向かい合った。
「改めて自己紹介するわね。私はシャニス、アルやベリーとはかつて一緒に旅をした仲よ。二つ名は『虹色』だったかしらね」
「ミスリルですか。道理で……」
「へえー、かっこいいー!」
なるほどなあ、かつての旅仲間をそのまま嫁にしてるのか。
……いや待て待て、どんなハーレム系主人公だよ、それ。
もしかしてさっき言った父さんの血ってそういうこと?
「あの、由来をうかがっても?」
「大したことないわよ? 回復込みで、メン=ティの7属性を全部極大まで使えたってだけで」
「大したことありますよね、それ!?」
「父様よりすごい!」
「待って」
ちなみに、この世界でも虹は7色という認識が一般的だ。
元日本人のぼくには、大変なじみやすくてありがたい。
「シャニスがいたおかげで、いろいろできたのですー。魔法の専門職は、パーティに一人はほしいのですね」
「……同感だ。っつーか、うちのパーティはシャニス以外全員前衛だったからな……」
「でも、父様は魔法もたくさん使えるよね?」
「あー、俺はどれも半端だからな。万能って言えば聞こえはいいかもしれねえが」
「サマル○リア系か……」
「……セフィ、なんかよくわからんが今、一瞬すっごく嫌な気分になったのはなんでだ?」
「気のせいだと思うよ」
ゲーム的な意味での器用貧乏の俗語だとは言うまい。
追及されても困るので、ここは話題を変えよう……。
「……シャニス義母さんは、お子さんは? ぼくたちの兄弟に当たるような人たちは……」
「あー、残念。私の子は3人いるんだけど、みんな外に出ちゃってるのよ」
「外? 遊びに行ってるの?」
ティーアの勘違いがかわいい。
でもこの場合は、たぶんそうじゃないだろうな……。
「違うわ。みんな外国に嫁いでるのよ。……ああ、男には嫁ぐって言葉使わないわね。なんて言えばいいかしら?」
「ああ……」
察したように、ティーアが眉根を下げた。
あまり聞かないほうがいい話題だったと思い至ったのかもしれない。
「……政略結婚、ですか」
「ま、王族だからね。仕方ないわよ、それは」
肩をすくめるシャニスさん。いかにも気にしてないという口ぶりだけど、顔はそうは言ってない。
子供が巣立つという感覚は、あいにくとぼくにはわからないけれど想像はできる……。
「兄弟といえば……シャニス、アキはどうした?」
「あの子なら、ミトラのところに寄ってから来るって言ってたわよ」
「……そうか、わかった」
「父様。アキ、って、だれ?」
「2人目の嫁の息子で……お前たちの兄貴に当たる」
「ふうーん……」
ティーア、すごく興味なさそう! まるで自分の兄は一人だけだ、みたいな!
「えっと……ぼくの兄さん、ってことは……王太子?」
「そうだ」
わー、跡取りか。
ってことは……その人を王様として盛り立てて行けば、ぼくが政治の矢面に立つ場面は減るわけだな!
これは重要だ。ある意味で父さんより重要だ。色々と取り入っておけば、父さんなみの無茶を聞いてくれるかもしれない。
「父上、遅くなりました」
おっと、噂をすれば影。
部屋に飛び込んできたのは、それはもう心地いいくらいのテノールボイスだ。世が世なら、そのまま歌手になれそうな。
その声の持ち主は、長身の男。純白の髪は肩甲骨辺りまではあり、銀色とはまた違う美しさがある。それを称える顔がまた美形。ぐうの音も出ないほどの、正統派イケメンって感じだ。
そしてその瞳は、初めて見るマルスオレンジ。太陽の神に愛された証がそこにあった。
……日本人的な感覚では、このイケメンの名前がアキってのは、ちょっと違う気もする。この世界ではよくある名前なんだろうか。
「おう、来たか。……ん、嫁さんはやっぱり来れないか」
「ええ、やはりあまり産後の肥立ちがよろしくなくて……」
待って、その会話待って。
流れからしてこの人がアキ兄さんだということは間違いないんだろうけど、「産後の肥立ち」?
それってあれですよね? もう妻子がいるっていう、そういうことですよねっ?
この歳でいつの間にかおじさんになってたのか……なんか、いや仕方ないことだけど、言葉的にすごく残念さを感じてしまう!
「そうか……無理はするな、自分の身体を第一にと伝えておいてくれ」
「御心配、痛み入ります」
「さて、と……セフィ、ティーア、こいつがアキだ」
「……初めまして、兄さん。セフュードです」
「えと、ティーア、です」
「やあ、父上から話は聞いていたよ」
ぼくたちの名乗りに、彼は爽やかな笑みを浮かべる。
くうっ! なんだこのイケメンスマイル! まるで勝てる気がしない!
「俺はアクィズだ。父上たちはアキと呼んでくれている、君たちもそうしてくれると嬉しい」
「ん、わかった。じゃあ……よろしく、アキ兄さん」
「…………」
ティーアが無言だ。どうしたんだろう。
まさかこの迸るイケメンオーラにあてられたのか……。
「……なんでぼくに隠れるの?」
「だ、だって……まぶしすぎるよ……」
「まぶしい?」
や、やはりイケメンオーラにあてられているのか!
「ああ……よく言われる。……そうか、ティーアはナルニオルレッドのオールなんだな。無理もない」
おのれ、ティーアは渡さないぞ!?
……って、ん、んん?
「どういうこと?」
「アキは太陽の申し子だからなあ」
「マルスオレンジは太陽の力の表出よ。そしてそれは、そのマナにも表れるの」
「赤いマナの扱いに長ける人は、そのマナを『まぶしい』って感じるのです。私もアキを初めて見た時は、同じ感覚を覚えたのです」
「……なるほど」
さながらフルオート太○拳か……天津飯へのマージン使用料がすごいことになりそうだ。
「ぼくがそうは感じないのは、どちらかといえば魔法よりだから、か」
「だろうな。ちなみに、俺もよくわからんぞ」
「私もよ」
「……妙に安心したよ」
どこの馬の骨ともわからん男にティーアはやれんからな!
「そういえばセフィ、先ほどシディンたちがお前たちの乗ってきた竜車を見て何やら騒いでいたみたいだが、何かあったのか?」
「何か? あー……たぶんサスペンションかな。ドックさんたちが説明してくれたのかも」
「さすぺんしょん? それはどういうものなのか、教えてくれるか?」
「サスペンションというのは、振動を吸収して乗り物の揺れを抑える装置のことで……種類はいろいろあるんだけど、ぼくが使ったのはその初歩的なものだよ」
「ほお……それは気になる。俺も首を出してくるべきだったか」
「俺も見ておきたいな。何なら、すぐにでも量産したいところだ」
字面だと、誰がしゃべってるのかこれもうわかんないな。
最後の何なら今すぐにでも~だけが父さんで、あとはアキ兄さんなんだけど、この人の喋り方、父さんにそっくりなんだよ。
強いて言うなら、父さんの方がテンションが高いくらいかな。いやまあ、声の質自体はだいぶ違うんだけど、文章だとそんなことは伝わらないしなあ。
なんとかしてほしいものだけど、子は親を見て育つものだからなあ。なんとなくだけど、父さんのこと尊敬してるんだろうな、きっと。
「仕組みは難しいものでもないから、結構簡単にできると思うよ。力持ちがある程度必要だけど……」
「難しくないって……本当か、それは?」
「にわかには信じられねえな……」
「なんなら設計図あるけど……」
「何、本当か?」
「はーいー、三人とも仕事の話は一旦やめましょうねー」
いつの間にか男三人で円陣組むみたいに顔を突き合わせていたぼくたちに、シャニスさんが割って入った。
「まーったく。男って本当、仕事の話が好きよね。せっかく一族がほぼ揃ってるのに……」
「そうだよー、わたし全然わかんないよー!」
「大体、ミトラへのあいさつだって済んでないのです!」
「「「はい、すいませんでした」」」
思わず謝ったら、ハモってしまった。どうやら、女の人が強いのはこの世界も同じらしい。
そして同じことをしたぼくたちは、ちらりと目線を交わし合うと、思わず笑ってしまうのである。
「……そうだな、ベリー母君は長く都を空けていたから、楽しみにしておられたでしょう。ぜひ、母上に会ってあげてください」
「ああ、ミトラも喜ぶはずだ」
「あのー……さっきもちらっと出てきてたけど、ミトラ、とは……」
「俺の母上だよ。セフィたちにとっては義母となるか」
「なるほど。……でもどうしてここには? もしかして、具合が悪いとか……」
「……それは、本人に会えばわかる。俺からは、これ以上は言えないな……」
ぼくの問いに、アキ兄さんが少し顔を伏せた。
……察し。
なんていうかたぶん、きっとそういうことなんだろう。
「ベリー、場所はわかるな?」
「もちろんなのです、忘れるはずがないのです」
「よし、じゃあセフィたちは任せた。俺たちは、そのサスペンションとやらを見て来る」
「おっけーなのです!」
そして母さんは、ぼく譲りの英語を交えてそう言うと、ぐっと父さんにサムズアップするのだった。
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一旦父さんたちと別れて、母さんに連れてこられたのは、城の後ろに建っていた城門だった。
「あれだけ頑丈に城壁で囲んでるのに、ここにもまだ壁が……」
「この先は本当の本当に最後の防衛線として使う場所なのです。……なんだ」
「母様、無理しなくっていいよ?」
「むむむ、無理なんてしていないぞ?」
別に隠さなくてもいいだろうに、背伸びをしたいお年頃か。
ま、顔が少し赤いので、追及はしないであげよう。
「防衛線って言うか、最後の砦ってわけだね」
「あ、ああ。王家の山と言われている」
「王家の、山……」
ふへー、と軽くため息をつきながら、ティーアが門を見上げる。
それに続けば、この城壁だけ今まで見てきた壁とはだいぶ趣が違った。
今まで見てきた三つの壁は、たぶんだけど土霊石レンガがメインだ。固く強くて頑丈、そして簡単に作れるものだから、それが使われているのはある意味当然だろう。
けれど今ぼくたちを迎え入れている壁は、……そうだな、どちらかというと鉄筋コンクリートみたいな印象だ。なんていうか、ここだけ時代が違う……って感じがする。
しかし……。
「ね、ねえ母様? ここって、その……あの、もしかしてだけど、お墓なの?」
中に踏みこんで開口一番、ティーアがそう口にした。
「そうだ。ここは、歴代の王族が眠る墓でもあるんだ」
「え、この山全体が?」
「そうだ」
「うひゃー……」
「豪気だなあ」
エジプトの王家の谷みたいだな……立地が山になってるだけで。
まあ雰囲気はだいぶ違う。墓石(そう言うには大規模で立派だけど)がいくつも並んでいて、まさに霊園という様子。ただ、そこに恐ろしげな雰囲気がないのは、しっかりと手入れされている様子や、美しい装飾などが施されているからか。
……しっかし、「会いに行く」と言いながら墓場に来るとなると、……やっぱりそう言うことなんだろうな。
そんなことを考えながら、母さんの後ろに続く。
目的地は、入ってすぐ近くにあった。
「着いた、ここだ」
居並ぶ墓標の中でも、一際小さなものの前で、母さんが立ち止まる。
そこには……果たして、ミトラという名前とその生没年が刻み込まれていた。
「こ、これ、って……お墓、だよね……?」
「……アキ兄さんのお母さん、亡くなってたんだね……」
「そう……突然倒れたのです……直前まで、元気だったのに……」
急にそして完全に素に戻った母さんが、そっと目を閉じた。
直前まで元気だったのに、か。血管とか心臓の病気かな……あるいはガンとか……?
この世界にもそういう内蔵系の病気、そりゃあるよね。何も外からの物理的なダメージだけが死因になるわけでもなし……。
回復魔法って、外傷は治せるけど……こういういわゆる病気にはたぶん効果ないんだろうなあ。ガン細胞に対して回復魔法とか、逆に悪化しそうな気すらするし。
それにしても、280年没……か。ぼくとティーアが生まれる前じゃないか……。
「……ミトラ、ただいまなのです。今日は、私の子供たちを連れてきたのですよ……」
なんて言えばいいのかわからないぼくたちを尻目に、母さんは墓標に近寄り、静かに言う。どこか昔を懐かしむような、そんな声音だった。
そのまま、墓をなでる。とても愛おしそうに。たった一つのその行為すべてに、無数の想いをこめているみたいだ。
……このミトラという人もきっと、父さんと一緒に旅した人なんだろう。そう、母さんやシャニスさんと一緒に。長い年月を共に過ごした仲間が先に逝くというのは、きっととてもつらいに違いない。
それから母さんはしばらく、そこに眠るその人と言葉を交わしていた。
静かに。けれど、尽きることなく……。
ぼくとティーアはそれを邪魔しないように口をつぐんで、こんこんと語り続ける母さんの言葉に耳を傾け続けていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
フロウリアス家、(ほぼ)全員集合。
アクィズの嫁さんと子供はまたの機会に、ですが。




