第45話 腐海と天空城
「すっごーい! 揺れない!」
「ああ、段違いだな! はははっ」
「うぃー、竜車の改造、成功だー!」
「いえーい!」
「おーう!」
大したイベントもなく、ケルティーナを見事にスルーしたぼくたちは域外に出た直後に、そんな歓声を上げていた。
あの日取り付けたサスペンションは見事に振動を抑え、竜車を快適な乗り物へと変貌させたのだ!
もちろん、前世の記憶があるぼくにはまだまだ満足できる出来じゃない。できればバネやダンパーなんかも組み込んで、快適で小回りの利く操作性の実現を狙いたいところ。
でも贅沢は言わない。この程度なら、十分我慢できると言うものだ。
それだけ前がひどかったっていうのもあるけど。
「セフィ、これは他の竜車にも取り付けてやりたいな。私たちだけというのは、むしろ申し訳ないくらいだ」
「あ、それ賛成ー。そうしようよ、兄様」
「そうだね、ゆっくりと落ち着けるところで順次進めて行こう」
明らかに母さんたちもテンションが高い。うむうむ、ぶっちゃけパクった技術だけど、それでも喜んでもらえるのはうれしいね。
地球の歴史でも、このサスペンションの開発は画期的だったという。これによって馬車は上流階級が好んで用いる乗り物へとなり、デザインや装飾性、見た目の豪華さなどを競うステータスアイテムにまでなったほどだ。
なんでも戦場にまで馬車で来る人までいて、戦場へ馬車で移動する禁止令が出た国なんかもあったっていうから、人間のやることって結構面白い。歴史における珍プレー好プレーと言うか。
この馬車のサスペンションが時代と共に少しずつ進化していって、最終的には自動車にも受け継がれている。紙に並ぶ偉大な発明と言っていいだろう。
……待てよ。この世界では、その両方がぼくの発明ってことになるのか?
…………。
……これから少しは自重したほうがいいかな?
ま、まあ、いっか。深く考えすぎてもしょうがない。紙にしてもサスペンションにしても、ぼくが必要だったから作っただけだもんね!
なんとか自分にそう言い聞かせて、ぼくは今まで見る余裕がほとんどなかった外の景色を楽しむことにしたのでした。
「……お、いつの間にかまた山道になってる」
窓から外を眺めれば、緩やかな上り坂が続いている。山を越えるための道は、傾斜を抑えるためかぐねぐねとうねっているようで、あまり速度を出すと酔いそうだなあ。
日本でもこんな景色、あったっけね。あっちの道路はアスファルトだし、なんだかんだ山にも緑が生い茂ってたから、単純に見た目の印象は結構違うけど、整備が行き届いていないというのは共通みたいだ。
「殿下、まもなく危険地帯に入ります。あまりお顔は出されませんよう」
ぼくが顔を覗かせている窓の下で、ドックさんの声。そこには、ぴったりと竜車に付き従う彼の雄姿があった。
顔つきは……まあ、つい最近まで身分を偽って農夫してたから、そこは触れないほうがいいか。
「危険地帯? 魔獣の巣を突っ切るとか?」
「いえ、尾根筋を通りますので……」
「なるほどそりゃ危ない……他に道はないの?」
「あいにくと」
思わず顔をしかめるのを、止められなかったぼくだ。
「セフィ、逆に言えばこの経路を通らなければハイウィンドまで攻め込むことができないとも言う。防衛と言う面では、これほど優れた土地はないぞ」
「要塞という見方すればそうかもだけど……」
「面倒だよねえ。ホントに他に道ないの?」
「……まあ、ないな」
「……シエルがなかなか発展しないわけだよ」
つまり、ここを通らないと都にはいけないんでしょ? 流通や移動という観点では、これほど面倒な土地はそうそうないぞ。
ハイウィンドって、もしかしてマチュピチュみたいな土地じゃないだろうな……。
「それは仕方ない。二人とも学校で習ったと思うが、この国は大半が腐海で占められているからな……」
母さんの言葉は至極もっともなので、ぼくもティーアも頷くしかできない。
腐海。すごい字面だけど、これほど的確にこの地形を表現した言葉はないと思う。
これはつまるところ、高濃度の瘴気に満たされた土地だ。シエル王国の低地は、その大部分が瘴気の底に沈んでしまっているのだ。
元々その周辺は山間に拓けた平野だったみたいんだけど……その分マナが逃げにくくて、たまり続けて今に至る、という説が有力らしい。
そして前にも話したことがあるように、瘴気は生き物にとって有害な物質だ。マナと同じ成分ではあるけれど、狂暴化させたり、異形化を促進したりといった、とんでもない性質を持っているのだ。
おかげでシエルの人間は、本来なら人間が住むはずの低地に住めない。そこにあるはずの豊かな自然資源も使えず、移動も不便を強いられ、それでも人々は山で生きることを選んでいる。シエルとは、そういう国なのだという。
……元日本人としては、どうしてもナウ○カを思い出してしまうけどね。
「……腐海を移動できれば楽なのに」
ぼそっとティーアが言う。まさにその通り。
エアーズロックとハイウィンドは、実は直線距離で言うとそんなに離れていない。ただこの二地点、ちょうどアルファベットのCの端と端みたいな位置関係にありまして……。
「究極、空を飛べれば解決だけどなあ」
「ははは、さすがにそれは無理だろう」
「でも母様。兄様は前、できるって言ってたよ?」
「えっ?」
「ああうん……理論上はできる。でもすぐには無理だろうなあ……」
……母さんが疑いの目を向けてきた。いや、まあ、無理もない。
地球の先人たちも、こういう世間の目と戦ったんだろうな……。
空と言えば、トルク先輩はどうしてるかなあ。
手紙のやり取りはずっとしてたけど、本格的に自分の研究ができるようになったのはごくごく最近って書いてあったっけか。彼女がこの世界のリリエンタールになるのは、まだまだ先のことか……。
とはいえ、この問題はぼくとしても解決して起きたい事案だ。
何せ、都から一番離れた土地まで、何事もなくても1か月半はかかる。漫画という文化をなるべく迅速に広めたいぼくにとって、この物流の悪さはとても気になることなんだよね。
それこそ空を飛べれば解決だけど……さすがにそれまでぼくが開発するのはちょっと……。材料集めるのも大変だろうしな……。ボーキサイトとかあるんだろうか、この世界?
なんて思っていると、竜車が止まった。何かあったのかな、と思って外を見ると……。
「うわっ、なんだこりゃっ!?」
あまりの光景に、ぼくはそう言わずにはいられなかった。
「きゃっ、なにこれ!?」
続いたティーアも、似たようなことを言う。
外はいつの間にか、細い尾根になっていた。その道幅は、インペリアルクロスするには厳しいレベルにまで狭まっている。これで対向車が来たら、すれ違うのは難しいだろう。
だから隊列を一列の単縦に変えてるみたいだけど……ぼくたちが驚いたのはそこじゃない。
尾根の左側……方位的に言うと北側。そこが、完全なる黒一色だったのだ。
反対側に移って外を見るけど、南側は普通だ。特に何か変わったことがあるわけじゃない。厳しいけど穏やかな山の斜面だ。
そこでぼくは、さらに御者台まで出てみた。ここまで来ると、違いは一目瞭然。
前、つまりは東側を向いて立つと、尾根筋の右と左でまったく景色が違うんだ。大地があし○ら男爵かキ○イダーみたいというのは、明らかに普通じゃないよね。
「両殿下、これが腐海でございます」
「こ、これが腐海……」
「うひゃあ……真っ黒だよお……」
感嘆が驚愕がないまぜになった複雑な心境で、ぼくとティーアは御者台から身を乗り出したままで硬直する。
知識ではどんなものかは知ってたけど、やっぱり実際に見るのとじゃ全然違うな……。
あれが全部マナか……。何がどうなったらあんなにたくさん……しかも瘴気レベルのが湧いて来るんだ……?
「どうしてこんなことになっているかは、わかっていないみたいだが……」
ぼくの内心の疑問をくみ取ったかのように、母さんが中から声をかけてくる。
「見ての通り、これだけ濃度の高い瘴気が集まっているんだ。どれほど危険かは考えるまでもないだろう?」
「そう、だね……見たことないよ、こんなの……」
「……兄様、わたし怖い……」
ティーアは、少し震えていた。その肩を抱きながら、ぼくも眉をひそめる。
彼女も、あの時のことを思い出したのかも知れない。あのマスターモンスター、瘴気みたいなのちょっとまとってたしな……。
でも、アレに比べてもまだこの腐海の瘴気は濃度が濃いんじゃないだろーか? まるで光を飲み込んでいるかのような黒だぞ……漆みたいだ……。
けれど怖がっていても仕方ない。あるものはあるんだから、それをどうすればいいのかを考えるべき……だよ、ね……?
てわけで、スキャンしてみよう。
「こらセフィ、どこに行くんだ」
「アッハイ」
……止められました。
いやまあ、無理もないか。どこからどう見ても危ないってわかる場所に、近づこうとする子供を止めない親なんていないだろうし。
でもこの距離からスキャンはさすがに……、あ、できた。
うそん。結構有効射程距離あるんだな……。
対象名:腐海の瘴気
成分量:マナ、約81.9%
ヴィノリウム、約17%
その他、約1.1%
ほとんどマナじゃん!! そりゃとんでもないことになるさ!!
普通の空気におけるマナの含有量は、大体多いところでも10%前後なんだぞ。一般に瘴気と言われるようになるのは30%からで……つまり……バカげてんな!?
あ、ちなみにヴィノリウムってのはいわゆる酸素的なやつね。酸素じゃないんだけど、この世界の生物にとって呼吸に必要なやつ。そういう理系的な話はよくわかんないけど、まあ酸素でいいんじゃないかな。酸素じゃないんだけどさ。
「……あれ? ねえ兄様、あれなんだろ?」
「あれ?」
一人頭の中で悶えていると、ティーアがそう言いながら彼方に指を向けていた。
そのままつられるようにしてそちらのほうを見てみると……。
「……ラピ○タ?」
思わずそんな言葉が口をついて出た。
そこには……空中に浮かぶ巨大な城があったのだ。
いや。
いや、ホントそうとしか形容できなかった。
巨大な球形が、大地を向いている。それが土台だ。その上には、不可思議な文様が刻まれた、石垣とも壁ともつかない部分。そしてその上に、いくつもの大きな旗が翻る、これまた巨大な城が鎮座しているのだ。大木のおまけつきとくれば、もうアレ以外の何物でもないだろう!
あれか……あの土台部分から、世界をも滅ぼしうる雷を放つのか……。サングラスの大佐が、高笑いと共に人がゴミのようだ、と……。
「らぴうた? 兄様、ナニソレ?」
「んあ、いや、ぼくの妄想だから気にしないで……」
不朽の名作を己の妄想にしてしまい、宮さん本当にごめんなさい。
「……ごめんティーア、ぼくにだってわからないことくらい……ある。てわけで母さん、あれ何?」
「あれ?……ああ、あれか。あれは『マティアスの天空城』だ」
やや眉をひそめるティーアを尻目に、御者台ではなく窓から顔を出した母さんがこともなげに答えた。
聞き覚えのある単語だ。それって確か……。
「神話級ダンジョンの?」
「そうだ。あれがこの国の神話級だよ」
「はああー……あれが……」
「神話級ダンジョン……マティアスの天空城……マティアス様の、お城……」
思ってたより……なんだろう、ずっとかっこいいしファンタジックだな。魔法を見た時よりも、ずっとファンタジーに生まれたんだなって気になっちゃうぞ。
神話級ダンジョン。この世界の管理を行う8柱の神々……八大神の名をそれぞれ冠するダンジョンの総称。4つあるダンジョンの区分でも最高難度に指定されていて、毎年挑んでは帰ってこられない人も多いと聞く。
その最深部には神様本人がいる、っていう話だけど……そもそも神話級を踏破した人間はまだいないので、それが本当かどうかは不明だ。
でも本当だとしたら、あの空飛ぶお城には、死を司る神、マティアス様がいることになる。
……あそこに、か。今から死ぬ気で努力したら、いつかあそこに行けるだろうか?
あるいは藤子ちゃんに頼めば、あそこまで連れてってくれるだろうか……。
聞く必要はない……とも思うけど。でも、聞いてみたくはある。
それは、「どうして地球人をこの世界に転生させたのか?」という疑問。
渡りに船だったところは多いけど、それでもやっぱり、疑問なのは疑問なのだ。そしてそう思ったのなら、納得したいじゃない。「納得」は全てに優先する、とまでは言わないけど。
シェルシェ先輩が生きてる間に、せめて神話級ダンジョンの中のこと、細かく聞いておけばよかったな。
でも、神話級ダンジョンをもしも踏破できたなら……その時は、先輩を越えたってことになるよな。
強さを極めるつもりはないけど、それでも少なくとも、その地点までは至りたい。彼の強さは、ぼくにとって今は目標だ……。
――っと、いけない。このままだと思考のドツボにはまっちゃいそうだ。どうしても不意に考えちゃうんだよな……。
「ドック隊長、隊列変更完了しました!」
「ご苦労。……では両殿下、再出発いたしますので中のほうへ……」
「はーい」
それはいいタイミングだった。ぼくの思考を切り替えると同時に、竜車がまたゆっくりと動き始める。
ぼくは北側の座席に着くと、改めて窓から外の景色に目を向けた。そこに、ティーアが続く。
「……兄様、不思議だね。あのお城、どうやって浮いてるんだろ?」
「わからない……でも、あれを直接見たらやっぱり空を飛ぶのはできるだろうなって思うね」
「そっか、そうだよね! ほらあ母様! 神様がああやって空飛ぶお城作ってるんだもん、わたしたちだって飛べるよ!」
「神様は神様、人間は人間だ。それに、もしマティアス様の逆鱗に触れてしまったらどうするんだ」
「えー、神様ってホントにいるのかなあ……」
「光の女神様がいらっしゃるじゃないか。ならば他の神様もいるだろう」
「うーん……そうなのかなあ。兄様、どう思うー?」
「……いると思う、よ……」
「そっかー、じゃあやっぱりいるのかなあ」
ぼくに言われるとたちまち手のひらクルーするのは、さすがにちょっとどうなんだろう……。
ぼくのことを尊敬して持ち上げてくれるのは悪い気はしないけど、かといってぼくのイエスマンになってほしくはないんだよなあ。ティーアにはティーアの意見や感性を尊重してほしいんだけども。
しっかし言えないなあ……藤子ちゃんが普通に神様と接触してるなんて……。
そもそも、彼女をこの世界に呼び出したのが主神のナルニオル様なんだよね……。
いや、彼女が話を盛ってる可能性もあるだろうけど、彼女ってわりと何かにつけて嘘は嫌い、嘘はつかないって言ってるし、さ……。
その後も、神様やダンジョンのことで話を続けながら、竜車は進んでいく。
――父さんが待つハイウィンドの都は、まだ遠い。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ナ○シカとラ○ュタ奇跡ののコラボ(違
いやでも、意識しなかったといえばうそになるんですよ……w
それはさておき、この世界の景色をもっと描写したいんですが、なかなか難しいですなあ。




