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異世界行っても漫画家目指す!でもその前に……  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
少年期編 1~でもその前に、精進だ!~
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第44話 竜車を改造せよ

今日から更新再開でーす。

 がたん、ごとんと車が揺れる。その振動は今まで竜車で感じたことのないレベルで、乗客のがっかり指数ははっきり言ってユダ級である。

 こんなもんに乗って長距離を移動するとか、正気の沙汰じゃないよ!


 だからぼくは、基本的に立っている。竜車の中で何を、と思われるかもしれないけど、座ってお尻をガツンゴツンとやられ続けるよりは、いっそ立ってたほうがマシなんだよ。

 平衡感覚とか、立ちっぱへの耐性とか、そういうのも着くし?


「……セフィ、そこまで嫌か?」

「ヤだよ! もうホント、お尻砕けそう!」

「どうかんー!」

「慣れればそこまでではないんだがなあ……」


 慣れた様子で座っている母さんは、半ば呆れた顔でぼくとティーアを見ている。


 他方ぼくとティーアは向かい合っていて、互いにマナをぶつけ合っている。ただ立ってるだけなのももったいないので、暇つぶしを兼ねてマナ操作の訓練をしているのだ。

 ミスリルの母さんが見てくれてるから、結構はかどる。


 ……ぼくたちは今、エアーズロックから王都ハイウィンドに向けて、絶賛移動中であった。

 どうして都に向かっているのか? これについてはいくつか理由があるけど……。


 やっぱり都のほうが、何をするにも都合がいいというのが一番大きい。いくら大陸一の最貧国とは言っても、都は都なのだ。技術も資材も、ここに勝る拠点はシエルにはない。

 トルク先輩も都の魔法研究所に研究生として入ってるみたいだから、合流して一緒に研究を進めようと言う思惑もある。


 それに何より、父さんが常駐している都だ。その立場上、滅多にエアーズロックに来られない父さん。彼に戦いの立ち回りなんかを教えてもらってるぼくにとっては、彼との時間が単純に増える、ということはとてもありがたいことだ。

 いつもは子供みたいで友達みたいな感覚で付き合ってる父さんだけど、やっぱり彼は尊敬できる凄腕のグラップラーだからね。


 ……あの、心を砕かれるような日から、既に4年が経過している。


 あの時のぼくたちの年齢から言えば、卒業までは3年だったはずだけど、そこは……やっぱり、復帰できなかったのだ。

 目の前でシェルシェ先輩が死んだ、その衝撃はぼくとティーアの心を大きく傷つけた。藤子ちゃんからいろいろと言われて、あの時はなんとか持ち直したぼくだったけど、彼女がいない間はやっぱり情緒不安定になったのですよ。

 そのためぼくたちは、1年の間休学していた。むしろ、1年でよく済んだなって気もするけども。


 あれ以来、ぼくは一旦技術開発の大半をストップして、戦闘力の強化に励んできた。もちろん絵の練習は毎晩してたし、ネームを切ったりもしてたけど……昼間は基本的に、修行をしていた。

 もう、目の前で誰かを失いたくなかったから。全てはそのため。あんな思いをするのは、二度とごめんだ。


 そんな気持ちはティーアも持ってたんだろう。今までとは比べ物にならないくらい、戦闘訓練に真剣に取り組んでいた。

 おかげで彼女もぼくも、当時に比べればかなり実力が上がっている。……これくらいの力が当時にあれば、と思うけど……悔やんでも仕方ない。


 まだ、完全に振り切れたわけじゃない。それでも、前に進まなきゃいけない。それは藤子ちゃんが言っていた通り。

 だからぼくは……漫画家になると言う夢をかなえるまでは、絶対に死ぬわけにはいかないと決意した。地球よりも危険の多いこの世界で天寿を全うするには、相応の強さが必要なのだ。

 そこまで悟るのに、11年もかかったってのはまた何とも言えない話ではあるけどね。


 さて、暗くなってきたので話を元に戻そう。


 そんなわけで、ぼくたちは今、ハイウィンドに向かって絶賛移動中だ。

 周りの景色は既にエアーズロックとはだいぶ違っていて、森の中に切り開かれた道、という感じのところを進んでいる。

 森とは言っても、シエル王国は基本的に標高が高いため、生えてる木の多くはそこまで大きくない。もちろん人間に比べれば大きいけどね。

 そんな低木の森の向こうには、瘴気で満たされた腐海ふかいがあるらしい。まあこれについては、わざわざ見に行く物好きでもないので、割愛させてもらおう。


 ぼくたちを乗せた竜車の他には、おつきの人たちを乗せた竜車が前後左右に1台ずつ取り囲んでいて、竜車のインペリアルクロスが形成されている。その周りにはさらに護衛の冒険者たちが囲んでいて、大名行列さながらって感じ。

 ただし、町と町が延々とつながっているわけじゃない。江戸時代だってそうだったけど、それでも宿場に関しては街道にしっかり整備されていた日本とは違って、そんなものはほとんどない。

 そりゃまあ、クマも真っ青な魔獣が出る世界だからね。そうそう簡単に人の生息域は拡大できないんだろう。剣と魔法はあっても、人間がわりと弱いことは、あの時はっきりとわかってる。


 一応、いくつか小さい宿場町はあるんだけど……1日の移動でたどり着ける範囲にはない。せいぜいが、街道の要所や難所の手前付近にあるくらいかなあ。おかげで、ちゃんとしたベッドで眠れるのは3,4日に1回くらいだ。

 これがおよそ、1か月半続くんだとか。それだけエアーズロックが辺境にあるってことなんだけど、薩摩藩の参勤交代じゃあるまいし……。


 ていうか、この世界の1日は地球よりも6時間長いから、あれよりももっと距離があるってことだよなあ。……わかってたけど、ホントにエアーズロックって片田舎だったんだなあって最近つくづく思う。


「失礼します」


 ぼんやりと道行きのことを考えていると、外からドックさんの声が飛んできた。彼はティマールに騎乗して、護衛を率いている。あの人ああ見えて、実は近衛騎士様だったのだ。

 それに母さんが応じる。


「どうした?」

「まもなくケルティーナに入ります。御支度のほどを」

「ああ、わかった」

「ケルティーナ! やっと街に入るのね!」


 その会話を聞いた途端、ティーアが嬉しそうに顔をほころばせた。


 ケルティーナ。エアーズロックとハイウィンドのほぼ中間地点に位置する区域だ。古くからの宿場町で、人の往来が盛んな分賑やかなところだと聞いている。

 そして何より、ここはエアーズロックと同じく、その領域を城壁で囲まれ安全が保障された郡だ。郡である以上、その街道はその域外に比べたら相当気合入れて整備されてることだろう。


 つまり……あまり揺れない! 素晴らしい!


「はっ。ケルティーナの領域はエアーズロックよりも広いですから、数日は快適にお過ごしいただけるかと」

「やったー!」

「はあー、やっとまともに座れるところまで来たんだねえ……」


 ティーアほどじゃないけど、ぼくも思わず安堵の息が出る。


 だって仕方ないじゃない。郡の区域外は魔獣が出るから、整備があまりできないんだよ。だからこそ立ってたわけで、……いやあ、本当に嬉しい。

 けれど、ここで気を抜くわけにはいかない。ぼくには、このタイミングを待ったいたことがあるのだ。

 いい加減……サスペンションもない揺れまくる竜車はうんざりだ!


「ティーア……ようやく機会が巡ってきた。手伝ってくれるね?」

「もちろん! 何でも言って、わたし何でもするから!」

「場合によっては夜を徹するかもしれない。それでもいい?」

「何でもするって言ったじゃない。いいに決まってるよぉ」

「……わかった。じゃあ、一緒に頑張ろう」

「うん!」


 そう言って笑う彼女に、ぼくは小さい頃のように頭をなで……ようとして、すっかり彼女のほうが大きくなっていることを改めて思い直して、手を引っ込めた。


 ティーア、11歳。ぼくとはもちろん同い年なので、それは当然なんだけども……。

 世間的には兄妹とはいえ、彼女とぼくは血がつながっていない。小人族ウィンディアの血を引いてるために、11歳になってもいまだに130cmあるかないかっていうぼくに比べて、人間族スターズの彼女は既に140cm代も半ばには差し掛かっているだろう。


 この世界でも、女の子のほうが最初は成長が早いという傾向は変わらないらしく、最近彼女はだいぶ背が伸びた。いやー、兄としては嬉しいんだか悲しいんだか……。

 まあ、女の子らしい体型になってきているのは、素直に成長を喜びたいところではある。女っぽくなりつつあって、うん、やっぱりティーアは天使だ。


「それで兄様、今度はどんなことするの?」

「うん。これはぼくたちの今後を決定づける、重要なものだ……失敗は許されない」


 芝居がかった口調でぼくが言えば、ティーアはさながら打てば響く鐘よろしく、やや大げさに驚いて見せた。


「そ、そんなに?」

「そんなにだ。ティーア君、きみはこんなドチャクソ揺れまくる車にこれ以上乗っていたいかね?」

「それはヤだ」

「だろう? つまりはそういうことだ」

「えっと……揺れなくするの?」

「その通り! そしてこれはぼくたちのみならず、今後の竜車業界を大きく変えることになるだろう……!」

「わあ、さっすが兄様! そんなことまで考えてるんだね……!」


 そして目をキラキラさせて、ティーアが尊敬のまなざしを向けてくる。


 年齢を経て、相応の落ち着きと言葉遣いを身に着けた今でも、ティーアは相変わらずぼくにそんな目を向けてくれるのだ。ああ、天使。

 なんていうか、順調にさすおに系の道をひた走ってるような気もするんだけど……純粋に兄を尊敬する妹の好意を無碍にできる兄がいるだろうか。いや、いない!


「待て、その話は私も気になる」


 ぼくたちの会話に、母さんが入り込んできた。


「竜車を揺れなくする、とは……私には想像もつかないのだが」

「わたしもわかんないけど、兄様なら絶対できるよ、母様。ねー兄様」

「できるかできないかは、今後のぼくらの頑張り次第かな。赤い方向でマナをかなり使うことになるし」


 赤いほう、とはナルニオルレッドのほう、つまり闘技系のマナの使い方をする、という意味。

 魔法なら青いほう、もしくは緑のほう、となる。


「……ほう。ならば私にもできそうだな?」

「ああうん、母さんなら余裕だと思う」

「じゃあ、私もやってみていいか? その……」


 なんとなく、母さんが言い淀んでる意味が分かったような気もする。

 母さんとはあんまり一緒に行動したことがないもんな。父さんとは修行で一緒にあちこち行ったりはしたけど……。


「もちろんだよ。期待していいよね?」

「あ、ああ。もちろんだ!」


 ぼくに頷く母さんは、やっぱりどこからどう見ても、ただの凛々しい幼女にしか見えないんだよなあ。


 そして一方、ティーアがどこか不満げな顔をしていたのを、ぼくは見て見ぬふりをした。

 きっとあれだ……ぼくと二人きりの作業に邪魔が入ったんだと思ってるんだろうな……。最近、彼女の愛がちょっと痛くなってきたのは、気のせいだと思いたい……。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ケルティーナ郡の城壁は、エアーズロックのそれよりも高かった。さすがに、交通の要所なだけはある。シエル的にはかなり重要なところなんだろうなあ。

 王族御一行様なので、もちろん入城は顔パス。もれなく守備隊と通行人の平伏がついてくるけどね……。我ながら、王族としての心ってのがよくわかんないんだよなあ。


 まあともかくそうして域内に入れば、エアーズロックよりもさらにしっかりと整備された街道が飛び込んできて、目を見張ったものだ。


 道中はほとんど揺れなかった。すげえ。さすがだ。

 あと、風景自体はあまり違わないんだけど、山に近かったエアーズロックより開けた印象。畑も多い気がしたかな。


 そんなこんなで、ぼくたちがたどり着いたのはケルティーナ西町。ずばり西にある区域だね。区割りの命名法則はたぶん、シエル内で共通なんだと思う。


「おおー……っ、さすがに交通の要所、街が立派!」

「すごいすごい、エアーズロックの元町より大きいんじゃないっ?……あ、ねえ兄様、あんな大きなお菓子屋さんがある!」

「まーじーで? うわマジだ! すげえ!」


 こんな感じで、おのぼりさんマックスのぼくたちであった。


 しょうがないじゃない。こちとら、生まれも育ちも田舎だよ? そりゃぼくは東京を知ってるけどさ……もう11年この世界で生きてるんだし。

 これで都じゃないんだから、ハイウィンドとかどうなっちゃうんだろう。すごいんだろうなあ、眠らない街だったりするのかなあ。


 ……ああ、それから泊まった宿屋も豪華すぎて目が回りそうだったよ。実家とさほど変わりはないんだけど、自分の家じゃないと思うとちょっと身構えるよね。


 料理? 前世でも食べたことのないフルコースだったよ! 食べきれなかった!


 一応ぼくも王族なわけで? 都に住むとなるとこういうこともあるんだろうかと思って、ぞっとしたさ。あるらしいよ、都では。母さんもこういうの好きじゃないみたいだ。


 さてさて、一通り一日の出来事を終わらせた後。


 ぼくはティーアや母さんを連れて、竜車を入れてある車庫へとやってきていた。


「えーでは久々に……つくって! ワクワク!」

「わくわくー!」

「わ、わくわく……?」


 昔と変わらず手を上げるティーアは、楽しそうだ。

 一方母さんは、困惑を隠しきれないと言った様子。


 うん。そういえば、母さんの前でこういう言動はあんまりしたことなかったっけか。

 そうだな……ここは……気にしないで進める方向で行こう!


「えー、これから竜車の改造を行います。具体的には、ワゴンと車軸の連結部分を改造します」

「はーい兄様先生、しつもーん」

「うむ、何かねティーア君」

「ワゴンと車軸、どうやって外すんですかー?」


 ティーアの質問に、母さんもそうだとばかりに頷いた。


 もっともである。実はこの世界の竜車、かなり構造が原始的だ。何せ、車軸とワゴン部分が固定されているのだから。

 そもそもサスペンションとは、ワゴンと車軸を別のパーツとして考えることで成り立つ仕組み。……いや、もちろん竜車もこれらは別になっていて、上と下は入れ替えが可能なんだけど……サスペンションの概念までいくに至っていないんだよね。


 なので、外すとなると結構本格的な作業になってくる。人口がそもそも少ないエアーズロックでも、この整備専門の仕事があったくらいだ。


「うむ、いい質問だね。しかし言葉通りだよ、ティーア君。そのままガバッとはずしまーす」

「ええぇぇ、そんなことわたしたちにできるー?」

「……この手の作業は、人に任せているぞ? ああ、ドックは確かできたと思うが……」

「大丈夫だよ、母さん。構造は把握してる。……ってわけで、まず、はいこれ」


 そう言ってぼくが二人に手渡したのは、大きめの無骨なマイナスドライバー。

 この世界には、まだ六角ナットとかの類のねじがない。原始的とまでは言わないけど、ねじはの頭は四角形、そこに刻まれたくぼみは一直線のライン一つだ。

 これが発展して、いずれはプラスドライバー的なねじとかになっていくんだろうけども。ともあれ、今はこれでいい。


 構造については、星璽せいじでスキャン済み。いや、まさか構造に至るまで解析してくれるとはね。設計図まで見せてくれる親切設計。藤子ちゃん、ありがとナス。


「これを当てて、くるくるっと回して外すんだ。……こんな感じでね」

「おお」

「へえー」


 二人に実演して見せながら、ぼくはいろいろと説明する。


「一つずつ外してってやってると後々面倒なことになるから、まずは留まってる場所を少しずつ均等に緩めてくよ。外すのは、全部を緩めてから」

「わかった」

「はーい」

「あ、たぶんかなりきつく締まってると思うから、マナは普通に使っちゃっていいよ。ていうか、たぶんぼくマナ使わないと外せない」

「あはは、兄様赤いほうはダメだもんね」

「できないわけじゃないんだよ!?」


 ティーアと軽口を交わしながら、ともあれ作業をする。


 ぼくたちが乗っている竜車は、王族が直接乗るものだけにかなり立派だ。その分、ねじが締められた箇所は多い。

 ……こんながっちり車軸に固定されてたら、そりゃあ揺れるってもんだよ。むしろ、今までサスペンションを誰も考えようとしなかったんだろうか。


 いや、そんなことを考えても仕方ない。地球の歴史でも、アメリカ大陸の文明では車軸が発明されなかった。文字もだ。ある文明では普通に必需品であるものが、他の文明では存在しないなんて別に珍しくない。


「兄様ー、全部外れた?」

「おっけーだよ。……母さん、そっちはどう?」

「ああ、大丈夫だ」

「じゃあ、外しましょう……その前に、と」


 ぼくはこの日のために用意しておいた、作業台をアイテムボックスから取り出した。

 サスペンションを取り付けるのは、ワゴンの底部ではなく最下部の側面。でも、そのまま地面に置いたら作業がしづらいことこの上ない。かといって、さかさまにするわけにはいかない。そのための台だ。


 なお、ぼくがどこからともなくものを取り出す行為については、家族の中ではもはや周知の事実になっている。

 そもそも、あれだけのけがを負ったぼくが今、完全な五体満足であることからしておかしな話だしね。


 アイテムボックスのことも含めて、その辺りのことは全部「光の女神様のご加護」で押し通してある。これは藤子ちゃんの案だ。

 おかげで彼女は今、光の女神として我が家でひそかな信仰を集めている。苗字が光なので、あながち間違いでもないんだろうけど……普通に生きてる人間を神様と呼ぶのは、ちょっとかつての国家神道を思い出してしまうな。


「よいしょっと」

「……母様、相変わらずすごいね」

「見た目と全然釣り合わないよね」

「ん? 何か言ったか?」

「「んーん、なんでも」」


 涼しい顔で巨大なワゴンをひょいっと持ち上げ移動させる母さんは、なるほどミスリルクラスである。あれをよいしょで済ますのか……。

 彼女の本気のパンチって、ひょっとして城壁すら吹き飛ばせるんじゃないだろうか……。


 ……いや、気を取り直して。


 サスペンションということで、その手のことに詳しい方なら車のそれを想像していただけたかもしれない。

 でも今回ぼくが採用するのは、そういう最先端のものじゃなくって、中世から馬車に採用されていたサスペンション……要は初期の頃のサスペンションだ。単に懸架けんか装置と呼べばいいのかな。


 これは、ロープや鎖でワゴンを吊り上げたもの。具体的には、車軸のほうにそのため壁などを用意。そこからロープを伸ばし、ワゴンの下部に接続する。

 こうすることで、ワゴンは軸から離れた状態になる。そうすれば、車軸が受ける揺れのほとんどは吸収される、というわけだ。

 吊ってあるんだったらめっちゃ揺れるんじゃね、と思われるかもしれない。でも、ちゃんとぴんとはっておけばその辺は大丈夫。


 ……もちろん、欲を言うなら現代日本で使われていた、洗練された仕組みのサスペンションを使いたい。でも、今はそんな材料を用意できる状況じゃないからね。そもそも既存のワゴンを改造するわけだし、ここはいっそ一番シンプルな原点を使おうと、ま、そう思ったんだ。

 どっちにしてもいつかは開発されるだろう技術だし、だったらいきなり最新技術までワープするよりは、段階を踏んだように見せたほうがぼくに対する注目度も下がるだろうし、ね……。


 あ、もちろん藤子ちゃんの受け売りです。設計図とかその辺も全部込みで。漫画家志望のぼくが、そんな車の仕組みとかわかるわけないじゃない。


「えーと、まず部品を取り付ける場所を決めるよ。その間、母さんたちは鎖の長さを調節してほしいんだ」


 説明しながら、ぼくはアイテムボックスから鎖を取り出した。

 用意しておいてよかった。ふふふ、備えあれば憂いなし、だ。


 ちなみに、シエル王国では鎖などのものにも規格が決められてる。日本で言うJISみたいなやつだけど、これも父さんの功績。マジ名君すぎるというか……。


「長さ調節か、わかった」

「兄様、どれくらいにすればいいの?」

「1グリセリオ。はいこれ原器」

「はーい」


 大体80センチ。

 ものさしを手渡しながら、ぼくは同時に設計図も取り出す。それから、次にペンとインク、もうひとつものさしも。


 広げた設計図は、もちろん藤子ちゃん謹製。あの子、ホントなんでもできますわ……いやー、今日もお世話になってます。


 その設計図を基にしながら、ものさしを当てて金具を取り付ける箇所にペンで印をつけていく。間隔はきっちり2グランセリオ……つまり1メートル60センチだ。

 このワゴンは結構大きいので、金具は左右で合計8か所。これを車軸のほうにも、同じようにつけていく。正確には、車軸に載った台座、的な。


 さて、印をつけ終わったら金具を取り付ける。これらの道具は、エアーズロックを発ってからここまでの道中の宿でこつこつ作ってきたから大丈夫だ。何せ、初日にはもうサスペンション作ろうって決意してたからね!


「兄様、大体できたよー」

「え、まじで? 早くない?」


 ぼく、まだ金具の取り付け終わってないんだけど。


「うん……母様が……」

「鎖って、案外簡単に切れるんだな」

「……うわあ」


 こともなげにそうおっしゃる我が母上は、鎖をまさに紙を破るかのように、あっさりと引きちぎってる。それも人差し指と親指だけって……。

 どんなパワーしてんの、ホントに……。


「マナの量と細かな配分をこなせば、ただの鉄くらいなら問題にならないものだ」


 そして母さんは最後にそう言うと、ない胸をえっへんと張った。

 ……もう何も言うまい。


「わたしもあれくらいできるようになれればいいなあ」

「……なれるでしょ。ティーアはナルニオルレッドのオールだもん……あ、ちょっとここ支えててくれる? 母さんはこっち、お願い」

「ん、わかった。……なれるかなー、なれるといいなあ」

「ティーアはまだ11だ、私がその歳の時はもっと弱かったから安心するんだ」


 あっさりと鎖の長さ調節を終えた二人に手伝ってもらいながら、ぼくは作業を再開した。それが大体1時間弱続いた。


 さて、いよいよワゴンを車軸に戻す。普通なら、ワゴンを天井クレーンとかで吊って取り付けながら作業するんだろうけど、この世界でそんなものは必要ない。

 なぜなら……場合によっては、一人でこのでかぶつを持ち上げることができるからだ!


「よっと。これでいいか?」

「あーっと、もうちょっと右……もうちょい、ちょい、……ん、そこっ。それで、そこから少しずつ下げて」

「ああ。……よ、いしょっと……」

「おっけー! それじゃ母さん、ごめんけどしばらくその状態キープで!」

「きーぷ?」

「あ、えーと……維持、維持しといて」

「ああ、なるほど。了解だ」

「ティーアは鎖を車軸のほうの金具に繋げて。ぼくはワゴンのほうをやる」

「おっけー」


 傍から見ると、これは異様な光景にしか見えない……。

 幼女がワゴンを一人で持ち上げてて、その端で子供がちまちまと鎖を繋げてるんだから……少なくとも地球人が見たら、度肝を抜かれること間違いなしだなあ。


 これで母さん、まったく動じてないんだよなあ。その辺のティッシュ箱とかを持ち上げてる感じの涼しい顔で、このクッソでかいワゴンを維持してるんだぜ? 信じられないよね……。


「よし、できた……ティーア?」

「わたしもできたよ」

「うぃ、それじゃ次の金具に鎖つけるよ」

「おっけー!」


 改めてマナのとんでもなさを思い知らされながら、ぼくたちは粛々と作業を続ける。

 いくら簡単にやってのけてるとはいえ、母さんに一番きつい仕事をさせ続けるのは気が引ける。ぼくは決して走らず急いで歩いてきてそして彼女を助けなければならない。


 ……苦節およそ30分。


「よーし、完成だー」

「かんせいだー!」

「おー!」


 いつの間にかノリにもなじんだ母さんも万歳をする。


 ぼくたちの前には、しっかりと鎖によって吊り上げられたワゴン。サスペンションの組み付けは、これで完了だ!

 いやー、まさかこんな短時間で終わるとは思わなかった。鎖の調整とか金具の取り付けとか……。


 ……うん、これ母さんがMVPだな。母さんがいなかったらこんなに簡単には行かなかったぞ。


「母さんありがとう、こんなに早く終わるなんて思ってなかったよ」

「ありがとー!」

「ふふふ、息子の役に立てたなら本望だぞっ」


 またしてもえっへん、と胸を張る母さん。……悔しいが、この人と結婚した父さんの気持ちが少しわかる。


「明日の移動が楽しみだな」

「だねー。あ、でも明日からはしばらくケルティーナでしょ? 元々あんまし揺れないんじゃない?」

「うん。本領が発揮されるのは、ケルティーナ域外に出てからかな。それまでは不備が出ないように経過観察だね」

「そっか、壊れちゃったら大変」

「そういうこと。お金はどうにでもなるけど、時間はお金じゃ買えないから」

「観察、か。ということは、移動の中でも退屈はしなさそうだな」

「そうだねー。わたし、何が起きてもいいように見張ってる!」

「うん、全員でやれば労力も少なく済むし、そうしよう」


 かくして、改革は静かに滑り出したのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


4年時間を進めて、第三章スタートです。

プロット組んでみたら第二章より長くなりそうなので、今から気が遠くなりそうですぜ……!w

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