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異世界行っても漫画家目指す!でもその前に……  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
幼年期編~でもその前に、筆記具だ!~
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第38話 エアーズロックのダンジョン 2

 そもそも、ぼくたちがなんでダンジョンの中にいるのか?

 そう思われる方々もいらっしゃるかもしれない。実際その通りで、ぼくもどうしてこんなところにいるのか、いまだにはっきりとはわかっていないのだ。


 事の起こりは、今から大体1時間ほど前にさかのぼる。


 ぼくたちは元町までシェルシェ先輩を迎えに行き、その足で学園町に向かうつもりで動いていた。

 学校に向かうタイミングは登校期間中ならいつでもよく、生徒の自主性に任されているので、いつもならぼくたちは竜車をチャーターして、フィーネを伴った3人で移動する。


 しかし今回はたまたま都合があったので、そこに先輩が同伴することになった。今にして思えば、ここで先輩を加えてなかったと思うとぞっとする話だ。

 母さんがいてくれたらもっと心強いんだろうけど、母さんがいるとぼくらの立場が即バレするので、仕方ない。最初の入学のときも、仕事とか言いつつ母さんは別に仕事じゃなかったらしいし。


 まあそれはいいんだ。仕方ないことだもの。それに最初は、別に何も問題はなかった。

 エアーズロック内に限らず、シエル王国の郡はその内部における街道整備がかなり進んでいる。おかげで移動はスムーズだ。すれ違っても互いに困ることは何もないし、何より竜車の揺れも少ない。地球の記憶があるぼくは、さすがにまだ不満だけどね。

 天気は晴れ、魔獣はおろか野生の動物すら出てこないという、牧歌的過ぎる道行きだった……はずだったんだけども。


 最初にそれに気がつけた人は、誰もいなかった。そう、それは突然ぼくたちを襲ってきた。


 がくん、と竜車が派手に揺れた。まるで階段ほどの段差から落ちたような、そんな揺れ。それが引き金。


「うわあっ!?」

「きゃっ!?」

「な、何ですかっ?」


 揺れると同時にぼくたちは、そう言った。

 けれど、御者さんから望んでいた答えは返ってこなかった。


「……!? うわっ、わ、うわわあぁぁっ!?」


 悲鳴。それでぼくたちは、尋常じゃないことが起きたのだと理解できた。

 そこで窓から顔を出してみれば……。


「っ!? な、なにこれ!?」


 竜車は、真っ黒なもやのような気体に包まれてしまっていた。

 そしてそれが引き起こしているのか、空間がねじ曲がっている。まっすぐ見えるはずの向こうが歪み、正確な風景を認識できない。しかもそれは、どんどんと激しくなっていく。


「瘴気!? いけない、早く脱出しないと!」


 それを見るや否や、先輩が冷静に言い放ち、そうだそうだとぼくたちは竜車から飛び出そうとした。

 けれど……その時はもう、手遅れになっていた。


 その瞬間、まるで何かに押し込められているかのように景色が圧縮された。それはもちろんぼくたちも含まれていて……。


 不可思議な空間へとぼくたちは投げ出された。いつの間にか竜車からははじき出されていて、そこにはぼくやティーア、先輩、フィーネ、そして竜車にそのティマール、御者さん。全員が完全にバラバラの状態でいた。

 何が起きているのか、まったくわからなかったよ。でも、まるですごく早い潮流に流されているような、そんな感覚はあった。


 だからぼくは、とにかく1人になるのだけは避けようとして、そのわけのわからない場所でひたすらもがいた。泳いだ、と言ったほうがいいかもしれない。すごく平泳ぎした。

 そうしてぼくはかろうじて、ティーア、それから先輩と接触することに成功。そしてその直後にその空間からはじき出されて……。


 気がついた時、ぼくたち3人はダンジョンの部屋の中にへたりこんでいた、というわけだ。


 そこで周りを見て、先輩がまず最初に気がついた。


「ここ……ダンジョン……!?」


 そう、彼の前世はゴールドクラスの冒険者。そこ……いや、今はここ、か。ここがどういう場所なのかは、すぐにわかったんだと思う。

 一方、ぼくやティーアは初めてだ。ティーアに至っては、そもそもダンジョンと言う存在すら知らなかったんじゃないだろうか?


「だ、ダンジョンって……でも先輩、さっきのあの黒いやつ……」

「あれは……瘴気、だね。高濃度になった、見えるようになってしまったマナだ。ああなると、マナは生き物に害を及ぼすようになる。だから瘴気と呼ばれる」

腐海ふかいに沈んでるやつ、でしたっけ……身体の構造なんかも変えちゃうっていう……」

「わ、わたしたち大丈夫なのかな……?」

「見た感じ、今ここには瘴気はないみたいだし、すぐには何か起こるってことはないと思うよ、ティーアちゃん」


 それでもティーアは、不安そうな顔でぼくを見た。

 大丈夫だ、とは言えなかった。それでもここで、頷いて見せたのは兄としての意地だろうか……。


「さっきの感覚は、ダンジョンが消滅するときの感覚にそっくりだった……ということは……ボクたちはダンジョンが生まれる瞬間に巻き込まれた、ということか……」


 先輩が顎に手を当てて、考え込んでいる。

 それについて深く聞こうとは思ったけど、先輩の思考を妨げてもまずい。そう思って、とりあえずぼくはティーアと心を落ち着けるところから始めた。


 ところが数分後に、どこからともなくわらわらと出てきたキングフロッグの群れに追いかけられて逃走を余儀なくされ、今に至る、というわけ。


 何がどうなってるのか、ぼくだってわからない。この現状が、ご理解いただけたかと思う。


「……ああー、なるほどトーコさんか……なんだか妙に納得だよ」


 ぼくが提示しているアイテムリストを見ながら、シェルシェ先輩は納得顔でうんうんと頷いた。

 それに対して、ぼくは思わず腰を浮かせる。


「えっ!? せ、先輩藤子ちゃんのこと知ってるの!?」

「ん、まあ……一応? 前に一度うちの宿に泊まってくれたことがあって……」

「おお……」


 そういえば彼女、旅人やってるんだっけ……?


「第一印象がもう、『ただものじゃない』だったんだよね。そもそもがナルニオルレッドとカルミュニメルブルーのダブルだし……」

「ええ……まあ……」


 とはいうけど、たぶん藤子ちゃんの目はその二色じゃない。

 なんとなく、だけど……ぼくやトルク先輩的な青さでも、ティーアや母さん的な赤さでもない気がするんだよね。


 藤子ちゃんの目は、そうだな……例えると、揺らめく暖かい炎みたいな赤と、静かにたたずむ地球みたいな青。そんな感じかなあ。


 まあそもそも彼女、この世界の人間じゃないしね。……そんなことは口が裂けても言えないけど。


「見たこともない服だったし……それに、小人族ウィンディアともまた違う不思議な気配があって……だからいろいろ覚えてるよ。とにかく、『絶対すごい人に違いない』って、そう感じたかな」


 正解すぎるわ。

 ほとんど会ったことないのにそこまで見抜けるのは、彼の前世が関係してるのかもなあ。


「……大体あってます……」


 頷きながら、先輩が藤子ちゃんのことを知ってるなら、別に隠さなくていいのでは、とぼくは思い始めていた。

 先輩の意見はいつも参考になるし、いっそ公開してしまったほうがぼくも自由に動ける。部屋だって同室だし。


「ねー、わたしその人知らないよー? どんな人ー?」

「ん……どう、と言われてもなあ……こう……とんでもない人、っていうか? この世で一番神様に近い……みたいな……」

「……?」


 ティーアが首をかしげる。


 口で言ってもわかんないだろうなあ……。と言うより、見てもわかんないかもしれない。

 藤子ちゃんの実力を、見ただけでうっすらとでも読み取れる人は十分すぎるほどの実力者だと思うよ。先輩みたいにね。


 まあ、藤子ちゃんのことをここでどうこう言っていても仕方ない。


「藤子ちゃんのことは置いといて……先輩、どうしましょう?」

「うん……とりあえず……いくつかめぼしいものがあったよ。……えと? これ、どうやって物を取り出すの?」

「あ、はい。たぶんぼくにしかできないように設定されてるんだと思います。……どれです?」

「えーと、これとこれと、それにこれ……」


 先輩の言葉に従って、ぼくは次々にボックスからアイテムを取り出していく。

 それらは主に装飾品で、なにがしかの霊石なんかが使われたペンダントや腕輪なんかが現れていく。

 中には防具もあったけど、それには大体「小人族ウィンディア用」という注意書きがあったものだ。


「ボクらはまだ子供だからね……身体のサイズにあったものがないんだよなあ……」

「ですよねー……」


 ぼくたちの中で一番体格がいいのは、実はティーアだ。

 何せ先輩は生粋の小人族ウィンディアだし、ぼくもハーフウィンディアだ。ティーアだけが実は人間族スターズなので、それは当然だったりするんだけど……。


 そのティーアですら、小人族ウィンディア用の装備がちょうどいい程度でしかないので、ぼくや先輩が装備できるものなんてほとんどない。

 装備のほうも、出したはいいけれど、


「兄さま、これ、動けないよ……」

「うーん、やっぱり鎧の類は無理か」

「盾も使い方、よくわかんない……」

「ああ……母さんってそう言えば盾使わないスタイルだったっけ?」

「『不死身』のベリーに守る行為は必要ないんだろうね……」


 そんなやり取りの結果、大半の装備が使われることなくアイテムボックスへと返却になった。

 もったいない……もったいないけど、使えない装備なんて邪魔でしかない。こればっかりはしょうがない話だ。


 結局、ぼくたちが問題なく使いこなせそうなものはと言うと、そのほとんどが装飾品に限られてしまった。


「仕方ない、魔法でなんとかしていくしかないね」


 そう言って立ち上がる先輩は、魔法の各属性の威力を上げ、発動コストを抑える腕輪を実に6つも装備している。右と左で3つずつ、1つ1つが異なる色をしていて、メン=ティの魔導書の基礎である6属性の魔法に対応しているのだ。

 小脇には、炎霊石えんれいせきランプが抱えられている。


「ま、ですよね……」


 応えるぼくも似たようなもの。マナ自体は無駄に多く持っているので、コスト関係は無視して威力重点。指輪が中心だ。


「わたしは魔法は全然だから……剣でがんばる」


 そしてティーアは……ただ一人、前衛装備。

 まだ彼女にはだいぶ大きいミスリルソードは、片手剣のはずだけど大剣に見える。その両腕には同じくミスリルの小手がつけられ、急所の防備を担っている。それから動きを補助するとかいうブーツに履き替えているぞ。


 正直、ティーアに前衛は任せたくない。信用していないわけじゃなくて、心配だからだ。

 でも、この3人の中ではティーアが唯一、近接戦闘をこなせる人材。仕方ないのだ。


「まず……もちろん出口を目指すことになるんだけど、ダンジョンを移動するときはマッピングが欠かせない」

「あ、紙と筆記具なら任せてください。ぼくいつも持ってます」

「……うん、じゃあそこはセフィ君に任せよう。先頭はティーアちゃん。これはモンスターの先制攻撃から仲間を守る大事な役目だし、どんな状況でも君がまず敵と戦うことになる……いけるかい?」

「兄さまを守るんだよね? わたし、がんばる!」


 頼もしい返事だ……。嬉しい反面、ちょっとだけさみしい気もする。これが成長か……。


「最後尾はボクが守る。それから、炎霊石ランプもボクが持つよ。後ろからの不意討ちは全部防いでみせるから、セフィ君は安心してマッピングに専念して」

「了解です」

「分かれ道に差し掛かった時なんかは、みんなで相談するということで?」

「異議ないです」

「わたしもー」

「よし。それと……このダンジョンがどれだけの規模かわからないから、無理はしない方向で。セフィ君の……あいてむぼっくす? にも食料はそこまで多くないけど、2、3日なら持つだろうしね」


 もちろん、異議なし。ティーアも頷く。

 そうやって極力危険を避けながら行動しつつ、ぼくは藤子ちゃんとの連絡を続けよう。彼女と話ができれば、きっとなんとかなるはずだ。


 ……めっちゃ他力本願だけど、そもそもぼくが今までやってきたことも他力本願の極みだし、もういい加減開き直ろうかと思う。


「あの、先輩……」

「どうしたの、ティーアちゃん?」


 ぼくが不毛な決意を固めているところで、ティーアがおずおずと口を開いた。


「その……フィーネは……?」


 その言葉に、ぼくははっとなる。

 そうだ。今まですっかり忘れてた。ダンジョンに巻き込まれたのは、ぼくたち3人じゃないんだ。そこには、生まれた時からお世話になっている人も含まれている。


 ぼくが先輩に目を向ければ……彼は、どことなく能面のような顔をして、静かに首を振った。


「……わからない。生きてるかもしれないし、死んでるかもしれない。ただ言えることは……今ここにいない人間のことを考えている余裕はない、ということだ」


 まさに、かつては冒険者として何度もダンジョンに潜っていたシェルシェ先輩だからこその発言だと思う。

 それはあまりにもドライで、人の生き死にさえも受け流せてしまうような、そんな意見だった。


 けれど先輩の言葉に強い説得力を感じるのは、ぼくが先輩の正体を知っているからだろうか。それとも、精神的に大人だからだろうか。

 そう、ぼくは先輩の言ったことに、納得できたのだ。フィーネ……それに、あるいは御者さん。彼女たちのことを諦めるしかないのかもしれないという現実を、それはすんなりと。


 だってしょうがないじゃないか……そう、思った。


 けれどティーアはそうじゃなかった。


「そんなあ!?」


 そう言って、悲しそうに顔をゆがませた。


「ごめんね、ティーアちゃん。でも、ボクたちだって死ぬわけにはいかないんだ。わかるだろう?」

「でも……でも……!」


 他人に心を寄せることができるのは、素晴らしいことだ。もしかしたら無事ではないかもしれない人の分まで、考えることができるというのは、人間として大事な感性だと言えるだろう。

 でも……今は自分たちが生き延びることを最優先にすべきだろう。ここで死んでしまったら、元も子もない。


 ティーアの反応が、普通の子供の反応なんだろうか? わからない。ぼくは、新しく生まれた時から既にこういった感性を失っていた。悪い意味で、大人だったのだ。


 ぼくは……今ここで死にたくなんかないんだ。何が何でも生き延びて、つかめなかった夢をつかみたいから。


 自分勝手な考え方かもしれない。それでもいい、そう言われてもぼくはまだ、死にたくなんかない……でも、ティーアの言いたいこともわかる。たぶん、人道的にはティーアの言い分のほうが正しいだろうとも、思ってる。

 けれど……それでもぼくは、今回ばかりはティーアに賛同することも、慰めることができなかった。


 先輩とティーアが、理屈と感情で口論になりかかるまでの間、ぼくは顔を伏せ続けることしかできなかったのでした。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


大人になることって、何かを諦めることなんじゃないかなって、最近思うます(遠い目

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