第37話 エアーズロックのダンジョン 1
みなさんどうも、セフィです。突然ですが、ここでクイズ。
ぼくたちは今、何をしているでしょーうか?
正解は……。
「わあああぁぁぁ!」
「きゃああぁぁぁ!」
嘘みたいに超スピードなカエルの大群から、全力で逃げています! でした!
ただのカエルじゃないよ、何よりもまず、でかい! ウシガエルなんか目じゃないレベル! 子供のぼくらの胸くらいまであるって言えば、わかるかな!?
そしてカエルなのに二足歩行! 頭には冠みたいな形の、トサカっぽいとげとげ!
ぶっちゃけ!
超!!
キモい!!!
キングフロッグっていうモンスター、らしいですよ! 魔獣じゃないです、モンスター! ですよ!
「うひゃああ!? 先輩行き止まりです! どうしましょう!?」
「やあぁぁん気持ち悪いよぉ!」
「何言ってるの、むしろこれを待ってたんだよ! セフィ君、落ち着いて炎の魔法を!」
行き止まりの壁をぺたぺた触りながら半泣きのぼくらに対して、ご覧あれシェルシェ先輩のこの冷静さ!
さすがは前世ゴールドクラスの冒険者、ダンジョンの中でも素晴らしい判断力だよね!
ぼく? ばっか、ゲームならともかく、いきなりのリアルなダンジョンで、初っ端から冷静に動けたら逆に引くわ!
「ぅえっ、で、でもぼく、初級しか使えないですよ!?」
「それで十分だよ! 詠唱破棄、無詠唱どっちも行けるでしょ?」
「は、はいっ!」
「ボクの魔法を見たら、すぐに放ってね! どっちでもいいから!」
「ぅえあ、は、はひっ!」
後ずされるわけでもないのにぐいぐいと壁に背中を押しつけながら、とにかく答えながら、式を編む。
その隣で、ティーアが半泣きでぼくの身体に縋り付いている。なんてことだ、ぼくの天使がこんなに怯えている! 早くなんとかしなければ!
一方、もう後がないと見たからか、キングフロッグどもはじりじりとぼくたちににじり寄ってくる。めっちゃくちゃキショい。カエルってこんなSAN値直葬な顔だったっけ?
「行くよセフィ君、今だ!」
先輩が合図かたがた、中級風魔法を前方に放った。
それを見て、ぼくも急いで魔法を解き放つ。
こ、このタイミングでいいんだよねっ?
「初級炎魔法!」
動揺してるので、無詠唱は自信なかった。ので、詠唱破棄。
魔法を放つのが正直久々だったのでちょっと不安だったけど、ちゃんと魔法は発動してくれた。泳ぎとか自転車みたいな感覚なんだろう。
その魔法は、バランスボール程度の大きさの火の玉を作って、キングフロッグの群れに突っ込んでいく。
そして着弾の直前、周囲に吹き荒れていた先輩のウィンデリアがそれを粉砕した。
思わず口を開いて愕然としかけたけど、それは杞憂。砕けた火の玉は次の瞬間、風によって巻き上げられて、燃え盛る大雨となってキングフロッグたちに降り注いだ。
風の勢いは強く、それは先頭から最後尾まで、1匹たりとも撃ち漏らすことなく焼き尽くしていく。
「お……おおー……」
「メン=ティの魔導書はね、使い手が複数いればこうやって組み合わせて使うこともできるんだよ」
「へえ……合体魔法って感じです?」
「うーん、というよりは連携って言ったほうが。魔法を融合させるのは難しいんだよ」
メド○ーアとはまた違うのかあ。あくまで二つの現象を連携させてるだけ、と。
かっこよさとか柔軟性で言えば、やっぱ魔法を合体させる方が高そう。できるかな、そんなこと? 錬金術をうまく応用できればあるいは……?
「よし、2人とも終わったよ」
魔法のことを考えようとしていたぼくは、先輩の声で我に返った。
キングフロッグたちは、1匹残らず消えている。あんなにたくさんいたのに……って、消えた?
「……あれ、死体とかって……」
「ないよ。モンスターは死んだらアイテムとお金になるんだ。……こんな感じでね」
そう言いながら、先輩はキングフロッグたちがいた場所にしゃがみ込むと、そこに落ちていたものを拾い上げた。
それは、肝らしき物体と、9枚の大銅貨……。
「……えぇ?」
「あはは、驚くのも無理はないけど。これがモンスターの特徴なんだ。死んだら消えてアイテムになる。……というより、そもそも生き物かどうかも怪しいんだよね。だから魔獣とは区別されてるんだ」
「ははあ……」
「冒険者が危険を冒してもダンジョンに潜ろうとする理由、これでわかったかな?」
「リスクに見合った見返りが必ず手に入る……ということですか」
「そういうこと。モンスターは時間が経てば無限に増えるし、難易度の高いダンジョンであればあるほど手に入る金額も、アイテムの質も上がる。だからより上をみんなが目指すんだ」
「なるほど……」
先輩が掌でもてあそんでいる大銅貨を眺めながら、ぼくは思わず頷いた。
そうか、それで藤子ちゃんが稼いでくるお金と、手に入れてくるアイテムが等加速度的に増えて行ったのか。
ダンジョンの難易度は確か、上から順に神話級、遺産級、空白級、現代級の4種類。
藤子ちゃんはこの中の最高難度、神話級ダンジョンを平気な顔をして歩き回れる超々級の実力者。そりゃあっという間に億万長者ですわ。
今ぼくが、彼女と共有するアイテムボックスに入っているものの大半は、きっとそういうところで手に入れたものなんだろう。ぼくはてっきり、そういうものを売ってお金を稼いでいると思ってたけど……すごいな、ダンジョンって。
っていうか、どうなってるんだろう? ダンジョンに、そこで無限に湧くモンスターに、そいつが落とす道具って。地球じゃあまりにも非科学的すぎてありえない。これがメルヘンやファンタジーってえやつか……。
「兄さま、もう大丈夫……?」
「ティーア。ええっと、……うん、ひとまずは……」
「ふええ……怖かったあ……」
ぼくの言葉に、ティーアはほうっと深いため息をついて、改めてぼくにくっついてきた。その頭をなでながら、ぼくも思わずため息を漏らす。
……このか弱い妹に、すぐにイエスと言えない自分がふがいないなあ。先輩にいちいち確認取ってちゃ世話ないっていうか。
仕方ないんだけどさ……色々と……。
「……先輩、そのドロップしたアイテムとかってどうするんです?」
「普通なら欲しいものとそうでないものを分けて、欲しいものだけ持ち帰るよ。お金は極力回収、かな」
ですよねー。
一応、星璽のアイテムボックスは容量無限大なので、欲しければそこに放り込んでおけばいいんだけどね。
っていうか、あのカエルの肝的なやつも、もしかしたら何かに使えるかもしれないし、隙を見て回収しておこう。
ともあれ、アイテム類に対する解答は予想通りだったので、それ以上どうこう言うことはない。
ただ……。
「ですか……でも、今そんなこと考えてる場合じゃないですよね……」
「うん、まったくもってその通り。普通、ダンジョンっていうのは万全整えて入るものだ」
ポイーと手にしていたものを放り捨てて、先輩は深刻な顔で今まで逃げてきた道へと目を向けた。
道幅は、そこまで狭くない。少し広めの片側一車線道路くらい、かな。3人で並んでも、それなりに余裕はある。
音はほとんどなくて、直前までの逃走劇が嘘のように静か。ぼくたちの会話だけが、こもるように反響している。
付け加えると、光もほとんどない。今こうやって、至近距離で固まってるぼくたちでなんとか顔がわかる程度。夕暮れくらい……かな。道の奥は見通すことができない。
そしてそれでも目を凝らすぼくたちの格好は、学校の制服。武器防具の類は一切ない。完全に普段着だ。
最初は荷物鞄も持ってたんだけどね……逃げるのに邪魔だったから捨ててしまったよ。
「……兄さまぁ、どうするの? わたしたち、どうなっちゃうの?」
「ダンジョンから出る方法は、入ってきたところから順当に出る以外に存在しないんだよね……だから普通なら、マッピングしながら進んで、まずいと思ったら引き返すんだけど……」
ぼくの代わりに応じた先輩が、力なく首を振る。
「……ぼくたち、普通の入り方してないですもんね……」
ぼくの言葉に頷いて、先輩はうなった。
現状、順当に引き返すということができないことは、きっと先輩が一番理解しているはずだ。
そう、ぼくたちはこのダンジョンに普通の方法で、入り口からまっとうに入場していない。
ぼくたちのスタート地点は、ダンジョンのど真ん中。ワープの罠か何かで、そこに飛ばされたかのような状態で、ここにやってきたのだ。
当然、そこに至るまでの道筋なんて記録するどころじゃないし、今いるここがダンジョンの中の具体的にどれくらいの地点なのかも不明。
おまけに、ぼくはダンジョン初心者だ。これでダンジョンを踏破しろなんて言われたら無理に決まってるし、帰るにしても一筋縄ではいかないことは誰にだってわかる。
どうしようもない。まさに詰み。
ざんねん、ぼくのじんせいはここでおわってしまった!
……納得いくわけないだろっ!
こうなったからには、もう恥も外聞もない。今まで人前では絶対にやらないようにしてたけど、ここは藤子ちゃんに助けてもらおう。
そう思ってぼくは、こっそり星璽の通話機能をオンにした。
…………。
…………。
……むう、出ないぞ。もしかして、ダンジョン内って圏外?
あるいは、何か手を離せないような何かの真っ最中か……。
まあ、今までもこちらから通信しても出てくれなかったことは何度もある。藤子ちゃんだっていろいろ考えて行動してるんだから、ぼくの都合にいつも合わせてくれるとは限らないんだし。
でも、藤子ちゃんの助けを借りられないとなると、絶望的だ。なんとか出るまでかけ続けるしかないか。
あとは……そうだ、アイテムボックスに何かいい道具入ってないかな?
そう思ってアイテムリストを開く。それをつらつらとスクロールしていく……。
「兄さま……? 何してるの……?」
「ん……ちょっと、ね」
そういえば星璽の機能は今、他人には見えないように設定してあったっけ?
ティーア達から見れば、ぼくは虚空で手をスライドさせてるおかしなやつだろうなあ。
でも、そんなことを気にしてる場合じゃない。
「お……っ、すごいのがある……」
リストの中から見つけたものを、ぼくは早速取り出す。
それは、青い光をうっすらと放つミスリルソード。なかなかの業物……なんじゃないかな。
……って重っ!! そりゃそうか、真剣だもんね!
「!? せ、セフィ君、それ……今、どこから!?」
「わあ、きれいな剣……」
反応がまったく正反対でわかりやすい。
ぼくはかろうじて持てる程度でしかないミスリルソードを、ティーアに渡してみる。彼女はナルニオルの申し子だし、もしかしたら……。
「わ。兄さま、これ軽いよ」
「……まーじーで」
軽々と持ち上げるってどういうことですか。ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
「せ、セフィ君!」
「あ、は、はい。あの……実は、ですね……ぼく、ちょっとした伝手があって、その人からいろんなアイテムの供給を受けてるんです。以前、最強のパトロンって言ってた人で」
「あ、あれは陛下のことだと思ってた、けど……違う人……待って、でもそうだとしても、今のはどういうこと? 遠隔地と物のやり取りをしたってこと!?」
「いえ、2人で共有の道具入れを空間の間に持っていて、そこから出し入れできるんです。あまりにも異常なことなので、今までは黙ってたんですが……もうそんなことは言ってられないので。
他にも何か、脱出するのに使えないのか探してます。ちょっと待ってください、リスト見えるようにしますから……」
そこで先輩は、完全に言葉を失った。
「兄さま、これ、わたしが使っていいの?」
「もちろんだよ。この中でそれが使えるのは、たぶんティーアだけだから」
「……うん、わかった」
ティーアが頷きながら、剣をそっと構える。
母さんの構えに比べれば、隙だらけのかわいいものだ。それでも今のぼくには、ティーアがものすごく頼もしく見える。やっぱり、視覚がもたらす力は大きいな。
「よし、設定完了。これで見えますよね?」
「うわあっ、な、なんだこれ!?」
まあ驚くよなあ。まず、空中に手で触れるリストが投影されている段階で。
おまけに、アイテムボックス内に入ってるアイテムの種類や量は尋常じゃない。中身を見て、もう一度驚かれることは間違いない。
そんなリストを出しているぼくを中心に、右から先輩が恐る恐る、左からティーアが興味深そうに覗き込んできた。
2人も見て行けるように、ぼくはリストをスクロールする速度を緩めながら、改めて中身を確認していく。
「ん……炎霊石ランプ野外設置用? どういうのだろ……」
見つけた気になるものを、早速出してみる。
出てきたそれは……どこからどう見ても、投光器な代物だった。なんぞこれ……。
いや、使い方がわからないわけじゃないんだけど。この世界に不釣り合いなものが出てきたから思わずね……。
「炎霊石ランプ!? 遺失技術品じゃないか!」
「うわわっ、え、遺失……?」
急に復活して大声を上げた先輩に、ぼくとティーアはびくりとする。
物静かなダンジョン内に、彼の声がこだました。
「これ、これは今記録に残ってる時代よりももっと前、先史時代と言われる頃にあった超古代文明の遺産だよ!」
「まーじーで!?」
マジもんのオーパーツじゃん! ていうか超古代文明!?
と、藤子ちゃんってばこんなのどこで入手したんだ!? さすがにこれは、ダンジョンで手に入るものじゃないでしょ!?
「んっと、えっと、すごい、の?」
「すごいなんてもんじゃないよ! 今の技術じゃ、どこをどうがんばったってこれは作れないんだよ!? 金額なんてつけられないくらいの価値があるんだ!」
「歴史的価値プラス希少性プラス実用性……ってとこですかね……って、うわ、めっちゃ明るい!」
会話の中で思わず電源を入れてしまったんだけど、これがまた明るいのなんの。
これはあれだな、業務用のライト並みの光量だぞ。でも地球のやつより軽くて、なんなら懐中電灯みたいに使えそうなレベル。野外設置用というより、マジで携行用なんじゃ……?
「すごいすごい!」
「うん……確かにすごい……遺失技術品で納得だ……」
まっすぐに伸びる光は、ダンジョンを煌々と照らしている。まるでここを通れと言っているかのような輝きだ。
「……ね、ねえセフィ君……君のパトロンって、一体……何者なの……?」
その先を呆然と見つめながら、先輩がうめくように問いかけてきた……。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
セフィのほうでも遂にダンジョンです。
内政ぬくぬくモードの彼に対する初試練、といった感じ。
追伸
大好きななろう作品の物理書籍版が昨日めでたく発売になったので、今日近場のツ○ヤさんに行ったんですが既に在庫なかったでした。
この世界に救いはないようなので、密林先生に降臨願おうと思います……。




