◆第36話 宮家の家庭教師
静かに時計の音が刻まれている。それは地球のものとなんら変わりがなく、豪奢な椅子にかけて禁書を速読する藤子にとって、郷愁を抱くには十分であった。かつては侵入したミスカトニック大学の図書館で、こうして本を読みふけったものである。
藤子を右斜め前にして同じく椅子に座るのは、落ち着こうにも落着けない様子でそわそわしているセレン。
そしてその正面……藤子を左斜め前にして座っているのは、髪と目をカルミュニメルブルーで統一されたオールの女だ。こちらはじっくりと、どことなく眠そうな目のままで、興味深そうにきらびやかな室内を観察している。
藤子のそれに似た、しかし簡素な改造和装に身を包む彼女の両腕は、サファイアのような輝きを放つ鱗で覆われ、その手には鋭い爪が露わになっている。また、後ろにはこれまた宝石がごとき鱗に覆われた長い尾がなびいており、彼女がただの人間ではないことは一目瞭然だ。
大抵の人間は、この異様な風貌の女を見て魔人族と判断するだろう。しかし耳は人間族のものであり、そうでないことはすぐにわかる。確かな審美眼を持つ者が見れば、彼女が幻獣サファイアドラゴンであることを見抜くことができるだろう。不完全ではあるが、人に変化しているのだ。
彼女こそ藤子の新たな弟子であり、先日のブルードラゴン騒動で藤子に救われたサファイアドラゴンその人である。名を持たぬ幻獣であった彼女に、藤子は輝良と名付けた。
なお藤子やセレンとは異なり、その胸はなかなかに豊満である。セレンが歯ぎしりしながら胸だけをスライム化して対抗していたが、藤子にとってはからかうネタが増えた程度の認識でしかない。
閑話休題。
そんな藤子たちがいるここは、ムーンレイスの偉大なる巫女から血を分けたイズァルヨ宮家の邸宅。そのゲストルームである。
3人分の緑茶(色が緑であるだけで、地球の緑茶とは異なる)が給されてはいるが、3人ともあまり中身は減っていない。理由は嫌い、緊張、熱いと三者三様であるが。
地球のマホガニー製に似た、重厚なテーブルのそばで控えるメイドは動く必要がないがために、どこか所在なさげに、しかし不動を貫いている。うろたえる様子もないのは、さすがにイズァルヨ家に仕えるメイドと言ったところか。
年始、さすがの藤子も弟子たちに課している修行を緩めて束の間の歓楽を楽しんでいたのだが、ある晩にハルートから呼び出しを受け、こうやって赴いた次第だ。
もちろん藤子にとっては、降神祭の時から予想していたタイミングだ。驚くことはなかったが、セレンはすっかり忘れていたようで相当驚いていた。人間社会の知識がまだ希薄な輝良は、ただ首を傾げるだけだった。
そんな静かな時間が、1時間ほど過ぎた頃合いだろうか。不意にどたばたという音が近づいてきたかと思うと、勢いよく扉が開かれて、藤子にはもはや見慣れたハルートが入ってきた。
「おー、ハルート!……さん! ひっさしぶりー!」
「やあ、セレン君久しぶりだね。すまないトーコ殿、待たせてしまった」
「おう、待ちわびたぞ」
「いや、面目ない。少し議会が長引いてね……」
やや疲れた笑みを浮かべて、ハルートはそのまま藤子の正面へと腰かけた。直後に、メイドが緑茶を彼に給する。
それを確認すると同時に、ハルートはそのメイドに耳打ちをする。
それを受けて、メイドはしずしずと部屋を出て行った。
「さて、ええと……本題の前に、彼女がカグラ君だね?」
彼女が出て行ったのを見届けてから、ようやくと言った様子で口を開いたハルート。
「おうよ。輝良、一応挨拶しておけ」
「……ん。アタシはカグラ、よろしく」
藤子に言われた輝良はぎこちなくそう言い、ぺこりと頭を下げた。
その動作に落第、と心の中でつぶやきながら、藤子はしかしそれを口にはしない。ペナルティは後で、だ。
「私はハルート・イズァルヨ、イズァルヨ家の現当主だ、よろしく頼む」
しかし一方のハルートは、輝良の不作法を気にすることもなく頭を下げて見せた。
彼はもはや、藤子とその弟子たちが身分という枠を超えて存在しているものだと知っている。1年ぶりに神と邂逅した、その瞬間から。
そのハルート。あいさつを済ませてから、しばらく輝良の様子をまじまじと観察していた。
「……言われてみれば確かに、あの時のサファイアドラゴンだとわかるが……すごいね、ここまで人間の姿を取ることができるとは」
「……アタシは別に、すごくない。トーコの魔法のおかげ……」
「ほう?」
「この世界に変化の魔法はまだなかろう? あのでかい図体のままでは何かと面倒じゃからのう、わしの魔法を教えてやったのよ。一割程度しか使いこなせておらんようじゃがな」
「ほうほうほう……」
うっすらと笑う藤子に、ハルートが面白そうに何度も頷き、セレンがなぜか自慢げ、輝良はほとんど表情を変えなかった。
「変化……望んだ姿に変わる、そう言う魔法かね?」
「いかにも。極めれば生き物であろうがそうでなかろうが、思うがままに変化できる。使いこなせなければ、かように原型の要素がそのまま出てしまうがな」
「それでも十分じゃあないか、耳が長ければどう見ても魔人族だよ。それに、君の魔法を少しでも使えているカグラ君も十分にすごい」
「……でも、辛い」
「うん? というと?」
「トーコの魔法……難しすぎるし、疲れる……ちょっと使ってるだけで、全然力入らない……」
そう言うとともに、深いため息をつく輝良。
元がブルードラゴンという強力な魔獣であり、そこからさらに進化した幻獣サファイアドラゴンですら、この有様である。藤子の力が、いかにこの世の誰にも追随を許さないかを端的に表した光景と言えるだろう。
「幻獣のカグラでああなるんだもんな、私が使ったらどーなるんだろ……」
「骨と皮だけになって死ぬ」
「……修行しまあああす!」
おののきながらも、藤子と同じ力を諦めるつもりはまったくないセレンであった。
「……さて、そろそろ本題に入ろうか」
ひとしきり笑った後、ハルートが切り出した。それを受けて、藤子もさすがに居住まいを正す。
「早速なのだがね、トーコ殿。先日の借りを返してもらいたくてね」
「うむ、何なりと言ってくれ。死人を生き返らせる以外のことは大体できる故」
「頼もしいね。……実はね、うちの娘に色々と教えてやってほしいんだ」
「ほう、わしに弟子を取れと」
「えー、これ以上弟子が増えたら私が教えてもらう時間減っちゃうよー!」
「……同意」
「はっはっは、君はなかなか人気者だね?」
「死屍累々じゃがのう」
やれやれとため息をつく藤子。彼女の教え方は厳しいを越えている。
「しかし良いのか? 男親にとって娘と言えばさぞかわいかろう。わしに預けたら、下手したら死ぬぞ?」
「うむ……育てるのはテンマのみ、ダバは育てない、だったね。しかし……そうだねえ、私の育て方もまずかったからねえ」
「合わせてそこもと言う魂胆か。なるほど面倒事を持ってきおったわ」
「いや、はは……すまない。末っ子がかわいくてどうもね……おまけに、私より才能があるから余計と言うか」
「己が才に驕り高ぶる子供か。いずこの世界でもよくあることじゃな。かく言うわしもその口じゃが」
「そうだよねー、トーコって絶対子供の時からそんなだったでしょー」
「肯定せねば嘘になるな」
「ホントなんだ!?」
まだ不老不死でもなかった、正真正銘の子供時代。今にしてみれば、あの頃は若かったとさすがに言える藤子である。あの頃は、何かにつけて反発したい子供だったと。それができるだけの力があったから、余計だ。
まあ、時の権力者の命令すら場合によっては却下していたのだから、やんちゃで片づけるには過ぎた増長具合ではあったが。
とはいえその時代も、もはや歴史の一部でしかない。
「参考までに、どんな子だったのか聞いてもいいかい?」
「今とさして変わらんぞ? 今より喧嘩早く狭量ではあったが、物事の考え方や捉え方はおおむねこんなものじゃ」
「……冷めた子供」
「言うな、輝良。自覚はある」
苦笑しながら手を振る藤子に、輝良がうっすらと笑う。
「……わしのことはもうよかろう。で、その娘のことじゃが」
「ああうん、うちの娘のことなんだがね……」
そう言うハルートは、笑いをこらえていた。肩が震えている。
「娘はまだ8歳になったばかりなんだが……ティライレオルグリーンのオールでね。既に私とほぼ同程度にまで魔法を使うことができるんだよ」
「ほう、それは相当な才覚じゃな」
「そう、そうなんだよ。しかしだからこそ、もう彼女に教えられるものがいなくてね。それ以外のことをやらせてみようにも、いちいち自分の力を鼻にかける始末でね……このままでは嫁に出すこともできそうにない」
どこで間違ったかなあ、と言いながら、ハルートはティーカップを手に取った。
その中身をぐるぐると回してから、静かにあおる。
「まだ間違えたというには早かろうて。8歳ならどうにでも矯正はできるさ」
「そう言ってくれるとありがたい。……けれどそれができるのは、恐らく君しかいないと思うんだよ。ダンジョン化の魔法式すら読み解き、神の魔法陣をも理解できる君しか」
「まあそれが手っ取り早いな。わかっておる、引き受けるさ。しかし1つ良いか?」
「何かな?」
「わしのやり方は厳しいぞ。性格も矯正どころか変わるやもしれんし、見た目も変わるやもしれん。それでも良いか?」
「……覚悟はしているよ。それから、君の良心も信じている」
「……ふっ、その辺りはさすがに宮家の当主じゃな。方法は任せてもらうぞ?」
「ああ、好きにしてくれたまえ」
「わかった。では引き受けよう。セレン、輝良、良いな」
「もちろん。トーコが決めたことだもん、私は反対しないよ!」
「……同意」
2人から了解を得て、藤子は静かに頷く。
「では、その娘とやらに会わせてもらおうか。隣に待機しておる娘で良いな?」
「はは……君には隠せないな……おうい!」
苦笑かたがた頷き返しながら、ハルートは手を打ち鳴らした。
それに応じる形で数十秒後、先ほど出て行ったメイドが1人の少女を連れて中へと入ってくる。
(なるほど、これは相当の器じゃな)
少女を見た瞬間、藤子はそう確信した。
煌めくほどの翠緑の髪と瞳は、まごうことなきティライレオルの色。そこに宿る能力がいかほどのものかは、神話にも記されている。
もし地球であれば己や、あるいはかつて競った宿敵に比肩する力を持つ可能性を、藤子は見た。さすがに、自ら驕り高ぶるだけはある才能だと。
「お呼びですか、お父様」
少女はまず、父であるハルートにそう言った。いかにも気取った風な、子供らしい背伸びした声音である。
佇まいもまた、まだまだ子供らしさが色濃い。少し着飾った風のドレスも、どちらかと言えば着られている雰囲気だ。
しかしその顔立ちはまるで人形のようであり、将来の美貌が期待される。
「うむ。こちらは新しくお前の家庭教師をすることになった、『青花』のトーコ・ヒカリ殿だ。ご挨拶なさい」
ハルートがそう言うのと同時に、少女は露骨に表情をしかめた。
そしてその顔は、紹介された藤子を見てさらに険しくなる。
まあ、無理もない。一見するだけでは、藤子は彼女と大差のない姿をしているのだから。おまけに、椅子にもたれかかって腕を組む様に、宮家に対する敬意はない。
蝶よ花よと育てられた子供だからこそ、そうした敬意の有無にはある意味敏感なのだ。
「……お父様、言ったはずよ、私に先生はもういらないわ」
「いいや、まだ必要だよ。魔法のすべてができるからと言って、人の一生はそれがすべてではない。ましてお前は、まだ魔法のすべてを知らないのだから」
「あら、魔法は全部知ってるわ。極大魔法も、禁断魔法だって使えるもの」
「それが魔法の一部だと言うのだよ。メン=ティの魔導書は、すべての魔法の一部でしかないんだ。私ではそれを教えることはできないが、彼女ならそれができる。いいね、これからは彼女の言うことをしっかりと聞くんだよ」
「嫌ぁよ! 大体、先生なんて言うけど、この子だって私と同じくらいじゃない。どこが先生っていうの?」
「うむ……見た目は仕方ない。しかし彼女はこれでも……」
「ハルート、それまでにしておいてくれ」
年齢の話が出かかったので、一旦待ったをかける藤子。
別に己の年齢は気にしてはいないが、不老不死という技術がないこの世界でそれを暴露することは、面倒事の種である。言っても信じてもらえはしないだろうが、それでも極力信頼できる人間にしか言わないようにするが花だ。
「おっと……うむ、すまない」
「よい。さて……お主がハルートの末娘か。話は聞いていたが、なかなか育てがいがありそうじゃな」
「な、なんなのよあんた! 私は宮家のお姫様よっ?」
「それがどうした?」
「はあ……っ!?」
あっさりと言ってのけた藤子に、少女が絶句する。
しかしすぐに憤然として、藤子を指差しながらハルートのズボンのすそを思いっきり引っ張った。
が、彼女はまだ知らない。この直後に、愕然とすることを。
「お、お父様! こんな無礼な人、なんで勝手にさせてるのっ!?」
「ティライレオル様直々にその存在をお認めになられた方だからだよ? 命の恩人でもあるしね」
「は……っ!?」
またしても絶句した少女に、藤子は思わずくくく、と笑う。
ハルートの言い方は、確かに間違ってはいない。そして彼は、実際そうだと思っているだろう。
実のところはもう少し複雑だが、これくらいが一般人に言うには適当かもしれない。
「……やれやれ、トーコ殿、ご覧の通りでね。この子が私の娘、ライラだ」
「お主がわざわざ言うことでもないのじゃが。やはり甘いのう、お主」
「耳が痛いね」
肩をすくめるハルートに半目をちらりと一瞥させて、それから藤子は少女――ライラを見据える。
そこには、確かな怒りがあった。それを、藤子は笑う。
もちろん挑発であり、むしろ藤子にしてはあからさまなやり口だ。既に付き合いがある、セレンと輝良にはもう通じないだろう。
しかしライラは、まだ子供だ。
「な……っ、なんなのよあんたぁ!」
すぐに怒りを爆発させて、全身からマナをほとばしらせた。藤子の目が、それが炎の極大魔法であると看破する。同時に、稚拙だとも。
一方それを見て、今まで後ろに控えていたメイドが全力で後ろに下がる。
藤子の側はと言えば、ハルートはやれやれと肩をすくめるだけ。
セレンはやめといたほうがいいと言わんばかりに首を振り、輝良に至っては眼もくれず、ようやく冷めきった緑茶を手に取るほどだ。
「あんたなんかに教わることなんて、なんっにもないんだから!」
それと同時に、炎の極大魔法が顕現する。極大の無詠唱。大の大人でも、数万人に1人しかできないことを、8歳の少女がこともなげにやってのける異常性は、相当である。
しかしそれは、抑えの利かない子供が振りかざす刃物。危険以外の何物でもないし、また実に悪質であった。
が、そんなものは藤子にとって児戯ですらない。
顕現したと同時に、炎は霧散した。周囲に一切の効果を及ぼすこともなく。室温は、ミリほども上がっていない。
「……え……!?」
驚いたのは、ライラとメイドだ。しかし、それ以外の4人にとっては予定調和でしかない。
そして全ては、藤子の筋書き通りに進んでいくことになる。
「どうした、終わりか?」
藤子はせせら笑う。言外に様々な罵倒を込めながら。
既に冷静さを完全に欠いているライラにとって、それはもう一度感情を爆発させるには十分すぎた。
彼女は再度マナを練り上げる。今度のそれは、禁断魔法。純粋な月の力を操る、破壊以外産まない魔法。
さすがにハルートは頭を抱えているが、しかしそれは危険を感じているからではない。こんな簡単に禁断魔法が発動されようとしていることが、彼にとっての問題である。なぜなら、藤子がいる限り危険などありえないから。
「消えなさい! アウローラル!!」
詠唱破棄。
その瞬間、室内に巨大なオーロラが波を打って現れる。月の光を宿したそれは、あらゆるものを砕く必殺の輝きを放ち――。
「で?」
――次の瞬間、何もなかったかのように消滅した。
「えっ!?」
あっさりと解呪された禁断魔法に、ライラは目をそれはそれは丸くする。
その目に、藤子の姿が映りこんだ。椅子に身体を預けたまま、微動だにすることもなく座っている藤子。その周囲には、完全に隠された魔法式が既にほとんど完成している。
彼女の顔は、笑っていた。ライラはそれを、この時ようやく「恐ろしいもの」だと思うことができた。
が――既に遅い。
かしん、と鈍い音が響いた。藤子が己の亜空間から、木の枝を取り出してライラの足元に放り投げたのだ。誰もがそれに目を向ける……。
「『ダンジョン化』」
そしてその詠唱破棄により、藤子の作っていた式が完成。木の枝は、次の瞬間時空を歪め始めた。
周囲のマナのことごとくを吸い取り、ブラックホールめいて空間をひしゃげさせ、暗闇が膨張して、圧縮する。
その意味するところをただ1人、経験者である輝良だけが理解して、今まで眠そうに半分ばかり閉じていた目をカッと見開ける。
「きゃああっ!? なに!? や……やだ、飲み込まれる……! お、お父様あぁぁ……!」
そしてその闇は、最も近くにいたライラの身体を飲み込むと、そのまま一気に収束。そこに四角四面な階段を生じさせて、見た目には見えなくなった。
それからしばらく、静寂が満ちる。
「……と、トーコ……『ダンジョン化』、本当に使ったんだな……」
「ぅええっ!? ウソでしょ!?」
「ライラには使っておらんよ。あくまで核にしたのはあの枝じゃ。そこらに転がっていた街路樹の枝じゃし、マナもほとんど吸わせておらぬ。大したダンジョンには育たんよ」
「本気かー……! そっかー……!」
しれっと言って見せ、藤子は何事もなかったかのようにティーカップを手に取った。
「……枝を媒介に、ダンジョン化させたのか。あの魔法式を早速使うとは……」
「完全ではないがな。実験を兼ねて使ってみた」
「だ、大丈夫なのかね……?」
「殺すつもりはないさ、難易度は最低限にした。まあ、ライラの実力ならよほどへまをせぬ限り死にはせんじゃろう」
「そ、そうか……」
さすがにハルートも、娘がこれほどの目に遭ったのだから相当に心配なようだ。
しかしそれすらも、藤子を止めることにはならない。
彼女は既に、自らが創ったダンジョンがどのような挙動をしているのか、それに目を向けていた。ある意味でデバッグのような作業だが、新しい魔法を創る時は欠かせない。
それを行いながら、藤子は左右にそれぞれ一度ずつ、目を向ける。
「セレン、輝良。行け」
「え゛っ!?」
「……助けに行け、って?」
「違う。競いに行くのじゃよ」
くくく、と藤子は笑う。その顔は、魔王か何かのようだった。
「最初にマスターモンスターを倒した者に、褒美を与える。それ以外の者には、懲罰をくれてやる。ライラもその対象じゃ……ふふふ、パーティアタックはほどほどにな」
「……!」
「……ん」
藤子の最後の言葉を聞くと同時に、セレンと輝良は視線を合わせた。赤と青の瞳、正反対の色だがそこには闘志と言う共通の色があった。
そして2人はどちらからともなく立ち上がると、早くも競うようにしてダンジョンの降りていく。
それを呆然と見送るハルートとメイド。そこに、藤子は声をかける。
「ハルート、わしの見立てでは輝良がおよそ3時間でマスターモンスターを倒す。それまでは暇じゃろうから……」
そう言いながら、亜空間からまた物を取り出す。今度出したものは、チェスに似た盤だ。
「しばし遊ぶとしようぞ」
そしてもう一度、藤子は笑う。またしても、魔王か何かのように。
ハルートはいい。そういう藤子の所作には、もう大体慣れている。だから笑い返しながら、
「う、うむ……いいだろう。ボードゲームには少し自信があってね」
そう言える。
しかし、藤子の常軌を逸した言動を初めて見るメイドは、もはや最初のような佇まいを維持することはできなかった。
そしてそんなメイドをよそにゲームを始められるハルートの感覚は、慣れるを通り越して麻痺していると言っていいだろう。
駒が並ぶ。クレセントレイクを照らす太陽は、ようやく傾き始めた頃合いであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今章における藤子編は、今回で最後になるかと思います。
あと数話ほどセフィ編をやって、……終わるといいなあ……。




