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異世界行っても漫画家目指す!でもその前に……  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
幼年期編~でもその前に、筆記具だ!~
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◆第35話 降神祭

 アステリア大陸にはいくつもの国があり、国ごとにそれぞれ多様な文化風俗を持っているが、こと新年に関しては、ほとんど各国に違いはない。

 その中でも唯一、他とは異なる行事を持つ国がある。それが大陸東南部に位置し、東部3カ国の連合盟主として大陸の覇権をも狙える大国、魔法王国ムーンレイスだ。


 そもそも魔法王国ムーンレイスは、かつて大陸全土を治めていたクレセント王国の末裔である。

 国家元首たる月の巫女は、今もなおかつての王家クレセントの姓を名乗り、その系譜も確実に分裂当時までさかのぼることができるという、大陸最古の家系だ。

 故に国民の「かつての王者を継ぐもの」という意識は強く、その昔に行われていたことの多くが継承されているのだ。今は古くなり、国によっては破却が進められている書き言葉にことさらこだわるのも、そうした歴史が関係している。


 そんなムーンレイスの新年最大の行事は、降神祭こうじんさいと呼ばれている。文字通り、降りてきた神を祭るものだ。

 国家元首である月の巫女がその身に満月の神ティライレオルを降ろし、その口を借りて神の言葉を賜る。そしてその言葉は、巫女から国民へと告げられ、それがその年の国の、ひいては国民の方針となる。これこそ、ムーンレイスが強国として長く続いている理由なのだ。


 大陸広しといえど、神との直接対話が可能な技術はムーンレイスにしかない。最古の国家の末裔は、伊達ではないのである。


 その降神祭は新年に改まった直後、元日の深夜に執り行われる。場所は王城ではなく、クレセントレイク湖にぽつりと浮かぶ小島に建った月の神殿が舞台となる。


「親王殿下、魔法陣が完成いたしました」

「うむ、ご苦労様」


 その神殿の深部。これまた遺失技術である魔法道具の明かりによって照らされた儀式の間で、ハルートが関白の報告に頷く。頷くまでもなく、魔法陣は彼の眼前にあるのだからわかっているが、それはそれだ。

 この神殿に足を踏み入れることができるのは、月の巫女の他はハルートのように巫女の血を分けた宮家の成人と、現在の関白のみである。

 しかし、こと降神祭に関しては関白に知識や技術は与えられていないため、普段は宮家と並び殿下と称される関白であっても、報告のような些事を担う必要がある。


 今、この場にいる人間は全部で10人。内訳は、完成した魔法陣の中心に立つ月の巫女、宮家が7人、関白が1人、そして招かれざる客が1人である。

 その招かれざる客――藤子は、魔法陣を俯瞰できる天井周辺の梁に腰掛け、青と赤の瞳でもって見下ろしている。その場にいるにもかかわらず気配は一切なく、血統故に実力者がそろうこの場にあっても、彼女に気づいている人間は、事前に話を聞いているハルートのみだ。


「それでは諸君。これより、降神祭を執り行う」


 ハルートが、厳かに宣言する。彼に、周囲に居並ぶ7人が一斉に頷き、跪く。宮家に序列はないが、今年の担当が単にハルートなのだ。

 他の面々の動きを見届けたハルートも恭しく跪き、中心に立つ月の巫女――壮年期を間近に控えた妙齢の女性に言上ごんじょう奉る。巫女との直接の会話は、ごくごく限られたもののみの特権である。


「……主上おかみ、万事整いましてございますれば」

「大義なり」


 女性にしては低い声だ。これは、降ろす神であるティライレオルが男神であることに由来する。より神の声に近い……つまり男らしい声が、巫女には求められるのだ。


 巫女が、その場に静かに傅いた。右手を魔法陣の中心……ティライレオルの紋章に、右手を胸の中心に置く。


「発」


 巫女が言う。

 瞬間、魔法陣にティライレオルグリーンの光が満ちていく。巫女を中心にして、水が荒野に広がっていくように、同心円状に。


 言葉が紡がれていく。それはもはや、この時代の人間には口にできないものだ。既に失われた母音を用いた、非常に古いものであるが故に。これを言葉にする技術もまた、最古の王国ならではである。

 呪文は続く。その詠唱を聞きながら、また魔法陣の挙動を観察しながら、藤子はその魔法的な構造を看破する。


(なんと膨大で強大、複雑にして遠大な式よ。これは明らかに、今の時代の魔法技術よりも数段上を行く技術ではないか)


 藤子がこの世界にやってきておよそ3年。その間ついぞ見ることのできなかった高等な魔法式が、そこにあるのだ。思わず唸り声を上げそうになるのを抑えながら、藤子は思考を続ける。


(この式は……地球における神体召喚に極めて似ておるな。質の上では常に更新し続けているわしに分があるが……恐らくその原点という点では、地球のそれに勝るとも劣らぬ。

 ふむ……これは実に興味深い。この世界の歴史は、およそ300年ほど前から始まっておるが……それより以前に文明があったことを示す書物もいくつかあることを考えれば、この魔法は明らかに先史時代のもの。

 地球で言えばムーやヒューペルボリアに相当するような、超古代文明が存在していた、か? ふふふ……面白くなってきたのう)


 口元に笑みを浮かべ、藤子はこの魔法の一切を逃すことなく記憶することに決めた。

 異世界における、神々に干渉する魔法。その有用性は、恐らく故郷、地球に戻ったとしても揺るがないだろうから。


 ――魔法陣の光が収束し始めた。と同時に、その光は巫女の身体を覆っていく。それに合わせて、神話時代のものを模した巫女服に幾何学模様が浮かび上がっていく。

 それは次に巫女の肌にも伝播し……ほどなくして、彼女の身体は緑色の文様で埋め尽くされた。


 そして――その瞬間である。


(……! 空気が変わった。神威が満ち始めておる……ティライレオルが来たか)


 それを察知して、藤子は巫女へと視線を注いだ。


 そこでは、全身を大きくのけぞって奇声を発している巫女がいる。神がそこにやってきているのだ。普通の人間の身でそれに耐えることは、尋常なことではない。

 藤子の感覚で言えば、神を降ろすとなると100年単位の修行が降ろす者に要求される。自他共に天才と認める藤子ですら、己が身に宿る力を神として万全に呼び込めるようになるにはおよそ80年の時を要したのだから、その半分にも至っていないだろう女の身体では、高確率で耐え切れずに死んでしまうだろう。


 やがて、巫女はぐりんと白目をむき、その場に仰向けに倒れた。完全に気を失ったようだ。

 しかし藤子の目には、彼女の魂が燃料として少しずつ燃えていくのに比例して、その周囲を別の魂が覆っていく様子がはっきりと見て取れた。


 ナルニオルと似た姿と気配をした、男神の魂。ティライレオルである。


「……ふあー。あー、やっとこっちに来れたよー……」


 巫女が、白目のまま口を開いた。もちろん彼女は気絶したままだ。

 これは、ティライレオルが巫女の口を借りて話しているのだ。子供のような口ぶりだが、ティライレオルは自在に姿を変えられる神として神話に描かれている。今日は子供の気分なのだろう。


 巫女が……いや、ティライレオルがゆっくりと身体を起こした。そして、白目をぐりんと元に戻して、現れた翡翠の如き瞳で周囲を見渡す。


「……と。えと、あは、顔ぶれは去年と一緒だね。みんな元気だった?」

「はっ、我ら一同息災でございました」


 ティライレオルの、あまり神らしからぬざっくばらんな言葉に、ハルートが跪いたままで答える。


「相変わらず堅苦しいなあ、ぼくはそういうの気にしないんだけど……まあいいや。時間がもったいないもんね」

「はっ!」

「こほん……えーと、まずは新年あけましておめでとう。去年1年のお前らの忠勤、ありがとう。

 ミレス関白、就任初年ながら見事な議会運営だったね。この調子なら、任期いっぱいまで君に全部任せても問題なさそうだよ。これからもお願いね」

「は……ははっ! ありがたきお言葉……!!」


 信仰を寄せる神その人に、直々に褒められた感動で、関白は感涙に咽びながら額を床にこすり付けた。


 神は、民の行いを見ている。そしてそれを、この場で明らかにされる。そこに間違いはない。神々の前では、所詮卑小なる人間の小細工など、何の意味をなさない。

 かようにして、ムーンレイスにおける関白職とは、真実の政治家でなければ絶対に勤まらない、栄誉ある仕事なのだ。だからこそ、この国は強い力を保持し続けていると言えよう。


「ハルート親王、年末にでかい事件に巻き込まれて大変だったね。ぼくもまさか、サファイアドラゴンほどの幻獣がああなるなんて予想しきれなくって……。

 でも、しっかりとことを収めてくれてホントにありがとう。これからもこの国の守りは任せるからね」

「……は、この命に代えましても」

「あれれ、納得してなさそうだね?」

「は……お言葉ではございますが、あれは私1人の力では手に余るものでした故に」

「うん、知ってるよ。でも『彼女』と知り合った、それは君が持ってる運の賜物じゃない。運も実力のうち、って言うでしょ? だから、あんまり深く考えなくっていいんだよ」

「……はっ」

「ああそれと……『彼女』は特別だからね。『彼女』が君に語ったことはぜーんぶ真実だから、『彼女』が近くにいるうちに、できる限り『彼女』の知識と技術は吸収しておいたほうがいいよ。後々、絶対にそれが生きてくるからさ」

「……! はっ、畏まりましてございます!」


 そこでティライレオルは言葉を切り、うっすらと笑いながら上へ視線を向けた。

 そしてそれは、藤子の二色の視線と交錯する。


(バレておるか。さすがは神よ)


 だが藤子も、それは織り込み済みだ。臆することなく笑い返して、続きを促す。


 ティライレオルはそれに肩をすくめて応じると、しばらく今の国家運営に当たっている人間たちの客観的な功績と、彼らに対する自身の評価を述べ始めた。

 それらは、周囲に控えた宮家や関白たちの手で筆写される。偽造や書き間違い、聞き間違いの防止だ。


 ひとしきり話し終えて、ティライレオルはさらに話題を変える。


「で、今年の方針だけどね。シエル王国との同盟強化は継続したほうがいいと思うんだ。あの国に時代を大きく揺るがす天才が現れたことは前から言ってたと思うけど、その天才の力が遂に結果と言う形になって他国へ波及し始めてるんだよ。

『彼』はこれからも多くの技術革新をこの世界にもたらすと思うな。その恩恵を、ムーンレイスがどれだけ受けられるかで今後国の動向が変わると思ったほうがいい」


(ははは、抜かしおる。セフィをこの世界に呼び込んだのはお主らであろうに)


「それから、グランド王国には注意しといて。草を放ってるハルート親王は察してると思うけど、あの国の動向が最近おかしいんだよね。今まで以上に情報収集に努めて、迅速な情報伝達を心がけて」


(ふむ……? これは聞き捨てならぬことを聞いた。わしもちと調べてみるか)


「最後に……先だってのブルードラゴン騒動みたいな事態が今後起きる可能性は十分あるよ。それでね、それは年々増加していくんじゃないか、ってぼくたちは考えてる。

 だからいつでも対処できるように、国として民の力の底上げを進めたほうがいいと思う。軍だけじゃ対処できなくなる可能性が高いだろうから」


(……ほう。これもまた聞き捨てならんな。つまり、瘴気が今後もどこかで湧くだろうと言うこと……。

 これは恐らくは、わしが今世界に呼ばれた理由に、程度は不明でも関係していると見たほうがよさそうじゃな。あれがどこから出てくるのか……これも調べるとするかのう)


 珍しく真剣な表情を崩すことなく、思案を続ける藤子。


 そんな彼女を尻目に、場は静かに終わりへと向かっていく。


「今年はそんなところかな。……うーんごめん、そろそろ巫女様の身体が限界だよ……」


 その言葉と共に、ティライレオルの存在が揺らぎ始めた。彼自身が語った通り、巫女の身体が限界を迎えているのだ。


 そうしてティライレオルはその場にそっと横になる。彼が抜け出た後の巫女が、転倒してケガをしないようにという配慮だ。

 本来ならばこれは彼がするようなことではないが、手伝おうとした周りの人間を手で制しているあたり、ティライレオルという神はかなり人間に寄って考える神だと言える。


「それじゃ……また来年会おうね、ぼくの子供たち。国の運営、頼んだよ」


 最後にティライレオルは、ひらひらと手を振って笑うと、静かに巫女の身体から抜けて行った。

 それに合わせて、今まで光を帯びていた巫女の身体からも、一気に光が抜け落ちる。あれだけ身体を覆っていた文様も、一緒に消えた。


 と同時に、巫女の身体から大量の血が噴き出した。全身に細かい散弾を受けたかのような盛大な出血に、場に居合わせた全員が一斉に回復魔法を行使する。


(……月の巫女とは代々、ああして死んでいったのじゃろうな。ノブレス・オブリージュの極みを見せられた気分じゃ……1つの人間が完全にシステムの一部として殺されておる……わしにはできんのう)


 完全に意識を失い、血だまりでぐったりとしている月の巫女に憐憫の目を向けて、藤子は小さく首を振る。


 されど、それはわずかな間の出来事だ。彼女はすぐに、降神祭はこれまでと見て静かに立ち上がると、亜空間でつなげた別の場所へ、誰にも気づかれぬことなく去っていくのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


魔法王国ムーンレイスの運営モデルはまんま日本ですね。月の巫女は言ってみれば天皇陛下のようなもの。

男系とか女系とか、そういうのは気にしてない国体ですけどね。


あ、ちなみに今回の藤子編は短いです。

ええ、短いですたぶん……ホントに、ホントに短いと思うような気がするので!


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