第24話 来たれ鉛筆 下
錬金術のことはひとまず、頭の片隅に置いておくとして。
芯の焼成が終わったら、次は油にくぐらせて、後は冷ますだけだ。
油……これも地球で作れる油と同質のものが取れなかったので、理想にいちばん近くはある工業用の油をなんとか大将に買ってきてもらった。条件が違うので、仕上がりが狙い通りのものになるかどうかは、完全に出たとこ勝負だった。
この時、
「冷やすならあたいに任せとけよっ」
と、トルク先輩が言ってくれたので、筒一つ分を任せてみた。
冷やす、ということで、彼女は早速氷魔法で冷却を開始。冷やすなら氷。妥当な判断だし、ぼくだってこうしようと思ってた。彼女が立候補しなかったら、ぼくがやってただろう。
ところが、これはいけなかった。急激な温度変化は、この世界でもやっぱりよくないことなのか、最終的に出来上がった芯にはひびが入ってしまっていた。漫画でもおなじみ、熱疲労ってやつだね。
もちろん、トルク先輩は彼女なりにへこんでいたので、フォローはしておいた。
「トルク先輩、大丈夫ですよ。逆に考えましょうよ、これだけで済んだ、って」
「……セフィぃー、ごめんなー!」
「わわっ、いいんですってば。まだ残りはいっぱいありますよ」
こういう時は、抱きつくのが彼女のポリシーなんだろうか? ともあれぼくは、正面から抱きすくめられる形になって、さすがに少し照れくさい。
けれど次の瞬間、
「せんぱいーっ! 兄さまになにするのー!」
うちの天使様が裁きの鉄槌を振り上げになられるので、先輩は……ああ、そこはにやりとされるんですね……。
「へへへ、別にいーじゃん減るもんじゃないんだしっ」
「ダメなのはダメなのー!」
挙句の果てに、ぼくを中心軸にして周りを追いかけっこし始める始末。
「トルク先輩……わかってやってるでしょ……」
「ん、なんのことー?」
「もーっ!」
「はは……」
もうどうにでもなーれ、と脳裏にアスキーアートを思い浮かべて、ぼくはしばらく柱の役に徹することにした。無だ、心を無にするんだ。無とはム。
その光景を、くすくすと笑いながらシェルシェ先輩が眺めていた。
「はははっ、小僧の周りはいつもこんな感じか」
「ええ、そうなんですよ。ふふっ、セフィ君は結構女の子に人気なんです」
「羨ましい話だよ、ったく。将来化けるだろう面はしてるし、これで頭脳明晰となればそりゃあなあ」
「ボクらくらいの世代だと、運動ができる子のほうがモテますけどね。彼はこう、やっぱり話が上手なんですよね」
先輩ぃ~……助けてくれたっていいじゃないですかー……。
っていうか、この世界でもやっぱり子供の世界はスポーツがモノを言うのか……。どこの世界にもスクールカーストってあるんだなあ……。
「しかも自覚のなさそうな面してやがるな」
「あ、わかります?」
「なんとなくな。一発殴ってもいいか?」
2人でなんて話をしてるんだよー!
「ちょまっ、さっきから勘弁してください!」
「殴ったら絶対許さないわよ!」
「そうだな、おっちゃんそれはちょっち……」
2人と声を重ねながら、ぼくは抗議する。
それから、3人で互いのきょとん顔を見合わせることになった。
「かかかかっ、妙に落ち着いてらあと思っちゃいたが、その辺りはまだまだだな」
「ふふ、3人とも落ち着いた?」
そんなぼくらを、おっちゃんとシェルシェ先輩の笑い声が出迎える。
……なんだよう、そんな笑わなくたっていいじゃない。
っていうか、人間関係に関してはあまりつっこまないでほしいなー!
世のオタクという人種の中では社交的だったとは思ってるけど、女性関係に関しては完全に未経験だからね、ぼくは! 友達以上に行けないタイプだから!
「さ、セフィ君。次の方法を試してみようよ。ボクはね、氷と風魔法を組み合わせて冷風を送る方法がいいと思うんだ」
ところが、ぼくの意向などどこ吹く風と言った感じで、シェルシェ先輩が場を仕切りなおした。
その時の先輩の流し目は、完全に性別を失念するレベルで色っぽかった。不覚……ショタなのに! ショタなのに!
これが……年の功と言うものか……!
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「つくって! ワクワク!」
「わくわくー!」
前世ネタ全開のぼくに、わからないなりに毎度付き合ってくれるティーアは本当に天使だと思う。いやもう、何かしら反応があるだけでも御の字すぎて。
シェルシェ先輩とトルク先輩、それから鍛冶屋のおっちゃんの視線がすごく痛い。そこまでしなくたっていいじゃん……。
「……まあそんなわけで、鉛筆作り最後の仕上げに入ります」
咳払いをしながら、ぼくは完成した芯を取り出す。
性能は確認済みだ。ほぼ、前世の鉛筆同等の書き味を再現できたと思う。あとは軸を作るだけ。
「でもセフィ、軸に向いた木は手に入んなかったんだろ?」
「はい、それは仕方ないです。なので、ここは次善の策ということで……これを使います」
そう言いながらぼくが取り出したものを見て、全員が首を傾げた。
『紙?』
そしてハモる。
「はい。準備するものは紙、それからナイフとのりです」
人数分のそれをみんなに配りながら、ぼくは説明する。……あ、おっちゃんは見学だそうです。
ちなみに、紙はあらかじめ必要な大きさに裁断してある。普通はまずその工程があるからはさみがいるけど、具体的な大きさの説明が面倒だろうと思ってね。
「仕組みとしては簡単です。芯を紙でくるんでのりでとめる、です」
「……紙を書く以外で使う、んだ」
「はー、その発想はなかったなあ」
「兄さま、どうすればいいの?」
「ん、じゃあまずぼくがお手本を見せますねー」
とは言うものの、別にぼくもこれが得意ってわけじゃない。藤子ちゃんに頼み込んで、バーチャルリアリティみたいな空間で練習はしたけどさ。いかんせん時間が足りなかった。
ましてや人に見られてる中でうまくできる自信なんて、……ねえ?
「えー、っと、まず端を一か所折ります……大体5セリオくらいですかね。谷折りです」
セリオは、この世界の長さの単位。地球で言うセンチとかインチに匹敵する程度の長さで、目測だけど0.8センチくらいかな。
ちなみにこの下がリセリオ、上がグリセリオ。今後使う機会が出てくるかどうか正直わかんないけど、かといって、藤子ちゃん以外の人にセンチだのグラムだのと言うわけにはいかないからねえ。
でもまあ、地の文で語る分にはグラム・メートル法で行くけどね。だって、ぼくにとってはそっちのほうがわかりやすいし。みんなもそうでしょ?
我ながらメタい話をしたところで、鉛筆づくりに戻ろう。
ぼくが用意した紙は、およそ縦20ゼンチ、横60センチほどの長方形。今はこれの、端を4センチほど折った状態だ。
『谷折り?』
あ、やっべ。普通に用語使っちゃったよ。全員に一斉に首を傾げられちゃったな。
仕方ないので、谷折りと山折りを説明する。感心されたけど、そうだよなあ。この世界にとって紙は1年ちょっとの新しい技術。そこに折り紙の文化があるわけないよね。
「で、戻して……折り目にのりをつけて……芯を置きます」
この時、地球なら鉛筆削りがあるから下の端に合わせるんだけど、どうせこの世界にそんなのあるわけもないので、少しはみ出した状態にセット。
あと、芯の長さは紙の縦の半分くらい。経験上、使い続けると短くなる鉛筆を最後まで使い切れたためしがないからね。だったらいっそ半分程度にしておけば、軸が半分程度で使い切れる計算になるだろうから。
「次に折り目を戻して……のりをなじませます。なじんだら、後は固くしっかりと、まっすぐに紙を巻いていきます」
これが難しいんだよなあ……。
巻物とか掛け軸を触ったことがある人にはわかってもらえると思うんだけど、あれをまっすぐ巻くのって、簡単なように見えてなかなかできない。最後まで巻き上げると、必ずどっちかの端によっちゃうんだよね……。
まあ、この場合に重要なのは強度なので、多少のずれは仕方ない。そこまでかっちりやってたらきりがないし。
「途中でのりづけして補強しつつ……」
巻く。巻く。
……ああ、既にずれが見てわかるくらいには起きてる。考えないようにしよう……。
「最後に終端をのりづけして、巻き終わったら……、一応は完成です」
「わあー!」
「おおー、すげー!」
「まあぼくも慣れてないんでずれちゃいましたけど、多少はしょうがないです。ずれちゃった部分は、ナイフでこう……」
軸部分を回しながらナイフを動かす。これ、コツな。
「……切り落しちゃいましょう。あとは芯が出ているほうを少し剥けば……はい、完成」
鉛筆削りがないから、見た目はちょっと不格好だけど。
ともあれ、ちゃんと現代地球レベルの鉛筆がなんとか完成ってわけだ。デザインの施された包装紙とかがあれば、見た目にも楽しいものになるんだけど、そこは仕方ないね。
「とまあこんな感じです。どうです?」
「なるほど……紙の柔軟性を生かしてるんだね。芯が短くなったら順に破いていくのも合理的だなあ」
シェルシェ先輩は相変わらず、理論的だ。
「わかりやすいのがいいなあ、機能美ってやつ?」
観点がちょっと独特なのはトルク先輩。
「兄さま、わたしもやってみたい!」
ぼくの後にとにかく続きたがるのは、相変わらずのティーア。
おっちゃんはむむむ、とうなるだけだった。何がむむむだ。
「よーし、じゃあティーアやってみようか。紙も芯もたくさんあるから、いっぱいつくろうね」
「はーい!」
「あたいもやってみようかな、面白そー」
「じゃあボクも」
かくして、みんなで鉛筆づくりが始まった。
こうやってそれぞれが同じことをやってみると、出来具合にみんなの性格が反映されててなかなか面白い。
ティーアはわりと大雑把だ。細かい部分で粗が見える。幼いからというのもあるかもしれないけど……案外、細かいことは気にしない性質なんだろうなあ。
一方、トルク先輩はやたらきっちりと仕上げている。しかも品質はぴしっと揃えてる。普段の様子とはずいぶん様子が違うので、彼女はたぶん、凝り出したら徹底するタイプなんだと思う。
シェルシェ先輩は、おっちゃんから針金をもらって、クリップみたいにして使いながら仕上げてる。トルク先輩ほど徹底的ではないけど、道具を使って質を上げようとしているあたり、より効率よく考える癖がついてるんだろうな。
ぼく? 自分で言うのもなんだけど、だんだん雑になっていく過程が並んでるのを見てお察しください! 何せティーアの兄ですから!
まあともあれ、夏休みの工作って感じの作業はわきあいあいと進んだ。
そしておよそ3時間後……全部で422本の紙鉛筆が完成した。
「いやー、思ったよりできたねえ」
「あはは、あたいらもよくやったなあ、こんなに」
ずらっと並んだ成果の山を見て、ぼくたちは満足げに笑う。いやー、いい仕事したよ。
そしてここで、ぼくは最後の仕上げとばかりに紙を取り出した。今度のは、A4くらいにした普通の紙だ。
プラス、消しゴム代わりのパン。
「よーし、それじゃあ使い心地のチェックと行きましょー!」
「わーい!」
そしてぼくたちは、めいめい好きな鉛筆を手に取って、思い思いに鉛筆を使い始める。
いやー、鉛筆なんていつぶりに使うかな? 前世はもちろん、今世でもシャーペンをずっと使ってたからねえ。25年ぶりくらいかなあ。
でも紙鉛筆、思ってたより使い勝手がいい。案外触り心地もいいし。紙ってあなどれないなあ。
「書き心地いいね。もしかして、ペンより書きやすいんじゃない?」
「だよな。あの引っかかる感じがないってのが、すごいよな」
「見て見て兄さま!」
「おー、ティーア……あはは、ありがとうね」
でかでかと「大好き」と書かれた紙を掲げるティーアには、思わず苦笑しそうになった。
うん。ぼくも大好きだよ、妹よ!
「えっ、兄さま!?」
「……セフィ、お前」
「はい?」
それからしばらくして、突然ティーアとトルク先輩が声を上げた。そして、ぼくは手元をまじまじと見つめられる。
ぼくの手元の紙。そこには、改造和服を着込んだポニーテールの女の子が描かれていた。
いや、うん。
だって、ねえ?
そこに白紙の紙があって、手に鉛筆があれば、絵描きならこうなっちゃうでしょ? ほら、授業中に落書きするみたいな感じでさ……。
『なにそれ!?』
ティーアとトルク先輩がハモった。今日はよくハモる日だなあ。
「なに、って……絵、ですけど……」
答えながら、まあそうなるよなあとは思う。
何せ……ぼくが描いた絵は、要するに現代日本風のイラストなのだ。たまに行く教会や、学校に飾ってある絵から言って察するに、この世界においてこれは間違いなく、異端扱いだろう。
何せ今までこの世界で見てきた絵は、地球におけるルネサンス期のそれを思わせるものばかりなのだ。地球の言葉で言えば、つまりは写実主義。あるがままの姿をそのまま絵にする写実性が最も問われる考え方が、そこには見えるのだ。
そしてそれは当然、デフォルメされリアリティをそぎ落とされたイラストという画風とは、相容れないだろう。場合によっては、その美術性すら意味をなさないジャンルなのだから。
もちろん、これは仮定に過ぎない。けれど、ティーアとトルク先輩、そして無言ではあるけど驚いているシェルシェ先輩たちのリアクションを見れば、あながち的外れでもないと思う。
「セフィ君……画家志望って聞いてたけど、君……そりゃあこれじゃ……」
そして、ようやく口を開いたシェルシェ先輩の言葉に、それは確信になる。
――これじゃ売れるわけがない。
たぶん、彼が切った言葉の先は、そう言う風に続くはずだったんだろうから。
「上手い、のはあたいでも十っ分わかるけど……こりゃ、……斬新すぎるだろ……」
斬新すぎる、か。とらえようによっては、未来のある言葉だけどね……。
正直、こうなる可能性は考えなかったわけじゃない。なるべく考えないようにしてただけだ。何せ、道具がなかったんだから。
でも……最低限のものが揃った今、考えないわけにはいかないよなあ。
絶対各所からめちゃくちゃ言われるのは間違いない。何せ、現代では名画と名高いモネの「印象・日の出」すら、発表当時は散々に酷評されたんだから。
けど、モネはそれでも描き続けた。そんな彼だったからこそ、印象派といえばモネと言われるくらいの巨匠になることができた。彼は、諦めず進み続けたのだ。
ぼくにこれから求められるのは、彼のようにどんな酷評にも耐え、自分の道を貫く覚悟ってところか。……さてそんなものが、他力本願でようやくここまで来れた人間に、あるのやら?
でも――。
「兄さますごいっ、これっ、わたしこれ、好きっ!」
「……ティーアあぁっ!」
思わずぼくは、ティーアを抱きしめた。
たった1人でもいい。ぼくのことを、ぼくの作品を、ぼくの創る絵を、「好き」だと言ってくれる人がいてくれるなら。
上手い、でも、すごい、でもない。「好き」だと、言ってくれる人がいるならば。
ぼくは、ぼくはきっと、死ぬ瞬間までがんばれる――――!
思わず涙が出そうになるのをこらえるぼくを、ティーアの美しい赤い瞳が煌めいて、見つめていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
鉛筆、完成!
紙鉛筆は木材の節約のために、現代でもわりと使われてたりします。日本はそうでもないですけども。
必要な道具の最低限がそろったので、これからセフィの快進撃が……始まるといいなあ(ぁ
まあね。クリエイターって、一人でも反響があればそれだけでも頑張れる生き物ですよね(何かを期待したまなざし




