第22話 粘土集め
鉛筆に必要なものはまず何より黒鉛だけど、同じくらい粘土が重要だ。
なぜか? その理由は、鉛筆の芯が黒鉛と粘土の混合物だからだ。黒鉛は結局のところ限りのある資源なので、それを極力無駄遣いしないようにしなければいけない。
それに、黒鉛と粘土の比率を調整することで、様々な濃さ、硬さに作ることができる。これについては、ひとまずBを目指すのでそこまで重要ではないんだけれど……。
何より重要なのは、粘土の成分だ。
一口に粘土と言っても、実は場所によってその細かい成分は結構違う。鉛筆にするのに向いた粘土、向いてない粘土。いかに鉛筆に向いている粘土を見つけることができるか。これがまず、第一の課題になる。
ちなみに。
鉛筆で他にも重要となる軸、つまりは木の部分。こちらも軸に向く木、向かない木があるので、よく吟味する必要がある。
ただ、こちらの必要性は、芯ほど高くない。最初に板で挟んで試作品を作ったように、代わりはいくらでもあるからね。最悪、スッパリ諦めても構わない。
「とは言っても……学園町から離れるわけにはいかないからねえ」
「そうなんですよねー」
学園町のすぐ近くにある小山で、地面を掘りながらぼくたちは遠い目をしていた。
そもそもこの世界、移動手段と言えば徒歩かティマールか竜車くらいしかない。気軽に遠くには行けないのだ。ましてやぼくたちはまだ未成年も未成年、無理のできる身分じゃないんだよね。
……というわけで、手に入れられる粘土はたった一種類に限られる。星璽のスキャン結果では決して鉛筆向けではないんだけど、これで我慢するしかない。
というか、むしろ近場の山で粘土が取れただけでも御の字と思ったほうがいい。実際、木材のほうは適したものがなかったしね。
藤子ちゃんには、道中にいい粘土に木材があれば採取しておいてほしいとはお願いしてるけど、今彼女が滞在しているグランド王国にも、鉛筆に向いたものは見つかってないらしい。自然に関わることだけに、こちらは気長に待つしかない。
「兄さまー、これくらいでいいかなあ?」
「おおー、さすがティーア。うん、十分十分」
「えへへー」
よしよしと撫でてあげると、ティーアはとても嬉しそうにはにかんだ。
肉体労働となると、ぼくらの中ではティーアが一番上手い。効率よくマナを肉体強化に回す天性の素質があるのだ。
ぼくたち3人は大体横並びで、成果はそれぞれ1平方メートルほど。にも拘らず、彼女は1人でその数倍の範囲を掘り起こしてしまっている。毎度ながら、マナってホントとんでもない物質だよなあ。
「……なあ、ティーアがこんだけやったんだし、あたいらもういいよね?」
「そう、ですね……」
ティーアの後ろに目を向ければ、そこには粘土でいっぱいになった桶がざっと8個。ぼくたちの分も合わせれば、15個くらいは行くかな。確かに、ひとまずはこれで十分かもしれない。
「それじゃ、今日はこの辺で帰りますか」
「はーい!」
「あいよー」
ぼくの合図を受けて、全員が一斉に粘土でいっぱいになった桶を運ぶ。絶対20キロくらいはあると思うけど、まあ、うん。マナです。
桶を運び込むのは、今回チャーターしてきた荷竜車。ティマールは本当にこの世界で欠かせない生き物だなあと、つくづく思うよね。
しかも、念のためにと思って木に繋いでおいたもらったけど、その心配はまったく不要だったらしい。穏やかな表情で、地面に伏せてうつらうつらと日向ぼっこを楽しんでいた。
さらに、ぼくたちが近づけばちゃんと目を覚まして、しゃきっと立ち上がってスタンバイに入る。むしろ御者さんのほうがまだ寝てるとか、どんだけ頭いいんだろう。伊達にドラゴン名乗ってない。前世の馬でもこうはいかないんじゃないだろうか……。
「すいません、そろそろ戻りますので準備を……」
「んん……、あ、うえーい、出発ねー」
御者さんは大あくびをかましてくれながら、ぐいんと背伸び。それから、のそっと立ち上がると、御者台へと移動する。
まあ、何も言うまい。
御者さんを尻目に、ぼくたちは順調に桶を積み込み、それから最後に自分たちも乗り込んだ。
「それじゃ、お願いしますね」
「あいよー。出るぞ!」
そして荷車を引くティマールは、御者さんの言葉を受けてゆるゆると歩き始めた。
前世の馬車なら、ここで鞭か何かが入るところだろう。けれど、ティマールはそんなことをしなくても、言葉で理解してくれる。御者がすることは、進行方向の制御がもっぱらだ。
しばらく、ゆっくりとした移動が続く。小さいとはいえ山の中だからね、そうそうスピードを出すわけにはいかない。それに、今回チャーターしたのは、速度より力を重視した荷竜車。元々、スピードはあまり出ない。
「楽しかったねー!」
道中、ティーアが無邪気に口を開いた。
その頬についた土の汚れをぬぐってやりながら、ぼくは笑い返す。
「ティーアは頼もしいなあ」
冗談抜きでそう思う。
どうしても頭脳労働となると、転生者であるぼくやシェルシェ先輩、転生者ではないけど頭脳明晰でメンバー最年長のトルク先輩ですべてが回ってしまう。一人だけ歳相応なティーアは、そこに入りづらくなってしまうのだ。
けれど、こうした実地での活動となると、ナルニオル様に愛されたティーアの力はひときわ輝く。ティーアがいてくれなかったら、実はもっと進捗は遅れていただろうことは疑う余地もない。
「えへへ、わたしがんばったよ!」
「うん、ありがとう。また頼むよ?」
「うん、任せて!」
えっへんと胸を張るティーアは、本当にかわいい。思わず顔がにやける。
そこに、突然横からぐいっと抱き寄せられて、ぼくの陶酔は一瞬で終わった。
「おいおいセフィぃ、あたいだってがんばったぞー? あたいの活躍は見ててくれなかったのかよー?」
トルク先輩だ。肩を抱く形で、超絶密着状態を構築しておられる。
「い、いや……そりゃもちろんですけど、やっぱり殊勲賞はティーアでしょ?」
「あー、そこはな、それとなーく一言かけとくもんじゃないかよー」
「はあ……そですか……」
いやそのりくつはおかしい。
と、思いはしたけど、口には出さない。こういう場合、大体無理の前に道理が引っ込むのが世の中ってものだ。
そしてその理不尽に、たった一人で立ち向かう勇者が。
「先輩っ兄さまから離れてっ」
ティーアが、ぼくから離れようとしないトルク先輩をやっきになって押しのけようとしている。ぷんすか、という言葉がこれほど似合う姿はないだろう。
一方のトルク先輩は、わかっている。にやっと笑ったまま、ぼくにさらに両手で抱きついた。
「あーっ、ダメーっ!」
それを見るや否や、ティーアはムキーっとばかりに両手でぐるぐると子供パンチを先輩にお見舞いする。そこにマナの煌めきが見えたけど、ぼくは見ないふりをした。
トルク先輩もマナで身体を覆って、ティーアの攻撃を防いでいる。ぼくはやっぱり、見ないふりをする。
「へへへ、やーだーねー」
「もーっ!」
この歳でこんな修羅場、ご勘弁いただきたい。
いや、もちろんティーアの感情はそういうものではないだろうし、トルク先輩もただティーアをからかって遊んでるだけなんだろうけどさ?
……とりあえず、9歳にして既に膨らみかけてきている先輩の胸が目の前でちらつくのは本当に目の毒なので、そろそろこの状況をなんとかしたいところだ。
「あのー先輩、そろそろティーアをからかうのやめていただけないですか……」
「えー、セフィまでそんなこと言うのかよー」
「刃傷沙汰になってからじゃ遅いと思うんですよね……」
マナの存在が、その可能性をぐーんと上げてるからさ……。
それはさすがにトルク先輩も理解している。それに、殴り合いをすればティーアのほうに軍配が上がることも。
「ちえー。しょうがないなあ」
そう言った彼女に、ぼくはようやく解放される。
と同時に、ティーアがぼくに抱きついてきた。
「兄さま大丈夫? 苦しくなかった?」
「だ、大丈夫だよ……そのへんはちゃんと先輩も手加減してくれてたから……」
「よかったぁ」
そこで顔をほころばせるティーアはかわいいんだけど、さすがのぼくもちょっとブラコンに育てすぎたかもしれないと、最近ちょっと思う。
寮生活が始まって、平素ぼくから離れて過ごしてるからその辺りは大丈夫だろうと思ってたんだけどな。どうしてこうなった?
……や、ヤンデレの妹に死ぬほど愛されて眠れないコンパクトディスクみたいな将来になりやしないだろうか。ちょっと不安が脳裏をよぎる……。
「シェルシェぇー、なぐさめてくれー」
「はいはい、賑やかで楽しいですね」
ぼくから追放された先輩が向かったのは、シェルシェ先輩のところだ。
大げさに泣いたふりをして両手を広げたトルク先輩を、シェルシェ先輩はにこにこと笑いながら抱き留める。そしてそのままハグハグ、ぎゅーっと……。
見た目はただのバカップルだ。ただ、シェルシェ先輩の前世を知っているぼくには、どうしても百合に見えてしまう。彼の見た目が、いい具合にかわいいのも問題だ。いかんいかん、このままでは百合厨に思われてしまいかねない……。
「シェルシェはまったく動じないからつまんないぜ……」
「それはすいませんでした」
頬を膨らませてむくれるトルク先輩は、案外かわいい。ティーアとはちょっと方向性は違うけど。
そしてそれを美形にだけ許された優美な笑顔で、さらっと受け流すシェルシェ先輩。くっ、なんか負けた気分……!
「ブオオォォン!」
「うわっ!?」
突然、バイクの排気音が響き割った。いきなりすぎてびっくりしたぼくは、思わず声を上げる。
バイク。うん、ティマールだね。彼らの鳴き声はバイクのあれだ。滅多に鳴かないから油断したよね。
「ど、どうかしましたか?……うわあっ!?」
とりあえず状況を把握しようと思って、御者台に顔を出してみて、ぼくはまた驚いた。
そこには5匹の、……狼? が、いた。
が……これがでかい。とにかくでかい。前世で狼を生で見た経験がないからはっきり言えないけど、少なくとも地球さんの狼よりはでかいと断言していいと思う。
そいつらの毛皮は、毛皮と呼んでいいのか微妙なくらい研ぎ澄まされた刃物みたいだ。鈍く光を反射するそれは、毛というより針金って感じ。
そんな連中が円陣を組むように、竜車を囲んでいた。
「ハガネオオカミか……」
ぼくに次いで顔を出したシェルシェ先輩が、少しだけ緊張した面持ちでつぶやいた。
聞いたことのある名前だ! 確か昔、母さんが退治に出かけたことがあったような……。
「ちょ……っ、マジで? やべェじゃん!」
「何あれ? 大きくてかっこいいね!」
「やばいですぜ、ハガネオオカミはギルドからも討伐対象になるくらい危険度の高い魔獣で……!」
ティマールの手綱を握りしめた御者さんが、冷や汗と共に言う。ティーアだけが平和だ。
けど、え? マジで? そんなやばい相手なの? 見た目、ちょっと危ないけど大きい狼にしか見えないんだけど……。
「御者さん、ボクが食い止めます。先に行ってください」
「せ、先輩!?」
ぼくが止める間もなく、先輩は既に竜車から降りていた。
「大丈夫、彼らくらいの相手なら今のボクでも十分だよ」
「い、いやでも……」
「待てよっ、いくらお前でもさすがに一人はやべーだろ! ここはみんなで……」
「いいや、ボク一人で十分だよ」
その言葉と共に、シェルシェ先輩の身体からマナの光がほとばしった。
両手に、それぞれ違う魔法式があっという間に組みあがっていく。右手には風、左手には火。その構造は丁寧で緻密。規模は中級……どんだけ手際いいんだろう。
けれどハガネオオカミたちは動じず、うなり声をあげながら油断なく距離を詰めてくる。
「……さ、ここはボクに任せて! ファイエリア!」
「せ、先輩ぃ!」
そんな死亡フラグ全開なセリフはやめてくださいー!
けど、ぼくが声を上げるのと同時に先輩は左手から魔法を放った。そしてそれを合図として、御者さんはティマールにこの場を離れるように指示を出す。ここでぼくは生まれて初めて、ティマールに鞭が入るのを見た。それだけ緊急自体なんだろう。
「ウィンデリア!」
先輩の声が、後ろから聞こえてくる。御者台にしがみつきながらそちらに目を向ければ、直前に放たれた火の魔法が、今しがた放たれた風の魔法によって暴爆風と化していた。そしてそれが、ハガネオオカミたちの身体を二重に切り裂いている。
……あれ? これ、普通にフラグはクラッシュな感じですか?
あいにくそこから先は、離れすぎて見えなくなってしまったんだけど……その予想は正しかった。
学園町まで逃げてきたぼくたちに、30分ほど遅れて戻ってきた先輩は完全に無傷だったのだ。それから笑顔で、
「ごめんごめん、やっぱり徒歩じゃ竜車には追いつけなかったよ」
なんてことを言うのだから、思わず脱力して泣きそうになった。
べ、別にあんたのことが心配だったわけじゃないんだからね……!
「も、もう……びっくりしましたよ! 無茶しないでくださいよね!」
本音と建前が完全に逆になったぜ!
「あはは、そうだね。ちょっとかっこつけちゃったかも。心配かけてごめんね」
そしてそう微笑むシェルシェ先輩には、なぜか母性が垣間見えた。やっぱり、前世は女性だったんだなあと改めて思った次第……。
トルク先輩とも似たようなやりとりをしてたけど、ティーアはハガネオオカミの直接的な危険を認識する前に現場を離れたからか、あまりそういう心配とかはなかった……。
わけではなく、どうやら彼女の本能はハガネオオカミをさほど危険な相手ではないと判断していたらしい。さすが、武勇の神に愛された少女。ぼくたちにはできないことを平然とやってのける……ッ!
いや、そんなネタは置いといて。
なんだかんだで、やっぱり山は危険だね。マナによる技術が確立されている分、地球で野生動物とやり合うよりは危険はないかもしれないけど……それでも、近所の公園みたいな気持ちでいてはいけないみたいだ。
これからも物を集めるためにあちこち移動することがあるだろうけど……少なくとも、自分の身は自分で守れるようにならないといけないかも。
今回の一件で、義務教育で物騒な技術の伝授が行われている理由を、はっきりと認識したぼくなのでした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ハガネオオカミの強さは、DQでいうとレベル12くらいでいい勝負ができる感じです。ベ○ラマとかあると有利です。




