第2話 親と名前と妹と
本日二回目の投稿です。ご注意ください。
転生してから、二十一日が過ぎた。
時間の観測をするくらい暇なわけだけど、それでも何もなかったわけじゃない。わかったことがいくつかある。
一番の収穫は、やっぱり言葉について。
周りの人たちの会話や、ぼくに話しかけてくれるのを少しでも逃すまいとずっと気を配っていたおかげで、ここでの言語がおおまかにだけどわかるようになってきた。
たった二十一日でこれだけわかるようになるのは、快挙じゃないだろーかと自分をほめたい。生前はこんなにリスニング力はなかったけど……まあ、今のぼくは赤ん坊だからね。
子供の脳っていうのは、次々と新しい神経細胞を作り、それによって頭脳を急速に発達させていくのだ。今のぼくの学習能力は、ナチスドイツの科学力をぶっちぎりで超越してるだろう。
もちろん、誰もが知っている通り、赤ん坊の超絶学習能力はある程度の歳に達するとなくなる。それは人間の限界を超えないように、そこから先神経細胞を極力増やさないようにセーブがかかり始めるからなんだけど……それはもうちょっと先のことだろう。
だとしたら、今のうちに覚えられることはいっぱい覚えておくのがいいんだろうな。言葉に限らず学問全般に言えるし、スポーツの類も当てはまるはず。
将来目指すところは漫画家ではあるけど、どんなことも無駄ではないと悟るくらいの時間は生前過ごした。だから、できることがあるなら積極的にやってみよう。
……話がそれた。そんなわけで、言葉がだいぶわかってきたので、今ぼくが置かれている状況もおぼろげながら見えてきた。
まず、ぼくの両親について。
父親は、どうやらちゃんと生きているらしい。ただ仕事がとても忙しいようで、うちに戻ってくる機会はそれほど多くはないみたいだ。最後にうちに来たのは一か月半くらい前らしいので、初顔合わせはいつになることやら。
一方母親は、なんとあの時ぼくを抱いていた幼女がそうらしい。らしいというか、確定だ。彼女がにこにこしながら授乳させてきたんだから、間違いない。
乳母の可能性もちらっと考えたけど、言葉がわかるようになってから、ぼくに対して「私の」という言葉をつけて呼ぶことがあったので、実母だろう。
それを知った時、ぼくはまだ見たこともない今世の父がどんな野郎なのか確かめるまでは死ねないと思った。
こんな小さな女の子をたぶらかしたうえ、妊娠までさせるやつなんて、ことと次第によっちゃあ極刑も辞さないぞ。
父親がロリコンなのはどうやら疑う余地のない事実だろう。けど、イエスロリータノータッチが守れない男に、ロリコンを名乗る資格なんてない。
そんなやつがいるから、ぼくら健全に生きてるオタクが迫害されるんだ。そんなやつは、等しく滅せられるべきだ。
今後の目標を新たに与えてくれた我がお母様だが、名前はベリーとのこと。地球の果物をほうふつとさせるかわいらしい名前だ。彼女の目が美しい赤であることを考えると、お似合いのように思える。
ミディアム程度の髪を後ろで縛っている以外、特に飾りっ気がないこのベリーお母様だが、この二十一日間で早くも気づいた。この人、力が半端ない。
筋肉がすごいんじゃない。力が半端ないのだ。
見た目は、ちょっとツリ目がちだけど凛々しさあふれた、でもどこか背伸びしたいお年頃の女の子って感じだが、ぼくは知っている。そんなお母様が、片手で樽(何かはわからないけど中身あり)をひょいひょいとかるーく持ち歩いていたことを。
近くで見れば、その身体に筋肉の気配はほとんどない。恐る恐る腕を触ってみた(相手が子供だからかむしろ嬉しそうだった)けど、すべすべのぷにぷにで、幼女とはかくあるべしみたいな、そんな腕だった。
これは明らかに普通じゃない。少なくとも、地球人が中身の入った樽を片手で持ち上げるには、元カリフォルニア州知事レベルのマッスルがどうしても必要になるはずだ。
となると、やはりこの世界は地球じゃないんだろう。身近すぎるところでそれを実感するとは思ってなかったよ。
ちなみにうちのお母様、雇用者という立場を抜きにしても使用人たちにかなり尊敬されているっぽい。雇用者だから敬語で相手されるのは当然だが、使用人たちの目線は明らかに熱がこもっているし、お母様に声をかけられようものなら、感動のあまり涙目になってる人までいた。
君らは三河武士か。まあ確かに、使用人に指示を飛ばす姿は凛とした立派なたたずまいだし、はきはきとわかりやすく、簡潔に話す姿を見れば、この人はさぞ立派な人なんだろう、って思える気品あるオーラを放っているけども……。
そのうち、その辺りも聞いてみるとしよう。
で、そうそう。遅くなったけど、ぼくの名前もわかった。
どうやら、ぼくはセフュードという名前らしい。なんでも、昔の名君の名前にあやかってつけられたという、由緒と人気のある名前だそうだ。
異世界でも、過去の偉人にあやかって名づけるっていうのはよくある話みたいだ。前世で言う、キリスト教の聖人みたいな感じかな。ある程度動けるようになったら、どういう人だったのか調べてみるのもありかも。人気のある名前となると、あやかり元の有名度合によっては今後出会う人と名前がかぶるかもしれないけどね。
そして、そんなぼくのニックネームはセフィというようだ。こちらで呼ぶのはもっぱら母さんだけなのは、まあ立場上の話だろう。ぼくは気にしないので、喋れるようになったら好きにしていいと伝えることにしようと思う。
セフィ。うん、ちょっとかわいい感じだけど、いい感じじゃないかな。
名前っていうのは、親が子に贈る最初のものだ。ぼくも漫画を描くに当たって、自分のキャラを名づける時はいろいろ考えて、悩んで、それで決めたもんだよ。
だから、きっとぼくのこの名前も、母さん……と父さんが一生懸命考えてくれたんだろう。だったら、ぼくはこの名前を誇れるような生き方をしよう。
ぼくの名前は、セフュード。この名前を胸に、改めてぼくは生きていこうと決意するのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
それからさらに十五日が経った。生後約一ヶ月ってところだね。
ここまで、さほどイベントらしいイベントはなかった。いつも通り起きたら言葉を覚えて、今の状況、これからのことを考えて、疲れたら寝て。そんな感じ。
ところがこの日。お昼くらいから、にわかに家の中が騒がしくなった。
一体どうしたんだろう、と思ってベビーベッドでもぞもぞと身体を動かしていると、母さんが顔を出してこう言った。
「セフィ、もうすぐお父さんが来てくれるぞ」
おお、遂に父さんと対面する日が来たのか!
まだうまく表現はできないけど、楽しみにしてたイベントだ。ぼくは素直に嬉しいと思って笑う。
「そうか、セフィも楽しみか。うん、それじゃあ一緒に出迎えてあげような」
そしてぼくは、同じく笑う母さんに抱き上げられる。
母さん、すごく嬉しそうだなあ。
……そりゃあそうか。ぼくへの態度を考えれば、深い愛があってぼくを生んだのだろうということは察しが付く。
それだけの人と久しぶりに会えるのだから、嬉しくないはずがないんだろう。親である前に、彼女も一人の女性なんだろうね。
まあ、生前は死ぬ瞬間まで二次元の中にしか恋人がいなかった身には、少しどころかめちゃくちゃまぶしい笑顔ではあるけどね……!
「さあセフィ、せっかくお父さんと会うんだ。今日くらいいい服を着よう」
や、そこまで気使わなくったっていいですよ、お母様?
王様に会いに行くんじゃなし、身内の中でくらいそんなこと考えなくっても……。
とぼくが思っていても、赤ん坊のぼくに拒否権はない。さっさと部屋から連れ出され、服が置いてある部屋へ……。
って待てよ、よくよく考えたら、あの部屋から出たのってこれが初めてだな。せっかくだから、普段見れないところをいろいろ見させてもらおう。
と思って廊下や窓の外を、見える範囲だけでも極力全部観察しきろうと思って見渡していたけど、どうもうちって、かなり裕福な家らしい。
使用人が何人もいたり、肌触りのいい服を着ていたりする辺り、うすうすそうなんだろうなあとは思っていたけど……随分広い家に住んでるもんだ。ぼくとしては、あんまり大きすぎても面倒なだけだと思うんだけどね。
あ、そういえば、そんな裕福と思われる我が家だけど、おむつは布です。布おむつ至上主義とかそういうのでもない限り、生前の地球……というより日本では、紙おむつが主流だった。と思う。
それを考えると、嫌な予感がするけどこの世界の文明水準は地球よりも劣るような気がしてならない。
そう思っていたぼくだけど、廊下を連れられている最中に、その予感が的中していることを実感させられた。
天井に、照明装置がない。代わりにあるのは、壁に据え付けられた燭台だ。そこには、ろうそくがきっちりセットされている……。
いつごろから明かりを天井にセットするようになったかは寡聞にして知らないけど、明かりから危険性が少なくなってから……つまり、エジソンが電球を開発して以降だろうなあとは想像がつく。
彼が確か19世紀の人だから、それを考えると少なくともこの世界は、それ以前の文明水準なんじゃないだろーか、と思われる。要するに、この世界には高確率で電気技術がない。
ってことは……つまり……やばい。そんな時代の技術で、ぼくが目指す漫画なんて描けるだろーか……。
そんな不安を考えながら、ぼくはやがて到着した部屋で使用人たちから着せ替え人形にさせられることになる。
とは言っても、所詮赤ん坊が着るものだ。恰好を着けるような見た目でもなし、ぼくの感覚で言えばそこまで印象が変わるようなものではない服を着せられて終わった。あ、でも素材はよくなってるな……もしかして、絹かな?
生前に絹に触ったことなんてないから、実際のところはよくわかんないけど。少なくとも今まで来たことのある服は、前世で着なれたものと似たような感じだったから、木綿、もしくはそれに相当する衣料は問題なく存在するんだろう。
そんなことを考えながら、ぼくはさらに母さんに抱かれたまま応接室らしきところに連れて行かれた。
決して立派と言うわけではない。広さも、12畳くらいでさほどでもない。無駄にでっかい絵が置いてあるわけでも、やたら華美な宝飾品が置いてあるわけでもない。本当に、椅子や机といった最低限の調度品と、こまごまとしたところに小さくあしらわれた彫刻、小物の類くらいしかない。
けれど、調度品には質というか、品の良さを感じた。一見地味だけど、ほのかに立ち上るオーラは隠しようもない。客人に見せつけ威嚇するというよりは、包み込んで落ち着かせることが目的って感じか。わりとぼく好みの部屋だ。
そんな部屋に入って、しばし。
我がベリーお母様は待ちきれないのか、しきりに部屋の中を歩いて回ったり、ぼくを持つ手を左右入れ替えたり、窓の外を眺めたりとせわしない。よっぽど父さんに会いたいんだろう、もう終始そわそわしっぱなし。
いやー、母親ながらかわいい人ですねー。母親というより、妹とか姪っ子を見てる気分になる。なんて言っても、中の人の精神年齢は28歳だから余計だよね……。
「失礼いたします」
不意に、ノックの音が響いた。瞬間、母さんはびくんっと身体を硬直させて、それから上ずった声でそれに応じた。
すると次の瞬間、入口のドアが勢いよく開いて壮年の男が勢いよく入ってきた。
「ベリー!」
そしてそう言って、いい笑顔を見せながらこっちに近づいてくる。
すると母さんも、
「アル!」
そう返し、喜色満面通り越して半泣きの状態で男に駆け寄っていく。
そして二人は寄り添いあうと、
「済まない、待たせた!」
「会いたかった、会いたかったです!」
そうやって口々に愛の言葉をささやきながら、惜しげもなく熱い口づけを見せつけてくれるのだった。
…………。
……なんだこれ。
……いや、うん。わかってるよ。二人は愛し合っているんだろうし、その結果がぼくなんだろう。そして二人は、約二か月ぶりに顔を合わせたんだ。愛する二人がそれだけ離れ離れになっていたんだから、このやり取りは無理からぬことだろう。
大丈夫、わかってるよ。ぼくは何せ、見た目は子供頭脳は大人だからね、うん……。無理にとは言わないよ……時間が許す限り、夫婦の時間を過ごしてくれたまへ……。
……うええ、砂糖吐きそう。今なら砂糖業界に革命を起こせるかもしれない。
それでも思わず顔をしかめるのをなんとか我慢しながら、ぼくは両親の姿を観察する。
アル、と呼ばれたこのおっさんがぼくの父親なのは間違いない。見た感じ、30代後半か40代前半か、って感じかな。随分大きな身体に見えるのは、たぶんぼくが小さいからだけじゃない。隠しようのない強靭な肉体が、そこにある。
かといって、筋肉ダルマと呼ぶにはマッスルさが足りない。細マッチョというほどではないけど……。
顔つきは、いい具合に日焼けした精悍な顔だ。額には、どうやってついたかわからないけど、かなり古い向こう傷。ひげの手入れは欠かしていないのか、小奇麗に整えてある。なかなかのナイスミドルって感じだ。
そうだな……イメージとしては、片乳首出して剣を背負ったどこぞの子連れ王が一番近いかな。こう言うといかにも何かのイベントで死にそうだし、ぼくにも奴隷フラグが立ちそうだけど。
……このおっさんが、この小さな女の子を嫁に?
おいおい、いくらなんでも冗談きつくないかな。年齢差どれだけ? 下手したら30歳くらい離れててもおかしくないよね。犯罪だよ、これは!
そう思うと、無性に腹が立ってきた。一向にラブラブモードが終わりそうにないし、ここは赤ん坊の伝家の宝刀を抜かせてもらうとしよう。
「あんぎゃあああ、おんぎゃあああ」
「わわわっ、せ、セフィ、どうしたのですっ? お父さんなのですよ?」
「す、すまんセフィ、俺たちが悪かった」
……察しはいいみたいだ。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ひとまず落ち着いて、しばし。ぼくは、父さんに抱かれていた。
慣れた手つきだ。もしかして、母さん以外にも愛人がいるのか。そしてぼく以外にも子供がいるのか。
むむむ、女の敵め! いや、ぼくは男だけども!
「いやー、かわいいなあ。子供は誰だってかわいいが、ベリーの子はやはり格別だな」
「そそそそ、そんなことない、のです……」
母さん? あなた母さんだよね?
あのいつもキリっと凛々しい母さんはどこに行ってしまったの? このおっさんの手で、身も心も蹂躙されつくしているの?
いやもう……もう……何、いくらなんでもデレすぎじゃない! 口調もいつもと違うし! 人差し指同士つんつんさせて、顔真っ赤にしてうつむいてって! どんだけ惚れ込んでるんですか!
「……しかし、あまり泣かない子だな」
「あ、うん……私も最初は心配だったけど……」
「うん? けど?」
「そのほうが子育ては楽かなって、割り切ることにしたのです」
「ははは、確かに。考えても仕方がないだろうしな」
……うーん、やっぱりもうちょっと泣いたほうがいいのかな。でも、さすがにこの歳でそうわんわん泣くのもなあって思うんだよね。
今のところ、泣くのは人を呼ぶための最終手段だから普段からあまりやらないようにしてるんだ。オオカミ少年って話、あるからねえ……。
「それ以外だと、どんな様子だ?」
「健康そのものなのです。えっと……お、おっぱいもよく飲むし、戻したりも、しないし……えっと、えっと」
「そうか……そりゃあ吉報だ。セフィいー、その調子で立派に育つんだぞー?」
「ぅあい」
「お!? おお、お前、俺の言ってることがわかるのか! なんて賢い子なんだ!」
しまった、普通に返事しちゃったよ。話がまったくぼくと関係ないところで進んでたから、油断した。
けど、そう思ったときにはもう遅かった。
「あ、アル、私も! 私も!」
「おう、さあベリー」
「……セフィ、私だぞ。お母さんだぞー……」
あれよあれよという間に、ぼくは母さんの手の中。そして顔に「期待してるから!」って書いてあるも同然な母さんにそう言われていた。
……こんな顔されたら、なかったことになんてできやしないじゃないの。
仕方ないから、返事をすることにした。
でも、それだけじゃなんだしと思ったので、一発かましてみることにした。
とは言っても、まだ生後約一ヶ月。ちゃんと口が動くといいんだけど……。
「ぅあぅ。かーたん」
お。
思ったよりははっきり言えた。大人の目で見ればまったく舌ったらずもいいところだったけど、赤ん坊ということを考えるとこれは快挙だよね。
そう思いながら両親の様子を窺えば……。
「う、わ、あああああっ、あ、あるっ、しゃ、しゃべったのです! ね、ね、聞いてた? セフィがしゃべったのです!」
「あ、ああ、ああ! 聞いた、確かに聞いた! おいおいマジか!? まだ生後一ヶ月ちょいだろ!?」
予想以上の大混乱でした。いけない、やりすぎた。
両親ともども、意味のあることないこと叫びながら、ぼくを抱きかかえている。母さんに至っては、感動のあまりか泣きそうだ。遂には、それを聞きつけた使用人たちが部屋に入ってきて、さらにうるさくなってしまう。
なんていうか、両手にダイコンを持った妖精が闊歩していてもおかしくない光景だよ。……我ながらネタが古い。
いやそれより、どうしてくれよう、これ。ただの一言でこれだけ大騒ぎするんだから、赤ん坊の生育はあまり地球と違うがあるわけじゃないと思う。となると、当然これ以上しゃべるのは逆効果だよなあ……。
騒ぎを起こした張本人としては、なんとか穏便に済ませたいところだけど……。
と思っていると、部屋の外からこの騒動に負けないレベルの赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「……え?」
最初にそれに反応したのは、母さんだ。目を丸くして、ドアのほうへ顔を向けている。
次いで、使用人たちが思い出したように部屋から出ていく。
「しまった、すっかり忘れてた」
そして最後に、父さんが頭をかきながらそう言った。
「アル?」
「いや、実はな……道中に赤子を拾ったんだ」
ばつが悪そうに、父さんは口を開いた。
「どうやらキャラバンの一行だったみたいなんだが……俺が通りかかった時には、既に山賊に壊滅させられててなあ……」
山賊! この世界にはそんなのがいるんですか、父さん!
「とりあえず目についた奴は全員とっちめたんだが……助かったものはいなくってな」
……え、父さん一人で? 全員って言い方は、大勢いたってことでしょ? え、父さん一人で?
「たった一人息があったのが……」
その言葉の途中で、ノックと共にドアが開かれた。
そこには、使用人に抱かれた赤ん坊が一人。それも、大声で泣いている。
「……あの子だけだった」
「そう、ですか……」
「困ったことにそのキャラバン、決まった拠点を持たない旅商人でな。少なくとも俺が見た限りでは、彼らの故郷や親族に繋がるようなものは見つからなかった。だから……その、引き取ろうと思ってな」
「……アルは相変わらず優しいのです」
はいはい、母さんはどこまでも父さんひいきなのね。
「それでな……ベリー。すまないが、お前に育ててもらえないか?」
「もちろん、いいのです」
即答かー、そっかー、即答かー!
「今は私以外にお乳を出せるアルの妻は、いないのです。それに、身元が知れない子を都のほうで育てるには不安なのです」
「その通りだ、さすがベリーよくわかってる」
「えへへ」
都で育てるには不安……うーん、何やら気になる言葉だったけど……。
いや、っていうかそれより、私以外に、っていう言い方は、やっぱり母さん以外にも愛人がいるんだな!? くっ、女の敵め! 単純に一夫多妻制が普通だったとしても、どことなく腹立たしいなあ!
そう思っていると、赤ん坊を抱いたままの使用人が口を開いた。
「ですがお二方。いかにベリー様が産後とはいえ、ベリー様は小人族。二人分のお乳が出るかどうか……」
「そこは気合でなんとかするさ」
キリッ。ベリーお母様はキメ顔でそう言った。
……いやー、どうかなー。そこは精神論でなんとかなる話じゃないと思うなー、ぼく……。
「済まない、ベリー。苦労を掛けるな」
「いいのです。一人も二人も、そんなに変わらないです。それに、一気に家族が二人も増えたって思えば楽しくなるです」
「……ありがとう」
「そうと決まれば……」
母さんはぼくを父さんに預けると、使用人から赤ん坊を受け取る。それから躊躇なく胸元をはだけさせると、その子にお乳を与え始めた。
なんてできたお嫁さんだろう……。二次元からそのまま出てきたような良妻賢母じゃないか……。
「……アル、この子にも名前をつけてあげないといけないのです」
「ん。それなんだが、お包みに縫い付けてあったからな、それを使うのが一番だろう」
「ん……本当なのです。ティーア、ですか」
「ああ。帝国に多い名前だな」
「かわいい名前なのです。きっと、いい子に育ってくれるのですよ」
母さんの笑顔の言葉に、父さんはしっかりと頷いた。
それから彼は、ぼくを抱いたまま母さんに寄り添い……ぼくをそのティーアという赤ん坊に対面させる。
「……ほら、セフィ。お前の妹だ。仲良くするんだぞ?」
妹、って……女の子だったのか。
「あう」
「……どうも俺たちの会話を完全に理解してるみたいだな。流石に二回目となると驚かんが……しかしこの子、もしかして天才なのかもしれんぞ……」
「うふふ、母親として鼻が高いのです」
いや、違うんです。単なる反則野郎ですから……ちょっと28年ほどの経験が引き継がれてるだけですから……。
「きっといいお兄ちゃんになってくれるのですよ」
「ああ、そうだな」
しかし、事情を知らない両親にしてみれば確かに天才と言われても仕方ないかもしれない。
ぼくに期待のこもった目を向けてくれる二人にそんなことを思いながら、二人に気づかれないよう心の中でため息をついた。
まあ、その。なんていうか。
こんな感じで、妹ができました。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
両親はバカップル。