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異世界行っても漫画家目指す!でもその前に……  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
幼年期編~でもその前に、筆記具だ!~
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◆第19話 リヴィエイラの戦い 下

今回もちょっとえぐいかもです。

 喧騒がいまだ冷めやらぬリヴィエイラの街。その土台部分から伸びる一本の導水渠の横に、1人の男が立っている。

 どことなく老獪な雰囲気を纏わせた彼だが、それは口髭や顎鬚が付与しているものだ。事実、顔そのものは若々しさにあふれているし、全身から漂う気配は、決して磨き抜かれた刃ではなく、生まれたての新刀のそれを思わせる荒さがある。


 彼が身に着けるものは、美しい青で統一された鎧だ。その光沢は淡く、ほのかに輝きを感じさせる。天空騎士団のミスリルアーマーであった。

 しかし彼の場合、兜は身に着けていない。また、他の騎士とは異なりその背に白いマントを負っている。そこに描かれた紋章は、花をつけた葉が交差されたものがこれまた美しく描かれている。その花の形状は、地球にはないものである。そんなマントが、空を行く雲のごとく、穏やかな風になびいていた。


「おやおや、先客がおったか」


 そこに、出し抜けに少女の声が響いた。


 男は動じることなく声のした方――導水渠の上へと目を向ける。そこでは、彼が見たこともない意匠の服をまとった少女が、勝気な笑みを浮かべてたたずんでいた。

 少女……藤子は、そのまま男の隣へと飛び降りる。並んで立てば、2人の身長差はかなりのものだ。レストンと比べればさすがに劣るが、男もなかなかの偉丈夫である。


「……何者だ?」


 一切気配を感じさせなかった藤子に、男が問う。ただし、その動揺は表に一切出すこともなく。


「姓は光、名は藤子。なあに、しがない冒険者の一人よ」


 答えながら彼女は、男と同じ方へと向き直る。その先には、ぽっかりと口を開けた導水渠。通常ならば外の空気に触れぬようになっているはずのそれに、穴がうがたれていた。


「……そう言うお主は、天空騎士団長にしてグランド王国王子、ディアス・ロムトア・フロウリアス。違うか?」

「いかにも、私がディアスだ」


 答えながら、男――ディアスは、腰に佩いていた剣の柄に手をかけた。


「トーコとやら。ここに何用だ?」

「……返答次第では斬る、か? ふっ、そう荒ぶるな。目的は同じじゃよ」


 藤子程のものが、この程度の軽い脅しに屈するはずもない。

 彼女はくく、と小さく笑うと、横目でディアスを見上げる。


「依頼人と同僚が、大山旅団たいざんりょだんに怪我を負わされたのでな。軽く報復してやろうと思うてのことよ。お主もそうであろう?」


 そして、穴の開いた導水渠に指を向ける。


「間もなく頭目のガレオスがここから出てくるであろう? なれば、一網打尽にするのみよ」

「……その答えに至った理由を聞こう」

「大した推理でもない。門が閉ざされ、封鎖されたリヴィエイラから脱出する経路となれば、水道くらいしかあるまいて。

 あの街は今、要するに軍勢に囲まれた城と同じ。そんな中で、そのうちの一つが手薄となればすがりたくなるのが人間というものよ」


 されど、と藤子がそこでディアスに身体を向ける。


「これも全て、お主の描いた絵図面であろう? 街の中で大規模な騒動を起こされた中でひねり出した、起死回生の策と言えような」


 そして笑う。

 笑いつつも、心のうちで「その騒動すらも起こさせたのはお主じゃろう?」と問いかけながら。

 正解を突きつつ、最も重要な部分は敢えて外す。彼女の駆け引きである。


「なるほど……良く考えたな。あと一歩、と言ったところだが……」


 対するディアスも、そこでようやく笑った。口元がうっすらと上がる、程度だが。その手が、柄から離れた。

 その態度に、どうやら機嫌を取ることには成功したと藤子は判断する。


「……いいだろう。その頭脳と度胸に免じて、私の手伝いを許す。ただし……」

「邪魔をするな、であろう? 安心せい、そんなつもりは……おっと」


 答えの途中で、藤子は言葉を切りながら物陰に隠れた。

 一方のディアスもまた、藤子とは逆方向の物陰に隠れる。


 2人がそうして数分。導水渠の中から、荒い呼吸と共に十数人の男女が這い出てきた。

 リヴィエイラの地下水路から、這う這うの体でここまで上がってきたのだろう。長距離を泳ぎ切った後のように、会話をする余裕もないようだ。


 彼らはいずれもみすぼらしく、普段の生活のほどがうかがえる。たっぷりと水を含んだ様が、それをより際立たせていた。しかし、各々が持つ武器だけは、まるで場違いなまでに立派だ。

 そんな彼らの姿を見て、藤子はそれがリヴィエイラに潜伏していた大山旅団の団員たちであることを確認する。もちろん、先ほど構成員から奪ったメンバーたちの記憶がその元情報だ。


 そして藤子は、ディアスにだけ見えるようにマナで空中に文字を書く。対面からでもわかるように、しっかりと鏡写しだ。


【これで全部か?】


 対してディアスも、それを見て文字を書く。


【ここに頭目のガレオスがいる、それで十分だ】

【手段は?】

【問わん。ただしガレオスは私がやる】


 やる、ではなく、殺る、だろうな、と思いながらも藤子は頷いた。


 そして、最後に一文を書き加える。


【タイミングは任せる】


 その文を見ると同時に、ディアスは動いた。

 瞬時に風の上級魔法を組み上げると、それを導水渠と賊たちを分断する形で発動させる。


「なっ、なんだ!?」


 誰かが叫び、電撃でも浴びたかのようにその場の全員が臨戦態勢を取った。

 巨大な竜巻が、周囲を取り囲んでいた。逃げようとすれば、即座に風に切り刻まれて死ぬことになるだろう。


 しかも、その威力はまったく衰える気配がない。ディアスの魔法の腕に、藤子もさすがに目を見張った。


「ウィンドムーンだ……くそっ、これじゃ戻れねえ!」

「その通り。……最も、逃げようなどとは思わぬほうが身のためだが」


 狼狽する賊たちの前に、ディアスが悠然と立ちふさがる。

 藤子もまた、彼に合わせる形で物陰から姿を現した。


「ディアスか! くそっ、やっぱり来てやがったな!」


 中心にいた男が、吐き捨てるように言う。

 奪った記憶が確かなら、この男こそ旅団の頭、ガレオス。そう考えて、藤子は腕を組む。一番強そうな奴を譲らなければならないと思って、少し気落ちした彼女だ。


「天空あるところに私はある。逆賊ガレオス、お前の悪運もここまでだ」


 そう断じつつ、ディアスが剣を抜く。藤子には振るわれなかったそれは、鎧と同じく青い輝きを放つ長剣――美しいまでに研ぎ澄まされた、ミスリルソードだった。かなり精巧な魔法式も見て取れる辺り、相当の業物であることは一目瞭然である。

 その切っ先が、ガレオスに向けられる。まさに、王子らしい毅然とした佇まいだ。


 しかしガレオスはひるむことなく、背負っていた大剣を抜き払う。そして、叫ぶように言った。


「奪うだけの貴族がふざけやがって……! 俺たち平民をなんだと思ってやがる!」

「無辜の民から奪うお前に、そんなことを言う資格があるとでも? そういうことは、義務を果たす真っ当な人間にのみ許された権利だと知るがいい」

「義務を果たす場さえ奪ったのはどこのどいつだ、あァ!?」

「奪った? 勘違いも甚だしい。その場はどこにでもあるだろう。そこに目を向けず、ただ努力を怠るものに、そのようなことを言う資格などあろうものか」


 言葉の刃がぶつかり合う。どちらも譲ることはないだろう。それが、互いの立場から発せられているために。

 その応酬を意味なしと見て、藤子が口を挟む。


「ディアス、端から問答は無用であろう」

「……それもそうだな」

「く……ッ! ええいやれっ、やっちまえっ!」


 そしてそれが、戦いの始まりとなった。


 賊たちはまず、藤子を完全に無視して、全員が一斉にディアスに向けて動こうとした。

 まあ、妥当な判断と言えるだろう。この場で力量のほどが知れているのは彼だけだし、騎士団長、かつ王子となれば、捕虜にできればこれ以上のものもない。


 しかし、藤子はそれをさせない。ディアスとガレオスが交戦状態に入ったことを確認すると同時に、2人を他から隔てる形で立ちはだかったのである。


「通さんぞ。お主らの相手は……」

「どけえぇー!」


 そして、不用意に藤子に攻撃を仕掛けた男が、きりもみしながら吹き飛ばされ、それから竜巻に巻き込まれて上空へと消えた。


「……やれやれ、人の話は聞くものぞ。そうすれば、命までは失わずに済んだものを」


 そう言って大仰にため息をついて見せる彼女の遥か後方で、先ほどの男が頭から地面に墜落した。骨が砕ける音が盛大に鳴り響く。ほぼ即死だろう。


 それから、それをさぞどうでもよさそうに流すと、言葉を続ける藤子。


「続きじゃ。お主らの相手はこのわしぞ。頭の加勢がしたければ、押し通るがよい」


 その態度に、さすがに周りの賊たちも表情を変えた。

 藤子の攻撃は、一瞬だった。その一瞬で、男は武器ごと砕かれた。周囲に散った金属片が、いかに鋭い一撃を放ったかを如実に物語っている。


「……来ぬのか? ならばわしから行くぞ……『逝冶薙ゆきやなぎ』」


 躊躇する賊たちを見た藤子が、獰猛な笑みを浮かべる。そしてその宣言と共に、彼女のすぐ近くの地面から低木が芽を出した。

 それは見る見るうちに、小さな白い花を連ねる木へと成長し、美しく咲き誇る。光すら感じられるほどの白さの中に藤子が手を差し入れれば、その美しかった花がするりと細長い形状へ姿を変えた。そしてそれは、花の魅力をそのままに湛えた、純白の日本刀となって彼女の手に握られる。


 それをしばらく、ゆるゆると動かしていた藤子であったが……やがて、その切っ先を賊たちに向けた。


「参るぞ」


 その一言と共に、一歩を踏み出しながら。


 事ここに至って、賊たちはようやく動き出した。各々武器を構え直し、向かいくる藤子に向かって牙を剥く。

 対して藤子は、構えない。ゆるりと刀を下げながら、揺るぎない歩みを続ける。隙を見せているように見えて、その実、後の先を取るための、構えのない構えだ。


 2人。左右からわずかに遅れて、大剣で切りかかってきた。左から襲いくる男のほうが、若干早い。


 刹那、白い刀が空中を舞った。


「疾っ!」


 鋭く横に飛んだ刀が、男を大剣ごと揺さぶる。そしてそのまま返す刀で、藤子は男の胴体を薙ぎ払った。

 薙ぎ払いつつ。数瞬遅い右の男の攻撃を、はっきりと受け止める。受け止め、相手の力が一瞬抜けたタイミングで一気に引き、その勢いを削ぐ。


 わずかな間の絶妙な力点移動に、男は完全に翻弄されて重心を無くした。となればもはや、攻撃を受けることも、避けることもかなわない。袈裟切りに一撃を食らい、もんどりをうって地面に転がった。


「うがああぁっ!?」

「っぎゃあああ!」


 切られた男2人が絶叫を上げながら地面に転がる。だが、2人とも血は出ていない。


「……安心せい、峰打ちじゃ」


 2人を切ってもなお穢れのない刀身を目前にかざしながら、藤子が笑う。その刃から、先ほどの白い花弁がひらひらと風に舞い散る。


 それは普通の峰打ちではない。それは魔法の出力を制限することによる、威力調整で行われている。

 しかし、そんなことは刀が存在しないこの世界では意味のない言葉であったし、瞬きの間に倒れた2人を見れば、賊たちは再び動きを止めざるを得なかった。その超人的な動きに、本能が恐怖を感じてしまったために。


 だが彼らが動かなくとも、藤子は少しずつ距離を詰めていく。彼女に焦る必要などない。ただ、ゆっくりとでも確実に賊たちを仕留めればいいだけなのだから。


「うわあああー!」


 1人、女の賊が、破れかぶれに片手剣で襲いかかってきた。横からの攻撃。

 しかしそれも、藤子の刀捌きによって、攻撃をしなやかにそらされる。金属音。直後、すれ違いざまに刀が、女の腹へ吸い込まれていった。


 藤子は女が倒れることも確認せず、白い花を散らしながらそのまま前方にいた男に躍り掛かる。

 一合。それだけ打ち合って、男は逆袈裟に切り上げられて吹き飛んだ。


 直後、彼女の回りを4人が取り囲む。その顔はひきつっていた。一方藤子は涼しげに笑うだけだ。

 彼女に隙はない。4人の中で、攻撃を仕掛けられるものはいなかった。


「でぇあっ、……っ!」


 しかし遂に、1人がしびれを切らして、藤子に切りかかろうとした。だが一切無駄のない最短の突きが、攻撃をすり抜けてその眼前に迫る。喉元に突き付けられた切っ先に、その男は動きを止めざるを得なくなる。


 1人に刀を突きつけている状況。これぞ好機、と言わんばかりに残りの3人が一斉に武器を振るった。2人が片手剣、1人は槍。


 その中から藤子が最初に対処を選んだのは、槍だ。突き出されたその刃をやや上体をそらしてかわすと、その柄を左手でつかんでさらに押し抜ける形で槍を引っ張ってやったのだ。

 自身の勢いを増す形で力を加えられた男は、つんのめって倒れ込みそうになる。そこを軸にして、藤子はくるりと回転。そのまま、右の肘鉄を全力で男の頭にたたきつける。

 脳にいきなり激しい衝撃を加えられた男は、たまったものではない。たちまち正体を無くした挙句、殴られた勢いと自身の勢いによって吹き飛び、そちらから藤子に迫っていた少女を巻き込んで地面を転がった。


 それと同時に、藤子は右から迫っていた男の額に一撃をくれてやりながら、最後に最初に挑みかけた男と一合だけ攻撃を受けて、そのままやはりすれ違いざまに一撃を叩きこむ。


「8人……いや、7人か? まあよい。残るはお主ら4人じゃな」


 ひらひらと、刀から花弁を周囲に散らせながら藤子が笑う。


 笑う彼女に、2人が魔法を放った。方や炎、方や岩。どちらも、中級に匹敵する威力があるだろうか。

 しかし、藤子は慌てない。が、解呪ディスペルをしようとも思わない。


 今まで無形の位を貫いていた彼女が、わずかに身構えた。刀をわざわざ左に流して、身体をやや斜めに。


 そして――横一閃。


 2つの魔法はその瞬間、真っ二つとなって消滅。それに留まることなく、剣閃は驚く暇すら与えず魔法使いたちの身体をも薙ぎ払った。

 血の代わりに、やはり白い花が舞い散る。いつしか周囲は、吹雪の様相を呈していた。


「ししくしろ、黄泉路よみじや磨け、久方ひさかたの――」


 滔々と詩を紡ぎながら、藤子が最後の2人へ歩を向ける。


 切っ先が、輝いた。花が光る。


「ああああー!」

「らあああー!」


 左へ、右へ。順の二振り。


「――雨霧あまぎる雪たれ、『逝冶薙ゆきやなぎ』かな」


 下の句が終わると同時に、2人がゆっくりと崩れ落ちる。


 その倒れる音を背景に、藤子は白い刀をないはずの鞘に納める動作を行う。

 するとその刃は、まるで透明な鞘にでも収まっていくかのように、しゃりんと鈴の音を響かせながら消えた。彼女が手を放すと同時に、握りでさえ。


 そのまましばし、風に舞いながら少しずつ消えていく花吹雪に佇んでいたが……。


「……ふむ。やはり無精をせず素手にしたほうがよかったか」


 軽すぎた手ごたえを、それでもかき集めるかのように数度、手のひらを閉じ開きする。


 そこで彼女は、視線を感じてそちらに目を向けた。赤い瞳と、目が合う。と同時に、にや、と口元に笑みを浮かべる。


「ひゅっ!?」


 藤子のその表情に、視線の主……先ほど頭に肘鉄を食らった男の下敷きになっていた少女は悲鳴に近い声を上げた。

 そんな少女の意向は気にすることもなく、すぐ目の前にどかりと腰を下ろす藤子。


「気絶したふりでもしておけ、後々面倒じゃぞ」


 その言葉に、少女はしばし目をしばたたかせていた。しかしその意味を理解したのか、やがてぐったりと力を抜いて目を閉じる。


 青い肌、人間族スターズとは異なる細長い耳。そんな、今まで出会ったことのない人種に好奇心をくすぐられながら、藤子はそれを抑えてディアスとガレオスの戦いに目を向けた。


 一見すると、互角のようだった。どちらも攻撃を当てられず、剣が風を切る音が鳴り響いている。

 しかしさにあらず、と藤子は看破する。彼女には、緩やかに紡ぎあげられている魔法式が見えている。紡ぎ手はディアス。その式が、少しずつ少しずつ、彼の鎧を覆い始めていた。


「この国の王子はなかなかじゃのう。あれはこの世界では錬金術と呼ぶのであったか」


 物質に魔法式を組み込み、性質の転換を意図する。それがこの世界の錬金術だ。

 この方法で金が造成できるのかどうか、それはまだこの世界の誰にもわからない。しかしそれを目指して得られた技術は、地球のそれと同じく、この世界の技術全体を底上げする結果となっている。鎧に魔法式を入れると言うディアスの技は、まさにその成果の1つである。


 彼のミスリルアーマーが、反射光ではなく魔法の輝きを放ち始める。それは風の光。


 そして魔法が、その姿を現した。


「終わりだ」


 ディアスが断じた。その動きは風に乗り、それまでの比ではない速度へとあっという間に到達する。そのまま、ガレオスの認識できる速度を振り切れた。


 やはり魔法の光をほとばしらせて、ミスリルソードがうなる。波のごとく飛沫が上がり、潮騒めいた音を響かせながら、それがガレオスの右腕を跳ね飛ばした。

 大剣が、腕ごと宙を舞う。鮮血が、勢いよく噴き出る。痛みをこらえるガレオスの呻きが、その音を掻き消した。


 そしてなお、ディアスは剣を止めなかった。


「うがあっ!?」


 青い刃が、ガレオスの左肩を貫く。その勢いをこらえきれず、彼はそのまま仰向けに倒れこんだ。彼が倒れるに剣は続かず、身体から抜ける。肩から、やはり血が飛んだ。


「まだやるか?」


 満身創痍となったガレオスに、剣が突きつけられる。勝負はあった。

 だが、もちろんディアスは手を引かない。ガレオスの生殺与奪を握ったまま、冷ややかな目を向けている。その手に、ためらいや怯えはなかった。


 いつでも殺せる。言外に、そう述べているようなものだ。


「ぐ……く、そ……っ!」


 ガレオスがうめく。上半身を起こしながら、ディアスをにらむ。


「だが……ッ、俺はお前たち貴族には屈しないッ! お前たちが傍若無人に決める裁判など……!」


 そして震える手で、短剣を懐から取り出し喉に向ける。

 もちろん、それを許すディアスではない。剣が閃く。


「奇遇だな、私も裁判はすべきでないと思っていた」

「……!?」

「極悪人の裁判など、時間と金の無駄だ。そうだろう?」

「貴様ッ民の権利をないが――……」


 それがガレオスの最期の言葉となった。


 彼の首から下が、噴水のような血を吹き上げながらゆっくりと、力なく倒れる。その傍らに、驚愕の色に染まった顔が転がった。


「正当な権利を与えようとすれば拒み、ならばやらぬと言えばくれと言う。結局お前という人間は、ただの天邪鬼以外の何物でもない」


 言いながら、ディアスが剣を数回振るう。するとまるで穢れを嫌うかのように、その刀身から血のりがごっそりと流れ落ちた。

 たちまち新品の輝きを取り戻したそれを収め、ディアスはゆっくりと藤子に振り返る。


 彼女は、ゆっくりと拍手していた。


「お見事。実に容赦のない、鮮やかな手並みであった」

「……そういうお前は、随分と優しいのだな」

「わしは捕縛するものとばかり思っておったのじゃが? はて、ではお主は皆殺しにするつもりだったのか?」

「物騒な言葉を使う……そんなはずないだろう」


 そしてディアスは、周囲を包んでいた竜巻を消すため言葉を切る。


「乱戦の結果、不幸にも生き残りは皆無、か」


 そんな彼にくくく、と笑って、藤子は静かに立ちあがった。

 その言葉に、ディアスが視線だけを彼女に向ける。肯定はなかった。ただし、否定も。

 代わりに、棘のある言葉だけが返ってきた。


「余計な詮索は寿命を縮める、と言っておこう」

「はは、このわしの寿命を削る手段があるのなら、むしろわしが教授願いたいものじゃな……」


 薄れゆく竜巻を見上げる藤子の顔は、どこか儚げであった。


 そのまましばらく、2人は無言のまま竜巻が完全に消えるまでその場にたたずんでいた。

 しかし消えると同時に、そこへ5人の騎士が駆けつける。彼らの息は、やや上がっていた。


「殿下、ご無事で!」

「一体何事だ」


 その妙に慌てた様子に、眉を顰めながらディアスは問う。

 そんな彼に、中心にいた騎士が懐から丸められた羊皮紙を差し出した。

 それを受け取りながらなるほど、と頷き中を改めるディアス。そうしてしばらく、黙読をしていたが……。


「……何?」


 意外だと言いたげな、やや頓狂な声を上げながら顔を上げた。そこには、困惑の色がありありと見て取れる。


「いかがなさいましたか?」

「……急用だ。私はすぐに都に戻らねばならなくなった」

「は……っ、かしこまりました。では殿下、自分のティマールをお使いください。殿下にお使いいただくには粗末ですが……」

「すまぬ、リヴィエイラの宿舎まで借りるぞ」

「はっ!」


 1人からティマールを譲り受けたディアスは、そのままそこにまたがると鼻先をリヴィエイラに向ける。

 そして振り返りながら、騎士たちに命令を飛ばした。


「お前たちはここを片づけ、街で捕らえた賊と併せてから追って来い。ああ……それとそこの女は協力者だ、間違いのないようにせよ」

「はッ!」


 そして騎士たちが同時に敬礼する様を見届けるより早く、ディアスはそこから走り去っていった。


 よほどのことがあったか、と思案する藤子だったが、今は考えても仕方のないことである。すぐに考えを切り替えると、自分に近づいて来る騎士(ティマールを譲った騎士だ)に意識を向けた。


「ご協力、感謝いたします」

「何、市民の義務よ」


 心にもないことを言いながら、藤子は笑う。


「賊は……頭目ガレオス含め、13人ですね。さすがは殿下ですなあ」


 どうやら騎士は、賊の討伐をすべてディアスが行ったと思っているようだ。ディアスの手に寄るのは実のとことガレオス1人だけなのだが、面倒なことになることは目に見えているので、あえて指摘はしない藤子である。

 そのまま彼女はちらりと傍らに視線を向けて、そこで男の下敷きになっていたはずの少女がいない・・・ことを確認してから、ゆっくりと頷いた。


「うむ。さすがの腕前であった」


 それから騎士の検分に付き合い、気絶した賊たちの運搬を手伝っていた藤子がダリルたちと合流したのは、夜もふけてからだった。


 翌日には、事件のすべては大山旅団が仕組んだことであると大々的に報じられ、人々はこれを鎮めたディアス王子の健闘を称える。

 そしてリヴィエイラの風聞は、しばらくこれに関するものが大半を占めるようになるのであった。


「知らぬが花よな」


 根も葉もないうわさたちをそう笑った藤子は、そのまま何食わぬ顔でダリルの護衛へと戻っていったと言う。

 リヴィエイラを飲み込んだ騒動は、かくして幕を閉じるが……大山旅団の残党が1人、王国の目を欺いていることを知る者は、藤子のみなのであった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


ようやく戦闘らしい戦闘シーンを描けたような気がします。とは言っても、完全に無双以外の何物でもないんですが……。

BGMに貧乏旗本の三男坊な殺陣のテーマかけてたら、藤子の戦闘シーンが完全に時代劇になっちまいました。後悔はしていない。

なおゆきやなぎの和歌は、本歌取りをしまくりながらかなり適当にそれっぽい言葉を組み合わせただけです。深い意味はありません。


あ、次回からまたセフィ編に戻る予定でーす。

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