表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界行っても漫画家目指す!でもその前に……  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
幼年期編~でもその前に、筆記具だ!~
17/133

◆第17話 護衛任務

 ダリルが率いる隊商は、個人としてはかなりの規模になる。主に隊員が乗り込む竜車すら2頭引きの大型で、それが3台。これに加えて、商品を積み込んだ3頭引きが2台、2頭引きが3台。ここに、護衛となる冒険者たちが付随する。


 とはいえ、本来であれば隊商は共同出資者たちが集まって結成されるもの。そのため、時には数千規模に膨れ上がることがあるのが普通だ。

 それを1人の商人の力でやろうとしているのだから、ダリルの経済力がうかがい知れる。

 事実、高原を行くこの隊商の多くは、彼が今回雇った護衛たちだ。その人数は、藤子の数えでは30人ほど。この規模でさえ、この人数が必要になってくるのだから、商売も簡単ではない。と同時に、それだけこの世界が危険であることもわかるというものである。


 そんなことを考えながら、藤子は隊商の中心を進む2頭引き竜車の上で立ち、腕を組んでいた。そこから全体を俯瞰し、各所に指示を飛ばすことが、彼女のこの依頼における役割だ。

 彼女の視界は、目だけではない。様々な魔法を組み合わせ、周辺数キロに及ぶ広大な範囲の状況を逐一確認している。ここまでの道中は、整備された街道だったため何もなかったが、それでもその監視網に瑕疵はない。


 警戒を緩めず監視塔を続ける藤子が、止まれと宣言する。これに応じて、隊商が緩やかにまとまりながら停止した。そのすぐ前方に、あまり広くはない山道が続いている。


「先頭のほうは既に見えておるじゃろうが……これより蒼天回廊に入る。事前の打ち合わせ通り、総員陣形を整えよ」


 普段通りの声量だが、その声は魔法により、隊商に参加している全員にもれなく伝えられる。地球で言う無線の類を再現している形だ。音や光で情報を伝達するよりも、圧倒的にこのほうが効率がいい。

 事実、この指示に従って、隊商は即座に動き始めた。しばらく、陣形変更に時間を割く。


 新たな陣形は、蒼天回廊の道幅の狭さに合わせた1列のものだ。中心部に荷駄車、それを前後で挟む形で他の竜車が配置される。その周囲には、左右に2列ずつに組んだ護衛が等間隔に並んだ。その2列のうち、内側には遠距離攻撃を得意とするもの、逆に外側には近接攻撃を得意とするもので統一する。最後尾を固めるのは、レストン率いる5人組である。藤子は変わらず、中心の高所から監視塔となる。


 その陣形変更が完了するのを見届けると、藤子は進め、とつぶやく。

 かくして、隊商は蒼天回廊へと足を踏み入れることとなった。


 蒼天回廊。シエル王国の南東部に広がるカナーン山脈、その山々の間を縫うようにして作られた街道である。左右を占有する山に狭められた視界だが、見上げればそこには一面に広がる空がある。そのため、この名を与えられた道筋だ。

 ただし、当然ながら街道としての質は決して良いと言うものではない。山間であるため道は狭いし、足場はよくない。落石や土砂崩れの危険性は常にある上、元々高度の高いシエル王国でも、最も高所に位置する街道のため、人によっては高山病の危険性もある。もちろん、この世界でその詳細な原因を理解しているものなどいないので、その点もまた詳細な知識を持つ藤子が気を配る必要がある。


 が、事前に集めたそうした情報を脳内で反芻しながら、とはいえ、と彼女は考える。


 地球人の感覚では、高山病とは海抜2000メートル級の高度から始まる症状である。ところが蒼天回廊は、藤子の見立てでもおよそ海抜1000メートル程度だ。これは彼女の知識の上では、少々奇妙なことだ。

 もちろん、世界が違うと言ってしまえばそれまでではある。それまでではあるが……。


(いずれにしても、原因は探っておきたいところじゃな)


 そう結論付けたところで、藤子の監視網に魔獣が引っ掛かった。それらが、猛烈な勢いで対象に向けて接近している。


「右列よりテンライの群れが接近中。数は7、総員聖属性の魔法を組め」


 その言葉に、隊商全体に緊張が走った。


 テンライとは、人ですら扱えぬ雷の魔法を操る肉食の魔獣である。その姿は地球で言うヤギに近いが、あのような2本の巻き角ではなく、額から生えた1本角が特徴だ。体躯はさほど大きくはないが、その強力な魔法を持つがゆえに、どんな大きな相手にもひるむことなく戦いを挑む気質を持つ。そして雷という現象がどれほど恐ろしいかは、あえて言及するまでもない。


 その姿が隊商からも見えるようになると、戦う術を持たない商人たちが不安げに目をそらした。


「速度は落とすな。現状を維持。魔法はまだ撃つな、総員の準備が整うまで待機。……よし。総員、右後方に向けて魔法を放て」


 藤子の指示に、首をかしげるものも多いが全員が従う。彼女の指示に従わぬなら、どのような鉄槌が下されるかは出発前に知れている。

 その指示に従い、一斉に魔法が放たれる。規模は様々だ。初級レベルのものもあれば、上級に達するものもあった。しかしそれらは一様に、聖属性の名前通り光を放ちながら空を切っている。そしてその光は、一時的とはいえ、青空を白に埋め尽くした。


「……よし」


 そして藤子は、その光が引き起こした現象を見届け、にやあ、と笑う。


 彼女の広域に及ぶ視界では、直前まで隊商に向かって一直線に突っ込んで来ていたはずのテンライが、放たれた光に対して動きをにぶらせ、さらに距離を取り始めていた。


「テンライは強い光を避ける習性がある。雷という強力な技を持つ連中が、同士討ちを避けるために発達させた習性じゃ。が、光の細かい種類を見分けることはできぬ。連中にとって光はすべて光……なれば、聖属性で十分というものよ」


 後方に去っていくテンライの群れを見送りながら、藤子が言う。その説明は、魔法を通してその場の全員へと遅滞なく届けられることになるのである。

 彼女の説明に多くのものがなるほどと頷いていたが……一方で、彼女は「これくらい調べておけ」という率直な感想は口にしなかった。蒼天回廊の利用自体は、今日発表されたものだったな、と思い直したのである。彼女とて、その程度の人心の機微くらいはわきまえている。


 最初の危機を乗り越えて、さらに1時間半ほど。藤子の監視網に、今度は複数の影が飛び込んできた。


「正面上空よりシンウ11匹、接近中。総員速度を落とせ。正面隊および後方隊、風の魔法を。中間隊、氷の魔法を。なお後方隊、断続的に魔法を放てるよう隣同士互いに時間差を設けて備えておけ」


 既に通常の視界でも十分認識できる距離まで接近しているそれは、いわゆるグリフォンと地球で呼称されている生き物によく似ている。


 鋭利な刃物を思わせるくちばしを持つ顔は、まさに鳥。空腹なのか、耳をつんざく鳴き声と共に、そこからよだれがふりまかれる。背に広げられた翼も鳥のそれだが大きく、怪鳥と呼んで差支えないだろう。

 その大きな翼が、これまた体高2メートルを優に超えるライオンのような強靭な肉体を、危なげなく空中にとどめている。地球における航空力学ではやはりありえないが、翼に宿る風の魔法式の存在がそれを可能にしている。


 自在に空中を走り回る相手というものは、地面という楔から逃れられない生き物にとっては厄介である。まして、連携する知能のある相手ならば余計だ。

 が……今回ばかりは相手が悪い。


 藤子は感慨のかけらもない顔で、迫りくるシンウを見据える。その周囲に、青い光がかすかに瞬いていた。


「後方隊、撃ち方始め!」


 彼女の号令に合わせて、隊商の後方から風の魔法が一斉に放たれる。それは真空波であったり、面を打つ風そのものであったり、あるいは竜巻であったりとさまざまである。

 しかし共通しているのは、それらが休むことなく空を狙い続けていることである。あるものが魔法を放つ時は、隣のものは詠唱に専念しているのだ。それはさながら、火縄銃の三段撃ちに似ている。


 が、シンウたちも負けてはいない。この程度の風など問題にならぬと言いたげに、巧みに風の中を縫って迫ってくる。


「中間隊、撃て!」


 それを見届けた藤子が、号令をかける。それに合わせて、無数の氷の刃が一斉に放たれた。そのさまはまさに、弓矢の一斉射撃である。

 だが、飛んでいく氷塊はもちろん、そんな生易しいものではない。1つ1つの重量はもちろん、鋭利に研ぎ澄まされた刃の威力は、弓矢とは比べるべくもない。


 吹き荒れる風の魔法の中にあって、それらが一糸も乱れずシンウたちを襲う。これには彼らもたまらず、かなり強引な軌道を描いての回避を試みざるを得なかった。苦しげな鳴き声が、山全体に響き渡る。


「よし前方隊、撃て!」


 これを見て、藤子は残していた前方隊へ指示を飛ばした。瞬間、さらに風の魔法が追加される。

 今まで後方から断続的に飛ばされ続けていた猛烈な風が、これによってより強烈なものへと変貌する。威力、範囲、継続時間……無数の魔法が混ざり合い、極大魔法にも匹敵する状態に至った魔法嵐が、シンウたちの身体を根こそぎさらっていく。もはやこの規模に達すると、さすがのシンウでもさばききれないのだ。

 身体中を切り刻まれながら、空の彼方へと吹き飛ばされていくシンウたち。悲鳴にも似た鳴き声が、風の中から漏れ聞こえる。


 しかし残念ながら、先に牙を剥いたのは彼らのほうである。それに対する慈悲を持つものなど、この場には1人たりとも存在しない。やがて彼らは全身に致命傷を負ったまま、風が掻き消えた空中を走ることもできずに墜落していった。


「よし。大儀である」


 それを見届けた藤子はそうつぶやくと、自らが宿していた青い魔法の光を隊商全体に振りまいた。その瞬間、彼女以外の全員が目を丸くしてどよめき始める。


 青い光の正体。それは、言ってみれば回復魔法である。しかし藤子のそれは、メン=ティの魔導書に載るような生半可なものではない。不老不死の頭脳と肉体が、200年以上に渡って蓄積してきた複雑怪奇な魔法式は、傷のみならず体力、気力、さらには魔力すらも好調と呼べるほどまで回復させるのだ。

 こんな強力無比な回復魔法など見たこともない面々が驚くのも、無理はない。魔法のオーパーツとでも言うべき、隔絶した技術が生み出しているのだから。


 とはいえそんな魔法も、藤子にとっては「さして珍しくもない」魔法でしかない。そのため、


(この世界の魔法は大層遅れておるのう)


 という程度の感想しか、浮かばない藤子なのであった。

 このようなことを繰り返しながら、一行は蒼天回廊を進んでいく――。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 10日後の夜。蒼天回廊も半ばを過ぎ、だいぶ標高も下がってきた頃合い。あとは下り切り、グランド王国の国境を越えてしまえばさして障害はない。


 この速度は驚異的である。1人で戦いを避けながら全力で走り続ければ、これくらいの速度にはなるかもしれない。が、この隊商の規模ではそれはできない。普通ならば、ここまで来るのに倍はかかるだろう。

 これらはひとえに、藤子の魔法により、ほとんど休むことなくかけ続けることができたためである。


 その藤子は、野営においては常に不寝番に立ち、結界で周囲を包んで守りに務めている。この結界を破れる魔獣などなく、野営にもかかわらず、メンバーは快眠をむさぼることができている。

 そんな毎日であるため護衛隊も連続した緊張を緩めており、野営の際も賑やかに談笑する姿があちこちで見てとれた。


 そして隊商の全員が寝静まった頃合い。藤子は、相変わらず竜車の上に腰を下ろしてただ1人、夜空を見上げていた。


 暗い天球に映し出されている星々の姿は、人工の明かりのないこの場においては際立って美しい。地球、それも日本の街中では絶対に見られない光景である。

 しかし当然だが、彼らの位置関係は地球から見るものとはまるで違う。地球で知られている星座など1つもありはしないし、彼方に浮かぶ銀河もまた、見覚えのないものばかりである。


 しかし、緩やかではあるが確実な星々の運行から、この世界がいわゆる星に根差した世界であることを藤子は見抜いている。そして太陽や月の運行から、惑星に当たるということも。

 これは藤子にとって、むしろ珍しいことだ。異世界を渡り歩いてきた彼女は、いわゆる平面な空間に展開した世界をいくつも見てきている。いや、むしろ宇宙という広大な空間に根差した世界のほうが、彼女の経験では少なかった。

 そのため彼女は、故郷である地球と似たような様子で構築されているこの世界には、どことなく親近感を覚えていた。


 彼女はうすぼんやりとした表情で、2色の瞳で、夜空を眺め続ける。星の運行を観察する……地球外では意味のない習慣ではあるが。それでもこの習慣を、やめる気にはならない藤子である。


「トーコさんよ」


 そんな彼女に、野太い声が下から飛んできた。


「なんじゃ、まだ起きておったのか?」


 藤子が腰かける竜車のふち、その下から、レストンが橙の瞳を向けていた。


「……黒か。やけに色気のあるものはいてるじゃねえか」

「するか?」

「しねえよ。大体、あんたにモノ突っ込んだら壊れちまいそうだ」

「はははは、お主の息子相手では確かに割けてしまうやもしれんな」


 ひとしきり下世話な話を交わして笑いあうと、藤子はレストンの肩の上に下りた。

 レストンほどの巨漢では、竜車に上がることはできない。かといって、高さの違う会話は面倒である。そう考えたのだ。


 しかしその光景、もしセフィが見たら、水戸御老公時代劇に一時期出ていた、大男と幼女の組み合わせだと声を上げるだろう。


「……して。何用じゃ?」

「あんたな……まあ構わんが……」

「軽かろう?」

「軽すぎる。もっと食って育て」

「無理を申すのう」


 けらけらと笑う藤子ではあるが、彼女が不老不死……すなわち「不変」をその身に宿していることを、レストンはもちろん知らない。


「で……まあ用というほどのことでもないが……」


 言いながらレストンは、藤子を肩に乗せたままそこに腰を下ろした。そのまま、竜車を背もたれにする形で落ち着く。


「効率主義のあんたと仕事中に会話なんざできんからな、少しは夜更かししようと思ったのだ」

「用と言うほどのことであろうに。そうした会話は、飯時に十分しておろう」

「……あんたはどれだけ切れるんだ」


 レストンが、その体躯に似合わぬため息をついた。


 その瞬間である。彼方の空に、青い光が舞い上がった。それに合わせてかすかに、悲鳴のような音が響く。


「なんだ?」

「ヤトイバ(夜行性の肉食魔獣)が5匹、結界に引っかかって死んだな」


 腰を浮かせて臨戦態勢に入りかけたレストンを、藤子はなだめる。そうして、何が起きたのかを説明する。


「この野営地周辺には、魔獣が入り込まぬよう結界が張ってある。中に入ろうとすれば、自動的に……」


 言いながら軽く握った拳を、レストンの前に持って行き……。


「ボン、じゃ」


 その言葉と共に、さっと手を開く。


 藤子の説明に、レストンは驚くよりもむしろ、呆れたらしい。


「……なんだそのでたらめな結界は……」


 そう言って、先ほどよりも深いため息をついた。


「……道理で、蒼天回廊の野営なのに襲撃が一切ないはずだ」

「最初は1匹ずつ亜空間に引きずり込んで、素材部分だけを頂戴しようかとも思ったがな。面倒だったのでやめた」

「本当に規格外だな、あんたは……。ミスリルってのはみんなそんな連中ばっかりか?」

「いいや、わしが特別なだけじゃ」

「……なんだかなあ、その説得力はよ」


 そしてレストンが、うーんとうなった。


 数秒の間をあけてから、彼はその大きすぎる手を藤子の顔に伸ばした。そしてその幼い顔を、まるで壊れ物を扱うかのように撫でる。

 藤子はそれを、拒むでもなくなすがままに任せていた。しばらく、そんな奇妙な時間が続く。


「……なあ、あんたマティアスの天空城に入ってたんだろ。どこまで行った?」

「中層までじゃな。当初目的が金であったこともあるが……あのダンジョンは、中層から先に行くにはパーティを分ける必要があってな」

「ああー……分断されちまうのか。なるほど。あんたほどの実力者なら、最上部まで行って当然と思ってたが。さすがに分裂はできねえか」


 納得と言いたげに数度頷くレストンである。

 対する藤子は、それに対するレスポンスはしない。できる、とは言わないほうがいいと思ったのだ。

 存在を並列させることも、彼女には不可能ではない。ただ、面倒だっただけだ。


 そして藤子は、今までされるがままにしていたお返しとばかりに、レストンの喉元を撫でる。彼は、特に反応を示さなかった。


「……うーん。やっぱり今はやめておくか」

「うん? なんじゃ、藪から棒に」

「いや。最初は稽古をつけてもらおうと思っていたんだが……」

「ほう。わしは一向に構わんが?」

「やめておく。一方的な虐殺になりそうだ。……ただ、予約は入れておきたい」

「……ふふふ、よかろう。いつでも受けて立とう」


 答えながら、藤子はなるほどと思った。ここまでの道中、藤子はレストンからの視線をずっと感じていたからである。

 ただ、そこによこしまなものは感じなかった。彼の目はあくまで真摯であり、強きものからその技を盗もうとする、貪欲な挑戦者の視線だった。そう思えばこそ、藤子もこれだけ彼とのふれあいを許すのである。

 藤子は天才だと自負しているが、それと同じくらい、努力家であると自負している。己の才に溺れることなく力を磨くものに対しては、相応の親近感を覚えるのだ。


「ありがとうよ……と言いたいんだが、なあ。あんたはいつまで俺を撫でれば気が済む?」

「うん? そうじゃのう……お主がゴロゴロ言うまでかのう……」

「なんの話だ、そりゃあ?」

「むむ、お主どう見てもネコ科なのにこの習性がないと申すのか」

「いや、だから何の話だ、おいっ?」


 そこまで来てようやく、レストンは己に対する扱いが何か動物的なものなのではないかという疑念を抱いたらしい。今までされるがままにしていた藤子の手を、その大きな手でわっしと掴み取った。

 まさにその通りで、どう見てもライオンな面構えのレストンは、藤子にとってネコ科のペット的なイメージがあまりにも強く……結果、延々と喉元を撫でることになったのである。


 しかし見た目は似ていても、実際は違う。当たり前だ、ここは異世界なのだから。

 もちろん藤子はそれを承知しているのだが……要するに、彼女はレストンをいじり倒したいだけなのであった。


 これ以降、レストンは仲間内の陽人族サンセットたちに、「トーコに近づくと徹底的に撫でまわされるぞ」と警告して回るようになったそうである……。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 さらに9日が過ぎ、藤子たちは遂にグランド王国は貿易都市、リヴィエイラまでたどり着いた。

 小高い丘に建つ街並みは、ちょうど三叉路の分岐点の真上にある。まさに街道そのものが拠り所の街であり、グランド王国内の各地に繋がる要所を抑えたこの土地は、なるほど中間貿易の要である。


 その一方で、貿易都市でありながらなかなかの城壁を持つのは、ここが関所も兼ねているからだろうと藤子は踏んだ。事実、街の出入り口は街道の三叉路に合わせた三か所しか見当たらない。

 そして同時に、その推測の根拠とした行列を見て、うっそりと半分瞼を下ろすのであった。


「ダリル、ようやくリヴィエイラじゃが……なんじゃこの大行列は?」

「はは……入市審査待ちの列です。グランド王国の街は大なり小なり、こういった感じですよ」


 護衛の司令塔も一段落し、隊商はダリルを載せた竜車を戦闘とした配列へ変わっている。相変わらず藤子はその上だが、幌から顔を出したダリルと、上下での会話を続けるのである。


「どこもとはまた……警備の厳しい国じゃのう」

「この国もシエル同様、目立った産業がありませんからね。まああっちに比べればだいぶマシじゃあありますが。通行税や入市税の類がやたら多いんで、我々にとっちゃあやりづらい国ですよ」


 珍しくむすっとした表情で、ダリルが息巻いた。

 シエル・グランド国境、去年まではなかった関所で予期せぬ入国税を搾り取られたことが、よほど頭に来ているようだ。


 藤子は薄く笑いながらも、彼に相槌を打つ。


「その調子では、街の中で商売をするのにも税を取られそうじゃな」

「はい、仰る通りで。ま、その分我々も値をつり上げるだけですがね」

「己の行為が物価を釣り上げておることに気が付いている貴族どもが、果たしてどれだけいることやら。その辺り、シエルはまだ賢いな」


 藤子の言葉に、ダリルは肯定で返した。


 シエル王国は、藤子が見た限り関所というものがなかった。国境にはさすがにあるが、逆に言えば通行料の類が徴収されるのはそこだけである。

 関所を撤廃する利益は、主に経済物流方面で現れる。商売する上で経費がかさまないため、商人が訪れる頻度が増えるのである。これは、資源のほとんどを輸入に頼っているシエル王国にとっては極めて重要だ。


 もちろん、関所がない分間者やならず者の摘発ができないし、もし攻め込まれた際は防波堤がないことにもつながる。

 しかし以前にセフィの父が述べていたが、シエル王国は最貧国であるがゆえに、戦争をふっかける「うまみ」がなさすぎる国。おかげで常備軍の仕事を犯罪抑止に振ることができるため、結果的に関所は撤廃したほうが利益になるのだ。


「20年ほど前でしたかね。いきなり関所が全部消えた時は、思い切ったことをしたもんだと思いましたが」

「であろうな。そう思うが普通であろう」


 どうせ戦争仕掛けられないんだし、関所なくそうぜ。

 言うのは簡単だが、簡単にできることではない。この施策を実行に移した現シエル王は、相当肝が据わっていると言えるだろう。


 そんな世間話をしながら、リヴィエイラ入市審査の順番待ちを続ける。決して審査が遅いわけではないが、何分人が多すぎる。


「トーコさん、こちら護衛の皆さんに。疲れている時は甘いものに限る……とシェルドールでは言いましてね」


 まだまだかかると見たダリルが、藤子に差し出したのは果物の砂糖漬け……つまりジャムであった。


 かつての地球でも砂糖は貴重品だったが、それはこの世界でも変わらない。材料は違うが、それでも砂糖を生産できるのは今のところシェルドール諸侯連邦に限られているのである。

 当然、砂糖を使ったものは高い。庶民の手に入るような代物ではない。まして保存食として珍重されるジャムだ。それをいきなり手渡してきたダリルに、藤子はさすがに目を丸くした。


「良いのか? これはシェルドールでしか採れぬ貴重品であろう」

「構いません。将来への投資ですよ」


 だがダリルは、そう言うと茶目っ気たっぷりにウィンクして見せた。

 要するに、ここで自分の心証を上げておこうというのだ。冒険者たちに対する飴、とでもいうべきか。


 そんな思惑を見て取った藤子は、彼に応じる形でウィンクを返すと、竜車の上から飛び降りる。


「損して得取れとは良く言うたものよ。あいわかった、任せておくがよい」


 そしてそう言いながら、護衛全員に均等に行きわたる量を計算しながら、まずは手近なところで立つ2人に声をかけるのであった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 結局、ダリル一行がリヴィエイラに入ることができたのは、日が暮れる直前となった。

 しかしまずは、護衛を斡旋した冒険者ギルドへ報告と報酬の支払いを行わなければならない。なので、宿のほうは信頼のおける番頭に任せ、ダリル自身は護衛たちと共にギルドのリヴィエイラ支部へと向かう。


 ここで依頼が無事に終わったことを、ギルド側に通達。そして次に依頼を受けた側が成功を報告し、双方を確認したギルドにより、報酬が支払われる。今回は、1人当たり大金貨3枚である。

 ダリルは藤子に対して追加報酬を申し出たが、藤子はそれを断った。それは全員に今夜の宿代にしろ、と言って。


 特段の働きがあったものに対して、追加報酬を払うことは珍しいことではない。まして今回、藤子の存在がなければこれほどスムーズに進むことはありえなかった。最初は、子供の見た目の藤子をなめてかかり、叩きのめされた者たちも、ここまでの道中でそれは痛いほどわかっている。

 にもかかわらず追加報酬を蹴り、全員に分配することを提案した藤子に対して、一部からは感嘆の声が上がった。彼女の鉄槌により、何かに目覚めてしまった連中である。


 そして藤子本人はというと、


「よかったのかい。金は誰だって欲しいだろうに」

「金を稼ぐ機会なぞ、そこらに掃いて捨てるほど転がっておるさ」


 レストンに問われて、そう笑うだけであった。


 そうして一通り利益の分配が行われたところで、今回のシエル・グランド間の護衛任務は、誰にとっても完了となり、お開きになる。

 既に夜の帳が降り始めた街に繰り出す冒険者たちを見送る藤子。彼女はまだ、やることがある。護衛任務の依頼をこの場で出すダリルに、即時応じるのだ。名指しの依頼はできないため、こういう形になる。


「ダリルの旦那」


 そのさなか、やはり残っていたレストンが彼に声をかけた。


「なんですかな?」

「この後、グランド内を回った後で、ダンジョンでモノを補充するんだよな?」

「ええ。もっとも、それは彼女に任せるつもりですがね」

「……その話、俺たちもかませちゃくれないか」


 その言葉を聞いた途端、ダリルはすっと目を細めた。

 しかしそれも一瞬。


「ほほう……聞きましょう」


 そう言うと、申請書(石版だが)に記入していたペンを一旦置いて、レストンに向き直った。


「トーコが凄腕なのは認める。悔しいが、絶対ああはできん。ただ、俺たちもそれなりに腕に自信はある」

「はい」

「そこで……だ。提案なんだが、トーコには神話級ゴッズの探索に専念してもらったほうが効率はいいと思うんだ。あちこち飛び回るより、そのほうが。なあ?」

「なるほど、そうですな。しかしいかに神話級ゴッズとはいえ、手に入るものにはやはり偏りがあります。私としては……」

「そう、それだ。そこで俺たちの出番だ。旦那の言う通り、神話級ゴッズで手に入るものは限られてる。だが神話級ゴッズは国に一つしかねえ。そこで手に入らないものを近場で狙うなら、遺産級レガシーに潜るしかねえ」


 遺産級レガシー神話級ゴッズと同じく、ダンジョンの難易度を現す言葉だ。順位としては、上から2番目になる。

 当然難度は相応に高いが、踏破者皆無の神話級ゴッズに比べればさほどでもなく、こちらは過去それなりの踏破者を出している。


「俺たちが、遺産級レガシーに専属で潜る。あれくらいなら、俺たちでもかなり深くまで行けるからな、結構なものが手に入るあろう。つまり、2つのダンジョンから同時にものが手に入るって寸法だ。どうだい?」

「なるほど、一考の余地はありますな……」


 ダリルがあごに手を当てた。

 一方藤子は、一切口を挟むことなく2人のやり取りを注視する。


「……場所を二つに分けるとなると、我々も二手に分かれる必要がありますな。そちらの護衛もお願いできるのですかな?」

「もちろんだ」

「ふむ……わかりました、いいでしょう。トーコさんも、交代要員がいたほうが楽でしょうしな。あなた方にも同行を頼みましょう」

「ありがとよ、恩に着るぜ」


 ほぼ即断であった。そうしてダリルは、すぐに石版にレストンたち向けの項目を書き足していく。


「お主もなかなか弁士じゃのう」


 そこでようやく、藤子はレストンに声をかけた。


「パーティリーダーやってりゃ、多少はな」

「責任重大じゃのう。わしなぞ気楽なものよ」

「だろうな」


 和やかである。けらけらとふざける藤子に対して、レストンが逐一つっこむ。奇妙な相互関係であった。


 そんなやり取りは、結局ダリルの依頼申請が完了するまで続き……妙に気を利かせた彼により、宿を同室にされたレストンは、その夜は終始憮然とした表情だったという……。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


藤子一人のインフレ具合が激しすぎて、バトルシーンに至る前に解決してしまう……。

今回の藤子編でせめて1度くらいは彼女のよりわかりやすい戦闘力なんかを見せたいところですが、うーん。チートすぎるのも逆に展開が単調になってしまうなあ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もし面白いと思っていただけましたら、下記をクリックしていただけると幸いです。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ