第113話 両親の決断
さてどうするかな。あまり考えてる暇は正直なさそうだ。
ぼくは顔をしかめるのを隠すこともなく、先ほどまで座っていた上座に戻った。藤子ちゃんも同じく……ああいや、彼女はいつも通りだ。
「……それじゃ、会議を再開するけど……」
あまりといえばあまりの雰囲気に、思わずゲン○ウのポーズを取ったぼくは悪くない。
まあそうは言っても、決して予想できなかった事態じゃない。その姿勢のまま、ぼくはゆっくりと口を開いた。
「……ティフさん、駄目だったんだね?」
「……おう」
返事は予想通りのものだった。周りの雰囲気が、より重くなった気がする。
「……正式に報告するぜ。グランド王国軍ども、遠慮会釈なしに国境を越えやがった」
「そっかー……」
「警告もなければ通告もなかった。シエルの申し訳程度な関所はあっという間だったな……」
「向こうは完全に蹂躙する気か……!」
ベリー母さんの、怒気がこもったつぶやきに同調する形で会議室の空気の質が変わった。
それには同意するところだけど、怒ったところでどうしようもない。まず、今できることを考えないとな……。
「ティフさん、相手の進軍速度はどれくらいだった?」
「どうだろうな……内訳が子供から年寄り、民間人から騎士まで、ごちゃまぜだからな。さっき見た感じはなかなかの速度だったけど、それは動き出しだったからだろうしな」
「うーん、それなら少し甘く見積もってもいいかなあ? カバルさん、どう思う?」
「は。おっしゃる通り、有象無象の集団ならばそれでよいかとは思いますが……」
「……が?」
「状況は常に動きます。お手を煩わせることになりますが、ティフ殿にはかなりの頻度で張り付いていただいたほうがいいでしょう」
「なるほど」
まあ、そりゃね。ティフさんなら偵察衛星みたいなこともできそうだ。
「ティフさん、できる?」
「はっ、任せときな。どんな動きも見逃さないぜ」
とても頼もしいお言葉をいただいた。うん、この方面はひとまずこれでいいだろう。
「最大の問題は、兵をどれだけ、そしていかに集めるかですな」
シディンさんが口を開いた。それに応じる形で、その場にいたほぼ全員が小さく頷く。
「通常の軍よりやや遅い速度での進軍、となりますと、国境からケルティーナまではおよそひと月弱といったところでしょう。幸か不幸か、道中には大きな町はないので民に被害は出ないでしょうが……」
「敵の消耗はほとんど期待できない、というわけよね、カバル」
「はっ、いかにもその通りです王妃様」
「ぼくらがハイウィンドからケルティーナに移動するだけでもかなりぎりぎりじゃん……」
ぼくはこめかみを親指でぐりぐりと押しながら、ため息をつく。
つまり、だ。ほぼ間違いなくケルティーナが戦場になる。魔物よけの城壁で取り囲んであるから、すぐに落ちることはないだろうけど……。
「……まずは、どんな手段を使ってでも進軍を遅らせる必要があるわね」
頭を抱えかけたぼくのすぐ近くから、シャニス義母さんが声を上げる。
「私たちには圧倒的に時間が足りないわ。まず、それを少しでも補てんしなければならないでしょうね」
「足止め、か」
母さんもそれに応じる。
その言葉を聞いて、自然と次の言葉が口から零れ落ちた。
「……決死隊を募る、しかないかな……」
圧倒的な数の差を覆すことは、簡単なことじゃない。常識的に考えて、どうあがいても足止めが精いっぱいになることは間違いない。
けど、これは戦争だ。そこに出てきた人が無事に帰ってこれる保証なんて……欠片もない。
「……集まるでしょうか」
「……わからない」
「民に向けて死ね、と言うわけですからね……」
「けれど戦略上、どうしても必要なこと……」
居並ぶ閣僚たちが、うなる。
どうやら我が国の閣僚たちは、しっかりと国民のことを考えることができる人たちらしい。
ただ、今というこの瞬間だけは、もうちょっと非情になれないといけない。国を存続させるためには、どうしても必要な犠牲なんだから。
……いや、ぼくにそれができるかどうかって言われれば、決してイエスではないんだけど。
一騎当千というか、無双レベルの実力者がいればなあ……。
と思いながら、ぼくは藤子ちゃんに目を向ける。しかし彼女は首を小さく振った。ですよね……。
「……とにかく、決死隊を募ろう。それで相手の進軍を遅らせること、そうしないとぼくたちに勝ち目はない」
深いため息と共に、ぼくはそう告げる。この場にいる人間のほとんどが、それに対して苦々しい表情を浮かべながらも頷いた。
この上で、ぼくにはあと何ができるだろう? 大量の敵と戦うにしても、ぼくは用兵術とかはほとんどわからないも同然だ。
何ができる? あとは何ができる?
「セフィ」
そこで藤子ちゃんが、声を上げた。彼女に、全員の視線が集中する。
「直接手を出せぬ代わりに、一つ。助言しよう」
「……何?」
「お主、『あの事件』からムーンレイスに向かう日までの間に開発していたものがあるであろう? あれを完成させよ。そして量産するのじゃ。さすれば、数の不利は覆せよう」
「……あれ?」
「左様、あれじゃ。わかるじゃろう? お主が力を求めて導いた答えじゃ」
そう言ってにやりと締めくくった藤子ちゃんに、ぼくははっとなる。
「……! あ、あれ、か……そうか……確かに……」
そうだね……確かに。『あれ』ならそれもできるかもしれない。
……そんなつもりで造ろうとしてたものじゃ、ないんだけどな。でも……でも、そうだよね。四の五を言っていられるような状況じゃない、よね……。
「……殿下? あれ、とは一体……?」
いつの間にか、視線はぼくに集まっていた。
そして怪訝な顔でそう訪ねてきたカバルさんに、ぼくはゆっくりを答える。
「……兵器、だよ。『銃』っていう……遠距離用の、ね」
ぼくのその答えに会議場に相応の喧騒が満ちたけれど、彼らの心境がどういうものなのか。ぼくには、わからなかった……。
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とりあえずの方針は、決まった。
まず、募った決死隊にできる限り敵の進軍を止めてもらう。何人ほど集まるかはまだわからないけれど、少なくともこれが今回戦いの大前提になる。絶対に手は抜けない。
そうして稼いだ時間で、ケルティーナに兵を集める。もちろんこれは、常備軍と言うには程遠いだろう。練度とか、何それって状態だと思う。
でも、それを覆すためにぼくは銃を開発する。引き金を引けば、それだけで前方の相手を殺すことのできる兵器を。
……したくないけど。それでも、ぼくはここで死にたくない。死ぬわけにはいかない。だから、これは仕方のないことだ……。
「セフィ」
「……父さん」
開発を再開するために研究所へ向かっていたぼくは、父さんの声に呼び止められて振り返った。
そこには、当然父さんがいる。相変わらず大きい身体だ。ただ、ディノの変装はしていない。今の父さんは、正真正銘父さんの姿をさらしている。
「ジュウ、と言ったな。それができるまで、どれくらいかかりそうだ?」
「……完成だけなら、半月もあれば十分できると思う。ただ、その後の量産がどれだけできるかわからない……」
「……そうか。ってことは、二ヶ月は敵を足止めしたいところだな」
「……うん。でも、それはたぶん無理だよ。そもそも、ぼくらは国のために死ねって言う立場だよ? ぼくだったら……そんな、絶対死ぬのが決まってるようなところに、好き好んでいくなんでできないよ……」
「だろうな。……けど、誰かがやらなきゃならねえことだ。誰かが、な……」
「……父さん?」
いつになく真剣な顔で言う父さんに、ぼくは違和感を覚えた。
小さく首をかしげて、正面の彼を見上げる。父さんはそこで、にやっと不敵に微笑んで……。
「なあセフィ、俺は思うんだよ。国のために死んでいいのは、王族と年寄りだけだってな。そして……その両方を満たしている奴がいるだろ? だからなあ、セフィ」
「……父さん、まさか」
「ああ」
思わずカッと目を見開いたぼくに、父さんは先ほどの笑みのままで力強く頷いた。
そして、言葉を続ける。
「俺が出る」
出てきた言葉。それは直前のやり取りで予測のできたことで、だからぼくは、弾けるように飛び出して、父さんの身体にすがりついた。
「……や、やめてよ! そんなことしたら、父さんは……!」
「ああ。でもよ、もういいんだ。俺はどのみち、社会的には死んでいる。だからここで俺が出ることは、強い政治的パフォーマンスとなるだろう」
父さんはゆっくりと膝をついて、ぼくの頭に手を置いた。
大きい手だ。大きくて、節くれだっていて、力強い。王様の手じゃない、とっくに六十歳を超えているのにそれでもそれは、今も冒険者の手だった。
「死んだはずの名君が、国を守るために生き返る。どうだ? 決死隊もかなり集まりそうじゃねえか?」
「……とう、さん……まさか、まさかと思うけど、あの茶番、もしかして……!」
「……ふふふ、さあな? 俺はただ、面倒事をアキに全部放り投げたかっただけ、だぜ?」
父さんはそう、茶化すように言ったけど……その言い方に、ぼくは逆に確信した。
父さんはきっと、グランド王国がシエル王国に攻めてくるだろうということをわかっていたのだ。そしてそうなった時、心置きなく自分が最前線に向かえるように、あんな突然に政権交代劇を演出したんだ、と……。
それに気がついてしまったぼくは、ただ呆然と父さんを見つめることしかできなかった。この人は今、本気なんだとわかってしまった。だからもう、何も……。
「アル、話はわかったのです」
そこに、母さんが現れた。父さんは後ろに振り向きながら、その小さな身体をしっかりと正面から見据える。
ベリー母さんは、まっすぐな瞳のままゆっくりとこちらに歩いてきていた。小さいはずの彼女の身体が、とても大きく見える。
「……なら、私もついていくのです」
「母さん……!」
「ベリー……。だが、お前には」
「私は嫌なのです! アルに置いて行かれるくらいなら、自分で死ぬのです!」
そう強く言いきって、母さんが首をぶんぶんと振る。
「……私は、アルとずっと一緒にいるんだって決めているのです。そのアルが戦場に行くなら、私だって行くのです……」
「……わかったよ、ベリー」
泣きそうな顔をして言う母さんに、父さんは苦笑して肩をすくめた。そして彼女の頭を、そっと撫でる。
でも、それを受け入れられないぼくがいる。
「よくない、よくないよ……! 二人とも、なんで……!」
ぼくは叫んだつもりだったけど、その言葉はかすれていた。言いながら、そこでぼくは自分が泣いていることに気がついた。
彼らは、確かにぼくの両親なのだ。前世の記憶があってもなお、それでも、セフュード・ハルアス・フロウリアスという人間の両親は、間違いなくディアルト父さんで、ベリー母さんなんだ。
そんな二人を、こんな形で失いたくない。失いたく、ない……!
「……セフィ。後は任せるぞ」
けれども父さんは、ぼくにそう言い放って立ち上がった。
力強いその立ち姿を見上げるぼくの頬を、涙が伝っていく。
「……さあベリー、行くか。俺たちの、最後の戦いだ」
「はい……どこまでもついていくのです」
そして二人は、ぼくを押しのけて歩いていく。
ぼくが知らないどこかへ、行こうとしている二人を追うことが……ぼくにはできなくて。ぼくはその場に膝をついて、しばらく声を出さずに泣いていた。
それは藤子ちゃんが音もなく現れるまで、続く……。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
一級死亡フラグ建築士、ディアルト。




