◆第12話 冒険者ギルド
冒険者ギルドは、この世界にあっては唯一夜明け前から動きだし、そして日が落ちてからも動き続ける施設だ。
理由は単純。ありとあらゆる依頼が集まり、それを遂行せんと動くものたちが集うのだ。人間の活動時間にこだわっていては、彼らの業務に支障をきたしてしまう。それを避けるためである。
このためにギルドは、極めて先進的な三交代制という制度を用いて組織の運営を行っている。一日を三つの区分に分け、その時間ごとに異なる人間を配置することで負担を極力減らそうと言うこの制度のおかげで、ギルドの各支部はいつ顔を出しても応対してくれるという、奇跡のような経営体制を実現している。
ほぼ一日中稼働している施設のため、ここには様々な人間が訪れる。職員や冒険者はもとより、宿屋からあぶれたものや、酒場でつぶれたものなどが、一時しのぎで滞在することもあるし、彼らを狙った抜け目ない商人たちや屋台売りたちが、商売に訪れたりもする。
常に誰かは必ずいるため、街の中でもギルドの支部はにぎやかな場所になることが多い。特に、日が暮れかかるくらい、一仕事を終えた者たちが戻ってきたタイミングは。
とはいえ、ここエアーズロックのギルド支部はさほどでもない……いや、シエル王国内のギルド支部は、か。
それも仕方ないことではある。そもそも冒険者ギルドとは、大陸各地に点在するダンジョンの対応や、そこに挑むものを支援することが目的の互助組織だ。
時代の流れに伴い、魔獣討伐や隊商護衛なども行うようになったが、いずれも防衛力をそういった業務に振り分けられるシエル王国では、あまり冒険者の需要がないのだ。
斡旋できる依頼と言えば、薬草の採集や引越しの手伝いなど、何でも屋と言わんばかりのもの程度。
かろうじてダンジョン――並みの人間では踏破できない難度を誇る神話級ダンジョンや遺産級ダンジョンに関する依頼が掲示されているが……そうしたダンジョンは、一般的なダンジョンと違い自然発生しないため、どうしても「詳細は○○の街のギルド支部にて」としか書けない。
かくなる事情のため、シエル王国におけるギルド支部は他国のそれと比べて人入りが少ない。例外は王都ハイウィンドと、時節に合わせて移動するとある神話級ダンジョンが駐留している街のみである。
そんな、他国では考えられないほど閑散としたエアーズロックのギルド支部の扉が、静かに開かれた。おりしも夜で、ここでは最も人入りが少ない時間帯だ。詰めている職人の誰もが、新しく入ってきた人物へ一斉に視線を向けた。
今しがた足を踏み入れた少女――藤子は足を止め、その視線を真正面から受け止める。それから視線で周囲を見渡してから、小さく首を傾げた。
元々地球出身の彼女にとって、この世界は人が少ない。地球、それも日本の都会を知っている人間ならば、誰もがそう思うだろう。
しかしこの施設内は、輪をかけて人気がない。彼女の視界に収まったのは、彼女の対応を自分がするのだとばかりに一か所に集まっている、暇な職員たちだけ。それ以外の人は、少なくともその中にはいなかった。
(経験上、こうした施設は常に人であふれているものじゃがのう)
多くの異世界を渡り歩いてきた藤子にとって、冒険者ギルド、もしくはそれに似た組織が存在する世界は珍しいものではない。しかしそれらの世界では、この手のハイリスクハイリターンな職業はなぜか人気が高く、常々受付では待たされたものなのだが……。
(……まあ良いか。競合相手は少ないほうがいい)
すぐ考えを改めて、藤子はふっと笑う。そのまま、何事もなかったかのようにカウンターへと足を進めた。そして、単に一番近い場所の受付に身を乗り上げる。彼女には、少々位置が高い。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
藤子を出迎えたのは、獣の耳をたたえた女性である。陽人族と呼ばれる人種だ。
初めて見る人種に、藤子はいつも通りその魂を記憶する。と同時に、客として口も開く。
「うむ。ギルドに登録をしたい」
「かしこまりました。それでは、まずはこちらの規約をお読みください」
藤子の言葉に受付嬢はにこりと笑い、カウンターの下から一抱えほどの石版を取り出した。
一方、暇を持て余している他の職員が一斉に散り、棚から書類などを引っ張り出してきて受付嬢の横につける。
全員がそうだが、彼らが藤子を子供と軽んじる態度は一切ない。何せ、小人族のいる世界だ。見た目が当てにならないことは、みな承知しているのだ。
「どれどれ……」
びっしりと文字が並ぶ石版。そこには規約、の名前通り、様々な注意事項や禁則事項が書き連ねられている。規則に違反した際のペナルティや、有事に際しての心構えなども載っていた。
藤子はそれらを一目ですべて読み終える。が、それではさすがに不審に思われるだろうことは想像に難くない。そのため彼女は、わざと時間をかけてゆっくりとその文章を目で追う。
それなりの時間をかけてから読み終わったことを告げた藤子に、今度は入れ替わりで別の石版が差し出された。
「次に……こちら、会員証となります。こちらに神聖文字でお名前をご記入ください」
「わかった」
それは小ぶりな、カード状の薄い石版だった。そこには発行場所や発行年が刻印されていて、さらに偽造防止の魔法陣が描かれている。
その中に、一か所だけ空白の部分があった。受付嬢がペンを差し出しながら、こちらに、と平手で示している。そんな彼女にうむ、と頷いて、藤子はペンを受け取った。
暇人の一人が、偽名でも構わないぞお嬢ちゃん、と注釈を入れてくれたが、別に己を偽る必要など藤子にはない。そのため、彼女は迷うことなく神聖文字で己の名を書き入れた。この世界の記名法則に従い、トウコ・ヒカリと。
その瞬間、文字がきらりと光って会員証に完全に吸着。これで会員証そのものを破壊しない限り、記名が消えることはない。
神聖文字とは、ヴィニス語における独自の文字だ。これは天地神明に誓う際に用いられるもので、これでサインされた契約は、いかなる理由があれ履行が義務付けられる。
破棄にはそれに応じた手続きが必要になり、違反した場合は、世界への介入権を持つナルニオルらの神々によって、厳重な天罰を受けることになるのだ。
魔法陣と併せて神聖文字による記名を行うことで、会員証の偽造防止を確たるものにしているのだろう、と藤子は内心で頷いた。
「これでよいか」
「はい、結構です。では、会員証にあなたのマナを注入してください。微量でも登録は可能ですが、できれば全力でお願いします」
「ほう……理由は?」
「このマナが、裏に描かれた魔法陣の偽造防止効果を発動させます。込めるマナが多ければ多いほど効果が上がり、偽造防止の率が上がります。また……」
そこで言葉を切り、受付嬢は石版を表に反した。
そこには冒険者ギルドの名と、八大神のモチーフたる文様が円形に並んだ図側が刻まれている。刻まれている意匠は、なかなかに芸が細かい。見るものが見れば、日本でもおなじみの会員証みたい、という感想を抱くだろう。
「それに応じて、表に絵柄が現れます。この最初に現れた絵柄に応じて、登録者の最初の冒険者クラスが決定されるのです」
「なるほど」
受付嬢から石版を受け取りながら頷く藤子。
そんな彼女の前に、暇人たちが絵柄の見本をずらりと並べた。全部で六種類で、それぞれ黒、赤銅、銀、金、蒼、白。いずれも光沢を持ち、金属を思わせる色合い。その図案は、冒険者ギルドの紋章である三つ鱗紋――この世界で言うところの、トライドホーンだ。
「ほう……されど、単にマナの総量だけでは実力は測れぬであろう?」
「仰る通りです。ですがこれはあくまで目安です。自分のクラスと同等の依頼しか受注できないわけではありませんので、遠慮なくどうぞ」
「最もじゃ。ふむ……全力か……」
手のひらに置いた会員証を見やり、藤子は考える。どの程度で抑えるべきか、と。
彼女は、長い異世界放浪人生の中で、相手がどれほどのものかを見極める、正確な審美眼を獲得している。
だからこそ、セフィに渡した星璽のスキャン機能を構築できたわけだが……それが、本気を出したらこの石版は壊れかねないと警鐘を鳴らしていた。
故に、彼女は考える。どの程度で抑えるべきか、と。
そして考えながら、石版のマテリアル、およびアストラルの強度を推し量る。それにより必要な量を計算するのだ。
それは一瞬で、藤子は内心で頷きながら自らのマナを会員証へ注入する。
次の瞬間、藤子の手のひらが青く輝きだした。いや、マナを注がれた会員証が光り始めたのである。
もちろん、己の能力を理解している藤子にとっては必然だが、彼女以外のものにとってそれは突然だった。全員が、目を見張ってその光を注視している。
「……これでよいのか?」
頃合いを判断して注入を止めた藤子は、仕上がった会員証を見せながら問う。既に青い輝きは失われているが……。
「……っ!?」
対する受付嬢たちは、それまでよりもさらに目を白黒させて、言葉を失うばかりであった。
会員証に浮き上がった絵柄は、淡い光沢を持つ蒼色で描かれたトライドホーン。これが意味するところは……。
『ミスリルだと!?』
全員から、驚愕の声が上がった。次いで、それまで静かだったギルド内にどよめきが場を満ちていく。
ミスリル。冒険者ギルドにおいて、序列第2位の位階である。上にはプラチナのみが君臨するが、このプラチナという位階は、国に関係した依頼を受けられなくなるなど、いくつかの制限がかけられる。
本当に強いものしかたどり着けない境地ではあるが、その制約を嫌い、敢えてミスリルのままでいるという者たちも多い。実のところ、セフィの母親、ベリーもその口であったりする。
そんな高位階を、初登録の人間が出したということは驚愕に値することだ。まして、見た目幼い藤子であれば余計である。
とはいえ、そこは職員たちもプロである。なんとか驚きを胸の内に押し込むと、体裁を整えて口を開いた。
「……は、はい。ではこれにてとうりょ、登録は完了です」
が、さすがに噛んだ。これには他の職員も、思わず口元を抑えて顔をそらす。
「規約にもあります通り、会員証を紛失されますと、再発行には大銀貨5枚が必要になりますので、取り扱いにはくれぐれもご注意を」
「ああ、わかっておる」
へこたれない受付嬢に頷きながら、藤子は会員証を懐にしまい……こんだと見せかけて、己の持つ収納用の亜空間に転送する。
藤子が会員証をしまったのを見て、勘のいい受付の一人が今のうちにと言わんばかりにカウンターから出た。
「さて……では、何か依頼を受けて行かれますか?」
「あるだけ見せてもらおうか」
「かしこまりました。ええと……」
返事と同時に、先ほどカウンターから出た受付が、部屋の壁一杯を使って設置された黒板の前で頭を下げた。
「……ここからは彼が」
「説明いたしますッ」
黒板に平手を向けながら、振られた受付が笑顔を見せる。その姿に、出遅れた面々は悔しそうに頬杖を突くのだった。
彼らに一度苦笑を振りまいてから、藤子は黒板の目の前まで移動する。
「こちらの黒板に、現在受け付けている依頼が記入されています。クラスごとに区画が分けられていますので、ご自身の実力に見合ったものをお選びください」
「……とは言うが、全部で6つしかないではないか。しかも大半がアイアンで、最上でもシルバーとはなあ」
「……冒険者稼業は不景気な国でして」
彼の返答に、藤子は肩をすくめた。
短期間で大金を必要としている彼女にとって、ハイリスクハイリターンの冒険者は理想の職である。しかし、この国ではハイリスクローリターンとなってしまっている。
こればかりは国内情勢が絡んでいるので、さすがの藤子でもどうしようもない。
「都のほうなら、もう少し実入りのいいものがあるでしょうけどね」
「あとは、確か来年から『マティアスの天空城』が都に戻ってくるはずだから……それを狙うくらいかな」
「マティアスの天空城?」
聞き捨てならない単語に、藤子は発言者のほうへ身体を向ける。
「ああうん。この国にある神話級ダンジョンだよ。文字通り空に浮いてる城で、毎年場所を変えるダンジョンでね……ただ神話級だけあって、手に入る品は特級品ばかりらしい」
「なるほど。ふむ……では年明けに合わせて王都に向かうとするかのう」
「あ、あ、でしたら」
あごに手を当てて計画を思案し始めた藤子に、また別の職員が声を上げる。
「今月中に都に戻りたいから急ぎ護衛求む、って依頼がありますよ。まあ、整備された街道で魔獣なんてめったに出ないから、ブロンズクラスの依頼ですけど」
「なるほど、便乗するか。うむ、それがよさそうじゃな。そうしよう」
職員からの提案に、藤子はにいっと笑って頷いた。
それから改めてカウンターへ移動すると、依頼の手続きを取る。契約用の石版が、ペンと共に差し出された。
「はい、ではこちらに神聖文字でサインを。……はい、受理いたします。それでは、依頼主へ連絡をいたしますので、待合室にてしばらくお待ちください」
「おう。適当に座っておるぞ」
ギルドから出ていく職員を見送りながら、藤子は待合室へ入った。そして、近場の椅子を引いてそこに腰かける。
「依頼主……ドック・パニーカ、か。さて、どのような人間かのう」
契約石版に書かれていた依頼主の名をつぶやき、藤子は椅子に身体を預ける。そしてそのまま、不遜にも足を机の上にあげて組んだ。
それは、セフィたちが統一教育学校に入る1か月半ほど前の出来事であった。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
異世界もののお約束、冒険者ギルド遂に登場。
ギルドランクの認定は認定試験官と戦うのとどっちがいいかなあとも思いましたが、ヘンにバトって文字数はちきれるのもなんだかなあと思ったので、こんな形になりました。
プラチナクラスは基本、名誉職みたいなもんです。ミスリルクラスの人が引退するときに、記念で特進する感じで。




