第112話 援軍、一名
父さんは今どこにいるか?
答えは亜空間です。藤子ちゃんの。もうなんでもありすぎる。
「藤子ちゃん」
「うむ、任せよ」
周りの目を盗んで、藤子ちゃんに合図。すると彼女も頷いて、次の瞬間ぼくの視界があっという間に変わった。
城の中だった景色は、一瞬で巨大な日本式の城を見上げる広場になっている。見上げれば、純白の輝きを放つ平城。その頂の、さらに上には太陽が煌めいている。
……姫路城だよね、これ? どういう亜空間なのやら……太陽まで存在するとか本当に何が何だか。
えーと、それはともかく。その広場の中央付近で、仮想ディスプレイみたいな巨大なスクリーンの前に座る父さんがいた。
その周辺では、セレンさんが輝良さんを相手に組手を行っている。ミリシアさんは審判か。藤子ちゃんのお弟子さんたちも大概でブレないな。
……あれ? もう一人誰かいる。三人を眺める形で少し距離を置いてるみたいだけど……藤子ちゃんって、新しく弟子取ってたっけ?
白づくめのローブをまとった人だ。背丈はティーアより少し大きい感じ? でも、顔には狐のお面がついててどんな人かはわからない。……月子さんってことはない、よね?
「父さん」
「おうセフィ、来たな」
ぼくの声で振り返った父さんは、変装をしていない。この場に入り込める人間なんていないもんね。
その父さんに駆け寄るぼく。その目の前に、どこからともなく椅子が現れる。
藤子ちゃんの仕業か。遠慮なく使わせてもらおう。
「色々と聞きたいことがあるけど……」
「ああ、わかってる。まずは……あー、と、ティフのことからか」
座りながらも父さんから視線は外さない。
そんなぼくの隣に、藤子ちゃんも座った。
「察してくれてると思うが、ティフに偵察命令を出したのは俺だ。そもそも俺はまだ死んでないわけで、召喚獣としての契約も切れてない。あいつに命令できるのは俺だけだしな」
「だよね。ってことは、ディアス兄さんの密書の件を教えてから、ティフさんに動いてもらったんだ?」
「ああ。戦争をするにしても、あらかじめ敵の規模がわかっていればこちらも兵を集めやすいからな」
「……会議中のぼくたちのところに出てきたのは?」
「召喚地点を指定したんだ。まあ、俺くらいになればこれくらいはな? 逆も同じだ」
「なるほど……」
父さん、やっぱりすごい人だよなあ。ミスリルクラスは伊達じゃないね。
「まあ、それはここからあの場所の状況がわかっているからこそできる芸当なのじゃがな」
「ちょっ、それは言わないのがお約束じゃあないかい!?」
藤子ちゃんのツッコミに、父さんが表情を崩した。ギャグ漫画みたいな顔してくれてる。威厳がないのは相変わらずって言うか、王様辞めてからひどくなってる気がする。
……とはいっても、見栄を張りたいのはわからなくもないし、それについては何も言わないであげよう。
「それはともかく……父さん、この後だけど、どうすればいいと思う? 父さんの意見が聞きたいよ」
「ああ。今のところ、お前の判断は間違っていないと思うぞ。ただ、うちの国は居住できる場所の関係で街からの徴兵がすごくしづらい。ハイウィンドじゃなく、ケルティーナに集めるのが妥当だろう」
「えーと……シエルのちょうど真ん中にあるっけ、そういえば?」
「そういうことだ。それと、ケルティーナはシエルのすべての街を結ぶ交易地点でもある。ここを抑えられると、各地が一気に危険になるからな。ここの防衛は最重要項目の一つだな」
「なるほど……。万一突破された場合は……って、いや、それはまだ考えるべきじゃないか」
「考えておくに越したことはないが、信頼のおける人間以外にはしないほうがいいだろうな」
父さんの言葉に頷いて、ぼくは顎に手を当てて考え込む。
ケルティーナが落とされた場合、そこからエアーズロックにも向かえるわけだけど……たぶん、向かうなら首都のほうだろう。
進軍方向をハイウィンド方面と仮定すると……あの峻険な山が防衛ラインになることは間違いない。あそこが戦線になった場合は、もうゲリラやりまくるしかないかな。
それすらも突破された場合は……まあ、ハイウィンドで籠城戦しかないけど……。
籠城戦ってのは、そもそも援軍のあてがある時にするもんだよねえ。この街は山の上のどん詰まりにあるから、攻めづらいことは間違いないけど、正直援軍も来づらい。援軍は早いうちに要請しておいたほうがよさそうだ。
今のところシエルと友好関係にあるのは、ムーンレイスとブレイジア。ムーンレイスは明確な同盟関係にあるから、要請すれば来てくれるかもしれない……けど……遠いよなあ、どうしても。
ブレイジアのほうは逆に近いけど、ただ技術協定があるだけだから、果たして来てくれるかどうか……。
「援軍については、一応打診するだけしてみるけど、期待しないほうがいいかもなあ……」
「……だろうな」
頷く父さんに応じる形で、ぼくは小さくため息をついた。
そこでちらっと藤子ちゃんに目を向けてみる。正直、彼女が一人いれば援軍は必要ないとも思うんだけど……。
「わしは戦争には直接手助けはせんぞ。そこはお主らがなんとかすべきことじゃ」
「だよねー……」
藤子ちゃんに期待できるのは下準備まで、だよなあ。
いや、それだけでも十分すぎるほど助けてもらえることには変わりないんだけどね……。
「ただ一つ言っておくとじゃな」
「うん?」
「援軍は既に連れてきておる故、それでなんとか賄ってみるがよい」
「……うん?」
「どういうことだい?」
ぼくと父さんの言葉に、藤子ちゃんはにやっと笑う。
……あー。これ、あれだ。いたずらを仕掛けた悪ガキの顔だ。こういう時の藤子ちゃん、楽しそうに笑うんだよなあ……。
「おい、出番じゃぞ」
その藤子ちゃん。ぼくたちから目を離して、組手をしていたお弟子さんたちに声をかけた。
それを受けて、こちらに歩み寄ってきたのは先ほど見覚えがないと言及したローブの人だ。その人が、ぼくたちの前に立つ。
「もう良いぞ。顔を見せてやれ」
「はい」
藤子ちゃんの言葉に頷くローブの人。
……うん? 今の声、どこかで聞いたことがあるような……。
ぼくがそこで首をかしげるのを尻目に、ローブの人はそっと狐面を取り外した。そしてそこから出てきたのは……。
「お久しぶりです、セフィ」
「……ライラぁ!?」
うわあ、びっくりした! 思わず腰浮かせるくらいには、真剣にびっくりした!
見忘れるわけもない、ティライレオルグリーンの髪と目をした美少女が、ぼくの許嫁の女の子がそこにいたのだ!
ぼくの言葉に、父さんも驚いた様子だ。そして慌てて顔を隠す。あ、そういえば公的には死んだことに……。
「うふふふ、師匠成功しましたね」
「はっはっは、うむ。ドッキリ大成功じゃな!」
一方、藤子ちゃんたちは楽しそうだ。そういえば、この二人師弟だったっけ?
って、いやいや!
「君らグルか!」
「そうじゃ!」
「シャキーンなんて効果音出してそうな顔しないで!?」
決め顔の藤子ちゃんは、かっこかわいいけどさ!?
「あ、はじめましてお義父様。私、このたびセフィに嫁ぎます、ライラでございます」
「あ……あ、ああ……おう、うん……いや、その、お、俺はディアルトではないっ!」
ぼくが藤子ちゃんと言い合ってる間に、あちらでもやり取りが。
ていうか父さん、今更言い張っても無駄だからね!
「ディアルトよ、諦めるがよい。じゃが安心もせい、ライラの口は堅い故な」
「堅くならざるを得ないと言ったほうが正しいですのよ、師匠。うっかり口を滑らせたら、何よりも恐ろしい師匠の鉄槌が待っていますもの」
「そうとも言うのう」
「うう、仕方ないのか……。そういやセフィよ、俺には話が読めないんだが、光の女神様がライラちゃんの師匠って何がどういうことなんだ?」
「え、いやその、それは……」
あー! 話がこんがらがってきた!
仕切り直し、仕切り直しを要求するっ!!
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ふう。よし。再開だ。
「というわけで、説明を求めるよ藤子ちゃん」
「うむ、ライラについてじゃな」
何が『というわけで』なのかと言いたげな父さんとライラだったが、これはまあ、言ってみれば現代日本的なお約束ってやつだ。
「先ほども言ったが、わしは直接この戦に参加せぬ。できぬ、と言ったほうが正しいわけじゃが、さりとてわしにとってセフィに負けてもらっては困るのじゃよ」
「まあ、うん。藤子ちゃんの目的から言うとそうだよね」
ぼくが成功しないと、藤子ちゃん自分の世界に帰れないし。
「その理由はちと神々の込み入った事情が絡んでくるのではっきりと言うわけにはいかんのじゃが、うむ。強いて言うなら世界の将来のため、じゃな」
当然のように納得できていないっぽかった父さんたちに、藤子ちゃんが説明する。
説明、と言っても彼女本人が言った通り――ただし意味合いは違う――はっきり言うわけにはいかないんだけども。
それでも、ぼくという存在が将来的にこの世界の危機を救うだろう、という点に関してはかなりスレスレのラインまで説明していたので、理解はしてもらえたようだ。藤子ちゃん、その辺はさすがに年の功、加減が上手い。
というか、父さんに至っては完全にぼくが神の御子として遣わされた存在みたいに思い込んでるように見える。
……大丈夫……だよ、ね……?
「と、まあそう言ったわけで、セフィには援護できる存在を融通する必要があったのじゃ。元よりライラはセフィに嫁ぐことになっておったからな、その移動が多少早まる程度、気にするほどもなかろうて」
「……本国にはちゃんと連絡入れてるよね……?」
「入れているかどうかと言われれば入れておらんが……どのみち、ライラは既に旅の途上にあったからな。問題なかろうよ」
「旅の途上?」
そこでぼくは首を傾げながら、ライラに顔を向けた。
「……セフィはブレイジア経由でここまで、どれくらいかかりました?」
「え? えーと……半年とは言わないけど、三か月ちょいじゃなかったっけかな」
「はい、それくらいかかります。なので、シエルの国境近くに来てから早竜を使って連絡する予定だったんです」
「ああ……なるほど……ってことは」
「はい、私のところに師匠が来た時、私は船の上でしたよ」
やっぱり。
「私の一行にはもちろんさすがの師匠の話はしてますから、今はとりあえず少し速度を落として移動を続けているはずです。一応、魔王陛下に顔を出さなければ外交問題になるので、この件が終わったら私は一旦そちらに戻りますけど」
「なるほどなるほど、よくわかったよ」
数回小さく頷いて、ぼくは改めて藤子ちゃんに向き直る。
「そんなところじゃな。わしが知る限り、ライラはこの世界の『人間』では最も魔法に優れた人材じゃ。たった一人の援軍と侮るなよ? わしの魔法もいくつか渡してある故、間違いなくお主の役に立つじゃろう」
「……思ってないよ、大丈夫。ありがとう、藤子ちゃん。とても心強いよ」
正直、シェルシェ先輩が亡くなってから、戦うための魔法という点で有意義な話はあまりできなくなってるんだよな。ぼくは戦いなんてしたくないけど、身を守る必要のある存在だとは自覚してるから。
もちろん、トルク先輩ができないというわけじゃないんだけど、彼女はあくまでぼくと同じく研究が目的で魔法を使ってるからね。どうしても視点が似通っちゃうんだよ。
「ライラ、よろしくね?」
「はい、もちろん。……あ、でもしばらくは人前で顔を出せないので……」
ぼくの言葉に応じながらも、ライラは先ほど外した狐のお面を改めて顔につけた。
「しばらくは、傭兵のツキコと呼んでいただけますか?」
「月子? いいけど、……それって」
「あ、あの時遺跡を案内したツキコは私じゃないですからね?」
「……う、うん」
心を読まれてしまったな。
でも、まあ。うん。違うっていうなら、これ以上は気にしてもしょうがないか。
「それで師匠? 師匠が光の女神様なんて、私聞いてないんですけど?」
「うむ。お主には一切言っておらんかったからな。実はそうじゃ」
「……いろいろと言いたいこと聞きたいことがありますけど、今は辞めておきます」
「そうしてくれ。時間がないからな」
ライラの言葉をにやりと笑って受け流した藤子ちゃんは、その顔のまま横目で仮想ウィンドウに目を向けた。
そこには、既に半数ほどの人が集まっている会議室の様子が映っている。そろそろ時間か。
「父さん、ぼくそろそろ戻らなきゃだ」
「……ああ。すまんな、あれこれと言ったせいで話が進まなかった」
「いいんだよ、誰だってそうなるだろうから。とりあえず、ぼくと藤子ちゃんは戻るから……」
「いや、今回は『増える』。こちらにもわしを置いておくから、細かいところはそっちで聞いてくれ」
……今、すごく聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど。
「……藤子ちゃん?」
「言葉の通りじゃぞ? 並列存在という技術なのじゃが、まあ百聞は一見にしかず。こういうことじゃ」
そして言うや否や、藤子ちゃんが二人になった。
分裂した、と言ったほうがいいかな。とにかく、藤子ちゃんが増えたのだ。本当に言葉通りだった。
「「「…………」」」
もう言葉も出ない。
「これは二つの肉体で意識も感覚も完全に共有しておる故、問題は一切ない。まあ、細かいことはいい。とりあえずわしらは戻るぞセフィ」
「う……うん……」
ぼくにできたのは、そこで頷くだけだった。でも、ぼくは何も悪くないと思うよ!?
そしてそんな感じでぼくが戸惑ってる間に元の場所に戻ってきてる辺り、藤子ちゃんすごいし容赦ないよね!
「ほれ、参るぞ」
「……うん」
ぼくはため息を隠すこともなく、藤子ちゃんと並んで会議室に向かう。
「おっと……どうやらわしらが最後のようじゃぞ」
「マジで? じゃあちょっと急がなきゃ」
「うむ、それが良いじゃろうな」
歩き出してすぐ、藤子ちゃんが言ってくれたのでぼくは足を速めた。隣の藤子ちゃんも、それに合わせる。
お互い背丈は小さいから、こういう時は歩幅を大きく取れなくて大変だね。
「みんなごめん、お待たせ!」
一応時間はオーバーしてないはずだけど、最後ならそれくらいは言うべきだろう、ってのは日本人的な感覚かなあ?
なんて、益体もないことを考えながらも声を出して、会議室に入ったぼくはそこで一瞬気圧されたような気がして硬直した。
テーブルの上に、ティフさんが戻ってきてる。どうやら、亜空間からここまでのわずかなタイミングで戻ってきたみたいだ。早いなあ。
ただ、会議室の中の雰囲気が、明らかにさっきより悪い。ぼくに集中する視線にも、心なしか力がないような気がする。
うん。なんだね。これは、あれだね。
『あっこれあかんやつや』
だからぼくは、小声とはいえ思わず日本語でそう口走ったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
忙しかった……わけではなく。
他作品を書いていた……わけでもなく。
なろう作品を読み漁ってましたすいません……。




