第111話 異世界の戦争事情
ディアス兄さんから衝撃的な密書が届いてから、およそ二時間半後。ぼくは王宮の会議室で緊急会議を行っていた。
列席しているのはシャニス義母さんやベリー母さん、ティーアといった王族をはじめ、今のハイウィンドで相応の立場にある人間のほとんどだ。
彼らはぼくからの突然の緊急招集に困惑していたみたいだけど、密書のことを教えると騒然となりながらも納得と言った様子を見せた。
ちなみに、父さんはいない。社会的に死んだことになってるので、出席するわけにはいかないのだ。その代わり、藤子ちゃんに頼んで別の場所から会議を見られるように配慮してもらっている。藤子ちゃんのお弟子さんたちも、そちらで待機願っている。
「というわけで……この未曽有の危機に対してどうするか? それを話し合いたいと思う」
ひとまず始まりの挨拶をそう締めくくって、ぼくは会場全体を見渡す。騒然としはしたけど、そこはさすがにシエルの中枢を担っている精鋭たち。混乱しているといった感じじゃない。
その様子はなかなか見ごたえがあったのか、末席で腕を組んでいた藤子ちゃんがほう、と言いたげにうっすらと笑った。
「……殿下、失礼を承知でまずうかがうのですが」
最初に口を開いたのは、内政部門の長、シディンさんだ。
ぼくは彼に頷いて見せて、続きを促す。
「その密書、果たして信じていいものでしょうか? 我々をだますための流言と言うことは?」
「シディン、あなたは私の息子が信じられないと言うのですかっ?」
シディンさんが続けた言葉にかぶせるようにして、シャニス義母さんが口を開いた。いつもと違って、語調が荒い。自分が産んだ子供のこととなると、仕方ないのかもしれないなあ。
ただ、シディンさんはそれでも引かない。
「もちろんです。ですから失礼を承知で、と申しました。王妃様……ディアス様は確かに先王陛下と王妃様のご子息ですが、既にグランド王国で過ごされている時間のほうが長いではありませんか。まず疑ってかかる相手と断言してよいでしょう。何より、宣戦布告もまだ届いていません」
うへえ、手厳しい。しかも言いよどむこともなく、きっぱりと言い切ったよこの人。さすがというかなんというか……。
でも、シディンさんの指摘は正論だとぼくは思った。賛同できるかどうか置いといて、可能性としては否定できない気がする。
とはいえ、それは普通なら、だ。
「シディンさ……シディン、その心配はないよ」
「なぜですか?」
義母さんに代わって口を開いたぼくに、シディンさんの視線が突き刺さる。まるで、剣術の試合をしてるような気分になるな……。
「密書をここに持ってきた冒険者たちが、実際に国境に集結しているグランド軍を目撃してる。近いうちに攻め込まれることは間違いない」
「……殿下、一介の冒険者の言葉を信じると?」
「信じるよ。彼女は絶対に嘘なんてつかない」
ぼくがそう言うと同時に、出席者の目が一斉に藤子ちゃんに集まった。
藤子ちゃんはそれに対して、こともなげに頷いて肯定する。隣で、レストンさんがどこかやれやれと言った様子で同調した。
「シディンであったな。国境からここまで、見てすぐに来られるわけがないという顔をしておるのう?」
「……っ、その通りです。グランド国境からハイウィンドまでは、どれだけ急いでも……」
「わしは幻獣サファイアドラゴンに乗ってきた。空を飛べばあっという間じゃからな」
「サファイアドラゴンは、少し前に街の中で騒動になってましたからね。シディン大臣もご存じですよね?」
藤子ちゃんに追随する形で、レストンさんも口を開いた。
なるほど、だからわざわざ空間跳躍をしなかったのか。ちゃんと考えてるんだな、やっぱり。
「……なるほど」
「というわけだよ。わかった、シディン?」
「はい。差し出がましい真似をしました」
「いや、いいんだよ。気になったことはみんなもどんどん言ってほしい」
「はっ」
そこでシディンさんは頭を下げて、姿勢を正した。
次に口を開いたのは、軍事担当のカバルさん。
「……では次は、自分から冒険者二人に聞きたい。グランド軍の人数はどれほどだっただろうか?」
「目測ですがね。大体、5万と言ったところでしたよ」
「その後ろに、王族の旗を翻した軍が同じく5万ほどいた。そちらはまだ国境まで来ておらんかったがな」
「計10万か……」
思わずつぶやいちゃったけど、これすごい人数じゃない?
確か地球の中世から近世くらいのヨーロッパの都市の人口は、行っても10万とかその程度だったはずだ。もちろんその全員が戦えるわけはないから、実際従軍する人数はもっと減る。全国民を徴兵したとしても、そこまでの大軍を用意するのは簡単じゃなかったと思う。
この世界はそんな時代と近しい世界だから、動員人数も近いものだと思うんだけど……もしかしなくても、国中からかき集めた?
「多すぎます」
ぼくの考えは、間違っていなかったらしい。カバルさんが、信じられないといった感じで言った。
「グランド王国の総人口からいって、計10万もの大軍は絶対に用意できません。そんな人数を動員しては、戦争中に各都市を魔獣から守る人員すらいなくなってしまいます。ましてや他の国との兼ね合いも考えると……」
「いいや、不可能じゃないぜ」
意見を述べている最中のカバルさんに、第三者の声が割り込んだ。そしてそれと同時に、全員が向かっているテーブルの上に光が集まっていく。
次の瞬間そこに魔法陣が描かれ、さらに一瞬ののち、そこからティフさんが美しい白い翼をはためかせて現れた。
突然の出来事ではあったけど、誰もさほど驚いた様子はない。ティフさんの存在は別に隠されているわけじゃないし、彼女が召喚獣ということも全員が知ってるからだろうな。
もちろんカバルさんもだ。彼は表情を変えることなく、今しがた出現したばかりのティフさんにまっすぐ目を向けた。
「ティフ殿、それはなぜ?」
「おう。さっきセフィの命令で一っ飛び探りを入れてたんだが……連中、子供や老人まで軍隊に加えてやがった」
「は……!?」
ティフさんの言葉に、カバルさんは言葉を失った。そのまま驚愕の顔で、藤子ちゃんたちに目を向ける。
程度の差こそあれ、それはこの場にいたほぼ全員も似たようなリアクションだ。もちろんぼくもね。
……ん? それよりもぼくはティフさんに命令なんてしてないんだけど。どうなってるんだろう。父さん、もしかして何か知ってる……?
「身体が動くんなら、問答無用で徴発した様子だったぞ」
「なんとむごいことを……」
舌打ちと共にそう言ったのは、シェンマさん。まったくもって同感だ。
明らかに兵隊じゃない人たちを無理やり徴収したところで、彼らが戦場まで無事に従軍できるわけがないじゃないか。攻め込む立場の彼らだ、戦場の想定はもちろんシエル国内だろう。そこまでたどり着くのに、何人の兵士じゃない兵士が死ぬことやら……。
っていうか、国を死守しなきゃいけない状況でもないのに、なんでそんなことをするんだ? グランドの王様は頭……、……ああ、そういえばおかしいんだったっけ……。
「グランドのカフィルカ5世は、瘴気に飲まれちまってる。ある意味で、このやり口は当然だぜ」
ぼくが思っていたことを代弁するかのように、ティフさんが言う。文字にすると淡々としてるけど、その口ぶりはやるせなさそうだ。
そして彼女のセリフに、周囲から「なるほど」とか「ああ……」とかいう声が上がる。
一気に会議室の雰囲気が重くなったな……。
「……と、とりあえず。まずは敵の第一波をしのぐことを考えよう。国境から侵入されたとして、どういう行程、あるいは日数で相手が進軍してくるかを考えないと。今から軍を派遣しても、最初は相手の進軍に間に合わないだろうから……」
「あん?」
「え?」
「へ?」
「はい?」
「……え?」
え、なにこの反応? なんでみんなそんな不思議そうなリアクションするの?
「……あれ、ぼく何かおかしなこと言った……?」
「おかしなも何も……まだ連中は攻めてこねえだろ」
「なんで?」
「えっ?」
「え?」
あれー? なんだ、会話がかみ合わないぞ、どうなってるんだろう?
「セフィ」
そこに藤子ちゃんが声を上げた。そちらに目を向けてみると、彼女はなぜかゲンドウのポーズをしていた。
「アステリアの戦争は、宣戦布告とそれへの了承が返されない限り行われない。そういう決まりになっておるのじゃよ。こと開戦において、奇襲や奇策は絶対にない」
「……はあ?」
「違和感や言いたいことはわかるが……まずその仕組みを理解しておかねばならんじゃろう。カバル、であったな。お主、セフィにその辺りの事情を説明してやってくれんか」
「…………」
藤子ちゃんから話を振られたカバルさんは、一旦彼女をにらんだ。まあね、藤子ちゃん敬語使わないしね。でも我慢してほしい、彼女は光の女神様という裏の顔もあるんだからね。いや、僭称だけど、神様級のことができるのは本当だ。
「殿下、よろしいですか。戦争は、攻め手から宣戦布告を発し、守り手がそれを了承しない限り始められません。それが神々が定めた決まりなのです」
「……はあ?」
二度目のリアクションを返しながら、ぼくは目を丸くした。
どういうこと? 説明を求めるよカバルさん!
…………。
……うーん。
マジか。
あ、うん。説明してもらって、大体のことはわかりました。この世界の戦争の形態について、大まかだけどまとめてみよう。
まず、宣戦布告。開戦するよ、という意思表明を正式にしなければならないらしい。しかもこの宣告は神に誓うもので、神聖文字によって起草されることになっているんだとか。だから絶対らしい。
これ、地球の歴史と照らし合わせて考えると、絶対にありえない。というか超おかしい。
そもそも、地球上で宣戦布告と言う行為が正式に国同士の戦争で行われるようになったのは20世紀に入ってからなのだ。行為自体はルネサンス時期からあったけども。
大体にして、戦争ってのは要するに集団同士の殴り合いだ。しかもそれが財産の確保に直結してるんだから、正々堂々なんてものがまかり通るわけがない。勝てば官軍とはよく言ったもので、戦争なんてものはアンブッシュしてなんぼなのだ。特に人権だの国際法だのが確立していなかった時期なんて、なおさら。
今回の状況で言うなら、グランド王国はなにがしかの理由でシエル王国の国土を奪おうとしているわけで。ならばわざわざ宣戦布告なんて七面倒なことせず、さっさと攻め込んでさっさと蹂躙してしまえばいい。しかもグランド王国はほぼ国民総動員して大軍を持ってきた。兵站部署が悲鳴を上げているのは間違いないだろうから、速攻して早期解決。地球中世期での戦争の考え方をすれば、そういう作戦になるだろう。
では、なぜこの世界ではそれがされないのか、というと。宣戦布告をせずに戦争をおっぱじめると、神様の加護を受けられないから、ということらしい。その加護は何か? というと。
神に誓って宣戦布告を行い、守り手がそれを了承して始まった戦争は、局地戦から奇襲、はては夜討ち朝駆けに至るまで、全ての戦いで神々の監督下に収まる。これにより、戦争で生じた死傷者や物資の消費は……なんと戦後に復活するのだ!
復活。そう、生き物なら死んでも蘇るし、食べた物は戻ってくるのだ。つまり、戦争に勝とうが負けようが国力は一切下がらない。有りえないことだけど、この世界ではそういう仕組みの上で戦争をしているのだ。
ただしこの恩恵は、宣戦布告を正しく神々に対して示しておかないと受けられない。神聖文字によって起草された宣戦布告の文書は、その証明書ってわけだね。
これを聞けば、宣戦布告を律儀にやるのも納得だろう。地球の戦争なら、死者が戻ってくるはずがないからそこまででもないだろうけど……神の監督下にあればそれを防げるこの世界なら、無用の死を避けることができるのだから、一時の勝利のために宣戦布告をしなかったら、きっと国民から恨まれまくる。そして絶対王政的な制度が普通のこの世界であっても、それによって国が傾くことは十分あり得る。そのリスクを侵すくらいなら、宣戦布告をちゃんとやっておいたほうがいい。
なるほど。セントラル帝国が戦争を頻繁にムーンレイスやブレイジアにふっかけるわけだよ。戦争で勝とうが負けようが、国力が下がらないのだからある意味当然だ。
そしてだからこそ、先ほどの閣僚たちの反応となるわけだね。戦争は、宣戦布告ありき。それがこの世界の、戦争の常識なんだから。
いやー、地球じゃ絶対ありえない。神は死んだという名句も生まれた地球では、絶対ありえないよね。異世界なんだなあって、久々に思ったよ。
「わかった……よくわかったよ。ぼくはてっきり戦争ってのは泥沼の殺し合いって思ってたから……」
「神々はそれを最も嫌っておられます。だからこそ加護を与え、我々が愚かな真似をしないように心を砕かれているのです」
カバルさんはそう言って、説明を終えた。
「ありがとう、知らなかった。勉強になったよ」
「はっ」
頭を下げるカバルさんに、楽にしてと伝えてからぼくはうーん、と考えこむ。
じゃあ、実際に戦闘行為が始まるのは国境から宣戦布告が届いてから? ってことは、数か月は先のことってことか。
……でもさあ、ぼくは思うんだよね。
「……瘴気に飲まれてるカフィルカ5世が、律儀に宣戦布告なんてするかなあ?」
たっぷり時間を空けてからそう言ったぼくに、場の雰囲気が明らかに変わった。列席しているほぼ全員が、顔を開くしたのだ。唯一変化がなかったのは、藤子ちゃんとレストンさんの二人だけか。
そう。狂人に、理屈をまっとうすることを期待できるわけがない。そもそも、世間一般のルールや模範を無視するからこそ、狂うという言葉が当てはまるんじゃないのかな?
「セフィ、だとしたらまずいぞ。シエル王国は元々戦争をほとんどしたことがないから、常備軍はないも同然だ」
「そうだわ。普通のルールの上でなら、宣戦布告の返答を少し遅らせることで徴兵もできたかもしれないけど、それがもしできないとなると……」
母さんたち王妃二人組が、深刻な顔で言う。ぼくはそれに頷きながら、情報が足りないと考えていた。
情報伝達手段が多かろうと少なかろうと、戦争の趨勢を決めるのは情報。ぼくはそう思っている。地球の古今東西の歴史を見れば、それは証明されていると言っていいだろう。
だからまず何よりもほしいのは、「グランド王国が宣戦布告してくるかどうか」だ。この一点、せめてこれさえわかればこちらの対応は二つに一つを選ぶことができる。
となると……今すべきことは。
「……国境の状況確認しないといけない、よね? となると……」
「俺の出番だな!」
カバルさんの説明以降、ずっと隅で口を閉ざしていたティフさんが意気揚々と声を上げた。
全員の視線が彼女に集まるが、当の本人は得意げな笑みを浮かべて翼を広げている。
「……確かに。ティフ殿なら現地に飛び、そこから召喚魔法でこちらに来ることができるな」
「ええ、これ以上ないくらい適任だわ」
「うむ……」
「……ティフさん、行ってくれる?」
「もちろんだ! この国はアルが作った俺の故郷だぜ? 無理だろうとやってやるさ!」
頼もしい返事だ。
「じゃあ……急ぎで悪いけど、お願いだよ。出来るだけ早く、『宣戦布告をする気があるのかどうか』を見極めてきてほしい」
「おう、任せておけ!」
そしてティフさんは、頷くと同時に光に包まれてこの場から消え去った。相変わらず、召喚魔法の仕組みはよくわからないな……。
……「さすが殿下、既に召喚魔法を収めておられるとは」ってのはどういう意味かな、カバルさん? ぼく、何もしてないよ?
やっぱり、というかなんていうか……父さんが何か関わってるのは間違いないなこれ。
……よし。
「……みんな、ティフが戻ってくるまでどれくらいかかるかわからないけど、とりあえず一旦休憩を挟もう。三十分後、もう一度ここに集合ということで」
『畏まりました!』
うん。休憩と言う名目で時間を確保する目論見は成功だ。
それじゃあ、早速父さんのところに事情を聴きに行こう。父さんの意見も聞いておきたいし、ね……。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
半月ぶりですか。ナルカミのほうで手いっぱいだったのでこちら触れていなかったですが、ようやく更新再開していきたいと思います。
毎日更新は難しいかもわかりませんが、それでもなるべく毎日更新でがんばりますので、改めましてよろしくお願いします!




