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異世界行っても漫画家目指す!でもその前に……  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
少年期編 3~でもその前に、国防だ!~
116/133

◆第109話 始まりの日

 その日、グランド王国の都、ヴィユーフェイルで歴史的な会見が行われていた。

 受け入れた側の名は王太子ディアス、訪れた側の名は新シエル王アクィズである。


 元々は同じ国でありながら兄弟の不和により分裂した二か国だが、だからこそ両国は新王が即位すると互いの都を訪ねる習慣ができている。国交を断絶しあえるほど豊かではなく、しかし完全な和解も難しい。結果、即位時に新王が視察を名目にして間諜となる仕組みが出来上がったのだ。

 シエルの先代、ディアルト4世もそうだったし、グランドの現王、カフィルカ5世もそうである。


 ただ、次代となったアクィズにそうした意図はなかった。なぜならば。


「お久しぶりです、兄上。お元気ですか?」

「ああ、見ての通りだ。先刻、なんとか陛下に許していただき、王都にも戻って来れた。ひとまず、悪くはない」

「それはよかった」


 王宮の一室、謁見の間とは異なるゲストルームで二人は近くに対面させた椅子にくつろいだ様子で座り、談笑していた。


 そう、アクィズとディアスは実の兄弟なのである。

 本来、アクィズの席にはディアスが座るはずであったろう。しかし子がなかったカフィルカ5世は、そのディアスをグランドの後継者としてディアルトから譲り受けた。


 そこから現在に至るまでに様々なことがあったが、結果として現在のシエル・グランド間の関係は安定している。

 そしてそれがあるからこそ、アクィズは両国の将来を信じて諜報を主目的にしなかったのだ。


「……それより、父上は残念だった」

「はい……まだまだお元気だったのですが……」


 沈痛な面持ちを見せるディアスに、アクィズが同調する。

 実際のところディアルトはまだ生きているし、アクィズもそれは知っている。しかし公にできることではない。


 そんな二人だが、見た目の上ではあまり似ていない。


 ディアスは、向こう傷がないだけでディアルトにかなり似た顔立ちである。この世界に写真があり、両者の顔を並べて見ることができたら、まさにうり二つと言ってもいいほどに。

 対して、アクィズはどちらかといえば優男とでも言うべき繊細な顔立ちだ。彼の場合は、父親ではなく母親に著しく似たようだ。


 両者ともに美形というくくりであろうが、血のつながりがあるのかと問われれば、親しいものにしかわからないかもしれない。


 室内に他に人間はいない。ただひたすら、忌憚のない意見交換が交わされるばかりだ。

 それは太陽が昇りきるまで続けられた。


「……む、もうこんな時間か。どうだアキ、飯でも食べていかぬか」

「ええ、是非。ここで話を中断してしまうのも惜しい」

「そうか。では、ここに運ばせるとしようか」

「おお、お気遣いありがたく」


 アクィズに頷きながら、ディアスは二、三度手を叩いた。乾いた、そして甲高い音が響き渡る。

 それに応じて、メイドが一人中へ入ってきてディアスのそばに控えた。


「例のものを……」

「かしこまりました」


 そのメイド、それだけの短いやり取りを終えるや否や、即座に部屋を出て行った。

 そこに無駄な動きは一切なく、迅速かつ訓練された仕草にアクィズは小さく感嘆の声を漏らす。


「メイドに護衛を兼ねさせているのですか」

「うむ。いかんせんここ数年、決して安全とは言えなかったからな」

「ああ……」


 カフィルカ5世が瘴気に飲まれていることは、既にアクィズも承知である。そしてその凶行により、ディアスが虐げられていたことも。

 それが少なからず、ディアスの周辺に影響を与えていることに、アクィズは同情を寄せた。

 同時に、弟がかつて突発的な瘴気騒動でダンジョンに引き込まれたことを思い出し、彼が飲まれずに生還できたことに改めて安堵する。


 そうこうしているうちに、ノックの音が部屋の中に響いてきた。

 同時に、


「ディアス殿下、お待たせいたしました」


 と声が扉から飛んでくる。


「気にするな、待っていない。入れ」


 それにディアスが応じ……。


「――っ!? なんだ!?」


 すぐさま十人の男が勢いよく押し入ってきた。

 全員が青いミスリルアーマーで完全武装しており、各々やはり青いミスリルソードを手にしている。その所作は完全に訓練された騎士のものであり、彼らが只者ではないことがすぐにうかがい知れる。


 彼らは油断なくアクィズとディアスを包囲すると、いつでも攻撃ができるよう剣を構えた。その切っ先から、赤いオーラが浮かび上がる。

 それを見て、アクィズは腰を浮かし身構えた。一方、ディアスは一切表情を変えず、そのまま動かない。


 騎士の一人が、その兜の下から声を出す。


「アクィズ王、覚悟」

「なにっ!?」


 そしてそれを合図にして、騎士たちが一斉に襲い掛かってきた。


 瞬間、アクィズは全身を黄金色に輝かせる。その体表すべてに特異な文様が浮かび上がり、太陽の力が彼の身体を駆け巡る。太陽術。無手であっても無双の力を得る、魔法と闘技の融合的な技。

 それによって能力を高めたアクィズは、瞬時にその場から退避する。その際に、まるで動く気配を見せていなかったディアスを抱えた上で、騎士たちの目にもとまらぬ速度で動いたのだ。それは太陽術が強力というより、ひとえにアクィズの技量によるものである。


「……さすがだな、アキ。やはりお前は太陽の申し子のようだ」


 立ち上がりながら、ディアスはゆっくりと首を振って言う。

 その前で、彼をかばうようにして身構えるアクィズ。


「いえ、私などまだまだ。それより兄上、これは一体どういう……」

「せめてお前が凡人であれば、ここまでせずともよかったのだが」

「――ッ!?」


 が……突然、アクィズの身体から光が失われた。

 彼は驚愕で目を見開き、後ろのディアスに顔を向ける。


 そこでは、ディアスがアクィズに手を向けていた。その手のひらには、太陽術と同じ黄金の輝き。ただしそれは、一般的な太陽術の形式ではなく。


解呪ディスペル!? そんなバカな、太陽術の解呪ディスペルなど!」

「不可能ではない。かつての文献には、確かに記されていたぞ。太陽術を解呪ディスペルできるようになるまで、一年近くかかったがな」


 ディアスがうっすらと笑みを浮かべる。どこまでも冷徹な、氷のような笑みだ。

 そんな彼を、アクィズが蒼白な顔で見つめる。その身体に、太陽術の輝きは戻ってこない。


「あ、兄上……」

「太陽術は私が抑える。お前たちはアキを捕らえろ」

『ハッ!』

「兄上ーッ!」


 そして場は動いた。


 騎士たちがアクィズに殺到するが、アクィズはディアスの力で太陽術が使えない。元々、太陽術を駆使した己の身体が武器というアクィズである。それが封じられた以上、十人もの人数を同時に相手取ることなど不可能であった。

 彼は抵抗し、三人をはねのけたが、そこから先は数の暴力に屈せざるを得なかった。


 組み敷かれ、身体を極められたアクィズの身体に、ミスリルの拘束具があてがわれていく。


「アキ、その拘束具は太陽術を阻害する術式が刻み込まれている。そしてその術式は、外部のマナを吸収して自動稼働し続ける術式も組み込んである……抵抗は無駄だ」

「バカな!? その術式はセフィが作ったもの、他国に流出は……!」

「余所の事情は知らんよ。何せ本人から教えてもらったのだからな」

「な……ッ」


 アクィズが絶句した。同時に、彼は悟る。先日の、セフィの外遊。その時に彼がディアスと接触したことは聞き及んでいる。そこで、二人の間でやり取りがされたのだろう、と。


「アキよ。これより我がグランド王国はシエル王国に攻め込む。お前はその第一歩だ」

「兄上……! 兄上には正義の心はないのか!? このような手段を、一国の王に……いや、実の弟に対してするなど!」

「正義……? そんな役に立たないものは、とうに捨てた。アキ……お前は綺麗な環境にいすぎたのだよ。父上が掃除し尽くした政治、という環境にな……」

「くう……ッ!」

「引っ立てろ。地下牢の最奥につなげておけ」

「ハッ!」

「兄上……兄上ッ!」


 アクィズの声が、部屋から遠ざかっていく。


 表情を変えることなくそれを見送ったディアスの下に、入れ違いで一人の男が入ってくる。

 ライオンのような顔をした、2メートル近い巨漢。ゴールドクラスの冒険者、レストンだ。


「お呼びですか、殿下」

「ああ。レストン、今までご苦労だったな。お前たちの協力なくして、太陽術の解呪ディスペルは習得できなかった。褒美を取らせよう」

「は、ありがたきお言葉」

「だがその前に……やってもらいたいことがある。私からの、最後の依頼だ。これを成功させた暁には、お前は二か国からの指名依頼を成功させただけの功績を得ることになるだろう」

「は……二か国……?」

「そうだ。依頼は……」


 そこで言葉を区切り、ディアスは懐から封書を取り出した。封印に使われている蝋に押印されている紋章は、ロムトア・フロウリアス家の紋章だ。

 それを見て、レストンはなるほどと内心で頷く。密書を、恐らくは密約で協力関係にある他国に持っていくのが依頼だろう、と。


 だが、ディアスの依頼はその予想のはるか上を行っていた。


「この封書を、届けてもらいたい。届け先は、シエル王国のセフュード王子だ」

「はあ……!?」


 レストンが、たまらず頓狂な声を上げた。

 それも当然である。何せ、ディアスはシエル王を幽閉し、戦争をシエルに仕掛けるためにレストンを雇ったのだ。にもかかわらず、そのシエルに密書を送る。まるで正反対の行動だ。


 しかし、ディアスはレストンに質問を許さない。


「いいか、シエルとの国境は即座に封鎖され我が軍が侵攻する。そこだけは絶対に通るな」

「は……はい、わかり、ました」

「よし。それからこれは道中の路銀として使え。余ったら懐にいれてくれて構わん」

「!? わ、わかりました……!」


 レストンに渡されたのは最上級の貨幣、白金貨であった。それが三枚である。ゴールドクラスの彼では、まだほとんど見たこともない大金と言えよう。

 それに対する緊張か、彼はややかすれた声で応じながら封書を受け取った。


「確かに、お預かりしました。必ずや」

「ああ。頼んだぞ」

「はっ!」


 一度深く礼をして、レストンは早足でその場を去って行った。


 さらにそれと入れ違いで、一人の騎士がやってくる。


「殿下、陛下がお呼びです。首尾を報告せよと」

「来たか。すぐに向かう、お前たちは進軍の準備を。陛下の下から戻ったら、即座に進撃を開始する!」

「ハッ!」


 そうしてディアスは、マントを大きく翻して部屋を後にする。その顔は無表情に近く、またその目は、とても遠いところを見つめていた……。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「何だっ!?」


 ダンジョンの攻略中、突如目の前に浮かび上がった魔法陣に、セレンたちは身構えた。

 何せここは、神話級ゴッズダンジョン。何が起きても不思議ではないし、何が起きてもそれに対応しなければならないのだ。


 しかし、そんな彼女たちを藤子が制した。


「待て、その魔法陣は敵ではない。味方じゃ」

「は……?」

「ど、どういうことですか?」

「しばし待て」


 そして藤子は、前に出て魔法陣に対面した。


 すると直後、そこに小さなものが現れる。灰色の身体に、翼を背負ったネズミのような悪魔。ピエリジェスである。

 彼は、目の前の藤子が手を差し出すや否や、その手のひらにふわりと飛び乗った。


「よくぞ戻った、ピエリジェス。動きがあったのか?」

「ええ、かなり大きく動きやした。これは報告せにゃあならんと、急いでやってきた次第で」

「うむ、聞こう。何があった?」

「へい。レストンとやら、グランドの王子ディアスとかいう男に稽古をつけさせてたみたいなんですがね。そのディアスが、訪問に来ていたシエル王国の王様でアクィズって男を拘束しやした」

「……何じゃと?」


 その報告に、藤子は珍しく気色ばんだ。

 彼女の様子にピエリジェスは言葉を切ったが、すぐに促されて続きを口にする。


「で、レストンはそのディアスの命令で、封書を持ってシエルに向かいやした。あいてはセフュード、とかいう王子らしいですぜ」

「むむ、む?」


 藤子もまた、ディアスの行動に不可解なものを感じて首を傾げた。

 しかし一度思考は諦め、改めて口を開く。


「ピエリジェス、大義である。よくぞ調べ、報告してくれた」

「お嬢の命令とあらばたとえ火の中水の中でさ。それより、この後はどうするんで?」

「うむ。お主、グランドに戻ってアクィズの場所を探れ。そして最低限の範囲で彼を守るのじゃ」

「合点でさ、お嬢。……それで、ですね……」

「わかっておる、報酬は何を望む? 求めよ、さればくれてやる」

「では……お嬢の魔力をいただきたく」


 へへへ、と下卑た笑みを浮かべながら、ピエリジェスは手もみする。

 そんな彼に、藤子は苦笑した。


「またか、お主は毎度それじゃな。金でも名誉でも、なんでもくれてやれると言うのに」

「ききっ、そんなものお嬢の魔力に比べりゃあゴミみたいなもんでさ。あっしが欲しいのはお嬢、あんただけだ」

「ふっ、抜かしおる。よかろう……わしをくれてやる、受け取れよ」


 その言葉と共に、藤子の全身から青い魔力のオーラが湧き上がった。

 それはあっという間に彼女の手のひらに集まると、そのままピエリジェスの身体に流れ込んでいく。


 主従の関係を繋ぎとめる、異世界の契約。それによって二人は切れることのない絆で結ばれるのだ。

 藤子の濃く、大量の力を注がれたピエリジェスは、陶酔と恍惚の表情を浮かべる。


「くはあ……っ、これこれ、これですぜ……! 一度これを味わっちまったら、もう他の魔力なんて食えやしねえ……!」

「そういうものかのう……」


 いつものやり取りではあるが、己の力の「味」など考えたこともない藤子にとっては、よくわからない感覚であった。


 ほどなくして落ち着くと、ピエリジェスは先ほどよりも饒舌に語り、魔法陣の上に戻る。


「ではお嬢、行ってきやすぜ」

「うむ、任せた。今はお主の力が頼りじゃ」

「きききっ! ありがたき幸せ! 吉報を待っててくだせえ!」


 そしてその言葉と共にピエリジェスの姿は消え、食後に魔法陣も姿を消した。


 それと同時に、藤子も動く。

 彼女はきっと表情を引き締めると、後ろで困惑しながらひそひそと話していた弟子三人に向き直った。


「お主ら、一旦アルテア幻夢界の攻略はお預けじゃ」

「ふえ?」

「……何故?」

「歴史が動く。二つに一つの道を目指してな。かくなる上は、今までのような微干渉とも行かぬ。セフィの補佐が、わしの仕事じゃからな」

「……では、シエルへ?」

「うむ。……じゃが、その前に二か所ほど寄り道をする。故に、今すぐに動くぞ」

「今すぐにって……」


 セレンが言いよどんだ、その瞬間。

 濁ったバイブレーションのような音と共に、藤子の背後に黒い正方形の物体が出現した。


「今すぐに、じゃ。亜空間を通じて外に繋げてある、まずはここを出る」


 有無を言わさぬ藤子の口調に、三人は黙って頷く。

 しかし、改めて視線を向けられた輝良カグラが、びくりと身体を震わせた。


「そして輝良よ、お主には今回、数回原型で動いてもらう」

「……?」

「説明は後にしよう。まずは、出るぞ」

「ん……わかった」


 かくして、藤子たちはグドラシアの神話級ゴッズ、アルテア幻夢界を半ばで撤退する。


 今、アステリア大陸東部地域に風雲急が告げられていた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 暮れなずむ夕日の光を遠目に眺めながら、一人の女が炎霊石えんれいせきランプを点灯させた。

 黄昏時の薄闇の中に、太陽光とはまた違う光が一条の線となって浮かび上がる。


 女はまだ若い。ともすれば、十代と言っても通じそうなくらい、若い。

 そして見目麗しい。髪も目も、神に愛された色ではない。けれども、それでもなお彼女の姿は美しいのだ。

 女の髪は銀糸のように輝く白。その瞳は、ナルニオルレッドとは趣を異とする鮮やかな赤。そしてその肌もまた、抜けるような白。


 アルビノ。地球人ならば、彼女の姿にそう思うだろう。


 しかしその容貌に反して女がまとう気配は鋭く、歴戦の猛者とでも言うべき雰囲気を醸し出していた。


 女は、ランプを手元に置いたまま、それまで読み続けていた書物に再び目を向ける。

 そこに書かれたものは、古代ヴィニス語。現代では古語であるが、エルフィア文明当時は現役だった文字だ……。


「失礼するよ」


 出し抜けに、男の声が響き渡った。

 しかしそれに対して、女は返事をしない。躊躇せず文献に目を通し続けている。

 先刻の声のほうもそれを承知しているのか、許可も待たずに中に入ってきた。


 暗闇をまとって現れたのは、男だ。美形と呼んで差支えない面構えだが、額の目が特異である。


 才人族ジーニア。その男は、先日エルフィア文明遺跡で藤子に追い詰められた男であった。


「久しぶりだね! 相変わらず文献の虫かい? 何か面白いものは見つかったかな?」

「……いいや、さすがにそう何度もすぐに、とはいかない」


 そこで女は、ようやく手を止めた。


「それより、どうした? 予定よりもだいぶ早い帰還じゃないか。何かあったのか?」


 女に問われ、男はやれやれと言わんばかりに手を上げた。そして肩をすくめながら、失われたはずの腕をひらひらと動かして見せる。


「実は、邪魔が入ってね! ゴミ箱にあったゴミ処理用の転移魔法、そこから進入されたようなんだ」

「……なんだと? あれは一方通行のはずだろう?」

「小生も不思議だったんだけども、入り口はすべて監視用に調整した合成獣たちがひしめいていたんだ。他に考えられないね。

 実際、対峙して思ったけどあれは規格外だった。小生、あっという間に腕を取られてしまったし、せっかくの媚薬成分分泌の触手も効かなかったからね!」

「あれが効かなかった!? そんなバカな、あれの効果は最高……」


 そこで女は言葉を途切れさせ、その白い頬を赤く染めた。


 それを見て、男がにやにやと顔を近づける。


「あれ、どうかした? ひょっとして思い出したのかな?」

「う、うるさい! そんなことより、その相手は何者だ。転移魔法を使いこなし、お前の合成獣を退けるなど、在野の一般人ではとても考えられんではないか」

「それなんだよねえ。それがよくわからないんだな。小生のこの天上天下に唯我独尊な頭脳をもってしても、そんな人間には心当たりがなくってね!

 それに、後をつけられないように何回も転移したから、そこまでの余裕もなかったよ」


 押しのけれられながらも、男は大げさな身振りを交えて言う。


「しかぁし! 可能性として考えられるのは、エルフィア文明の末裔とかじゃあないかな!? 幻獣ではなかったから、本当の意味での!」

「ふむ……確かにそれならあり得る、が……」

「けどまあ、今のところ材料が足りないからね。これ以上の推測は不可能だし、無意味と断言していいだろう!」


 意味もなくポーズを決める男に、女は冷ややかな目を向ける。

 それから男を無視して、考え込む。


 それを見て、男は「つれないなあ」と言いながらも口を挟まず、軽薄な笑いのまま女が見ていた文献を手に取った。


 と。


 そこにノックの音が飛んできた。


「陛下、グランドに放っていた草が戻って参りました。火急、お知らせしたいことがあると」


 そして続いた言葉に、女は思考を中断した。

 入れ、と促しながら鷹揚に身構える。


「失礼いたします……こ、これはこれは、エドガン様もおいででしたか」

「うむ、いたとも! しかし小生の報告は終わっているからね、気にせず任務を果たすといいさ!」

「はっ。……陛下、グランド王国が動きました。既にシエル国境に集結し、今か今かと進撃の時を待っています」

「……そうか、遂に動いたか」


 報告を受けて、女はにやりと笑う。

 その表情はディアスのそれに似て、冷ややかなものであった。


「……エド、合成獣の準備は」

「もちろん、ばっちりさ。特殊部隊用に調整した連中が、君の命令を待っているよ!」

「よし。ではそれを使うぞ。観戦武官の付き人として、投入する」

「オーッケぇぇーイ、小生に任せておきなさい!」


 偉そうに胸を張る男……エドガンに、女はふっと笑う。

 その笑みは、先ほどとは打って変わって優しげな、まさに女らしい笑みだった……。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


その時歴史が動いた(


並行して別のSNSの企画にも手を出しているので、どうしてもこちらの更新速度も落ちています。

詳細は数日前の割烹に書きましたので、お手数ですがそちらをご覧ください。

一応、ラフですがセフィと藤子の絵も用意しておきました。

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