◆第108話 夢幻大森林の戦い 下
やがて藤子たちがたどり着いたのは、二体の合成獣が守る扉であった。
二体とも素体はスライム系統の魔獣のようで、不規則にうごめく姿は不定形ではあるものの、人に近い形状をしていた。ただしその大きさは陽人族に匹敵、もしくは上回る。色合いも双方で異なり、左が青、右が赤だ。武器は、持っていない。
「ふむ。スライムと……オーガ、か? 核に霊石がひもづけられているな。水霊石と炎霊石……それも攻撃的な魔術式が刻まれている。恐らく連中、『使う』ぞ」
合成獣の攻撃認識範囲のぎりぎり外の位置から、藤子が後ろに向けて言う。
その言葉に、三人娘が同時に頷いた。
「左右はセレン、輝良。お主らに任せる」
「わかったよ!」
「ん」
藤子に応じながら、二人が前に出る。同時にセレンが抜刀し、輝良が両手の変化を解く。
合成獣がそれに応じて、二匹とも身構えた。あくまで人に近い形状をしているだけで、目などの人らしい器官はないはずなのだが。
しかしセレンと輝良はそれを気にすることなく、いつでも動けるように鋭い視線を向ける。
「ミリシア、お主はわしについてこい。エルフィア文明のものがあるやもしれぬ、お主の知識が欲しい」
「わかりました、お供しましょう」
残ったミリシアが、影法師のように藤子の背後に歩み寄った。彼女の翼が、かすかにばさりと音を奏でる。
そして全員の準備が整ったことを確認して、藤子は足を踏み出しながら口を開いた。
「では参るぞ!」
その言葉を合図に、セレンと輝良が同時に床を蹴った。そうして、赤いマナの光の尾を引きながらそれぞれ青いもの、赤いものに肉薄する。
当然、二匹は迎撃する。その身体をいかにもスライムらしくぶるりと振るわせると、次の瞬間それらから魔法が発射された。
青いものからは上級氷魔法、赤いものからは上級炎魔法。通路よりは多少広いものの、決して広くはない扉前の空間で、それらはとても回避ができる規模ではない。
しかし、セレンも輝良も動じない。彼女たちはほぼ同じタイミングで、それぞれの得物を閃かせた。
直後、彼女たちを襲った魔法はいくつかに切断されて霧散する。
回避できないのならば、攻撃をそらせばいい。あるいは、攻撃そのものを打ち消せばいい。藤子の教えを忠実に守った弟子二人は、その極意の一つとも言える魔法の相殺を実行したのである。
「「はあっ!」」
そして二人は、やはりほぼ同時にそれぞれの相手に攻撃を仕掛ける。ただし、命中させるためではなく、扉から合成獣を遠ざけるために。
打撃を入れることは二の次。何より藤子たちを先に行かせるため、二人は敢えて逃げる場所――もちろん扉とは正反対の方向だ――を確保させた上で、攻撃をかわしやすいような部位を狙ったのである。
二人の行動は示し合わせたものではない。しかし以心伝心というべきか、彼女たちは迷うことなく連携を取って見せた。かくして二匹の合成獣は扉、そして相方から引き離され、一対一の戦いを甘んじて受け入れることになる。
こうなれば、もはや門番はいないも同然。左右でそれぞれ繰り広げられる戦いを楽しそうに横目に見ながら、藤子が悠然と扉に向かう。
「……ふむ、ここも施錠されておるのか。まあ神々の封印ならいざ知らず、この程度では意味も何もないが」
かすかにも動かぬ扉を一目見てそう断じると、藤子はその小さな手のひらを扉にあてがった。
するとそこを中心に青い光が広がり、あっという間もなく扉にかかっていた魔法によるロックが解除される。
「参るぞ」
「は、はい」
あっさりと開いた扉をくぐる藤子。その背中に、怯えたような視線を向けながらミリシアが続いた。
扉の先は、さらに通路になっており、もう一つの扉が待っていた。しかしこちらも、藤子の手によりあっさりと陥落する。
そうして彼女たちが入り込んだのは、魔法陣が床に描かれた大部屋であった。
床面積は闘技場かと言わんばかりに広い。が、そこに並べられた書架や実験器具、魔法道具の山のおかげか、そこまで広さを感じさせることはない。
ただ、さすがに魔法陣の上にものを置かない程度の常識はあるようで、底の部分だけがやけに広く感じること請け合いだ。
一方天井はとても高く、見上げれば天井が暗くて見えない。明かりは壁にいくつか設置されているようだが、前述の様々な物品が光をさえぎるため、全体的に薄暗い。
そんな部屋のほぼ中央、部屋全体の雰囲気に輪をかけて散らかった印象を醸し出すデスクに、一人の人間が向かっていた。入り口に背を向けているため、藤子たちにはその姿が正確にはわからない。
けれども書類を漁ったり、手近な紙に何かを書きなぐったり、あるいは薬品をかき混ぜたり、魔法道具をいじったりと、せわしなくそして一心不乱に動くその顔や身体つきは男のものだ。
「ふむ……あやつが首魁か?……と」
藤子たちにまるで気づく様子のない男に反して、暗がりから現れた二つの人影は問答無用で襲い掛かってきた。
どちらも剣と鎧兜で武装し、連携を取って藤子とミリシアを引き離そうと攻撃が飛んでくる。それを苦も無く、そして思惑に反した方向に回避しながら、藤子はすれ違いざまに一体の顔――と思われる部位――をわしづかみにして床に押し倒した。
そのままそれを床に組み敷いて、彼女は顔だけをミリシアに向ける。
「もう一体はミリシア、お主に任せる」
「えっ、は、はい!」
ミリシアは剣による攻撃を右に左に動いてかわしている最中であった。
そして藤子の言葉を受けて、一瞬驚いたようだったがすぐに気を取り直して、翼を大きく広げて空へ舞い上がる。
これだけ天井の高い場所だ。空中も十分戦いの舞台に成り得る。左右は少々手狭だが、むしろ幻獣ハーピーロードたるミリシアにとって、これくらいは問題ではない。
「……問題なさそうじゃな。さて、と」
空中を確保し、太陽術による黄金の矢を放つミリシアに内心でよし、と頷く藤子。
それからすぐ、手元で抑え込んでいたものに顔を向ける。
その人型のものは、藤子の手から離れようと必死にもがき続けていた。しかしどれだけ暴れようと、藤子を振り払うことはできない。力の差はもちろん、それの身体を極め続ける技術も厳然たる差があった。
「ひとまず、顔を見せてもらおうか」
固める手を緩めることなく、藤子が言う。と同時に、彼女は念動力でもって相手の兜を外した。
そこから現れたものは――。
「……ほう、まさかここで人間とはな」
人間族の男だった。
しかしその目は焦点があっていない。口はだらしなく開いたままで、まるで覇気の感じられない面構えである。加えて言うならば、身体を極められているにもかかわらず、痛がる様子もない。
「ふむ……こやつも合成獣か」
その正体に当たりをつけながら、藤子はひとりごちた。
そしてその推測は、次に鎧を消し飛ばしたことで確信に変わる。
現れた男の肉体は、昆虫のような外骨格に置き換わっていたのである。その形状は、大陸の中部地域で比較的よく見かける昆虫型の魔獣、グランドホッパーのそれに酷似していた。
ただしその状態は不十分で、完全とは言えない。深く考えるまでもなく、失敗したか何かであろう。
「バッタ型の魔獣と合成された男、か。はっ……仮面ラ○ダーを地で行く状況ではないか、笑えんのう」
言いながら、藤子は表情を薄くしながら男の右腕をねじりきった。人の骨が折れるのとはまた少し違う、けれども耳に残る嫌な音が響く。
悲鳴は上がらない。そして、男の動きが鈍くなることもなかった。
「……この辺りも虫のようじゃな。ということは、これが一番確実か」
乏しい変化に小さく頷いた藤子は、次いで男の顔を再びわしづかみにした。と同時に、その小さな手のひらが青い光を放つ。
そして次の瞬間、甲高い音を響かせて男の顔が吹き飛んだ。
それでもなお、男の身体はしばらく動き続ける。動作自体は多少鈍くはなったが、明らかに尋常ではない。普通の人間からしたら、悪夢であろう。
その、いまだ動き続ける男の身体に魔法弾を撃ち込んで粉々にすると、藤子は立ち上がる。さすがに、ここまでやれば動けないようだ。
「……ミリシアはまだかかるか。敵は耐久がずばぬけているだけで技術はないし、放っておいてよさそうじゃな」
怯えの欠片もない、ただひたすら向かってくる敵に辟易してはいるようだが。ともあれ、ミリシア自身はダメージはなさそうなので藤子は手を出さないことにした。
そして、その身体を今まで関与してくる気配を微塵も見せなかった男に向ける。
男は、己の背後で戦いが繰り広げられているにもかかわらず、まったく振り返らない。何もないかのように振る舞い続ける男の態度に、藤子はなるほどと瞼を半分下ろした。
(つまり、あれか。目の前のこと以外まるで気にならぬ性質、か。それもこの様子から言って、そのまま突っ走り続ける輩じゃな。総じて……)
マッドサイエンティストの類。
そう結論付けて、彼女は小さくため息をついた。
その長い人生で、そうした人種との付き合いもあった藤子である。しかし、善悪は別はもちろん思いやりや遠慮をも持たない連中の扱いは、どこの世界でもどんな生物でも面倒だった記憶しかないのだ。行動の方法はともかく、常識人の自負がある藤子にとってはとてもやりづらい相手であった。
しかし、今回ばかりは無視するわけにはいかない。この男が、合成獣に守られているような状況である以上は。
そしてやるしかないと己に言い聞かせた藤子は、大きく息を吸い込み、男が作業しているデスクを容赦なく蹴り飛ばした。
デスクが、紙束が、種々の道具が、てんでばらばらに虚空を舞う。それらがすべて落下しきる前に、飛ばされた机が書架にぶつかって派手な音を響かせた。
そして取り残された男は、そこでようやく己以外の人間に気が付いたようだ。
「なんということをしてくれたんだ!」
そう声を張り上げて、藤子に躍りかかった。
ただそれは、速度も力も感じられないもの。怒りにより勢いはついているが、一般人の枠を出ないものだった。
そのため藤子は苦も無く男をいなすと、その勢いを利用して床に倒す。さらに、倒れた男の身体を踏みつけながら男をじろりと見下した。
「ぬおあああー! 痛い痛い痛い! なんだねこれは、どうなっているんだね!?」
「わめくなやかましい」
「なんだね君は!? この天に一人の天才であるところの小生に対して……むう、見た目に似合わぬ煽情的なぱんつ! ほとんど紐ではないかけしからん! そして素晴らし……ギャア!」
互いの位置関係と視線の角度から、ちょうど藤子の下着が目に入ったのだろう。途中から明らかに脱線した男に、藤子は踏む足に力を込めた。
「ふ、ふふふふ甘いねお嬢さん、我々の業界ではそれはご褒美だよ! もっと踏んでください! ぎゅって! ぎゅって!」
「では遠慮なく」
「ギャアアアア!!」
心底気持ち悪い発言に、藤子は本当に遠慮なく男の身体を踏み抜いた。
胸部を貫いたら死ぬだろうことは明白なので、さすがに場所は選んだが。砕けたのは男の右腕である。
「あひいいい死んでしまう! 小生の夜空に煌めく至高なる脳細胞が慟哭の宴を!!」
とても死にそうにない雄叫びをあげる男。そこで藤子は、始めて男の顔をほぼ正面から見ることになった。
残念なことに、その顔立ちは非常に整っていた。無精ひげやくまといった、容貌を損なうようなものも見当たらない。どこからどう見ても、男は美形であったのだ。
しかし目を引くのはその顔そのものではない。美形は確かに美形だが、その造形は男の額の三つ目の瞳以上に目を引くことはないだろう。
三つ目。そう、男は額に第三の眼を持っていた。
(才人族、か。第三の目を解放した状態は初めて見るな)
ふむ、と小さく頷きながら、藤子は少し思考を巡らせる。
このアステリア大陸で、夢人族と並ぶ少数人種。それが才人族である。その名に違わず、彼らはあらゆる分野に対して高い才覚を備え、ほとんどの才人族はなんらかの社会的成功を収めている。
その特徴は、額に備わる第三の眼。これは普通の眼と異なり、魔法、魔力、あるいはマナといった分野に特に鋭敏であり、「真理を見通す」とも言われる……のだが。
同時に第三の眼はある種のリミッターでもあり、解放すると才人族はタガが外れてしまう。
(……なるほどのう、こうなるんじゃなあ)
今まで得てきた才人族の情報を引き出し終えた藤子は、妙に腑に落ちた気がして視線を遠くした。
足元で、わけのわからない言い回しを連発しながら悲鳴を上げる男の姿は確かに、「タガが外れている」に相応しい姿と言える。
その時である。突如として、藤子の足に触手が絡みついた。
「むう?」
「うっひひひひひ、かかったねお嬢ちゃん! いや本気で腕飛ばされるとは思ってなかったけど! 痛かったけど! しかしこれで詰み!」
何事かと意識を戻せば、男の右腕だったところから触手が生え、からめ取っていた。
そしてさらに、男の左腕からやはり似たような触手が伸び、藤子のもう片方の足もからめ捕る。
「ヒーヒヒヒー! 動けまい、動けまい! こうなったからにはもう無事には返してあげないよお! 小生の最高に清く正しく美しい触手で、合成獣の苗床にしてあげちゃう!!」
「うむ、あれはやはりお主の仕業か。グドラシアの連中が心底迷惑しておるのじゃが」
「迷惑? ゴミをゴミ箱にポイーしただけなんだけどね? 小生開発の、捨てたら消える素敵なゴミ箱だけど!」
二本の触手がうねうねとうごめく。その先端部分はゆっくりとだが確実に藤子の滑らかな脚を這い上がり、その先にある秘所を突き破らんとひくついている。
しかし、男はまだ気がついていない。そこまでされていてもなお、藤子の身体が力負けしていないことに。
「なるほど、エルフィアの転移装置をゴミ箱扱いか。意図したものかどうかは知らぬが……」
そこで藤子は、足に絡みついていた左右の触手をそれぞれの手でつかんだ。
もちろん男は、それに気づいて阻止しようとする。具体的には、さらに触手を出して藤子の両手も封じようとした。
しかし。
「後始末もせずただ捨てるなぞ、碩学としては許されることではないな」
「エエエェェェ!?」
藤子は言葉と共に、新しい触手が届くよりも早く、からみついていた触手を強引に引き離した。
そのままつかんでいた触手をかかげ、飛んできた触手の盾とする。結果、触手と触手が絡み合うという、とても嫌な絵となった。
「何そのバカげたパワー!?」
「バカげた身体のお主に言われとうないわ」
「天上天下に無二な小生のハイセンス触手になんて言いぐさ! しかししかーし、いくら君がパワフルでも、小生には敵わないのだよ! なぜなら!」
そこでようやく、絡み合っていた触手がほどけた。解放されたそれは、藤子のほうに向きなおってうごめく。
その表面は、分泌液でぬらぬらとてかっていた。
「繁殖期の小人族を参考にした媚薬成分が分泌されておるのだあー! それに触れてしまった君はもう! 湧き上がる衝動を抑えられなーいギャア!?」
大げさな喧伝に区切りがついたタイミングで、藤子は魔法弾を放っていた。
それは男のみぞおちに直撃し、彼の身体を十数メートル吹き飛ばす。
「勝ち誇っているところすまんが、わしに媚薬は効かぬ。というより、肉体の不調全般がわしには効かぬ。この身の本質は『不変』であるが故に」
「そんなバァーカなー!?」
声を裏返しながら、男が床を転がる。触手をうまく使って、すさまじい速度で身を起こしはしたが。
そこに藤子が猛烈な速度でつっこむ。だが、続く彼女の攻撃は男の影から飛び出した人型の異形によってふせがれた。
「むう……それも合成獣か。シャドー、ネイチャーゴーレム、それに……人、か」
現れた異形はまさに影のように全身真っ黒であり、身体つきはゴーレム特有の直線的なフォルムになっていた。しかし、垣間見えるそれの魂の色に魔人族のものが混ざっていることに、藤子はいち早く気づいた。
そのまま攻撃の対象を、男ではなく現れた異形にシフトする。中途半端に受けられるより、まずは手近な相手を優先したのだ。
「……下種い、実に下種いのう。嫌いではないが、な!」
純粋なマナのみが集まり、可視の風が逆巻く手のひらを異形の腹に突きつけ藤子はつぶやく。
掌底の直撃を受けた異形は吹き飛ぶが、伊達にゴーレムが混ざっているわけではないようで、それはわずかであった。
効果薄しと見た藤子は、そのまま追撃にかかる。床を蹴って異形に肉薄すると、振るわれる剛腕を潜り抜けて今度は手刀で突きを放った。
「ぐげえぇぇっ!?」
異形がくぐもった声で悲鳴を上げる。その胸に、藤子の手が貫通していた。
次いで、その状態から藤子は手を振るう。
すると異形の身体は、たちまちのうちに細切れになってしまった。藤子の手刀が、青く輝いていた。
「……ふむ」
ぼとぼとと床に落ちる異形の肉片にはもはや目もくれず、藤子は奥へと顔を向ける。
しかしそこに、もはや男の姿はなかった。姿のみならず、その気配すら。
「逃げたか。転移魔法の気配があるな……。開発と言っておったし……あの男、エルフィア文明の転移魔法を発掘しおったな」
人として問題大ありであっても、どうやら科学者、魔法学者としての腕は確からしい。
それは今まで戦ってきた合成獣の完成度から言っても、間違いないだろう。
もはや敵がいなくなったので、藤子はためらわず思考を巡らせる。
(この一連の異変、世界の危機に関係しておるのか?……しておるのじゃろうな。過去の遺産を掘り起し、再び世に解き放つ行為……ナルニオルたちが許すとは思えん)
虚空をじつと見つめる。しかしほどなくして、藤子がにたりと笑った。
「……ひとまず、泳がせておくかのう」
そしてそうひとりごちた藤子の足元には、魔法陣が浮かんでいた。日本語ではあるものの、彼女が普段使う魔法とは異なる技術で構築された魔法陣だ。
その魔法陣が、鈍く輝いている。色は白。目立った変化はなく、一見魔法が発動しているようには見えない。しかしこれで、この魔法は完成である。
「これでよし、と」
「……何をしたんですか?」
笑みもそのままにつぶやいた藤子の背中に、ミリシアの声が飛んできた。
藤子が振り返れば、そこにはミリシアのみならず、セレンと輝良も揃っている。三人とも、それぞれの相手に無事打ち勝ったようだ。
「別に大したことではない。どこまで行くか追跡するだけじゃ」
「……意味不明」
「わからんでもよい。なに、この程度の転移魔法ではわしをまくことはできん、とだけ思っておればよいさ」
くくく、と笑う藤子。彼女は元より、時空魔法の専門家である。逃げた男が、ここでどこに向かったのかくらいは残留マナからすぐにわかる。それがわかれば、あとは芋づる式に終点まで追跡することも不可能ではない。
そんな彼女の感覚は、男が連続して大陸のあちこちに転移していることを感知している。どうも痕跡を残さないようにしているようだが、魔法の痕跡を探れる者にそれは無意味だ。
もちろんこれは、十分に「大したこと」である……。
「……む」
不意に、爆発音が響き渡った。四人とも、それによって今まで自分たちが通ってきた道に顔を向ける。
さらに爆発音が響く。それが何度も、何度も。そして近くなってくる。
同時に、かなり規模の大きい魔法の気配が周囲に満ちていく。
「トーコ……もしかしなくっても、さ……」
「うむ。ここから辿れぬよう、ここごとわしらを吹き飛ばす魂胆じゃろうな」
男の転移が止まっていることを感じ取りながら、藤子はやはり笑う。
「だよねー!! どどど、どーするの!?」
「と、トーコさん、転移できますよね? ここに来るときみたいに!」
「その通りじゃが……落ち着けお主ら。見よ、輝良の落ち着きを」
「トーコなら大丈夫」
「そうかもしれないけどさー!?」
さらに近づき、そして激しくなる爆発音。床が揺れ始め、壁にひびが走る。
それでもなお、藤子は笑っていた。その足元には、先ほどまでとはまた異なる魔法陣。
「ほれ、お主ら近う寄れ。魔法陣の中にしっかり入るんじゃぞ」
「う、うん! 入る入る!」
「ちょ。セレン、近づきすぎ、近い」
「い、いーじゃん別に!」
「スライム化まで使わなくたっていいじゃないかしら!?」
三人に殺到され、おしくらまんじゅうじみた状況に藤子は今度は苦笑する。
それでも慌てたりはしない。かしましく言葉のドッジボールを始めた弟子たちを眺めながら、冷静に魔法を紡ぎあげていくのだ。
「ほれ、参るぞ」
「あっ、うん!」
「ん」
「はい!」
『瘟!』
かくして魔法は発動される。
一瞬強い光が放たれ、次の瞬間藤子たちの姿は、その場から掻き消えていた。
だが、消えたのは彼女たちだけではない。その部屋にあったすべてのものが、彼女たちと共に消え失せていたのだ。
その数十秒後、ついにエルフィア文明の遺跡と思しきその場所は崩落する。これにより、破却を免れた遺産が多数に上ることは、藤子たち四人以外には決して知られることはなくなったのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
第五章にきてまさかの敵っぽいキャラ。タダの変態で終わるかもしれないけど(ぁ
名前出す機会がなかったですが、なるべく早いうちにちゃんと名前を出してあげたいところです。




