◆第106話 夢幻大森林の戦い 上
グドラシア森国は、その名の通り森の中にある国である。唯一の街であるレグリアアグリアはそのほぼ中央に位置し、さらにその中央には世界樹が鎮座している。
森の深度は、そんな国の中心へ近づけば近づくほど深まっていく。道も減り、魔獣も増える。そして何より、夢人族の案内なしでは、高確率で道に迷う。
決して楽には歩けない、大陸中南部の巨大な森。人はここを、夢幻大森林と呼んでいる。
その夢幻大森林に、今多くの人間が歩いていた。しかし、軍隊ではない。その身なりは人それぞれ異なっているし、数人の単位で別々に行動しているのだ。
だが共通していることもある。全員が全員武装しており、かつ、周囲を強く警戒していること。それが共通点だ。
そんな人間たちに混じって、藤子も森にいた。セレン、輝良、ミリシアといつものメンバーを引き連れて、絶賛戦闘中であった。
彼女たちが相手取っているのは、獣のような何かだ。何か、を明言できるものはここにはいない。藤子ですら、相手が何者であるのか把握できていない。
襲い掛かってくるそれらは、一つたりとも同じ形をしたものがいない。
身体の一部が無かったり、逆に大きかったり。あるいは一部が肥大化していたり、逆に矮小化していたり。または違う動物の首がくっついていたり、首だけが無かったり。
個体差、という言葉ではくくりきれないほど、一体一体の姿が異なっているのだ。
「シッ」
セレンの口から声が漏れる。それに合わせて、刀が三回、閃いた。
「ガァッ!」
輝良が吼える。それに合わせて、氷の砲弾が無数に放たれる。
「ていやっ!」
ミリシアがいななく。それに合わせて、風の刃が幾重にも重なり飛んでいく。
その直後、彼女たちに襲い掛かっていた化け物たちが一斉に吹き飛んだ。
化け物は見た目こそおぞましいが、彼女たちに抵抗できるほどの力はないらしい。一番の脅威は、その数と言えるだろう。
そして、その数ですら――。
『陽廻』
藤子が放つ魔法により、意味をなさなくなる。
敵を追い、分厚い弾幕のごとく連射される黄金の魔法弾が、残っていた化け物を一掃した。
オーバーキルとなった化け物の死骸が飛び散り、ぼとぼとと雨のように降り注ぐ。
「……ふぃ、だんだん増えてきたねえ」
「ん。でも強くない」
「そうよねえ、手ごたえはあるかってなると、ちょっと微妙?」
攻撃可能な範囲に敵がいないことを確認して、セレン達が口を開いた。ミリシアも、順調に感覚が麻痺しているようである。
一方藤子は歩み出てからしゃがみ込み、地面に散らばった化け物の死骸のいくつかを手にして観察する。
「あ、トーコ、どう?」
「……うむ、やはりモノとしてはそこいらで出てくる普通の獣じゃな」
「普通の、ですか……だとすると、この異形の群れは一体どういうことなのでしょう?」
「ん……不可解」
「可能性としては、エルフィア文明時代に作られていた合成獣の類と言ったところじゃろうが……」
と、振り返らずに答える。
しかしその答えに、輝良が首を振った。
「……だとしても、不可解」
「ええ、それだと説明がつかないですよ、トーコさん」
「うむ……そうなんじゃよなあ」
輝良に続いたミリシアの言葉に、藤子は首を傾げながら立ち上がった。
それからその場で腕を組み、うーむとうなる。
「合成獣は本来、魔獣を掛け合わせて造る生物兵器。できないわけではないが、ただの獣を素体にするとその強さは激減するため、普通はありえない……」
「はい、少なくとも妾はそう聞いています」
「ふむう……」
そして仮に合成獣だとしても、その製法は現代に残っている可能性は極めて低い。謎であった。
謎はそれだけではない。
「それよりさ、私はこいつらの数が減らないどころか増えるのも気になるよ?」
途切れかけた会話に、セレンがそう割って入った。
藤子たちの会話の傍らでしていた刀の手入れを終えて、静かに鞘へ戻したところである。
そんな彼女に、輝良とミリシアが力なく首を振った。
「本当に。一体どれだけいるのでしょう……」
「……考えたくない」
一人無言の首是で応じた藤子は、自分たちが進んでいた方向へ顔を向ける。
方角としては、北。何事もなければ、セントラル帝国へ立ち入ることになる。化け物たちは、その方角からやってきていた。
セントラルの関与はあるのか否か。
藤子は脳内でそう自問する。もちろん判断材料が足りない現状では、その答えを出すことはできないのだが。
その可能性はまだ否定すべきではないだろう、とやはり脳内で自答して、彼女は振り向きながら口を開いた。
「……ともあれ、進むぞ。奇妙な空間の歪みの気配は、もう少し先じゃ。そこまで行けば、おおよそのところはわかるであろう」
「うん、わかったよ!」
「ん」
「はい、参りましょう」
藤子の言葉に三人が頷き、彼女たちは改めて歩き始めた。
向かう先は、変わらず北。間もなく日が傾き始める頃合いであり、完全に日が暮れるまでにできるだけ進んでおきたいところである……。
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そもそも、なぜ藤子たちが戦いながら森を進んでいるのか。
事の発端は、10日ほど前にさかのぼる。時系列としては、セフィの繁殖期が終わる直前のことだ。
藤子はグドラシア唯一の街、レグリアアグリアにて世界樹の調査を続けていた。明らかに他の植物とは異なる生態や、神話にも名を残す存在としてあがめられていることから、この世界の謎と関わりがあるだろうとにらんでいたのだ。
とはいえこの世界樹、夢の神アルテアの象徴であり信仰の対象であるが、同時に遺産級ダンジョンでもある。そのため、普段の藤子に比べるとその調査はゆっくりと行っていた。
その世界樹から見下ろした街はこの時やけに騒々しく、藤子は事件の匂いを敏感にかぎ取った。
「なんかおかしい奴がいたんだ!」
調査を一旦きり上げて街に戻った藤子が最初に聞いたのは、この日レグリアアグリアにやってきた冒険者のパーティの言葉だ。そう、あの化け物たちである。
ただ、当初はそこまで問題にはならなかった。目撃数は多くなかったし、何より決して手ごわい相手でもなかったからだ。
しかしこれが、5日ほど経って状況が変わってくる。化け物の数がどんどん増え、その大半がレグリアアグリアに押し寄せてきたのだ。
レグリアアグリアは、あまり人口が多くない。住人が少数種族である夢人族のためであり、また他国から定住しようと言うものもあまり訪れない。
冒険者ギルドはあるため、冒険者はそれなりにいはするが、この周辺で挑めるのは神話級と遺産級。そのため、冒険者も数としては決して多くはなかった。
結果、街の防衛は最低限の人間で回すことになり、街は突如として危機に立たされてしまったのである。
事ここに至り、パーティ4人中3人がミスリルという藤子たちが駆り出されたのは、必然と言えた。
化け物自体は先にも述べた通り、決して手ごわい相手ではなかった。そのため、藤子たちが出張ったことで戦いは常に優勢であった。わずか1日でおおよそ方がついたことは、戦えないものにとってはいい意味で信じられなかっただろう。
しかし翌日も、さらにその翌日も、化け物たちは押し寄せ続けた。このため街を守りながら防御設備の構築が急務となり、それによって時間を取られることになる。
結局、冒険者たちが原因究明のため打って出られるようになるまでに5日を要した。
藤子が本気を出せれば、これはもっと短縮できただろう。しかし、彼女の能力は基本的に周囲の大規模な破壊を伴うリスクが常にある。このため、夢人族たちから総出で全力の禁止が言い渡されていたことが、相応の時間を要した理由である。
ともあれかようなわけで、藤子たちは今、夢幻大森林を進んでいる。藤子たち以外の冒険者も、相当数が森に潜っている。
決して街の防衛をおろそかにしているわけではない。倒しても倒してもどこからともなく沸いてくる化け物たちを放っていては、レグリアアグリアが周囲から孤立してしまう可能性があったのだ。
そして時間は現在に戻る。
「魔獣の姿が見えないねえ」
大森林を歩きながら、セレンが言う。
藤子をはさんで彼女の反対側にいた輝良も、それに同意した。
「ん。レグリアアグリアに来た時と、明らかに違う」
「道中は結構頻繁に襲われたわよね。……トーコさん、これはやはり、あの化け物たちによって駆逐されてしまったということでしょうか?」
「であろうな……。ただこの周辺から逃げただけならまだ良いが、もし殺されていた場合は、後々面倒なことになるな……」
「そう、なの?」
「うむ。食物連鎖の一角が崩れると、その影響は人が思っているよりも広範囲に波及するものよ。細かい説明は省くが……」
そこで言葉を切り、藤子が前方に魔法弾を放った。彼女の索敵範囲に、あの化け物たちが引っ掛かったのである。
それと同時にセレンが刀を抜き、輝良が拳の変化を解き、ミリシアが太陽術で身を覆った。
直後に、魔法弾が放たれた方向――北から轟音と振動が鳴り響く。
「今ので先ほどの半分ほどまで数が減った。他は足を止めずに接近……やるぞ」
「うんっ」
「ん」
「わかりました」
弟子たちが頷いたのを確認して、藤子はにやりと不敵に笑う。そうして、仲間の被害も気にせず自らに迫りくる獲物に対して、舌なめずりしながら軽く地面を蹴った。
「しかし目的地はもう間もなくじゃ。故にこちらも突っ込む、参るぞ!」
今度は返事を待たず、彼女の身体はあっという間に化け物たちの大群の中へと突っ込んでいった。
それに一拍遅れて、セレンたちも勢いよく前へ飛び出す。
「「「応!」」」
そうして彼女たちが直前までいた場所には、彼女たちの声だけが取り残される。
が、セレンたちが藤子に追いついた時、既に得物の数はかなり減っていた。
「うへえ、早いよトーコ!」
「終点を前にしてのんびりしていられるほど、わしの気は長くないのでな! 置いていくぞ!」
「それはやだなー!」
「ん、勘弁……っ」
「そうですよ、駄目ですからねっ!」
あまり緊張感のない会話と共に、化け物討伐は続く。
討伐、というよりは虐殺、と言ったほうがいいかもしれないが。それだけ彼我の実力差は明らかである。
結局、その場から敵が壊滅したのはそれから数分後のことであった。
「さあて、いよいよ問題の場所じゃな……」
周囲に産卵する化け物の死体の欠片をぐるりと見渡し、藤子が言う。
その顔には先ほどとと変わらず、不敵な笑みが張り付いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回から藤子編です。
突然現れた謎の敵、果たしてその正体は?
一応3話で決着を想定してますが、さーてどうなるかな……・




