第11話 統一教育学校
第二章、スタートです。
※10/31 トルクの外見を変更しました。
※11/16 ご指摘を受け、学校に関する描写を修正しました。
突然だけど、この世界にもいわゆる元日がある。1年の始まり。新しい時間の始まり。それはやっぱり、どこに行っても特別なものなんだと思う。
日本なら、親族一同集まって挨拶をしたり、初詣に行ったりと何かとイベントの多い新年。
それはこの世界でも一緒で、年が明けてからの10日間は家族だけで過ごす特別な時間になっている。その間はお店も行政も、大半のものが休みになる。本気で昔のお正月みたいな感じだ。
そしてこの世界の1年は、プレゼントから始まる。
これは神話にいわく、始まりの神ラルシーユが、混沌の中から世界を創り上げた日なんだとか。
そのため元日は1年でもっとも重要な祭日であり、それに合わせて子供にプレゼントを贈る風習がいつのころからか定着したらしい。それの一環ってわけ。
大人は親しいもの同士でプレゼント交換をするらしいんだけど、子供に対しては親が見返りなしでプレゼントだ。元日本人としては、クリスマスが元日にスライドしてるような感覚がするね。
そんなプレゼント、今年は母さんからショートソード、父さんからメン=ティの魔導書関係の参考書だった。
去年まで服とかそういったものだっただけに、急に実用的になってちょっと面喰った。ただ、どっちもぼくにとって興味深い代物なので素直にありがたい。
剣と魔法。ファンタジーの王道にして全男の子のロマンですよ。これを与えられて喜ばない男子なんていないに決まってるよね!
あ、ちなみに初めて持った実剣は思ってた以上に重かったよ。やっぱり真剣は違うね。たかがショートソードでも、ずっしりとした金属独特の重さがありました。
さてそのプレゼント交換が終われば、あとは身内を集めてパーティです。使用人もみんな集めて、それはそれは盛大にやるのだ。
この辺りは、どこか厳粛な空気もあった日本とは違うけど……海外の新年のようなものかって考えたら、別に違和感はない。ぼくもお祭り騒ぎは嫌いじゃないし、毎年楽しませてもらってる。
ただし父さんは除く。
いやー、家長がいないのもどうなの? とは思うんだけど……父さんは家でゆっくりできない身分なんだろうね。贈り物も郵送だった。
なんとなく事情がうっすらと見えてきてはいるけど……いや、やっぱりあまり考えないでおこう。
「セフィ、ティーア」
「なに?」
「なあに?」
そんな新年のパーティの最中、ぼくとティーアは母さんに呼ばれて席を立った。
二人で並んで母さんの前に立てば、母さんはにこにこ笑っていて、その手には見覚えのない服がある。
「さあ、これを着てみてくれ」
「これ……?」
見せられた服は、二つ。黒が基調の飾り気の少ない服で、けれど要所要所にあしらわれた細かい飾り細工はむしろそれにこそ似合っているようにも感じられる。ズボンのほうに関しては完全に黒一色。なんていうか、学ランを髣髴とさせる服だなあ……。
もう一つのほうは、ズボンがスカートになってるだけだ。ちなみにクッソ長い。まるでロンタイ……いつの時代だよう。
とはいえ、二つから感じる印象は、一緒だ。
「……制服?」
「な、なんでわかったんだ?」
「いや、なんとなくだけど……」
びっくり顔の母さんに苦笑しながらも、とりあえずその服を受け取って身体の前にあててみる。ぼくのそれに、ティーアもならった。
……うーん、やっぱり制服感ばりばりだ。
「……ん、あ、あー、そのな。もうすぐ学校が始まるからな。まずは制服をと思ってだな……」
父さんがいないとこの調子な母さんが、咳払いを一つ。
……ふむ。つまり、あれか。これはその学校の制服なんだな。
「学校? もう学校始まるの?」
ぼくの感覚では、学校は6歳から始まるものなんだけど?
「ああ、学校は5歳からだ。……あれ? 私、学校のこと話したことあったか?」
「あ、ううん。前に父さんからちらっと聞いたんだよ。父さんも設立にかかわってるんだよね?」
「そうか、アルが……。うん、この国の学校はな、アルが先導して作ったんだぞ。すごい父さんなんだからな」
なんでそこで頬を赤らめるんですかね、お母様? 相変わらず父さんにベタ惚れなんだなあ……。
まあでも、さり気に聞き捨てならないセリフも出てきたよね。父さんが学校づくりを主導した?
うーん……父さん……本当に何者なんだろう?
「がっこうー?」
あはは、まあこれくらいがぼくらくらいの子供の普通の反応かな。
「ああ、そうだ。いいか、学校というのはお前たちと近い歳の子供たちが一緒に生活したり、勉強をしたりするところだ。これから5年間、お前たちはそこに通うことになる」
「……にいさまは一緒?」
「ああ、一緒だよ」
母さんの答えに、ティーアは安心したように笑う。
彼女にとって大事なのは、新しいことに身を投じることではなく、ぼくがそこにいるかどうからしい。
「……5年間か。結構長いね」
前世ほどじゃないけど。
「私は学校には行っていなかったから詳しいことは知らないが、学ぶことは多岐にわたるらしい。それくらいの時間は必要なんだろう」
それから少し話を聞いたけど、母さん。そういう大切なことはもうちょっと早めに、少しずつ言っておくべきだと思います!
話聞く限り、この国の学校はぼくが思い描いている学校のイメージ通りみたいだからいいものの……これで全然違うものだったらどうするのかね。
ぼくはまだいいにしても、ティーアが学校にちゃんと慣れられるのか心配でしょうがないよ、ぼくは。
それに、一つ気になるところもある。
それは……全寮制、ということ。
全員に個室が与えられるのか、数人でルームシェアになるかはわからないけれど、どちらに転んでもティーアにはつらいかもしれない。
そもそも、ティーアは同年代の子供と付き合った経験がまったくない。彼女にとっての同年代は、ぼくしかいないのだ。そしてそのぼくは、転生者だから子供との付き合い方はある程度わかってる。だからこそ、今まで兄妹仲良くやれてきたところも絶対にあったはずだ。
それに、ぼくがティーアと違うクラスに配属されたとしたら、一体どうなるだろう?
何せお兄ちゃんっ子のティーアだ。授業中ずっと泣いてたりとか、そんなことになったりしないだろうか?
そんなことを考えてしまうぼくは、……これはただの親バカってやつなんだろーか? だって心配なんだからしょうがないじゃないか……。
心配なのはティーアだけじゃない。ぼく自身も全寮制には不安がある。もしかして、どこの馬の骨ともわからない人と同じ部屋に入れられるんじゃないかと思ったのだ。
他人の前では、藤子ちゃんからもらったアレらが使えない。ほいほい人前でオーパーツを使うなんて、とてもできるわけがない。しかも、藤子ちゃんとの連絡もできなくなる。それはぼくにとって、かなり困るんだよ。ましてや4人部屋とか、そういう大人数の部屋割りだったとしたら……考えるだけでぞっとする。
どうしよう、どうしよう?
ぼくが嫌な予感に冷や汗を感じている傍らでは、寮という言葉の意味をよく理解できてないティーアが、単純に新しい服に袖を通してにこにこと笑っていた。
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日が数回改まって、学校入学日。正確には、登校期間。
予算の関係かエアーズロック内にある学校は1つだけなので、そこにエアーズロックの子供が集まる。当然、複数の街が各所に散っている彼らを集めるには、それなりの移動が必要になってくる。
というわけで、この日からこの日までの間に学校に移動しておいてね、という期間が設けられている。これが登校期間だ。
我が家は元町に属していて、さらに言えば学校がある学園町まではさして遠くない。大人が歩いて何かに襲われなければ、朝出て日が暮れる頃には着ける程度の距離だ。
まあそうは言っても、この程度の距離とはいえ5歳児が歩けるはずもないので、チャーターした竜車でガタゴトと揺られながらののんびりとした移動となった。
竜車。半端なくファンタジックな字面だ。見た目も超ファンタジーだけど、この世界ではこれは一番ポピュラーな乗り物なんだってさ。めっちゃ揺れるあたりサスペンションがたぶんないけど、そこは仕方ないだろう。
車を引くのは、前世で言うサラブレッドを少し大きくしたくらいのサイズの、ティマールという種族のドラゴン。とは言っても、日本人が想像するような翼なんてないし、尻尾もさほど長くない。手足はすらりとしていて長く、爪も平べったいものが前に3つ後ろに1つという構造で、どことなく象や牛、馬を思わせる形だ。
身体を覆う灰色の鱗と、騎乗するならちょうどいい場所にある2本の角、それから爬虫類を髣髴とさせる細長い瞳孔の目が、かろうじてドラゴンって感じかな。
なんでも数百年前から身近な家畜として飼われていた生き物らしいので、恐らく移動手段として御しやすいように、そして御されやすいように、自然とそういう形へと進化したんだろう。長期間の飼育によって自然に品種改良が進むことは、前世でも珍しくなかったしね。
そのティマール。とってもおとなしくて従順。頭もいいので、しゃべれはしないけど言葉もわかるらしく、鞭は本当にいざって時以外は必要ないんだってさ。伊達にドラゴン名乗ってない。1家に1匹ほしいなあ。ぜひとも背中に乗ってみたいところ。
……ただ、鳴き声がどこからどう聞いても単車の排気音。あんな大音量じゃないからノイズって感じはしないんだけど、ぼくの中で彼らの呼称はバイクで確定である。
そんなことを思いつつ、付き添いのフィーネ(母さんは緊急の依頼があって飛び出していった)にあれこれと尋ねながらの竜車旅。たまに聞こえるバイクの鳴き声が、また何とも言えない時間だった。
「さあお二人とも、学校に着きましたよ」
「おおー……思ってたよりも大きいなあ」
「おっきいー!」
竜車の窓から身を乗り出して、ぼくたちの目は学校にくぎ付けになる。
ぼくはこの文明水準だし、行っても2階建て程度が関の山だろうと思っていた。
ところがどっこい、今ぼくたちの目の前に建つ校舎は、なんと5階建て。しかも、周りを何重もの壁と堀で覆われている。これじゃまるで城塞だぞ。
案の定、竜車は門前で止まることなく中へそのまま入っていく。
「……フィーネ、いくらなんでも大きすぎない? コレ、どう見てもお城じゃない」
「その通りです、セフィ様。エアーズロック統一教育学校は、昔の城郭を改修して作られているのですよ」
「なんですと」
フィーネは語る。この城はかつて、エアーズロック城の名で知られた堅城だったのだと。
大昔、この世界にも群雄割拠の戦国時代があって、その時代にあってはセントラル地方からの軍勢に対抗するための城だったという。
けれど時代が下って現在、すっかり戦争が縁遠くなったシエル王国では、これだけの規模の建物は逆に邪魔になってしょうがなかった。そこに目を付けたのが、今の王様。
学校を作ろうとしてた王様はこんなに立派なものを使わない手はないと考えて、内装を教育のために大改装を決行。さらに、城下町のような整った市街地を郭の中に誘致して、現在の学園町と呼ばれる景観に仕上がった……とのこと。
学校制度の確立という点から見ても、王様がなかなかのやり手だと言うことがわかる。前世で城と言えば、観光名所のイメージが強いけれど……そういう考え方はこの世界にはまだないんだろう。代わりの使い方として、確かにどうしても大所帯になる学校として使うのは結構いいアイディアだと思う。
いざという時はここを防衛線にすると同時に、運営の関係者が街を造って城内に住むから、手入れも彼らがするようになる。維持費は学校そのものに限定できる以上の利益があるんだろう。
通り過ぎていく壁に開いた無数の矢狭間を流し見しながら、視線を下げる。城壁を背にして町屋が居並び、なかなか活気にあふれた城下町がそこにある。
往来では、鎧兜に剣を身に着けた騎士さんがバイク……じゃなくて、ティマールに乗って警邏している。まさに竜騎兵そのものだ……すごいぞ、かっこいいぞ。さすがに学園町だけあって、治安維持には力を入れてるのかな。
なんて思って手を振ると、その騎士さんはぼくたちの竜車を見て道の端へ退き、下馬(下竜?)して跪く。
……何も言うまい。何とも言えない感情を押し殺して、ぼくは彼にもう一度手を振った。
しばらく城下町を進み、いくつかの門を越えて、ぼくたちは遂に学校の校舎へとたどり着く。日本的な城郭の見方をするなら、ここはまさに本丸。そしてここでそびえたつ立派な城は、天守閣ではないものの、白亜の城壁がなんとも絵になる美しさだ。
世が世なら、間違いなくポストカード格好の題材だろうそれを前に、ぼくたちはぽかんと口を上げて見上げることしかできない。
「ようこそ」
そんなぼくたちの前に、初老の男性が現れた。髪はほとんど白髪で、身体つきはほっそりとしている。そして、片メガネが実にいい味を出している。めっちゃじいやって感じの見た目だ。この人が校長先生か何かかな?
って、ことは悠長に車内にいるわけにはいかないな。早く降りないと失礼だ。ティーアの手を取って降ろしてあげるのはぼくの仕事。フィーネは、懐から取り出した手紙をその男性へ渡している。
「校長先生、こちらが身上書です。どうかよろしく」
「……はい、わかりました。では早速、中へどうぞ」
やっぱり校長先生だった。前世で見たことのある校長とはまったく違う、なかなか渋いおじいさん先生って感じだ。
そんな先生について入った学校の中は、見た目にたがわずものすごい城感であれふている。もちろん物々しさはないけど、飾られている調度品や、壁にかかった絵などがいかにも高価そうで、もうまさにお城って感じ。
まだ授業期間じゃないからか、あまり人はいない。いたとしても、大人ばっかりだ。彼らが先生なんだろうね。
そんな中をしばらく歩いて、ぼくたちは小部屋へと案内された。机が一つ、それを囲む形でイスがいくつか。
なるほど。ここで面接をするんだな。
実はこの国の学校、入学試験がある。とはいえ、合否を判断するいわゆるお受験ではなく、単純にどういう性格の子なのかを探るものだ。
そして目的はもう一つ。小さいうちから芽が伸びると思われる子供を引っ張り上げる、選別の意味もある。
ここで見込まれた子は、いわゆる特別学級行きとなるわけだ。前世で言えば、特進科とかそんな感じのクラスだね。
前世、日本では教育機会の均等化の名目の下で、均質にされた教育がなされていたけれど、この国では才能がある人間は子供のうちから相応の教育が施されるってことなんだろう。どちらかといえば、ぼくはこっちのほうが賛成だな。人間は一人一人違うんだから、それぞれの身の丈に合ったやり方があるって思うから。
ともあれそんなわけで、あれこれと聞かれたり、簡単なテストを受けたりした。
もちろん、転生者であるぼくにとってはどれも苦になるものじゃない。読み書きは行きをするようにできるし、剣も魔法も、学び始めて日は浅いけど最低限のことはできる。校長先生もさすがに驚いていた。
一方のティーアは、さすがにぼくに比べるのはかわいそうだ。とはいえ、彼女もちゃんと成長している。
父さんが言っていた通り、どうやら魔法についてはあまり得意ではないらしいけれど、剣や単なるマナの操作だけなら、彼女はぼくよりも上手い。もちろん、読み書きも最低限のことはできる。5歳でこれだけのことができる子なんてそうはいまい? お兄ちゃんは鼻が高いよ、うん。
そんな感じだったから、一通りのことを終えて、「特別学級ですな」と言われた時は当然でしょ、と思ったものだ。
「では次に、寮をご案内しましょう。入りなさい」
校長先生のその言葉と共に、一組の男女が部屋に入ってきた。入り口からではなくて、校長先生の後ろにある別の扉からだ。
入ってきた二人は、どちらも子供だった。とはいえ、ぼくたちよりは年長だろう。背丈も顔つきも大人に近づいている。かといって、大人というわけでもないんだけど。
男の子のほうは銀色の髪に薄いブロンドの目。リラックスした感じで、特に気負うこともなく自然体だ。大人しそうで、けれど気弱という印象は受けない。
一方女の子は緊張しているようで、歩き方が少しおかしい。髪は黒で、目は青。褐色の肌と、ハチマキのように額を覆う淡い青のバンダナが印象的だ。
その二人が、校長先生の催促で口を開く。
「ボクはシェルシェ、特別学級の3年生です。よろしくお願いします」
「あ、あたいはトルクだ。同じく4年生だ。よ……よろしく!」
挨拶も対照的な二人。それを受けて、ぼくもぺこりと頭を下げる。
「新入生のセフュードです。それから……」
「てぃ、ティーア、です」
「……です。よろしくお願いします」
相変わらず人見知りをするティーアだったけど、やや逃げ腰ながらもぼくに続いてしっかりと頭を下げる。
うんうん、いい子だね。
「彼らが、君たちのルームメイトになります。これから覚えることは多いですが、彼らが助けてくれます、がんばるのですよ」
そう言って、校長先生は微笑む。
なるほど、ルームメイト。まあそうだよね、普通5歳児同士でルームシェアなんてしたら、とんでもないことになるのは目に見えてる。
子供ながら年長者を同室にすることで、互いにいい相乗効果を狙ってるんだろうね。年下のほうは庇護を受けるし、年上のほうは人を導くということを覚える。そんな感じかな。
「はい、よろしくお願いします、先輩」
状況を理解して、ぼくはもう一度頭を下げた。
けれど、内心で「やっぱりルームシェアかー!」と頭を抱えていたことは、まごうことなき事実だ。
……ぼくの快適な漫画家ライフは、まだ死ぬほど遠い。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
第二章は主に学校編です。
とはいえ、あまり授業のシーンは出さないつもりでいます。文字による説明だけになるだろうことは間違いないですからね。藤子の側は学校も何も関係ないですし。
全体的に言えばセフィが内政系の、藤子が冒険系の話になるでしょう。そしてたぶん、今後もその方向性はあまり変わらないだろうと思います。




