第101話 胎動
エアーズロックから王都ハイウィンドへ。実に一ヶ月以上かかる旅路。
年明け早々の大移動ではあるけど、去年も同じだったから別にそこまで気にならない。サスペンションの大幅改良にも成功してるし。
道中も特に問題なく、すいすいと順調にハイウィンドまで戻ってくることができた。
まあ、シエル国内の移動は元々問題は少ないからね。父さんの統治が上手く行ってる証拠だろうな。サンキューパッパ。
気になったと言えば、去年は腐海の上に浮かんでいた神話級ダンジョン、マティアスの天空城が移動していたことかな。
なんと、ケルティーナの頭上に浮かんでいた。もちろん遠目から見えるサイズだし、周りも遮るものがないから早い段階ではわかっていたんだけども。
物知りファムルちゃん(自称)の解説によると、マティアスの天空城は毎年その場所を変える不思議な性質があるらしい。なんでも、一年間特定の場所に浮かび続け、年が改まると同時に移動、大体は数日のうちに次の場所に移るんだとか。そして、十二年でちょうど一巡する。
城が停泊する場所は基本的に街の上で、現状でぼくが関わったことのあるシエルの都市(エアーズロック、ケルティーナ、ハイウィンドの三つ)はいずれも城が来る土地柄らしい。さすがに街道の間にある小さい宿場や、ここ数十年で開拓を始めた新しい街には来ないらしいけど。
とまあそうやって神話級が移動してしまうため、シエルでは神話級に付随する迷宮都市は存在しない。他の国は、ダンジョンの管理などを兼ねた一大観光地みたいにしているみたいだけど、まあそれは無理なんだろう。個人的には日照権が気になるところではある。
ただ、一年間は各地方に神話級がいる関係上、その利益は各地に分散するというメリットもあるようだ。父さんはむしろ、一か所がすべてを独占するよりそっちのほうがいいと思ってる。……とはファムルさんの談。
ああそうそう。城は年によっては、腐海の上でとどまることもある。去年は、そういう年だったみたいだ。十二年のうち、四年はそういう年があるらしい。
不思議だねえ。まあ、ぼくとしてはダンジョンの場所とか手に入るアイテムとかより、その仕組みのほうが圧倒的に気になるんだけどね。
あれを解析できたら、空を飛んで物流を活性化させることができると思うんだけどなあ……。
とはいえ、今できないことをあれこれ考えてもしょうがない。今は、印刷機重点だよね。
「おおセフィ、ティーア! よく無事に帰ってきたな!」
「おかえりなのです!」
ハイウィンドに戻って、父さんと母さんに出迎えられる。
ん? 帰還のパレードとかは、って?
あったよ。あったけど、特に目立ったイベントもなかったし、割愛。だって、正直疲れるだけだし……。
「ただいま、父さん母さん」
「ただいまー!」
謁見の間での、実務的な報告はもう済ませてある。今はアベリアの塔に移って、家族団らんだ。
アキ兄さんやシャニス義母さんは、気を遣ってこちらに顔は出してないみたいだ。ぼくは別に構わないんだけども。
まあそれはともかく、シエルの料理も久しぶりだなあ。
うん、ムーンレイスやブレイジアの料理を見てしまうと、見劣りするのは否定できない。料理にも手を出すべきだろうかと思っちゃうな……。
あ、ちなみにファムルさんも顔を出してない。ハイウィンドに入ったあたりから目に見えておかしかったんだけど、貴族街に入った段階でもう無理とか言い出して逃げ出した。
どんだけヘタレなんだろうね、あの人。恋愛未経験のぼくでもあれはないと思う。今はティフさんに追いかけられてる頃合いだろう。
「で? あちらの姫さんはどうだった?」
落ち着く間もなくそんな話題をぶつけてくる父さん。気持ちはわかるけどね、まあ。
「いい人だったよ。美人だったし、お淑やかな人で。正直、ぼくにはもったいないくらい」
「ははは、そうかそうか。そりゃあよかった。じゃあ、式の段取りは早く進めたほうがよさそうだな」
「ん……まあ、うん」
「なんだ、歯切れが悪いな?」
「結婚を嫌うわけじゃないけど、それより今はやりたいことがあるからねえ……」
印刷機だ。あれの解析と再現を、いい加減やらないとだ。
シエルに戻ったからには、普段から使い慣れてる道具や装置も研究所に揃ってる。資材の確保もある程度自由にできる。実際に結婚生活が始まるまでに、なんとしてでもそれなりに満足できるところまで持っていきたいんだよね。
「兄様、わたし手伝うよ!」
「うん、期待してる。ティーアがいないとできないこと多いもの」
「えへへ、がんばる!」
シエルに戻ってきてから、なんか元気なような?
まあ、故郷のほうが過ごしやすいのは当然か。
「そういえば印刷機だったな。どうだったんだ、そっちは?」
「給仕がいる場所で話せることじゃないんだ、ごめん。こればっかりは借り物だし、万が一のことが起きないようにしないと」
「そりゃそうだ。わかった、後で俺の部屋に来てくれるか? その件も含めて、わりと本気でお前と相談したいことがある」
「……? うん、わかった」
なんだろう? 内政とか、そっち方面に関わることかなあ。
……あ、もしかして公衆浴場の話か? それなら風呂を設置した頃から言ってたし、十分ありえそう。
「まあまあ、今は楽しいご飯なのです。そっちの話はめっなのですよ」
ぷんすこなんて擬音語が見える。
母さんってば、最近素を隠さないな。取り繕う意味なんてないし、別にいいんだけど。我が母ながらかわいいし。
「それもそうだ。……食事と言えば、他国の飯をどう見た?」
「そうだなあ……やっぱりムーンレイスは群を抜いてすごかったよ」
「うん! あのね、ご飯の品が多いの!」
「そうそう。デザートも一般的みたいだったし、国力の差を実感したよ」
「わたしはお魚がおいしかったなあ……」
「あー、刺身ね。まさかあれを食べられるなんてねー」
「刺身か。懐かしい、俺たちも旅してた頃は食べたもんだが」
「海辺でしか食べられないから、しょうがないのです……」
「なあセフィ、保管する道具作れないか?」
「簡単に言わないでほしい!」
「そうだよ! 兄様は忙しいんだよ!」
食事と共に、そんな風に会話が弾む。
うーん、旅もいいけど、やっぱり家が一番だね!
こんな仲のいい王族も珍しいんだろうけどね。ありがたいことだよ、うん。
「では、最後にデザートでございます」
「「えっ?」」
あらかた食べ終えたところで、さらに給仕たちが皿を持ってきた。
それに対して、ぼくとティーアは耳を疑った。
一方で、テーブルの向かいに座っている父さんは、いたずらが成功した子供みたいに笑っている。
「ふっふっふ、セフィ。俺たちだってこの数か月ぼーっとしてたわけじゃないんだぞ。特別な日の食事にデザートを着けることができるくらいには、国の資金繰りもよくなってるのさ!」
「私もちょっと手伝ったのです!」
「おお!」
「すごーい!」
ちゃんと王様してるんだなあ。見た目はそんな風には見えないんだけども。
おっと、それよりもデザートだ。まさかシエルで食べられるなんて思ってなかったなあ。
出てきたのは、どうやらクレープのようだ。クレープ自体はムーンレイスでもあったけど、この世界のスイーツとしてのクレープ発祥はシエルだ。その出来は、ムーンレイスに勝るとも劣らない。
生クリームと季節のフルーツがふんだんに使われたそれは、今この国でできる最高の贅沢の一つだろうなあ。パウダーシュガーとか、どうやって作ったんだろう?
……まあ、全体の量については何も言わないことにしよう。これは仕方ない。
どれ、まずは一口……。
「うん、おいしい」
やるじゃん、うちの料理人も。これなら十分他国とも張り合えそうだ。
開発者の面目躍如だね。
「おいしー!」
ティーアは既に半分以上食べてるな。口の周りはクリームでべとべとだ。
ああ、せっかくのかわいい顔が台無しじゃないか。ふきふき。
「ははは、気に入ったみたいだな。がんばったかいがあったな、ベリー!」
「うん!」
「よし、じゃあ俺たちも食べるとするか」
父さんたちが手を付ける頃には、とっくにティーアは完食だ。そのまま、物欲しそうに視線を泳がせている。
「……ティーア、少し食べる?」
「いいの!?」
「はい、あーん」
「ぴゃっ!? ……あ、あーん……」
おやおや、赤くなってしまわれて。子ども扱いはそろそろやめたほうがいいかなあ? でも、ついついやっちゃうんだよな、かわいくて。
少し控えめに開けたその小さなお口に、ぼくはまだ手を付けてなかった部分を切り分けて運ぶ。
「おいしい?」
「うん! えへへ、兄様ありがとう!」
「どういたしまして」
天使!!
おっと、またクリームが少しついちゃってるな。ふきふき。
「ぅ、ぐっ!?」
「……え?」
ぼくがティーアの口にナプキンを伸ばした時だ。
そんな声が聞こえて、ぼくは思わずそちらに目を向けた。ぼくの向いだ。
父さんがいる。父さんがいるんだけど……。
「ぐ、……ぐあ、ぁっ、がああ!!」
その父さんが、苦しんでる!?
い、一体どうしたんだ!?
「父さん!?」
「父様!?」
「アル!?」
「陛下!?」
その場にいた全員が、三者三様に父さんを呼びそしてそばへ駆け寄る。
一方父さんはというと、そのまま苦しみもがきながら、その場に倒れこんだ。明らかに普通じゃないぞ!?
「父様、父様!?」
「アル!!」
どんどん父さんの顔から生気が失われていく。
なんだこれ、……いやでも、これって、まさか、嘘だろ!?
「……毒だ!」
ぼくはそう叫んで、同時に魔法を組み上げる。
解毒の魔法。かつて、砂糖作りと紙作りで毒物のシェムノガに対して頻用していた魔法。最近は使ってないけど、それなりの腕があるはず!
死なせるもんか、そんなの、そんなの絶対させないぞ!
もう、もう大事な人を目の前で亡くすなんて、こりごりだ……!
「上級治癒魔法!」
ぼくは万感の想いをこめて、その魔法を宣言した――。
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春の風が、静かに吹き抜けていく。
まだ少し冷たさを残したそれは、しかしその場で剣の稽古に打ち込む男にとっては心地よいものであった。
美しい蒼銀の刀身を持つミスリルソードが、鈍い音を響かせながら空を切る。いずれも、剣技の型をなぞって。
男は、先ほどからひたすらそれを続けていた。
「殿下!」
そこに、一人の男が飛び込んできた。
軽装、そして目立たぬ風体、身のこなし。男が使う間諜である。
「……何事だ」
対する男は、剣を振るうことを辞めず、ひたすら鍛錬を繰り返している。
「こちらを……潜入させていたものから連絡が届きました」
「……わかった」
だが、間諜の男に告げられた言葉に、男は剣を降ろした。
しかし、しまわない。手に持ったまま、うやうやしく差し出された小さな紙片を受け取る。
それを器用に左手だけで広げると、彼はその中身に目を通す……。
「……ほう」
そして、嘆息した。どこか満足げに。
「父上が動いた、と。思っていたよりも随分と早いようだが……、いや、確かにここいらが潮時か」
そのまま口元に笑みを浮かべたまま、彼はどこか遠くに目を向ける。
紙……いや、密書を持つ手で、そのまま顎鬚をなでつける。
「……となると、私もここを離れなければならないな。続く策も、順次進めて行かねば。……おい」
「はっ」
「天空騎士団全員に通達。全員武装し、いつでも動けるよう整えておくように」
「復唱いたします。天空騎士団全員に通達。全員武装し、いつでも動けるよう整えておくように」
「うむ」
「かしこまりました。ただちに!」
それだけのやり取りを済ますと、間諜の男は即座にその場を立ち去っていく。そこに足音は伴っていなかった。
一方、そこに取り残された男――グランド王国王太子にして、シエル王国の子、ディアス・ロムトア・フロウリアスは。
「……ようやく始まるな、シエルとの戦争が」
そう言って怜悧な笑みを浮かべると、手にしていた密書を無詠唱の炎魔法で焼却した。その黒い消し炭が、春の風に乗っていずこへともなく去って行く。
そんな様を、空で輝く太陽だけが無言で見つめていた……。
第四章 少年期編 2 完
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ここ一週間ほとんど時間が取れなくって、ものすごく遅れてしまいました。
ともあれこれにて第四章は終了、第五章少年期変3へと移ります。
次章は、開発や内政関係の話は抑えた展開になる……はずです。
プロットがまだあまりできていないですし、別作品の執筆もしたいので、どれくらいから第五章を再開できるかはちょっと不透明ではありますが……どうかお待ちいただければと。
パパ上はどうなる? ディアスの目論見とは? はたしてシエルの明日はどっちだ!




