◆挿話 白い輝きを追って 2
セントラル帝国の南端をなめるように移動し、シェルドール諸侯連邦との国境沿いに広がる樹海へ足を踏み入れて数日。
わしらはようやく、グドラシア森国唯一の都市、レグリアアグリアへと入ることができた。
この国は、地球で言えばバチカン市国のようなものである。一つの宗教的な使命によって自治体が団結し、それによって管理がなされている、ごくごく狭い国じゃ。
されどその影響力は計り知れぬ。なぜならば、この国の住人は大半が夢人族なのじゃからな。
わしに言わせれば画一的過ぎるこの世界の魔法体系にあって、唯一高い自由度を持つ夢幻魔法。それはわしが操る魔法に近く、発動に他の魔法寄りも時間がかかる欠点に目をつぶれば、まさに「魔法」らしい魔法と言える。
それを先天的に使いこなせる彼らが一丸となれば、よほどの大軍でもない限り、この世界の人間は対処はできぬであろう。
故に、小さな国でありながらグドラシアは厳然たる影響力を持つ。それは、神話級ダンジョン、アルテア幻夢界を他の国と同じく管理していることからも、よくわかる。
そんなグドラシアであるが、目を引くものは神話級ダンジョンだけではない。
雲よりも高くそびえる世界樹や、ムーンレイスの大図書館にも比肩する古文書の蔵書群などなど、見どころはなかなかに多い。
であるからして、ここでの滞在期間はそれなりに多く取る予定でいる。恐らく、一年はここにいることになるであろう。
そんなことを考えながら、外国人向けの飯屋で食事を摂っていたわしは、ある衝撃を受けていた。
対象は、主食として出された白い塊である。わしらに合わせて四つに切り分けられたそれの、元々の大きさは蹴球の球ほど。白い湯気が上がるそれは、夢人族が主食として森の中で栽培しているものだという。
彼らは匙でこそぎ取りながら食べるらしいが、我々はナイフとフォークを使って切り分けて食べる。
そして口に含んだその白い物体……その味は確かに、間違いなく、疑う余地もなく米のそれであった。
正確には、古代米と現代米の中間と言ったところか。戦国時代に食されていたものに近い。それも玄米のような。
「……あったのか」
最初に出てきた言葉は、それであった。
多くの異世界を渡り歩いてきた経験上、地球のものと同じ味、同じ使い方ができる食べ物は意外とあるものである。そのため、米、もしくはそれに近しいものはあるのではないかとは思っていた。
セフィにはかつて冷たく当たったが、あれは期待させておいてなかった場合の、彼奴の精神的な打撃を慮ってのことじゃ。
そしてどうやら、その配慮は無駄に終わってくれそうである。
「トーコ、どうかしたの?」
白を目の前に考え込んだわしに、セレンが問いかけてきた。
「……いや。ちと面白いことができそうだと思うてな」
彼女にそう答え、わしは笑う。
それを見て、セレン以下弟子たちが一斉に身を引いた。
失礼な、此度ばかりはお主らに何かをしようというわけではないのだぞ。
その旨を口にしたら、日ごろの行いが悪い旨の発言で諭されてしまった。それこそ失礼な話である。
愛を持って稽古をつけているわけではないことは、否定しないが。
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さて、米である。いや、米と言っていいものでもないが……。
わしは食事を終えると、すぐさまグドラシア森国内を飛び回ってかの白い食べ物をいくつか手に入れた(セレン達は、自家製のダンジョンに放り込んでおいた)。
この食べ物、名はマナリスフィアの実と言うらしい。無駄に大層な名前である。
なんでも、マナを多く含んだ木に実るため、マナの枯渇が死に直結する夢人族にとっては欠かせない主食、だとか。
そしてこのマナリスフィアの実、見た目はココナッツのようであった。
高い木々の、さらに高いところに複数の実が成るのもよく似ている。
ついでに言えば、その殻が非常に硬いことも共通していた。
高温多湿を好み、生育に相当量の水が必要になる、という点は米に近しいだろうか。そういえば、グドラシアの森はどことなくアジアの雰囲気を持っている。この辺りも、生物の相似と収斂が働いているのであろうか。
しかしこれらの特性から、生育可能な地域はグドラシア森国以南に、それもある程度の大きさの森に限定されている。
さらに、毎回の結実を確実に収穫できるのは、夢人族の夢幻魔法があってのことらしい。生態は完全には解明されておらず、人工栽培する段階まで技術が至っていないことがその理由。
以上が、実を入手する上でわしが得た知識である。
これに加えて、己の『目』でもってその性質を解析する。要は、セフィに渡した星璽がしていることと同じじゃ。
その上で、わしは生育環境を整える。
ん? よその国でそんなことをしていいのか、じゃと?
たわけめ、そのようなことするわけなかろう。全ては、我が亜空間の中で行うのじゃ。
あまたの世界のあらゆる魔法を修めたこの身であるが、わしが最も得意とするのは結界を含む空間魔法である。これによって、限定的な世界を構築するのじゃ。
亜空間の中では、わしは文字通り創造主となる。丸きり全てが思い通りになるとは言わぬが、気温や土壌、空気、生態系といった環境に限れば、ほとんどわしの思うがままに操作することができる。
今回創り上げたのは、グドラシア近隣の森を再現した空間となる。この空間の構築に、数日。
出来上がった亜空間に実を投入し、様々な情報を確認し、時には修正する。この作業は、シミュレーションゲームによく似ている。二十二世紀から来る青い猫型ロボットの道具に、似たようなものがあった気もする。
かくしてしばしの時間をやりすごして、一つの結論に至る。
「なるほど、一定以上の水分を吸うのではなく水に浸ることが重要なのか。まさに米……いや稲のようじゃな」
稲には、水田で育てない陸稲の類もあるが、それはこの際考えないものとする。
つまるところ、マナリスフィアは樹木であるが、実際の生態は巨大な稲のようなものなのだろう。
それさえわかれば、あとは地球の稲作を参考にすればさしたる時間はかからなかった。
そして数日で、人工栽培が成功。収穫ができた(もちろん亜空間の中で)のだが……。
「どうせなら、コシヒカリ級の味を目指すとしよう」
満足できる味ではなかったので、わしはさらに突っ走ることにした。つまり、品種改良だ。
先にも述べたが、わしが操る亜空間はほとんど思うがままに動かせる。これには、時間の流れも当てはまる。
しかし、わし個人は決して全能ではない。時空の制御は魔法の中でも特に難しく、わしでも最大で一万倍までしか引き延ばすことはできん。
……十分? うむ、まあ、その通りではある。ただの品種改良じゃからな。あとは、ひたすら試行錯誤と試食である。
米よりトウモロコシが好きな身としては、米を食い続けるとなると副菜やふりかけがないと厳しいのじゃが、これについては我慢するしかない。
そこまでして何になるのか、と言われれば確かに、わしに利益はまったくない。せいぜい、そうした創作の技術の修練になるくらいか。それでも、もっと効率的なやり方はある。
しかし、セフィの気持ちがわからないわけではないのじゃ。故郷の味を食べたい、というのは多かれ少なかれ人間が抱く感情である。そういう理解はあるつもりじゃ。
ただわしの場合は、ろくな思い出のない故郷の味よりも、想い人と過ごした異境の味のほうが勝っているだけなのだ。
あと彼の場合は、いちいちその大げさな反応を見ていると、手助けしたくなるというのもある。彼の一番秀でている才能は、剣でも魔法でもなく、他人に手伝いたいと思わせることだとわしは思う。
ただ、おだてると調子に乗る性格でもある。生前の記憶を引きずっているために、周囲の人間に対しては抑えているようだが、わしに言わせれば一目瞭然である。最近は、妹や幼馴染の前でも化けの皮がはがれつつあることだし、厳格に接するに越したことはない。
というわけでわしは、実に一ヶ月強をかけて創りあげた新生マナリスフィアの実を、セフィにいつ食べさせるか。その時機をうかがうことにして、せっかくなのでその間にマナリスフィア料理をどれだけ地球のそれに近づけられるかを検証することにした。
ただこのままだと凝りすぎて世界救済的な意味では一切進捗がないまま、グドラシア森国での二カ月が終わりそうだったので、ここからは並列存在で回すことにする。
要するに、質量を持った分身というやつだ。修得と熟達には時間と根気と才能が必要じゃが、身に着けてしまえば超便利ぞ。
かくして世界樹や神話級の調査をする自分と、マナリスフィアの研究をする自分にわかれ、わしは動くことになった。
が、それからすぐ、シエルに数百年ぶりの大乱が起ころうとしていたため、結局グドラシアの調査は一時凍結することになるのだが……マナリスフィアの研究は凍結せずに続けることにした。世界の調査に比べれば、これは本当に片手間じゃからのう。
仕事しろよ、じゃと?
ふふふ、まあ、なんじゃな。
こちらのほうが、短期的には面白そうではないか。急ぐ旅ではない、たまには息抜きも必要であろう?
それに、ちょっとした情報なんぞより、セフィはこっちのほうがよほど喜びそうじゃしな。なあに、誰も損はしておらぬ。
これでよいのじゃ!
ここまで読んでいただきありがとうございます!
まさかの2です。
藤子の一人称をどのタイミングで投入しようか考えてましたが、ここらが妥当なところでしょう。
藤子の「想い人」については、拙作「枯れずの花」をご覧ください。




