第100話 帰郷、そして
ブレイジア……というよりはテクタでの滞在は滞りなく終わった。
シェルディンタ陛下やトゥラニパゥク王太子をはじめ、他の王族ともなんだかなんだで友好的に付き合えそう。
元々、父さんがぼくのムーンレイス外遊に合わせる形で結構前から根回しをしていたらしい。相変わらず、見た目や言動に反して政治能力の高い人だ。信長○野望なら90は固そうである。
もちろん、ケイ王女が積極的に仲介してくれたことも大きい。
4歳の女の子とはいえ、ケイ王女は明らかに大人顔負けの天才幼女。その辺りもうまくやってくれた。
ちなみに、あの謁見でなんとなく察してはいたけど、魔王様は相応に娘が好き過ぎるお父さんみたい(あの見た目で、とか言っちゃだめだ)で、ケイ王女に協力的だったのも大きいかな。
まあ、もちろん目は笑ってなかったけどね?
そのケイ王女とは、近いうちに技術交換のために相互訪問をしようということで合意した。
……その時の、彼女の嬉しそうな顔は値千金だった。再度自分の業に気落ちしそうになったけど、魔王様が「わたくしにもそんな笑ってくれないのに!」って悔しそうにしてたから、ネガティブな考えは吹き飛んだ。狙ってやってくれてたのだったら、実にありがたい。
見送りにもケイ王女とそろって来てくれたけど、魔王様の仕事ってダンジョンもぐりだけなんだろうか?
まあともあれ、そんな感じで過ごしたテクタは存外居心地がよかったので、予定よりも少し長居をしてしまった。
テクタを出たのが、一年の最後である再生の月十日。そこからやや飛ばし気味に移動して、中継予定だったエアーズロックに到着したのは、年が明けるわずか三日前だった。
少し強行軍の行程で、現状のサスペンションに我慢の限界が来たおかげで、サスペンションの大改造を行ったのも時間を取られた原因なんだけど。
それについては大目に見てほしい。
で、そんなわけで、エアーズロックだ。
一年ぶり、だね。たった一年だけど、随分とまあ久しぶりな気がするよ。この辺りの感覚は、地球にいたころと変わらないな。
久々に見るエアーズロックの街並みは、当然だけど、さほど変化はなかった。
しいて言うなら、いつもに比べて冒険者の数がかなり多かったことかな? 何かあったんだろうか。
まあ、エアーズロックの別邸は街の中心からは離れてるから、敷地近くまで来ればそういう状況とは無縁になれるんだけど。
「わり、あたいの家この辺だから、途中だけど失礼するよ」
離れる前に、トルク先輩は一足先にぼくたちから離脱した。いや、もちろん彼女からの申請とぼくたちの許可があってのことだ。
先輩は学校を卒業してから、一回もエアーズロックには戻ってないもんな。家族とも積もる話があるだろう。ぼくたちもそれは当然として受け止めている。
そして一年ぶりに戻ってきた我が家は……。
「かわんないね!」
「そうだね!」
むしろ一年で朽ちたりしてたら怖い!
当然だけど、主がいなくたっていつでも使えるように手入れをしてくれている人たちがたくさんいるんだよね。中も外も、いい意味で一年前と何も変わっていなくて安心だ。
こういう点は、王族でよかったなあと思える数少ない瞬間だね。
さて、久しぶりの我が家(どうしてもこっちのが実家って感じがするんだ)だけど、新年直前だったおかげで、結構慌ただしく年末を過ごすことになる。
それこそ日本の大みそかかって感じで、衣食住色んな方面であっちこっちに駆り出されて、年が明けるまでは落ち着くことができなかった。
かくして新年。恐らく、ムーンレイスのクレセントレイクでは、満月の神ティライレオル様を奉っているであろう年明け早々の深夜。
ぼくはこっそりと家を抜け出して、いくつかのものを懐に忍ばせ一人でエアーズロックの元町までやってきていた。
現代地球みたく、日付が変わったらみんなで一斉に「あけおめー!」なんていう習慣はこっちにはない。ムーンレイスの降神祭は、おごそかな宗教行事だし。
なので、街はひっそりと寝静まっている。魔法のおかげで、恐らく地球の中世よりは夜が明るいだろうこの世界だけど、さすがに時間が時間だけに、ほとんど明かりも消えている。
そんな夜の街を、ぼくは炎霊石ランプを片手に走る。太陽術を身体にまとって上げた身体能力でここまで走ってきたので、正直かなりしんどい。しんどいけど……目的地はもう少しだ、がんばれぼく!
ぼくが目指す場所は、元町でも外れも外れに存在する。周辺にはお店も家もほとんどない。なぜなら、それは神殿の敷地内に存在するからだ。
この世界には、いわゆる明確な宗教というものがない、ということは以前にもちらっと話した。けれど、全く信仰がないわけではないことも、言及していたかと思う。
その証拠とも言えるのが、こういう各町に存在する神殿だ。規模が小さい自治体なら教会、くらいだけども。
エアーズロック元町は、エアーズロックと名前がついた郡の中枢機能を担う町だ。だからここにある宗教施設は、教会よりも規模の大きい神殿になる。
そしてこの世界の信仰は、神話で活躍し、現代でも奇跡を起こして見せる神様に集約されている。そんな世界なので、ムーンレイスのように「王家は神の子孫」を謳っていない限りは、神殿に祀られているのはその神様全員だ。
この元町の神殿もそういう奉り方をしているので、この世界のスタンダードな神殿と言っていいだろう。
日本で宗教施設と言えば除夜の鐘、初詣なんてイベントおかげで、年をまたぐタイミングこそ忙しいイメージがあるけど、この世界は違う。宗教関係者も、この時間は普通に眠っているので、ぼくはそんな神殿に忍び込んでさらに奥へと進む。
そうしてぼくがたどり着いた場所……そこは、黒いひし形を四つ、十字状に組んだものに白い翼を背負う紋章が刻まれた扉、その向こう側だ。
これは、マティアス様の紋章。生と死を司る、死神の紋章。
そんな紋章があしらわれているこの場所は……察しのいい人はもうわかってもらえたかもしれない。
そう、墓場だ。
扉を、音が出ないよう慎重に開けて中に入る。そこは月の下、ひっそりと無数の墓石が鎮座ましまして静まり返っていた。
炎霊石ランプの、場違いなまでに明るい光がそれを順次照らしていく。
大まかな場所はわかっている。そこまでの道中を、危なげなく進むためにだ。
「……あった」
ぼくが踏み込んだのは、墓場のちょうど真ん中あたりだ。
そこに建つ、真新しい墓石の前で足を止める。そして炎霊石ランプを、その石の正面を照らすようにそっと地面に置く。
シェルシェ。そこには、そう刻まれている。
そう……シェルシェ先輩のお墓だ。
「……先輩、新年あけましておめでとうございます」
その名前に、ぼくは声をかけた。
それからそこにひざまずいて、手を合わせる。キリスト教的な合わせ方、それがこの世界の祈りの姿勢だ。
お供えはしない。生者と死者は、食べ物が違うという認識がこの世界の一般だ。神様ももったいないからやめろって言った、なんて神話もある。
なので、それ以上は何もせず、その姿勢で数十秒を黙して過ごす。
それを終えて、ぼくは改めて口を開いた。
「ほぼ一年ぶり、ですね……お久しぶりです。ちょっと風呂を作ったり紙芝居したり別の国に行ったりして、かなり忙しかったもので……」
墓石に笑いかけても、当然反応なんて、ないんだけどね。
「……風呂はともかく、紙芝居は結構好評でしたよ。このままいければ、漫画もちゃんと受け入れてくれそうです。このエアーズロックにも噂程度には届いているみたいなので、もう少し大々的にやっていこうかなって思ってるところです」
わかってるんだよ、これが独り言だってことくらい。
「あとですね、遂に消しゴムができたんですよ。先輩が警戒してた、ゴーイスを倒しに行ったとかじゃないですよ。なんと、ダンジョンでスライム系のモンスターがドロップする銀色の粘液が使えたんです。すごいでしょう?」
でも……やっぱり、彼の死を完全に受け入れることは、まだできていないんだ。
「おかげで、漫画の執筆もだいぶはかどるようになりました。紙芝居ができたのも、それのおかげですね。でも、さらにすごいことがあったんですよ。ムーンレイスで」
特に、エアーズロックにいて、それもこんな特別な日の夜は。
「ムーンレイスでは婚約の話をしてきたんですけど。ああ、相手は宮家のお姫様です。美人さんでしたよ。ぼくにはもったいないです。ありがたいことですけどね。
その婚約に、藤子ちゃんが噛んでて。印刷機を貸してもらえることになったんです。まだあまり解析はできてないですけど……それができれば、いよいよぼくの目標もラストステージですよ。腕が鳴ります!」
だから、こうやって声に熱がこもるのも、仕方がないんだよ。
「完成したら、……先輩にも、見てもらいたいんですよ。それで、批評してもらいたいんです。ぼくの作品を。いや、だって公平な目線で見てくれそうなの、周りでは先輩くらいしかいそうになくって」
……そんな日は、二度と来ないのはわかっていても。
「……だから、……だから先輩……、…………」
気づいたら、ぼくは泣いていた。
あの時の光景が、脳内でフラッシュバックする。目の前で、先輩が死んだあの瞬間が。
でも、声を上げるわけにはいかない。真夜中に人目を忍んでここにいるのだ、目立つわけにはいかない。
なけなしの理性で声を押し殺して、涙だけを流すのだ。そのまましばらく、感情の波が過ぎ去るのを待つ。
そしてどれほど経っただろうか……。ぼくは、背後から聞こえたバイブレーションのような音で、正気に戻った。
『邪魔するぞ』
もはや聞き慣れた声が、続いた。
振り返ればそこには、最近ようやく見慣れてきた黒い服をまとった藤子ちゃん。
彼女が、音もなくぼくの隣に並んだ。そしてぼくと同じようにひざを折ると、そっと手を組んだ。ぼくがやったのと同じ、この世界のお祈りポーズ。
そうやって藤子ちゃんが祈りをささげている間に、ぼくはなんとか落ち着くことができた。ぐい、と服の袖で目元をぬぐって顔を上げる。
それを察したか、藤子ちゃんがポーズを解きながら口を開いた。
『月日が過ぎるのは早いものよな』
『……本当にね。でも……まだ、完全には受け入れられないよ……』
『忘れなければそれで良いさ。忘れてしまった時こそ、そやつが完全に死ぬ時じゃからな……』
人は二度死ぬ、ってやつだよね。
前世から込みで、それほど大切な誰かを失ったことなんてまだなかったから、実感がなかったけど。今ならそれがよくわかる。
ぼくが忘れてしまった時……そんな恐ろしいこと、絶対にしてはならない。絶対に……。
『……しかし、その心配は無用じゃろうな。今のお主の眼を見る限りは』
『……ありがとう、で、いいのかな?』
『ふふ、よいよい』
うっすらと、ではあるけれど。
そう言って、藤子ちゃんはにっと笑った。
彼女のその表情はどこかはかなげで、そんな笑顔の中に、ぼくは彼女が失ってきた誰かの面影を見たような気がした。
そういえば、二百歳オーバーだったっけ。彼女にも、色々あったんだろう。……たぶん……。
『……藤子ちゃん』
『うん?』
『……今年もよろしくね。君がいないと、やっぱりぼくはなかなか前に進めそうにないもの』
『ああ、任せておくが良いさ。じゃがのう……』
そう言い合って、ぼくはようやく少しだけ笑うことができた。
シェルシェ先輩のことを思い出して気が滅入っても、復帰するまでにかかる時間は当初に比べればだいぶ短くなった気がするなあ。これが、受け入れていくってことなのかな……。
『まだ完全復活とは至っておらぬようじゃな。今日はお主に朗報を持ってきたのじゃが……今は休んでおいたほうがよかろう』
『……朗報?』
『うむ、朗報じゃ。とはいえまだ整ったわけでもないし、これが悲報に転落する可能性もない。お主が落ち着いた頃合いに、改めて話に来るとするさ』
『うーん……そこまで言われると気になるんだけど……』
『当たり前じゃろう、お主の気を紛らわそうとしておるのじゃから。せいぜい気にしておくがよい』
『君のその絶妙なさじ加減に毎度釣られる自分が悲しいよ……』
まあ年季が違うとしか言いようがないんだけどさ、この辺は。
『……わかったよ、楽しみにしとくから。その代わり、そのじょそこらの「朗報」程度だったら許さないからね?』
『安心せい、絶対の保証をしてやるわい』
『……君のその悪巧み上等な笑みを見て、安心する自分が悲しいよ』
『ははは、褒め言葉として受け取っておこうかの』
皮肉のつもりで言ったんだけども、藤子ちゃんはからからと笑って受け流した。
そんな静かなやりとりをしばらく、少しだけ続けてぼくは家へと帰る。帰りは、藤子ちゃんの空間跳躍であっという間だった。あの魔法、ぜひ覚えたいな。
いや、それよりもやるべきことはたくさんあるけどね。
とりあえず、ハイウィンドまでもう少し。もうシエル国内だし、あとはそこまでの道中さほど面倒なこともないだろう。
ってわけだから、ここから先は印刷機の解析を中心にやっていっても問題ない……と思う。
ハイウィンドに戻ったら、すぐに研究開発に取り掛かれるくらいのところまでは持って行きたいところだね。
そんなことを考えながら、帰り着いた自室でベッドにもぐりこむ。
窓の向こうでは、地球のそれと若干色の異なるお月様が、静かに輝いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
エアーズロックに戻ってきました。
そしてセフィにとって人生の13年目が始まります。
今章ももう少しで終わりの予定です……。
しかし遂に100話です。思えば遠くに来たもんだ。
今までありがとうございます、そしてこれからもよろしくお願いします!




