第10話 彼女というチート
『あ、ありがとね……藤子ちゃん……』
ようやく落ち着いて、そう言えるようになるまで果たしてどれだけの時間がかかっただろう。
魔法で煌々と照らされたこの部屋の中じゃ、時間の感覚がはっきりしないけれど、ぼくの前に転がる落書きのできそこないが10枚を軽く超えているあたり、結構な時間が経っているのは間違いない。
けれど藤子ちゃんはその間何も言わなかった。そしてぼくの言葉にも、
『よい』
とだけ言って、薄く微笑むだけだった。
その表情は、今まで彼女がぼくに見せたものとは違って慈愛を感じられるもので、なんというか、どちらが素なのかとも思う。
『……藤子ちゃん、疑ってごめん』
『構わぬ。当然のことじゃ』
『手伝って……くれる?』
『無論じゃとも。それがわしが呼び出された理由なれば』
そう言って頷く藤子ちゃんは、再びにやりと笑いながらただし、と付け加える。
『わしはあくまで「補佐」じゃ。完成品をぽんとくれてやるわけにはいかん。なぜならば、それが紛う事なき反則であるが故に』
『はは……確かにね……』
目元をこすりながら、もう一度先ほどの筆記用具に目を向ける。
この世界にあるまじき物質で作られた、正確な規格の元に生まれた道具たち。地球では普通の品だけど、この世界ではオーパーツ以外の何物でもない。これらを無尽蔵に創り出せる技術……なるほど、チートと呼ばれても仕方ないよね。
『……でも、そうじゃなくっても君は十分チート級の存在な気もするなあ』
『それは言わぬが花というものじゃ。きりがないし、お主がしたいこともままならなくなるぞ』
『そうしまーす』
ぼくの物言いに、藤子ちゃんがくすりと笑う。それにつられて、ぼくも笑った。
反則だからといってすべてを切り捨てていたら、ぼくの夢はかなわない。悪いことだとしても、ぼくはそれに頼る必要がある。
……この辺り、潔癖な人はそれすらも嫌うかもしれないけどね。あいにく、ぼくはそんなきれいな人間じゃないし、ルールの順守を正義と断じられるほど若くもない。
それに、藤子ちゃんはそもそもぼくのために召喚されたのだ。ここで彼女に頼らないなんて選択肢、選ぶわけがないじゃない。
『では改めて、お世話になります。よろしくお願いします』
そう言ってぼくは、深々と頭を下げるのであった。
『そうへりくだるな、表を上げよ』
『時代劇みたいなやり取りだね』
『否定はせぬがな……良いかセフィ、そもわしらは同格故に。わしに遠慮する必要なぞないし、言葉を選ぶ必要もない。普段通りでよいのじゃ』
『でも、ぼくが一方的に恩恵を受ける立場だし。筋は通しとかないとさー』
『確かにな。されど、わしとて無益で引き受けたわけでもないのじゃ。お主がその目的を果たした時、わしはこの世界の神々から最大級の報酬を得る。そういう意味で、わしらは同格なのじゃ。悪く言えば利用しあう間柄とでも言おうかのう。じゃからな、セフィよ』
そこで言葉を区切った藤子ちゃんは、こちらに身を乗り出しながらぼくの肩に手をやった。
そして、空いた手をぼくに差し出す
『これからよろしゅう頼むぞ?』
『……あはは、うん、わかった。よろしくね、藤子ちゃん』
ここまで言われれば、ぼくだって断る理由なんてない。
藤子ちゃんの小さな手を、それよりも小さい5歳児の手で握り返して、ぼくたちは笑い合った。
『……さて、次はこれからのことじゃな。まずこれを渡しておこう』
『?……って、これ。……スマートウォッチ?』
『を、模して作ったものじゃ。名付けて「星璽」。まあひとまず、着けてみよ』
『うん……これでいいのかな?』
言われるままに星璽を左手首に着ける。うん、どこからどう見てもスマートウォッチ。時計なら文字盤に当たるところが、タッチパネル式になっているアレだ。
画面の中には4つのアイコンが並んでいる。それぞれ右上に電話マーク、右下に黒猫マーク、左上が虫眼鏡マーク、左下に歯車マークだ。
『電話マークのアイコン……ってこれ』
『察しの通り、電話じゃな。ただしわし相手にしか使えぬ。端末の問題もあるが、無用な混乱を招くからな』
『……それもそーだね。この世界で遠隔通話の技術確立したらそれこそ英雄扱いになりそーだよ』
思わずため息交じりの笑いが漏れた。
そんなぼくに、藤子ちゃんが一瞬目を細めたけど……すぐに元に戻って話を続ける。
……? ぼく、何かおかしなこと言ったかな?
『ちなみに、立体ホログラム映像通話じゃ』
『めっちゃハイテクだ!?』
直前の違和感も月まで吹っ飛ぶこの衝撃!
それって、地球でもまだできてない技術だよね!?
『魔法技術を詰め込んだからな。便利じゃろう?』
『うんまあ……うん……便利だけど……』
人前じゃ間違いなく使えない逸品だな……。
『よほどのことがなければどこでもいつでも使えるじゃろうから、困ったことがあればいつでも呼べ。常にお主のそばにいるつもりはないし、いられるとも限らぬからな』
『……りょーかい』
『次に右下の黒猫じゃが……これは転送システムとなる』
『転送?……って、まさか!?』
黒猫で転送って! ちょっと待って藤子ちゃん、その組み合わせはコピーライト的な意味でまずくない!?
『これはわしらの間でモノをやりとりするためのシステムじゃ。離れた場所のものを互いに融通するために用意した。使い方や注意事項はヘルプ機能として搭載してあるから、後で読んでくれ』
これヤマトだっ!! めっちゃ便利だけど!!
『次に左上の虫眼鏡。これはスキャン機能じゃな。これを使うと探査光が射出される。それを当てたものがいかなるものか、瞬時に読み取りデータとして表示するというものじゃ』
『まるでインパスだね……』
次から次へととんでもない機能だよ、まったくもう……。さすがにもう慣れてきたけどさ……。
どのみち、これが便利な道具であることは変わりないわけだし。これがあれば、どういうものがこういうものに向いている、とかってところもわかるんだよね?
それに偽物をつかまされる心配もなさそうだ。これはありがたいね、超便利じゃん。
と思いつつ、ぼくは冗談のつもりで藤子ちゃんに向けてシステムを使ってみた。
ところがどっこい、
『生物にも有効じゃ。おおむねどの程度の能力を持つのかがわかるし、個人情報なぞ大体筒抜けにできる。パズルなら答えもわかる。暗号解読にも使えるぞ』
『どころじゃないしっ!?』
超便利なんてレベルじゃないぞっ!?
どの機能も地球でだって超科学なものばっかりじゃない! いくら技術の完成形が手に入らないって言ったって、これだって十分すぎるほどチートだよ!
……スキャン完了?
『対象名:光藤子
種族:地球人
性別:女
年齢:221
称号:異世界を渡り歩くもの
固有能力:不老不死、地球の記憶
戦闘力:測定不能(測定範囲オーバー)』
『ぶふーっ!!?』
混乱にさらに輪をかけるように、スキャンを終えたシステムが結果を表示してくれた。ハイテクなことにホログラム画面だけど……そんなことはどうでもいいっ。
『221歳!? 不老不死!? 異世界を渡り歩く!?』
『ああ……そこは面倒になるからあえて説明を省いたのに』
『どどど、どーゆーこと!?』
『どういうも何も、そのままじゃ。わしは1793年江戸の生まれ、10歳の折に不老不死の術法を完成させて以来、見ての通りの身体。それから理由は省くが、ちとわけがあって地球外の世界をあちこち旅をして回っておる』
『…………』
絶句。いやもう、絶句。それしかできなかった。
いやまあ、ね。彼女が普通の人間じゃないことは薄々感じてはいたけど。
漫画家を目指す身として、あり得るだろう可能性はいろいろと考えてはいたけど。
思ってた以上にとんでもない子だったみたいだ……。
『ち、ちな、地球の記憶って……?』
『地球開闢から現代までの、地球に存在したすべての知識を確認できるという能力じゃ』
『どこのガイ○メモリだよっ!?』
そのものずばり、地球の本棚じゃないか! 君はフィリップか!?
いいい、いやっ。いやでもっ、そんなことができるなら、確かに彼女はぼくの補佐に適任だろう……。
すべての知識がわかるってことは、現代じゃ失われた技術や言語なんかもわかるだろうし、現代のものがどういう歴史をたどったのかもわかるだろう。
そこを彼女から聞き出せば、ぼくのやりたいことは簡単に道筋をつけられるはず。何せ、生き字引とか鼻で笑うレベルの知識量があるんだから。
なんなんだこの子……存在そのものからしてチートそのものじゃないか……。おまけに戦闘力範囲オーバーで測定不能って……。
『言いたいことはわかる故、あえて何も言わず話を戻すぞ?』
言い方は問いかけだったけど、藤子ちゃんはぼくの返事を聞くことなく話を続けた。
……ぼくの理解が追いつくまではもう少しかかりそうです。
『最後に歯車じゃが、これは設定じゃな。他人から見えるか否かを切り替えられる。あとは画面の色合いとか、ウィンドウのデザインなどじゃな……』
『最後だけやけに普通のコンフィグだっ!?』
とどめを食らった気分でした。
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一通り星璽についての説明を終えて、ぼくたちは改めて姿勢を正して向かい合う。
『では本題と参ろうか』
『う、うん』
ぼくたちの間には、先ほど藤子ちゃんに出してもらったルーズリーフがある。これに、藤子ちゃんとぼくでそれぞれ問題点などを洗い出していくことにする。
もちろん日本語でだ。情報漏えいは、技術開発の天敵。これ、鉄則な。
『まず製紙法に関する技術的な問題と、それに伴い原料をどうするか、か』
『製紙法自体は基本が一緒だから、最初は作り方自体はいいんだろうけどね。後々よりいい紙が欲しくなると、ぼくの知識じゃカバーしきれなくなるのは間違いないんだよね』
『当然じゃな。まあ、そこは段階ごとに都度わしに聞いてくれればよい。逐一要点をまとめたものを送ることにする』
『了解』
手元に「技術は段階ごとに」「最初は予定通り和紙で」などと書き連ねていく。
『材料は……うーむ、これについては調べていくしかないじゃろうな。この世界で過ごした時間はお主のほうが長い、どういったものが最適かはわしもよくは知らんのじゃ』
『てことは、星璽を使って手当たり次第に調べていく必要があるってことだね……』
『そうなるな。うむ……過去にスキャンしたものはすべてデータを保存するように機能を改良するか。検索機能と併せて。そうすれば、後々別の用途でモノを探そうとしたときに、過去のデータから答えを即座に見つけられるやもしれん』
『……もうツッコまないぞぅ』
小さく首を振って、紙に「手当たり次第にスキャン」と書く。
手当たり次第とは書いたけど、実際のところは実験などで効果を確かめる必要がないから、そこはものすごく楽ではあるんだよね。
『よし、完成じゃ』
『早っや!!』
っていうかどうやってやったのさ!?
化け物だよこの子! マジで!!
『さて残る問題として、資金源か』
…………。
『確かに、5歳児がいきなり事業を始めるから金をくれというのは不自然じゃなあ。かといって、稼ぐ手段があるわけもなし』
『……うん。どこかにパトロンがいればいいんだけど、ぼくの状態が状態だし……』
『うーむ……ではわしが稼ぐとするか』
『ぅえっ』
『それしかあるまい? 製紙が軌道に乗れば、次はお主に出資するものが出てくるであろうが、最初はそうもいかぬ。それに、わしもまとまった額の金は確保しておきたいしな』
『なんかヒモになった気分……』
昔はよく考えたけどね。自分は漫画にだけ専念して、売れるまで誰か世話してくれないかな……って。
やりたいやりたくない以前に、そんな交友関係なかったから考えるだけ無駄だったんだけど。まさか異世界に転生してからそれをすることになるとは。
『半年以内にまとまった額を用意する故、それまでお主は原料となるものを探しておくがよい。時間は有効に使わねばな』
『ああ、うん。そうだね、じゃあそうさせてもらおうかな……』
当面は原料探し、と。そのついでに、この世界の動植物について調べておこう。情報は大事だもんね。
とと、それから忘れちゃいけない。道具を作ってくれそうな人も探しておかないとね。さすがにぼく一人で道具から手作りするのは、骨が折れる。
『こんなところか。計画という程のものでもないが、指針としては十分じゃろう』
『そうだね。どうせ計画なんて、いい意味でも悪い意味でもうまくいくわけないんだし』
そこでぼくたちは頷き合う。
……なんかこういうの、いいなあ。人と一緒に何かするっていう経験があまりないから、新鮮な気分だ。
それに、飾ることなく自分をさらけ出せると言うのは大きいよね。お互い秘密を持っている者同士の親近感って言うか?
『では早速動くとするか、善は急げじゃ』
と、そこで藤子ちゃんが立ち上がった。
その顔はやっぱり自信に満ち溢れていて、どこか得意げに笑っている。
そんな彼女に従って、ぼくも立つ。
『んっと、よろしくね?』
『ああ。じゃがお主も、やるからには絶対に諦めるなよ?』
『もちろんだよ! そこは絶対曲げないさ』
『その意気やよし! では、機会があればまた会おう!』
その言葉と共に、藤子ちゃんの身体はフッと掻き消えた。と同時に、部屋の中が一気に暗くなる。
もはやこの程度では驚かない。彼女がいなくなったから、明かりがなくなったってことなんだろう。瞬間移動の魔法か何かが使われたのかも。
それより。
それよりも、だ。
ぼくは暗闇と共に再びやってきた感動の波に、打ち震えていた。
どういうことかはよくわからないけど、ぼくは神様から最強の助っ人を与えてもらった。だったら、やっぱりぼくが目指すところは一つだけだ。
改めて、ぼくは心に誓う。
この世界で、漫画家になる! 世界で最初の漫画家に!
静けさに満ちた夜の部屋、その天井に拳を振り上げて、一人気勢をあげるぼくなのであった。
第一章 幼児期編 完
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
タグ「チート」を回収。まさに「反則」レベルの彼女でした。
なお、タイトルがちょいとややこしいですが、セフィと藤子はあくまで「二人とも主人公」であって、どちらかがヒロインというわけではありません。
そのため、二人が恋愛的な意味でくっつくことは絶対にないと断言しておきます。
さて、第一章幼児期編はこれにておしまいで、次回からは第二章幼年期編となります。
まだまだ狭いセフィの世界ですが、これから少しずつ広がっていきます。
と同時に、次章から本格的に技術革新を進めていくつもりでいます。
どうぞお楽しみに!




