第1話 プロローグは突然に
物語を始める前に言っておくッ! ぼくは今、主人公の立ち位置をほんのちょっぴりだが体験した……。
い、いや……体験したというよりはまったくそのものズバリだったのだが……。
あ……ありのまま、今、起こったことを話すぜ!
『心筋梗塞で死んだ(多分)と思ったら転生していた。』
な、何を言っているのかわからねーと思うが、ぼくも何をされたのかわからなかった……。
頭がどうにかなりそうだった……。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ……。
もっと恐ろしいもの(神様とか)の片鱗を味わったぜ……。
……えー、まあ、その、なんてゆーか、そういうことだと思うですだよ。
まだちょいと混乱してるけど、たぶん間違いないんじゃないかなー。
理由としてはいろいろあるけど、まず自分の身体が明らかに小さくなってること、それに自分の身体がうまく動かないこと、この二つが主な理由。
ぼくは少なくとも意識を失う直前まで、身長170cmの体重50kgっていう健全な日本人男性の平均に迫る体格をしてたしね。
……体重が軽い? ああうん、そこはその……いわゆる運動不足によるもやし系男子ってやつでしたね。
女の子に抱かれているんだけど、そんな体格の人間を抱きかかえられる人間なんて、そこまで多くはないはず。それに、抱かれていることを抜きにしてもろくに動かない身体は、なんとか視界に入れてみればとても小さかったし。
死んだのは……はっきりしないけど、間違いないと思う。うまく言えないけど、確信みたいなものがあるんだ。よくわかんないけど、虫の知らせっていうか、そんな感じの何かだと思う。
入浴中にいきなり胸が苦しくなって動けなくなったので、死因はきっと心筋梗塞とかその手のものだろう。ぶっちゃけ、自業自得感ある。
何せぼくは、風呂に入る直前まで三日間徹夜して漫画を描いていたのだ。そんな状態で、いきなり身体に負担をかける入浴なんてことをすれば、そりゃあ身体もびっくりして死ぬってもんですよ。
いやー、不摂生な生活をしてた自覚はあったけど、思ったより早く死んでしまったのだねえ。
……いや、そんな今までの話はひとまず置いておこう。ともあれそんな理由でぼくはきっと死んで、それで転生したんだと考えるわけです。
転生なんて、あり得るんですかねー。しかも、前世の記憶をまるっと残したままで、なんて。
でもそうは言っても、元漫画家志望としては、こんな状況の物語を構想したことはある。まああるんだろう、と割り切るのはそこまで難しいことじゃない。実際こうしてしっかりと感覚があるし、とても夢には思えないしね。
どのみち、この状況は受け入れるしかないだろう。夢ならいつか醒める、現実ならそれはそれでよし、だ。
しかしこうやってモノローグってる時点で明白だけど、精神年齢は28歳のままなんだよね。ってことは……つまり、普通なら緩やかに築き上げていく人生設計を、今この生まれたての瞬間からできるってことじゃない。
これはつまり、強くてニューゲームだ。原因や理屈はよくはわからないけど、めちゃくちゃでっかいチャンスがこの手の中にあるってことに他ならない。
だったら、ぼくにはやりたいことがある。
前世、死ぬ直前まで夢に抱きつづけながら、突然の死でかなえることができなかった夢。それをつかむことだ。
ぼくは生前、ずっと漫画家になりたかった。子供のころから空想に生きてきて、たまたま人より絵がうまくこなせて、適職診断でもクリエイター向きと言われ続けて。だから自然と、その道を志した。高校を卒業するころから、その夢は決まっていた。
そのために相応の努力をしてきたつもりだし、実際にいくつかの佳作も獲得していた。死の間際に描いていた作品は、渾身の自信作という自負があったし、それさえうまくいけば商業デビューもできるかもしれない、と出版社の人にも言われていた。
なのに、それがいきなり途切れてしまった。それも、自分の不摂生が原因で。まったく悔しいったらありゃしない。
だからぼくは、新しい人生でも漫画家を目指そうと思う。これはもはや悲願で、誰にだって譲れないのだ。
よし、と。新しい人生最初の数分、心の中でそんなことを考えて頷いたぼくは、ひとまず今、どうすべきかを改めて考える。
まず、今のぼくは赤ん坊だ。この状態でできることなんて、ものすごく限られている。絵を描くどころか、ペンを握ることもままならないだろうし、それ以前に歩くことすらできないはずだ。だから、あんまり無理はしないほうがいいだろう。
人間の赤ん坊というのは、他の生物と比べてとにかく無力だ。他の生物が、生まれた直後から危険にさらされているがために、最低限の運動機能を備えた状態で生まれてくるのに対して、人類は親が極力子供を守るために、子供はか弱い。それは種族的な生存戦略の違いからくるもので、こればっかりは覆すことができない。
なら、極力無理はしないほうがいい。身体のできていない赤ん坊の状態でそんなことして、妙な後遺症が残ったりしたら目も当てられないし。
特に利き手。何があっても利き手だけは死守、これ絵描きの鉄則な。
というわけで、赤ん坊のうちからできることはないかなあ。と、まあ。
女の子にだっこされながら、そんなことをぼくは思うわけです。
ベッドで上半身を起こしてぼくを抱く彼女は、とても幸せそうだ。ただ、彼女が子供を産んだ女性にはどうしても見えない。どこからどう見ても、10歳かそこらの幼女だ。
……いや、生前でもそれくらいの女の子が出産した記録は残ってたけど……でもあんまり考えたくないなあ。だって、だとしたら相当の負担がかかってるわけだから。
周りには、看護婦さん……たちにはどう転んでも見えない人たちがいるけど、大方使用人とか産婆さんとかだろうけど。ぼくの両親はどこにいるんだろう?
仮にぼくを抱く女の子がぼくの母親だとしても、父親は? 少なくとも、周りにいる中には男に見える人がいないんだよなあ。
単に産まれるのに間に合わなかったか、仕事か何かで来られないか……あるいは、出産シーンのすさまじさに気絶したか。そのどれかならいいけど、妊娠した後に亡くなってます、とかはちょっとやだなあ。大人の精神を持っているからこそ、逆に両親の顔はしっかりと覚えておきたいと思ってしまうよ。
まあこの辺りは、考えても仕方ないか。それに、それよりも気になることが二つある。
まず一つ。
ぼくを抱いてる女の子……少し白みがかった金髪なのはいいんだけど、目の色が……赤いんだよなあ。そんな目の人間が、そうそういるとは思えないんだよね。
さらに言うと、周りにいる人たちの髪と目も、とても現実とは思えない色がかなりの数そろっている。
金髪、茶髪はまあ、いい。黒目も、気になるものじゃない。
でも、さすがにRGBで緑に少々青に多数、赤ガン無視の比率みたいな鮮やかな青は、なんて言えばいいのかわからない。桃色の髪色も、もう何が何だか。
しかも恐ろしいことに、この人たちから違和感をまったく感じない。普通、コスプレでこういう姿をしてると、どれだけ似合っている人でもどこかしら、何かしらの違和感はあるんだけど。彼女たちにはそれがない。この姿が自然と言っているかのような、ものすごい説得力があるんだよね。
もう一つは、彼女たちが話している言葉がまったく理解できないことだ。
学生時代、決して外国語は得意じゃなかったけど、それでも漫画において主に設定面で外国語を活用することは多かったので、各種辞書の類は持っていた。その経験から、ある程度ならいくつかの外国語もわかるんだけど……彼女たちが話している言葉は、そのどれにもあてはまらない。
もしかして、限られた人たちの間でしか使われていない少数言語かとも思ったけど……周りの人たちのいでたちや、部屋の様子からしてヨーロッパ系かそれに近しい地域の雰囲気で満ちていることを考えると違う気がする。
そもそもヨーロッパにそんな少数言語が残っているようには思えないし、何よりヨーロッパの言語はインド=ヨーロッパ語族に属していて、多くは共通点を持っていることがほとんどだから。
……単にぼくが知らない言語って可能性も否定はできないけど、なんかそれは違う気がするとぼくの本能が言っている。
かといって、ぼくがそれら生前に学んだ言語を忘れたと言うのはありえない。頭の中には、それらが大量に浮かぶんだからね。赤ん坊のの口でそれを発音することはできないかもしれないけど、少なくとも意識できている段階でその可能性はないだろう。
となると、浮かんでくる可能性が二つある。ただしそれは、普通に考えるなら現実的なものではない。とはいえ、ぼくが転生している事実がある以上、これらの可能性も否定できないだろう。
まず一つ。ぼくが、過去の世界に転生したというもの。
言葉は生き物だ。時代の流れの中で、絶えずその姿を変える。日本語だってその例外ではないことは、学校教育を受けたことのある人なら大体わかってもらえるだろう。発音や文法も、数百年の間で大きく変わるものだ。
そう考えれば、過去への転生は十分にあり得る話じゃないかな。
もう一つ。ぼくが、異世界に転生したというものがそれだ。
地球じゃないなら、まったく聞いたことのない言語でも当然だろう。その言語そのものが地球に存在しないわけだからね。
そしてもしそうだとすると、周りにいる人たちに髪色や目色にも説明がつく。たとえ過去だろうと、地球にあんな色の人間はいないだろうからね。異世界なら、普通だろう。
……ということは?
恐らく、ぼくは異世界に転生してしまったのだろう。その可能性が、現時点では極めて高い。そのほうが、確率は圧倒的に高いと見たほうがいい。
そうなってくると、……と考える。不安だ、考えれば考えるだけ不安が膨らんでくるぞ。いろんな心配が頭の中をよぎる。
この世界に漫画がなかったらどうしよう。漫画以前に、それらの技術がなかったらどうしよう。あるいは、日本や中国の戦国時代にみたいに、文化的なことをやる余裕のない世界だったらどうしよう。
願わくば、この世界が生前の地球のような、発達した文明と平和な時代の世界でありますように。
そんなことを考えたところで、ぼくはひとまずこれ以上はあれこれ考えないことにした。
何せ、今のぼくは赤ん坊。これ以上のことはできないし、やるにしても身体がある程度動くようになるまでは考える時間も腐るほどあるだろう。
なので……そうだなあ。
そろそろ、まるで反応を示さないぼくに、女の子が心配そうな顔をし始めてるし、ここは赤ん坊らしく泣いてみようかな。できるかどうかはわからないけど。
「あんぎゃあああ、おんぎゃあああ」
……あ、意外とできるもんだね。身体が赤ん坊だからかな?
だましてるような気もするけど、赤ん坊は基本的に泣くものだろう。その常識が通じる世界であってくれ。
そんな感じで……ぼくの新しい人生はスタートを切ったのだった。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
新作始めました。今作はのテーマは、「異世界転生と異世界召喚をミックスしたらどうなるか」です。その分テンプレも相当数盛り込まれるでしょう。
お約束ばっかりかよと思われるところも多いかと思いますが、どうか生暖かい目で見守っていただけるとありがたいです。