双月~朱と蒼の双子月~
やっちまったぜ!ごめんね!ねこまる様!
神と呼ばれる者はいつも残酷だ。
信じる者しか救わず、試練の名で我が子に苦しみを与える。
そんなアイツが、僕は昔から嫌いだった。
それでも、僕に与えられた試練には堪えられていた。この『想い』は罪でもあるから。
自分の『想い』に蓋をして、管理を命じられた世界をただ支え続ける。朱き月の化身として。
しかし、それも今日までだ。
アイツが姉に与えた試練。それだけは許すことができない。
だから、僕は神に反旗を翻す。
例え、自分の『子』らを不幸にしても。
例え、『魔王』と呼ばれても。
例え、世界を滅ぼしても。
chapter1【邂逅】
「久し振りだね、姉様。何年ぶりかな?」
僕はそう言いながら、目の前の美しい女性を見上げた。
僕の姉。蒼き世界の女神である月の化身。
「ようこそお越しを。兄様」
子供の僕を見下ろしながら彼女が微笑む。僕の胸を締め付ける、美しい微笑。
「なかなか兄様が来てくださらないから、もうかれこれ30年経ちますわ」
「それは姉様も同じだろ? 僕が姉様の夢に来なくても、姉様から僕の夢に来ることはできる。僕たちの夢は常に繋がっているんだから」
双子星として神に産み出された僕らは同じカードの表と裏としてそれぞれの世界を見つめている。僕たちは、こうして互いの夢を通じてしか逢うことは出来ない。決して交わることのない二つの世界。決して交わることのない二人の運命。
「仕方ありませんわ。私の『蒼き世界』の民は兄様の『朱き世界』の民とは違い何の力も持たぬのです。私と父様が照らし続けなければ『命の源』を失ってしまいますもの」
神が僕らに与えた『朱』と『蒼』の世界はそれぞれ世界としての成り立ちと構造が全く違う。
『命の源』を民が自ら体内で生み出すことの出来る僕の『朱き世界』。神と姉様それぞれ太陽と月として世界を照らし続けなければ『命の源』を生み出せぬ民が住まう『蒼き世界』。
どちらの世界も同じ神が創り出したというのに進化の道筋が大きく異なる平行世界。お互いに触れることも感じることも出来ぬ僕らと同じカードの裏表。
「だからって姉様は民のために力を使いすぎだよ。僕のところに姉様が来たことなんて殆どない」
姉の頬へと延ばした僕の指先は何に触れることもなくスッと空を切った。姉の頬をすり抜けて。
僕も姉も、お互いに触れ合うことは出来ない。
神が僕らが触れ合うことを禁じたからだ。
触れ合うことだけではない。
双子の力が揃うことを恐れた神が僕らが同じ空間に居ることを禁じたのだ。『夢』を介してしか逢うことは出来ず、繋がった互いの『夢』を行き来するために力を行使すれば相手の『夢』に立ち入っている間は力を失い子供の姿を保つことがやっと。そうすることで僕ら双子の力が揃わぬようにしているのだ。
世界を管理するために与えられた僕らの力は個々では神に最も近いが、双子が揃えば神をも凌ぐ。神は自らが神であるために、僕らを引き裂いた。
これは僕への試練であり、僕の罪への罰でもある。実の姉を、一人の女性として愛してしまった、醜い咎人の贖罪。
姉に触れることが出来ぬ掌を握り締めながら、僕は姉の目を見つめた。深い蒼の瞳を。
「姉様、少し痩せたんじゃない……?」
「ふふ……おかしなことを言うのね、兄様は。私たちの姿はもう何千年も変わっていないでしょう?」
からかうように笑う姉の言葉に、このときの僕は真実を見出すことが出来なかった。
chapter2【決意】
「何故だ!」
そう叫んだ僕の声は怒りに震えていた。
「何故姉様が民の為に命を失わねばならないというのだ?!」
獣の咆哮のような僕の怒り。矛先は全て父──神へ。
「何故だぁぁぁぁぁぁっ!!」
幾ら叫ぼうとも、神は答えない。
当然だ。アイツは姉と共に常に『蒼き世界』にある。『朱き世界』へ来ることはないのだ。故に『朱き世界』に太陽が昇ったことは一度たりとも無かった。
だが『朱き世界』が闇に閉ざされた世界というわけではない。『朱き世界』自らが輝ける『命の源』を生み出せる言わば星の世界。決して輝きは強くはないが、優しい光に溢れた世界だ。
そんな『朱き世界』に対しても、僕に対しても、アイツが興味を持つことなど無かったのだ。父が寵愛したのは自ら輝き続ける『朱き世界』ではなく、神の力が必要不可欠な姉の『蒼き世界』。姉の傍にあり続けられるアイツに嫉妬心を覚えはしたが、神の寵愛など興味は無かったし、何の不満を感じることもなかった。
姉の傍にあり続ければ、僕が姉を壊してしまうのだから。
僕は罰を受け入れた。愛する女性を守るために。
しかし、アイツは何の罪もない姉にまで罰を与えたのだ。僕への罰より重い、命を削る厳罰。
『蒼き世界』の民は姉の力を喰らっていたのだ。姉を蝕む、搾取。
我ら双子は神によって創られた双子月。『命の源』がもたらす力が枯渇する事など、本来有り得ない話。しかし『蒼き世界』の民は僕の『朱き世界』の民の何十倍もの早さで増え、姉の回復を待つより速く姉を蝕み続けたのだ。
結果、姉の『命の源』は限界まで削られてしまった。月としての輝きを保てぬほどに。
「最早許すわけにはいかない! 僕は貴様を討つ!」
僕の声がアイツに届くと、届くまいとは関係無い。宣戦布告だ。
アイツの手中に姉があり続ければ、姉は『命の源』を失い滅する定め。そんな事、許容するわけにはいかない。
もう、我慢などしない。手に入れる。この手で愛する女性に触れる。
『朱』と『蒼』。交わらぬ世界なら、壊せばいい。神が定めた理も、二人があれぬ世界も、そして、それを認めぬ神の命も。
その為に僕の『子』らである民を不幸にしても、姉の愛する『子』らである民を滅しても。
僕は姉様を守り手に入れる。この狂気に身を委ねて。
「神の創りたもうた『朱き世界』と『蒼き世界』が我ら双子星を受け入れぬと言うなら! 僕の手で新たな理を定めて『紫の世界』を創る! 待っていろぉぉぉぉぉぉっ!」
こうして僕の『朱き世界』は魔界と呼ばれ、僕の子らは魔物と呼ばれることとなった。後悔など微塵もない。神に与えられた名も捨てた。
僕の名は魔王。神に徒成す闇星。