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潔癖症な巫女 中

巫女さんが本格的に登場します

 八月二十七日午前二時三十分。


 真夜中の神社で、呪い師タタリとその弟子候補となった鉄人の二人は、荒らしてしまった境内を掃除していた。

 上品な笑みを浮かべる巫女の監視の元、二人は徹底的な清掃を求められた。

 タタリの箒によって掘り返された地面を平に戻し、撒き散らされた玉砂利を一切の乱れがないよう几帳面に敷き詰め直した。箒は竹箒であるため、墜落の際に飛び散った木片や竹の葉などといった細々な塵も全て集められた。

 何回もやり直しを命じられ、その度に暗闇の中での清掃を繰り返し、二人が疲弊し尽くした所でようやく合格が認められた。


「宜しいです。二人ともお疲れ様でした」


 巫女は心の底からスッキリとした笑顔で、鉄人とタタリに労いの言葉を贈った。


「……ふぅ……えっと、いきなり無礼を働いてしまって申し訳ありませんでした。私が呪い師タタリです。こちらで匿ってもらう手筈になっているはずなんですが」


 へとへとになり地面に座り込みながら、タタリは巫女へと質問を投げかけた。


「ええ、存じ上げています。申し遅れましたが、私は天焰(てんえん)神社の巫女を務めています、藤宮清子(ふじみやきよこ)と申します。話は宮司(ぐうじ)である父から伺いました。ここの保護下にある限り、貴女の身の安全は保証します。所で、こちらの殿方は?」

「百武鉄人だ……今はタタリの用心棒を任され、弟子に認められるよう奮闘している」


 自らの話を振られた鉄人は清子に目も向けず、ぶっきらぼうに答えた。

 なお、鉄人の素っ気ない態度の理由は、初対面の女性、それも自らが最も苦手とする委員長タイプの女性と話すことに極度に緊張しているためである。


「えぇと……まぁ、とりあえず害はない人だと思います」


 弟子候補の態度に、タタリは曖昧な言葉で濁すことが精一杯であった。

 鉄人の態度を特に気にも止めずに、清子は語る。


天焰(てんえん)神社の保護下に入る以上、まず貴方達には『穢れ』を落としていただきます。本来なら手水舎(ちょうずしゃ)で事足りるのですが、貴方達は非常に不潔なので、私が『(みそぎ)』を執り行います。風呂場までご案内しますので、付いてきてください」


 ツカツカと歩き出す清子に、タタリと鉄人が怪訝な顔で続いた。


「『洗礼(バプテスマ)』の次は『(みそぎ)』か。最近の私はよっぽど水に縁があるみたいだよ」

「危害が及ぶようだったら、早めに言ってくれ。今ならあの巫女に先手が撃てる」

「ううん、とりあえずは怪我をすることはないよ。『(みそぎ)』は通過儀礼(イニシエーション)とは違う。ちょっと身体を綺麗にするだけだから」


 タタリは首を横に振り、鉄人に語りかけた。


「それよりも問題なのは鉄人くん、君だよ。神社のお世話になるんだから、あまり失礼な態度を取らないようにね。あの巫女さんの言うことはちゃんと聞くんだよ」

「タタリの身の安全が最優先になるが、それ以外であれば善処する」


 巫女の持つ提灯と石灯籠の光が照らす参道を三人は歩き、やがて賽銭箱と鈴が備え付けられている拝殿に辿り着く。そこから更に裏に回り、御神体である御鏡を祀っている本殿を抜け、ようやく社務所に到着した。脇には小さな木造の小屋が備え付けられている。煙突があることから、そこが風呂場であると推測された。


(鳥居は神明(しんめい)鳥居。本殿は平入の神明造(しんめいづくり)。そして太陽を表す天焰(てんえん)という名称から主祭神は天照大神(あまてらすおおかみ)。ということは、伊勢神宮の流れを汲む神明社か。良かった、かなりちゃんとしたところだ)


 一方タタリは神社の建築様式などを観察し、世話になる神社の系統に当たりをつけていた。神道における最高神を祀る神明社ならば、とりあえずは「教会」の使者であっても軽々に手は出せないと彼女は安堵した。


「こちらのお風呂に入っていただきます。まずは、タタリさんからお入りください」


 清子はガラガラと風呂小屋の戸を引き、タタリを脱衣所へ招き入れた。


「待て。俺も入らせてもら」

「めっ!」


 鉄人の台詞をタタリが遮った。


「大丈夫、私がお風呂で転んで怪我しても君の責任にしないから。鉄人くんは外で待機してること!」


 ピシャリと言い放つタタリに、鉄人はただ頷いた。


「よろしいですか? では鉄人さん、薪置場にある小枝を一本だけ釜に入れておいてくださいね。暗いので提灯を使ってください」


 タタリと清子は風呂小屋に入り、鉄人は外にある薪置場に向かった。

 鉄人が預かった提灯で中を照らすと、そこには古臭い風呂釜があり、傍らに数本の小枝が木製の籠に置かれていた。

 薪焚き釜であれば、(なら)(くぬぎ)唐松からまつといった薪材が備え付けられているはずだが、どうやら少量の小枝しか用意されていないらしい。

 鉄人は清子の言葉に従い、小枝を一本だけ釜に入れた。


「これだけで湯を沸かせるのか?」


 鉄人が呟いた直後に、風呂小屋の内側から清子の声が響いた。


「釜の準備はできていますか?」

「言われたことはやった」

「結構です」


 鉄人の聴覚が「カチッ」と石と石が打ち合わせられたような音を捉えた。


「『神火清明(しんかせいめい)』」


 瞬間、釜の中の小枝が燃え上がる。

 炎は小枝を瞬く間に燃やし尽くすがそのまま消えることもなく、一点の穢れもない白炎と成り輝いた。


「『神秘』に常識は通じないか……」


 釜の中で燃え続けている白炎を見つめ、鉄人は思わずボヤいていた。


 ☆☆☆


「朝夕に 神の御前に禊して 皇御代(すめらがみよ)に仕へ(まつ)らむ」


 風呂場から荘厳な祝詞が響き渡る。

 硝子窓からは白光が漏れており、真夜中の闇を照らしている。

(みそぎ)」は滞りなく進行しているようであった。


 タタリの言葉を疑う訳ではないが、鉄人はその常に最悪を予想する臆病さゆえに、巫女と名乗る女が「雇い主」に危害を加えないよう警戒を強めていた。

 儀礼が始まり十分ほど経過したときである。突如タタリの声が風呂場から響いた。


「うにゃぁぁぁ〜〜〜ッッッ!!!」


 悲鳴とも嬌声とも取れるような叫びを聞き、鉄人は迷いなく目の前の壁に体重を乗せた前蹴りを放った。

 皮ブーツの底には安全靴のように鉄板が仕込まれており、鉄人の脚力と合わされば木造小屋の壁など容易く蹴破られるはずだった。


「くそっ!? またバリアか!?」


 しかし鉄人の放った前蹴りは、シスター・アリアの「結界」に拳を打ち付けたときのように、斥力のような力で跳ね返された。

 身体ごと後ろに倒れた鉄人は素早く立ち上がり、小屋の入口へと疾走した。そのまま脱衣所を抜け、風呂場の戸を豪快に開いた。


「タタリ! 無事かッ!?」


 風呂場である以上、当然あられもない姿の少女達が其処に居た。

 清子は和服における下着に該当する襦袢(じゅばん)のみを羽織っており、それは薄い白衣であるために湿気で透け、美しい巫女の肢体を扇情的に映し出していた。

 一方タタリは、檜仕立ての箱型浴槽の角に全裸で項垂れていた。しかし、よく観察して見れば、彼女のあまり凹凸のない身体に薄い膜のような「水」が纏わり付いていた。


「『神水清明(しんすいせいめい)』」


 清子が何処か呆れたような声色を込めた祝詞を唱えると、タタリに引っ付いていた「水」が渦巻き、呪い師の身体を洗浄した。


「うぐっ……ふにゃぁぁぁ……」


 タタリは頭から下の体をさながら洗濯機のように洗い流されていた。流水がタタリの華奢な身体を駆け巡り、その結果生まれる抗いようのない快感に彼女は悶えていたのである。


「何か御用で? 助平心からの行動であれば容赦はしませんよ」


「やってしまった」と鉄人は心中で呟いた。冷淡な巫女の言葉にたじろいだが、気をとりなおして巫女と向き合った。


「……師匠の悲鳴を聞いて駆けつけたんだ。つい先ほど、彼女は水場で痛い目を見たばかりだから、少し過敏になっていて……しかし、これは……」


 鉄人は浴槽で悶えるタタリの姿を居心地の悪そうに見つめた。


「タタリさんは三日も風呂に入っていない不浄の体だったので、通常よりやや過剰に『(みそぎ)』を行っています。心配せずとも、彼女には一切の傷を付けていませんので」


 言われずとも鉄人の優れた観察眼は、タタリの肌に一切の傷がついておらず、プレハブ小屋で見たときより寧ろ、玉のような肌に磨き上げられていることを把握していた。


「たしかに俺の早合点だったみたいだ。申し訳ない」


 丁寧に頭を下げる鉄人に、清子は穏和な笑みを返した。


「誤解は解けましたか? では、出て行きなさい!『神風清明(しんぷうせいめい)』!」


 清子が手に持っていた祓串はらいぐしを振るった瞬間、強烈な突風が生じた。鉄人は為す術もなく風呂小屋の外へと吹き飛ばされた。


「穢らわしいです」


 なんとか身体を丸め受身を取っている鉄人を尻目に、清子は辛辣な言葉を呟いた。


 ☆☆☆

風邪をひいてしまって、更新が遅れ気味になりそうです。

申し訳ないです。

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