呪い師を脱がせ 前編
主人公とヒロインの邂逅です。
長いので分割します。
八月二十六日午後十一時四十分。
結果的に、マスクドスカルこと百武鉄人は「教会」の使者達との戦いに「暴力」を用いて勝利した。
しかしながら、戦いが終わり冷静さを取り戻した鉄人は内心穏やかではいられなかった。
第一に、頭に血が上っていたこともあり記憶消去を行えなかったという点である。
そもそも、未知の力を使う相手を前に、ピンポイントで記憶喪失を起こせるような攻撃を仕掛ける余裕はなかった。
マスクを見られてしまった以上、今まで愛用してきたマスクドスカルの象徴たる髑髏マスクは二度と使用できないだろう。
第二に、素性のわからない相手に暴行を加えてしまったことが気がかりであった。
怪しげな新興宗教に属する者だったとすると、組織を敵に回す事になるだろう。
そうでなくとも真っ当な人間であるならば、警察に被害届が出されてしまうだろう。
どちらにしても、これからの活動に著しく制限がかかってしまうのは明白であった。
第三に、脇腹に喰らった正体不明の攻撃が最大の懸念であった。
火傷のようであるが外傷は奇妙にも少なく、しかし傷口は今だ微かに発光しており、内出血のような痛みが継続していた。
果たして、普通の医者に治せるような代物なのかも定かではない。
数十秒程思考をまとめた後に、鉄人は激昂する理由となった呪い師の少女へと近寄った。
少女は浅瀬に横たわり、苦しそうに寝息を立てていた。
「放っておくわけにも行かないよな。何より『魔法』のような力について色々と聞いておきたい」
水を吸って重くなった呪術衣を着ているため、少女が小柄であっても運ぶには多少の力を必要とした。
鉄人は痛む脇腹に耐えながら少女をおぶり、戦場となった河原から離れていった。
本来なら警察や救急車を呼び、そのまま立ち去るのが最善策なのだろう。
しかし、鉄人は日々制裁という名の暴行を繰り返しているため、警察と関わるのは避けたかった。
そうでなくとも、ついさっき出会った未知なる「魔法」のような力について知るために第三者の介入は防ぎたかった。
ゆえに鉄人は、邪魔が入らぬよう自らの住居へと足を進めた。
☆☆☆
八月二十七日午前零時六分。
「……んー……ここは……?」
呪い師タタリが目覚めると、質素なベッドの上に寝かされていることに気づいた。
自らの霊体の状態から、どうやら「洗礼」は失敗に終わったため、「おまじない」を失っていないことを確認しひとまず安堵した。
辺りを観察してみると、ここはいわゆる貸倉庫や貸工場に使われるような、無骨なプレハブ小屋の中のようだった。
簡易なキッチンにゴミ袋の山、ダンベルやサンドバックを始めとした数々のトレーニング用品が散らばっているのを見る限り、どうやら持ち主はここで生活しているらしい。
なんと奇特な人がいるものなのよ、とタタリは思った。
通気性は悪く、扇風機が回っている程度では蒸し暑さは誤魔化せない。
秋が近づいている今でさえこの暑さなのだから、夏のピーク時にはサウナ状態だったのだろう。
どうして持ち主は移住性において最悪の部類に入るような場所で暮らしているのかと、彼女は首を傾げた。
「しまった! もう目を覚ましたのか!」
タタリがそんな事を考えていると、男の声が聞こえてきた。
声の方角へ彼女は首を向けた。
そこには、上半身裸の男が何かを手に取り、検分していた。
木製のテーブルの上には、杖、水晶玉、色とりどりの糸、お香、アロマオイルの入った瓶、粗塩が包まれた紙、紙人形、お札をまとめたケース、お守り各種、針や福豆や米など様々な小物が入った筒、そして箒など、見覚えのある呪術具が几帳面に並べてあった。
というか、全部タタリが愛用しているものだった。
「返してよ! それ私の!」
呪い師の要たる呪術具を取られては致命的である。
取り返そうと身を乗り出したところで、体の違和感に気づく。
今更ながら、自分の体を見下ろしてみた。
タタリは全裸であった。
一糸纏わぬ姿であった。
よく見ると、呪術衣を始めた全ての衣類もテーブルの上に畳まれていていた。
そして、男が手に取り検分していた物体は、タタリのパンツであった。
パンツは裏返されており、男はクロッチの部分を凝視していたのである。
「わぁーーー!!!」
恥ずかしさのあまり、タタリは悲鳴を上げた。
霊力も「おまじない」も込めていない、羞恥のゆえの叫びである。
しかし、鉄人にとっては深刻な問題であった。
目の前の少女が一体どのような「力」を使うのか、全く検討がつかないからである。
下手したら今、彼女が叫んでいる行動そのものが、鉄人の命を奪わんとする呪いの発動条件かもしれないのだ。
「ま……待て! 落ち着け!」
「何してんだよぉ!!! 女の子を裸に剥いた側でパンツを吟味して!絵に描いたような変態だよ!!! 今に見てろよぉ『生麦大豆二升……』」
「くそっ!このままでは殺されかねん!」
鉄人はパトリックから受けたダメージが回復していない。
このまま戦闘になれば不利になり、わけのわからないまま殺されてしまいかねない。
一瞬で判断した鉄人は、鍛え上げた爪先をタタリのお腹へと蹴り込んだ。
「アギャッ……!? あぐぅぅぅ……」
腹筋の「ふ」の字も見えないぷにぷにのお腹に爪先が喰い込み、タタリはベッドの上で悶絶した。
「お前を痛い目に合わせるつもりはないんだ。兎に角落ち着いて話を……」
今回は咄嗟に攻撃してしまったが、なんとか加減が出来た。
しかし、次からはそんな余裕があるかも怪しい。
「……くそぅ……このまま犯されてたまるか……」
突如タタリは右手の小指で鉄人を指差した。
すると、指を眼球スレスレに突き出されたような圧迫感が鉄人を襲った。
タタリは小指を右手で掴み、あろうことかそのままあらぬ方向に曲げるよう力を込めた。
目は据わっている。何かしらの覚悟を決めた眼光である。
(何をしているのかわからんが、間違いなく何かをしようとしている! あの目は俺を本気で殺そうとしている!)
鉄人は疾風の如くベッドへ駆け寄り、本気の正拳をタタリのお腹に叩き込んだ。腹パンである。
「ガハァァッッッッ!!!???」
先程とは比べ物にならない衝撃がタタリを襲う。
涙目になりながらお腹を抱え、今度はベッドの上で微動だに出来なかった。
(鳩尾に入らなかったとはいえ、結構な拳を入れてしまった……数分間は地獄だろう……悪いことをしてしまった……)
罪悪感に囚われながら、鉄人はあまり清潔でないブランケットを被せ、タタリの背中をぽんぽんとさすった。
☆☆☆
「……ハァハァ……待って、落ち着こう。もう暴力はやめようよ。私はもう何もしないから……話し合いをしようよ……」
ダメージからある程度回復したタタリは、絞り出すような声で呟いた。
「あの……私みたいな子を抱くなんて、やめた方がいいよ。胸ないし。身体小っこいし。始めてだから、多分入らないと思うし。お互い痛い思いをするだけだよ」
「俺はそんなつもりじゃ……」
「私なんかより、もっともっと魅力的な女の子は沢山いるよね? そこで相談なんだけど……呪い師としての私の腕を買ってくれないかな?『おまじない』の中には『縁結び』や『恋愛成就』のものが多いんだよ。君に気になる女の子がいるなら、ありとあらゆる『おまじない』を駆使して、一週間以内にゴールインさせることを約束するよ! そうだ! 赤ちゃんが生まれるときにほ『安産祈願』もアフターサービスとして付けちゃうよ!」
「そういうことを頼みたいわけじゃあないんだ。俺はただ……」
「えっと……君は学生さんだよね? だったらこれから先の受験対策に『学業向上』とか就職活動に向けての『就職成就』なんてのもあるよ。大丈夫、アストラル体の波長を変えてちゃんと賢くするから、絶対に効果は保証するよ」
「そうじゃなくて、俺はお前に……」
「運転するなら『交通安全』があるし、家族の安寧を願うなら『家内安全』があるよ。後はえっと、そうだ!『商売繁盛』で金運の波長を上げればお金には困らなくなるし、『開運招福』でラッキーマンな人生に、『無病息災』で百歳以上の寿命を保証して……」
「俺はお前に用があるんだ! 今は依頼の話はしていない!」
鉄人は強い口調でタタリのマシンガンのような営業トークを遮った。
余談だが、マスクドスカルではなく鉄人として、人と、ましては女の子と会話をすることなど本当に久し振りの事であった。
もともとコミュニケーション能力が欠陥していた鉄人が、久方ぶりの会話で言葉足らずになるのは仕方がないと言えよう。
「そんな……そこまでして私を……? どうしてよぉ……」
堪らずタタリは泣き出してしまった。
鉄人は、どうしていいかわからずおろおろとしていた。
「グズッ……わかったよ……でも、最後に聞いて欲しい事があるんだ。知らないと思うけど、女性の呪い師は処女を失うと霊力が激減するんだ。少なくとも十分の一くらいは減ってしまうの。そんなことになったら、呪い師を続けられなくなってしまうよぉ……お願いだから最後まではしないで……口でも手でも足でも脇でも髪でもお尻でも、私の体を好きに使っていいからぁ……」
タタリの剣幕に、鉄人は押されっぱなしであった。
このまま放っておいては、性犯罪者というレッテルを永遠に貼られてしまいかねない。
「鉄人」ではコミュニケーションがうまく取れない。
ならば「マスクドスカル」になるしかない。
そのような単純な考えのもと、鉄人はテーブルに置いてあった髑髏マスクを被り、「変身」した。