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「奇跡」 VS 「暴力」

バトル回です

自分は容赦ない戦いが好きです

 八月二十六日午後十一時二十六分。


「なんだコイツは!? シスター・アリア! 人払いの結界はどうした?」

「『結界』に不備はない……とすれば、『結界』が完成する前に内側に入っていたのかも……」


 突如現れた黒づくめの乱入者に、「教会」の使者達は混乱していた。


「我々は神聖なる儀礼を執り行っています! 今すぐこの場から立ち去りなさい!」


 儀礼を執行していたマルティンは憤怒の形相で乱入者に一喝した。

 大掛かりな儀礼ほど、ささいな手違いで崩れるものである。

 秘匿する事が絶対条件である「秘蹟(サクラメント)」は、教会関係者以外の人間である鉄人が視認した時点で失敗に終わっていた。


「俺は心の底から期待していたんだ 。昔から憧れていた『魔法』のような力が存在するかもしれないってな。実際に、さっきまで俺は心が踊るような気持ちだった。ところがどうだ?」


 鉄人は、浅瀬に横たわっている少女を見つめ、激昂した。


「俺が憧れた神秘的な世界は、クソのような現実と同じだった! 弱者が理不尽に踏み躙られるのは何処の世界も一緒だってのかよ! ふざけんな!ふざけんなよテメェら! 一人残さず制裁してやるからな!」


 鉄人が想い描いていた神秘の世界は夢と希望に満ちた世界であった。

 しかし、彼の独りよがりな理想は、少女の悲鳴によって打ち砕かれた。

 駆けつけてみると案の定、弱者が理不尽に傷付けられている日常が繰り広げられていた。

 幻想的に発光する水に苦しめられている少女の姿を見た鉄人は、便器に顔を沈められる記憶がフラッシュバックした。

 其処には……

 暴力が魔法に変わっただけの、唯の現実が存在していたのである。


(……助かったの? 救世主は……黒い髑髏……?)


 霊体のダメージが尾を引き、タタリは再び意識を失った。自らの救世主の異形を目に焼き付けながら。

 弱者と己を重ね、百武鉄人は理不尽を打倒するダークヒーローへと「変身」した。


「ダークヒーロー・マスクドスカル! 参る!」


 マスクドスカルはリーダー格であると推測したマルティンへと突撃した。


「訳のわからぬ世迷い言を! 彼女は『教会』でこそ祝福に満ちると何故わからぬかぁ!!!」


 一方、儀礼を台無しにされたマルティンもまた激昂しており、 それゆえに冷静さを失っていた。

 突如乱入してきた不届き者を、タタリの同業者、あるいは「教会」に牙を剥く異教徒であると断定していた。

 相手が異教徒であれば、聖書が顕現する「奇跡」は効果的である。

 彼の元々の専門は悪魔祓い(エクソシズム)であり、悪魔や異教の魔術師との戦いなど、数々の修羅場を経験している。

 自らの経験を鑑みて、最も実践的であり、最も神秘的な「奇跡」でもって迫り来る男へと攻撃を仕掛けた。


「『神は言われた。《ひ か り あ れ》』」


 瞬間、眩い光がマスクドスカルを呑み込んだ。

 マルティンが唱えたのは、聖書に記された最初の一節である。

 混沌に秩序をもたらしたと伝承されている「創世の光」は、まさしく天地開闢の光の洪水。

「教会」に仇なすモノを塗り潰す、圧倒的な「奇跡」である。

 悪魔も悪霊も悪鬼も例外なく浄化され、呪い師や魔術師がその身に受ければ、その霊力の一切が浄化されるほどの「神秘」である。

「むぐう!?」


 あにはからんや、司教ビショップマルティンは吹き飛んだ。

「創世の光」を浴びながら何食わぬ顔で出現したマスクドスカルの容赦ない飛び後ろ回し蹴りが顎へ炸裂したからである。


「『スカルアイ』は軍用フラッシュライトにも耐えうる偏光レンズを使用している! 中途半端な目晦しは通用しないぞ!」


 高らかに解説するマスクドスカルを尻目に、マルティンは浅瀬に転がっていった。

 当然、年相応の身体能力しか持たない壮年の修道士は驚愕の表情を浮かべ意識を失っていた。


神父(ファーザー)ァァァ!? おのれ、貴様は万死に値する!」


 敬愛と尊敬を捧げる司教ビショップに暴行を加えられことに激怒し、聖人セイントパトリックは疾風の如く駆け出した。


「ハァッ!」


 超人的なスピードで迫り来る聖人セイントに、マスクドスカルはフィンガージャブ (ジャブの動作で行う目突き)で迎え撃つ。

 相手が人間である以上、目は急所であり、指を掠めるだけでも隙を作れると判断した上での攻撃である。

 しかし、最速最短の技であるはずのフィンガージャブは、聖人セイントの持つ驚異的な動体視力で見切られ、あっさりと躱された。

 懐に入り込んだパトリックは、その神聖なる右手をマスクドスカルの脇腹へと叩き込んだ。

 瞬間、眩い閃光と共に爆発が起こり、マスクドスカルの身体は数メートル吹き飛んだ。


「ぐがああぁぁぁっ!!!」


 マスクドスカルは草むらを転げ回り、自らが喰らった未知の攻撃に苦悶していた。

 傷口は発光しており、肉の焦げたような異臭が漂い、身体全体を電流のような力が駆け巡っていた。


(喰らった感触は中国拳法における発勁に近い。しかし、あんなデタラメな殴り方で勁が充分に通る訳がない。要するに、あの『右手』自体が特別な力を持っているのか?)


 未知なる攻撃を分析しながら、マスクドスカルは這う這うの体で立ち上がろうとするが、ダメージは深く膝をついてしまう。


「『神の右手』の一撃を喰らいながら、まだ意識があるのか? 随分と頑丈な男だな。まぁいい、貴様の実態を暴かせて貰うぞ」


 パトリックは右手の掌で浅瀬の水を掬った。聖痕スティグマから発する光によって、掌の中の水は聖なる輝きに満ちる。


洗礼(バプテスマ)


 パトリックは掌の水を、片膝立ちのマスクドスカルへと振りかけた。激痛を覚悟をして身構えたが、意外にも微弱な電流のような力を少しばかり感じただけに留まった。


「拒絶反応がない……か。貴様は異教徒ですらないという訳だな。道理で『創世の光』が通じないはずだ。貴様の正体は、日本に数多く存在する無宗教の一般市民だ」


 簡易式の洗礼(バプテスマ)を浴びさせた反応を観察することで、パトリックはようやく合点がいく答えを導き出せた。

 禍々しい髑髏マスクに目を奪われ、先入観から黒魔術や呪術に関わりのある者であると断定してしまったが、その正体は「神秘」とは縁もゆかりも無い、唯の一般人であった。


「一般市民だとしても問題だな。『秘蹟サクラメント』を見られてしまった以上、記憶を奪わせて貰うぞ。神父ファーザーに対する暴行の贖罪を込めて、地獄のような激痛を味わせてな」


 マスクドスカルが「神秘」を知らない一般人だと判明したために、パトリックの心には大きな「油断」が生まれていた。目の前の男に対する警戒を忘れ、何の力も持たない男が神父を傷付けるような事態を起こしてしまった自分自身を恥じていた。

 このような思考の元、無警戒で跪く男に近づいた瞬間、パトリックは仰向けに倒されていた。


「何だとぉ!!! 貴様まだ動けて!?」


 マスクドスカルは無防備に近づいてきたパトリックに地を這うような足首タックルを喰らわせた。

 肩口から自分の全体重を押し込むことでテコの原理が働き、倒れなければ足首が折れるほどの負荷を足首にかけ、聖人セイントからダウンを奪う事に成功したのである。

 無論、パトリックは反射的に立ち上がろうとするも、素早く固め技をかけられその試みは失敗に終わる。


寝技(グラウンド)は得意じゃあないようだな」


 寝技の攻防は体格や筋力といった要素よりも、技術と経験がものを言う戦いである。

 マスクドスカルはその卓越した寝技の技術を駆使し、聖人セイントの身体能力を抑えていた。

 やがて横四方固めからニーオンザベリーに移り、馬乗りに、すなわちマウントポジションの姿勢を取った。


「おのれぇぇ! 小癪な真似を!」


 一般人と侮っていた男に跨がられるなど、パトリックの聖人セイントとしての誇りが断じて許さなかった。どうにか屈辱的な姿勢を崩そうと、跨る男に我武者羅に殴りかかろうとした。


「無駄だ。私がマウントを取った時点で勝敗は決している」


 マスクドスカルは、引っ掻くような握りでパトリックの顔面を薙ぎ、今度こそ目潰しを喰らわせた 。反射的に目を瞑り視界が閉ざされた瞬間に、暗闇の中で暴風雨のような打撃を浴びた。

 拳が、鉄槌が、肘が、ありとあらゆる打撃が容赦無く聖人セイントを襲い続けた。

 マウントポジションが絶対的に有利とされる理由の一つは、跨った者が一方的に攻撃を行えるという点にある。下から反撃しようにも、肩に地面が付いた状態から打撃を繰り出すことは非常に困難であり、すぐさま首ブリッジなどで脱出をはかる事が最善手とされている


「ふざ……けるなぁぁぁ!!!」


 パトリックは、イレギュラーな方法で脱出を試みた。

 右手の聖痕スティグマを地面に置き光を爆発させ、その勢いを利用し身体を反転させたのである。

 しかし、一歩先を読んでいたマスクドスカルはその動きに合わせるように腰を浮かし、そのまま中腰の姿勢で待ち構えていた。

 パトリックの身体が反転したということは、現在の彼は背を向けている状態にある。

 つまり、マスクドスカルにとって、マウントポジションに並ぶ凶悪な姿勢、バックポジションを取れる姿勢に移ったのである。

 マスクドスカルは両足を絡ませ逃げ道を塞ぎ、武骨な腕で無防備な首を締め上げ、自らの肩を抱くように絞り込み、容赦ない「裸締め(チョークスリーパー)」を決めた。


「……グッ……やめっ……」


 気管と頸動脈を圧迫され、脳への血流を遮断されたパトリックは2秒とたたずその意識を闇に沈めた。



 シスター・アリアは狼狽していた。

 自分を拾ってくれた大恩人である司教ビショップマルティンが

 無感情な自分にも優しく接してくれる兄のような聖人セイントパトリックが

 悪魔のような男に蹂躙されたのを目の当たりにしたからである。

 「創世の光」に呑まれても、「神の右手」を喰らっても、悪魔は滅びなかった。

 彼女の根底を支える信仰を揺るがすような出来事に、普段は無感情であるはずのシスターは、このときばかりは恐怖というドス黒い感情に塗り潰されていた。

 パトリックを絞め落とした髑髏の悪魔が、脚を引きづりながら近づいてくる。

 アリアはロザリオを握りしめ、懸命な心で祈り始めた。


「『て……天にまします我らの父よ。ねがわくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ』」


 祈祷文が唱えられ、浅瀬の水が聖なる輝きに包まれた。

 それらはアリアの身体を取り囲み、幾何学模様が浮かぶ薄い銀幕となって幾層に重なり合い、やがて堅牢なる砦へと変貌した。

 アリアは反射的に、自らが最も得意とする奇跡である「結界」を、恐怖心から幾重にも幾重にも過剰に顕現していた。


「被害者ヅラするなよ」


 マスクドスカルは怒りを込めた言葉を投げかける。

 ダメージが残る脇腹を押さえながら、怯えた表情で結界の中に籠城するシスターの少女を睨みつけた。


「私は……俺は見ていたぞ。お前は、何度も何度も『助けて』と叫んでいる少女を見ながら、眉一つ動かさず平然としていた! 自分は正しいことをしている、自分に落ち度はないと、心の中で思い込んでいるんだろう? 俺がその思い上がりを叩き潰してやる!」


 先ほどのダメージが尾を引き、意識朦朧となっているのか、「マスクドスカル」としての口調が崩れていた。

 マスクドスカル改め鉄人は、幾何学的な模様が走る結界へと拳を打ち付けた。しかし、打ち付けた拳は斥力のような力で弾き返された。


「やめて……来ないで……」


 シスター・アリアはいわば、数十個ほど重ねた透明な箱の中心に籠っているような状態であった。

 彼女の創り出した結界は物理攻撃に滅法強く、鉄人は最も外側にある一層目の結界すらも破ることすらできないでいた。


「うらあぁぁぁ!!!」


 何度弾かれようと微塵も怯まずに攻撃を続ける鉄人の姿に、アリアの信仰が揺らいだ。

 尊敬していた二人の人間が目の前の悪魔に敗北しているという現実。そして、暴力を振るい続ける悪魔に対する恐怖が彼女の心の支えを蝕んでいた。

 この世のあらゆる「神秘」は「信仰」によって成り立っている。

 アリアが顕現した奇跡は、彼女の信仰に曇りが生まれたことによって、容易く崩壊した。


「ハァハァ……やっと……壊れたか……」


 パリンという音と共に、呆気なくアリアを囲んでいた結界は全て、硝子細工のように砕け散った。


「……助けて……お願い……ひどいことしないで……」


 アリアは恐怖を滲ませた表情で懇願した。

 信仰という柱が崩壊した現在の彼女は、恐怖という感情を露わにする、何処にでもいるような少女だった。


「断る……人を見捨てたお前に……『助けて』なんて言う資格は……ない……!」


 鉄人は座り込む少女の修道服(トゥニカ)を掴み無理矢理立たせ、躊躇なく鳩尾に拳を打ち込んだ。腹パンである。


「アガッッッ……ゲェェェェッッッ……」


 少女はお腹を抱えて蹲り、地面に吐瀉物をブチまけた。息もできないほどの苦しさを全身で表現しながら、激痛に悶え気絶した。


 鉄人は、未知の力を振るう「教会」の使者達を……

 司教ビショップの、聖人セイントの、シスターの「奇跡」を物ともせず

 人間の持つ最も原始的な「力」、武術と肉体と闘争心を駆使した「暴力」でもって捩じ伏せた。

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