エピローグ: 呪い師の恋人
ひとまず今回で第一部完!になります
八月二十八日零時零分。
「鉄人くん、大丈夫だった!? まさか『天罰』まで使ってくるなんて……!」
ミステリーサークルのような雑木林の一角に、タタリが息も絶え絶えとなって駆けつけた。
五体満足の鉄人の姿を確認し、ひとまず安堵した。
「タタリの『おまじない』さえあれば、俺は誰にも負けないと言っただろう? ……勝つことは出来なかったがな」
「生きてさえいれば万々歳なのだよ。さぁ、服を脱いで、『痛いの痛いの飛んでけ』するからね」
鉄人が天使マルティンとの戦闘で負った損傷は決して軽いものではなかった。
致命的な一撃さえ喰らわなかったものの、幾度と無く翼で弾き飛ばされた際の打撃、木々に打ち付けられた時の衝撃、そして最後の墜落によって、普通人では動くこともままならないほどのダメージを負っていた。
全身の打ち身、手首足首頚椎の捻挫及び炎症、肋骨を始めとした数カ所の骨折など、目を背けたくなるほどの損傷がその身体に刻まれていた。
「この程度なら、30十分くらいあれば全快できるよ。はい、力を抜いてー。『痛いの痛いの飛んでけー』」
そんな損傷を目の当たりにしてなんてこともないような反応で、タタリは慈愛の「おまじない」をもって治療を始めた。
「あの……本当にありがとうございました」
十分ほど経過し、何となく気を使って機を伺っていた獏が切り出した。
なお、タタリは鉄人を膝枕で寝かせ、呟くように延々と『痛いの痛いの飛んでけ』を繰り返していた。
「……の飛んでけー』。ん? どうかしたの?」
「いえ、その、僕なんかのために、あんな恐ろしい人達と戦ってくれて本当に感謝を……」
「気にすることはない。理不尽を乗り越えるための『復讐』は、かつての自分自身と同じなんだ。その気持ちを充分に理解できるからこそ、君を支援しようとしたのだが……俺が不甲斐ないばかりに、中途半端に終わらせてしまったな……謝るのはこちらの方だろう……」
「いいえ。僕は『復讐』を成し遂げましたよ?」
鉄人はキョトンした顔を浮かべ、衝撃的なことを言い放った獏へと視線を向けた。
「どういうことだ? 君は俺を守るために『呪殺』を取りやめたのではなかったのか?」
「殺してはないですけど、僕を虐めていた奴らは抹消したという事です。僕が放った『蟲毒』は、アイツらを、秋本と真田と渡辺の霊体をグチャグチャしたんです。もう二度と意識を取り戻すことはないでしょう。例え奇跡的に蘇生したとしも、アイツらの人格は戻らない。僕にとっては充分に納得のいく『復讐』になりましたよ」
未だ混乱している鉄人に、獏が解説を続ける。
「アイツらを殺さなくても僕の心は晴れた、というの僕の本心です。あなた達のおかげで、僕は無用な殺人を犯さずにすんだ。先程神父さんにも言ったように、あなたの言葉に僕は救われていたんです。それに、ああでも言わないとあの神父さんを止められなかったでしょう?」
「なかなか強かな奴だな。君の機転のおかげで俺は助かり、君も『復讐』を遂げることができたというわけだ」
ようやく合点がいったと鉄人が、苦笑しながら獏へと微笑みかけた。
「それじゃあ……一つ聞かせてくれるかな、獏くん?『復讐』を遂げた気分はどう?」
タタリの問いかけに、憑き物が落ちたような屈託のない笑顔で獏は断言する。
「とてもスッキリしました!」
「だよな。『おめでとう』!」
「だよね。『おめでとう』!」
うんうんと頷く鉄人とタタリが、獏の「復讐」の達成を祝福した。
☆☆☆
同時刻。
「……ハッ!? あの愚か者は何処だ!?」
「……パトリック!? 良かったぁ!!!」
わんわんと泣き喚きながら、アリアはパトリックの股間へと顔を沈めた。
現在、パトリックは下半身は治療のため下着に至るまで衣類が脱がされており、M字開脚のようなポーズで固定されている。
あまりにも背徳的な光景がそこにあった。
「待て! 待ってくれ、アリア! 聖職者としてコレはマズイ! 非常にマズイのだ!!!」
「大変だったんだよ……どんどん血が出てきて……頑張って祈って……頑張れ! 頑張れ!って応援して……ようやく治ったの!」
「ありがとう! 感謝する! だが、まずは服を着させてくれ!」
聖職者として許すまじ背徳的な光景から抜け出すべく、パトリックは慌てて下着とズボンを履いた。
「あの男……百武鉄人だったな……一度ならず二度までもこの聖人が遅れをとるとは……」
「……もう二度と、遅れをとらないって言ったのに……」
「それは……すまなかった……怖い思いをさせてしまっただろう……今度こそ僕は……」
パトリックが言いかけた台詞は、神父服も身体もボロボロになり、ダメージが色濃く残っているマルティンが登場したことによって遮られた。
「我々『教会』はこの件から手を引きます。今すぐに、この地から立ち去りましょう」
「神父! 何を言い出すのですか!? 貴方をそんな姿にしたのはあの男ですね! 今すぐ、この私が……」
「反論は一切を受け付けません! 今回の迷える子羊は、『教会』に救うことが叶わなかったのです。我々が出来ることはもう、何もありません!」
有無を言わせないといった口調で宣言したマルティンに同調するように、アリアも力強く頷いた。
「……もう行こう……私はもう、あんな悪魔と関わりたくない……」
「アリア!? ……しかしだな……」
「……世の中には関わってはならない人がいると思う……あの悪魔は『教会』の教義と相反する存在だよ……」
「……いや、そうだな……あんな奴は忘れて、僕達は今まで通り、世界中の迷える子羊を導こう」
パトリックは不安がるアリアの頭を撫でながら、彼女を安心させるために鉄人との断絶を言い放った。
(鉄人君、タタリさん……貴方達の、その一途なまでの力を、私は今でも『教会』で役立てて欲しいと思います。今回は手を引きますが……いずれ、貴方達にわかってもらえるまで、私は諦めませんよ……)
聖人とシスターとは逆に、司教マルティンは、今でも二人の勧誘を目論んでいた。
マルティンの執念は、地獄の最下層よりも、なお深い。
☆☆☆
「『…………』」
山小屋の残骸の中から、何かを呟くような声が響く。
注意深く観察すれば、残骸の隙間から漏れる、僅かな光に気付くことができるだろう。
「『祓戸大神』……『祓戸大神』……」
タタリの「捻目禁」によって絶命していたと思われた清子は、その掌の中に傷ついた御魂を握り、「振魂」の祝詞を奏上することによって霊体のダメージを修復していた。
霊体と肉体は表裏一体。霊体の損傷がなくなれば、肉体も回復する。
虫の息となりながらも必死に紡いだ「神秘」が、彼女を生き永らせたのである。
「……ふぅ。死ぬかと思いました」
パンパンと巫女装束についた汚れを払いながら、あっさりとした様子で清子は立ち上がった。
「まさか、タタリさんがあんなにドス黒い『荒御魂』を抱えていたとは、私も巫女としてまだまだ未熟ですね……ふふっ……」
自嘲するよう独り言を呟く清子は、爛々とその美しい瞳を輝かせながら微笑んだ。
「楽しみが増えましたぁ! 漆のような根深い穢れを持つ鉄人さんに、ヘドロのように濃厚な穢れを抱えるタタリさん! 本当に! 本当に! 本当の本当に掃除のしがいがありますねぇ!!! お二人の御魂は、必ず私が洗い流します! この私が、掃除を放棄したことなどないのですから!!!」
誰に語るのでもなく、自らの心に宣誓するように、満面の笑みを浮かべながら清子は叫んでいた。
清子の執念もまた、海よりも深い。
☆☆☆
雑木林の麓に三人の影が佇む。
夏の終わりを告げる涼しげな風が息吹く中、鉄人とタタリ、そして獏が並行して歩いていた。
「晴れて私の弟子となった鉄人くんと、二人で仲良く水入らずで呪い師を始めようと思った矢先に、どうして君が居るのかなぁ?」
鮫島さんのように瞼をピクピクさせ、怒りを露わにしたタタリが小野坂獏に問いかけた。
「どうしてと言われましても……神父さんは鉄人さんにこう言ったんです、『彼の側には貴方が居てください』と。僕は鉄人さんと同行しないと、また『教会』に狙われるかもしれないんですよ?」
「ずっと一緒に居ろっていう意味じゃないだろ! それにこのまま付いてくるとして、君の家族は!? 学校はどうするんだよ!?」
「言ってませんでしたっけ? 僕、高校退学になって親に勘当されたんです。どうせ行く所もないし、同行することにしました。僕もこれから『蟲毒』を商売にして生きていくことにしましたし、あなたを参考にさせてもらいます。蟲の良い話ですが、よろしくお願いします」
「言っておくけどね……私は君まで弟子に取るつもりは、全くないよ!」
「タタリさんの弟子になるつもりはありません。僕は……」
言い争う二人を手持ち沙汰で見守っていた鉄人に、獏は腕を絡ませた。
「『マスクドスカル』の舎弟になります!」
「……舎弟!? 俺のか?」
「あなたは僕を救ってくれた、正真正銘のヒーローです! 是非とも僕を舎弟にしてください」
「……ヒーローか……長い間続けていたが、そんなことを言われたのは始めてだ……。わかった、君を『マスクドスカル』の舎弟として認定する!」
「ありがとうございます!」
屈託のない笑顔で両手をギュッと握りしめる獏に、鉄人は満更でもないような表情で対応した。
男としてはかなり小柄な獏が、中性的な童顔で接近し、上目遣いで鉄人を見つめている。
そんな光景を見て、タタリの呪い師としての霊感と、女子としての第六感が警報を鳴らしていた。
「鉄人くん、これからの事について話があるから、ちょっと付いてきて。獏くんはそこで待機していること」
獏から引き離すように強引に鉄人の腕を取り、林へと連れ込んだ。
「『男』でも負けませんよ、タタリさん」
タタリにしか聞こえないよう絶妙な声量で呟かれた獏の言葉が、彼女が抱いた懸念を確信させた。
☆☆☆
「鉄人くん、男の子に手を握られて、どうしてニヤニヤしてるの?」
開口一番、氷のようなトーンで放たれたタタリの台詞に、鉄人は凍えるような悪寒を感じた。
「……いや。これまで後輩に慕われたことがなくてだな……あんな風に懐かれたのは初めてなんだ」
「どうして私にはあんな顔を見せないの? 女の子の方が手は柔らかいんだよ」
そう言いながら手を握りしめるタタリの手は、とても柔らかい。
しかし、その眼光は氷河のように冷たく、爪が食い込むほどの力で握りめるタタリは、ドス黒い「嫉妬」という感情を剥き出しにしていた。
「ねぇ、鉄人くん。これから長い間一緒に生きていくんだから、ちゃんとしようよ。最初の一歩で躓くのは縁起が悪いよ」
「タタリ……確かに俺は君と一緒になると『約束』したが、そんなに重く捉えないでくれ。勿論、俺はできればずっと、その、君と付き合っていこうとは思っているが、この先、何が起きるかわからないだろう。もしかしたら、喧嘩別れするかもしれないし、俺も君も別の道を見つけるかもしれな……」
「そんな事をしたら、君は死ぬよ」
突如、タタリが呟いた一言に鉄人は凍りついたように硬直した。
「なっ……何を言い出すんだ!?」
「だって、流石の鉄人くんでも、針を千本飲んで、一万回殴られたら死んじゃうでしょ?」
「……まさかッ!?」
「針を千本」というフレーズに鉄人は心当たりがあった。
タタリは小指を突き出しながら、無邪気な笑顔で種明かしをする。
「そう、あの『指切り』は『おまじない』だったのだよ。『指切拳万』は夫婦が愛情を誓い合うために生まれた風習だからね、特に男女の『約束』を破った場合のペナルティは厳しいよ? 何処からともなく飛んでくる千本の針が体内をズタズタにして、それでもまだ生きていたら、自戒として自分自身を一万回殴り続けるんだ」
「俺を騙したのか!?」
「騙してなんかいないよ。君も協力して『指切り』してくれたでしょ。何回も『約束』だって念押ししたよね? それとも、鉄人くんは横紙破りをするつもりだったのかな?」
「……それは……」
鉄人の計画では、タタリの元で「神秘」を十二分に身につけた後に黙って消えるつもりであった。
世の中の理不尽を駆逐するという悲願を達成するには、一生呪い師を続けることはできないからだ。
しかし、そんな意図を見破っていたタタリは既に「首輪」を付け、逃げ道を塞いでいたのである。
「タタリ! あの『指切り』はどこまで有効なんだ!? 例えば、君と一時的にでも離れたら、『生涯一緒にいる』という言葉に反することになって、『指切り』のペナルティが発動するのか? 命に関わることだ! 頼むから答えてくれ!」
「そこは私の胸三寸かな。私が裏切られたと思ったら、うっかり発動しちゃうかも」
「それでは困るんだ! 明確に定義を決めてくれ!」
「大丈夫だよ。私は決して、鉄人くんを死なせないから」
無邪気に微笑みながら、狼狽している鉄人に畳み掛ける。
「例え鉄人くんが世界の果てまで逃げても、絶対に探し出すよ。浮気しても、その相手を呪い殺すもん。あの巫女さんみたいにね」
「……清子さんを殺したのか!? 浮気疑惑でか!? 後の祭りだが、あの人は俺を男として意識していなかったと思うぞ。ただ俺を更生させようとしていただけであって」
「ううん。巫女としての使命感が殆どを占めていたけれど、その中には確かに、恋愛感情があったよ。1%くらいだけどね」
「……1%か」
「呪いをかけるには充分過ぎる理由だよ。それに、鉄人くんが言ったんでしょ?『人を殺傷するほどの力を忌避するべきではない』って。大切な人を守るため、許せない者を制裁するために、これからはバンバン『咒』を使っていくよ」
鉄人が「依存」させた少女は、本人のあずかり知らない所まで暴走していた。
因果応報の法則に従い、自らが行った所業がブーメランとなって直撃しているようであった。
「私は鉄人くんのことが大好きだよ。私の持ってるものを全部あげる。ありとあらゆる「おまじない」を駆使して、幸せな人生を保証するよ。だから……鉄人くんの全てを私にちょーだい」
蠱惑的な声色で囁きながら、爛々と瞳を輝かせ、鼻と鼻が当たるような至近距離まで近づき、タタリは鉄人に口付けた。
鉄人はその柔らかい感触を不覚にも味わいながら、怯えと、非難と、そして覚悟を含んだ眼で、タタリを見つめた。
「全てを君に与えることはできない。俺の野望まではな。だから、俺は……タタリの元で徹底的に修行する!『指切り』の呪縛を凌駕するほどの『神秘』を身につける! それまでは、君と共に生きよう」
「つまり、生涯一緒に暮らしてくれるって意味かなぁ? 私の『おまじない』は、一生かけても解けないよ」
「その理不尽を俺が打ち砕く! 君の呪縛を振り切る日を、せいぜい首を洗って待っていろ。それまでは、仲良く呪い師でもなんでもやってやる」
「君のために身体は清潔にしておくよ。あっ、でも子供を作るのは、収入が安定するようになってからにしようね」
言うやいなや、タタリはその小さな身体を鉄人に雪崩れるようして預けた。
「男と女で仲良く呪い師をやるんだから、当然イチャイチャしないと駄目だよ」
「わかった」
「私のおねだりを聞いてくれる?」
「命がかかっているのだから是非もない」
「じゃあ、今度は君からするんだ。はい、んー……」
唇を差し出しおねだりをするタタリに、鉄人は少し躊躇した後に、勢いをつけて口付けた。
せめてもの腹いせとして、舌をねじ込み、口内を蹂躙した。
幸せそうにとろけたタタリの顔を見て、これでは溜飲は下らないな、と心の中で自嘲した。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございした。
今回初めてだという人も、少しでもこの作品に興味を持っていただけたら嬉しいです。
第二部はネタが貯まったら、始めようと思います。




