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007_カリオペの町

 ほどなくして、俺達はカリオペの町の南門にたどり着いた。


 町を囲んでいる城壁はアルテミシアの半分くらいの高さだろうか、城壁として機能する最低限の高さしかないようだが、門はその低い城壁とは不釣合いなほど大きい。

 防衛より人の行き来を優先させた結果なのだろう。

 ただ、それでも門の下はたくさんの人や馬車で大渋滞を起こしていた。


 エステルの話では、ここは昔、ミロン王国が隣国のアルキス王国との戦争中にカリオペの谷の東側入り口に築いた単なる関所だったらしい。

 が、南北に走る街道と、アルキス王国に向かう西からの街道が交わる交通の要衝だったため、戦争終結後に少しずつ宿屋や商店ができ、やがて町になったのだという。


 南門をくぐると、町は、王都のアルテミシアほどではないにしても、かなり賑わっていた。

 南門から北門に向かって一直線に大通りが伸びており、そこを馬車や旅人、商人達が忙しなく行き交っている。

 通りの左右には宿屋や商店が無秩序に並び、あちこちに人だかりもできていた。


 エステルはその大通りをいつもの調子でスタスタと進んでいく。

 彼女は何度もこの町を訪れたことがあるらしく、行動に迷いがない。

 一方、俺は観光客のようにキョロキョロしながら彼女の後ろを歩いた。

 ……やっぱりすげぇ。

 アルテミシアでもそうだったが、こういう町並みを見ると、まるで中世のヨーロッパにでもタイムスリップしてしまったかのような錯覚に陥る。とても不思議な気分だ。

 まあ、とはいっても、今の俺はタイムスリップよりよっぽど厄介な状況に置かれているとは思うが……。


 そんなことを考えながらしばらく進むと、大きなT字路に出た。

 俺達が歩いてきた南北の街道に、西からの道が突き当たっている格好だ。

「この道がアルキス王国へ行く道よ」

 エステルが教えてくれた。

「じゃあ、次はこの道を行くんですね」

「そう」


 彼女はその道を横切り、そこから二軒目の宿屋の前で立ち止まると、くるりと俺の方に振り返った。

「この宿屋で昔の仲間と合流する手筈になっているのよ」

「なるほど」

 見上げると、四階建ての大きな建物だ。


 中に入ると、エステルはカウンターで宿屋の店主と話し始めた。

 俺は入口付近で待機しつつ、静かに店内を観察。

 ……ここもか。

 この宿屋も一階は食堂になっていた。

 この世界の宿屋は、大抵一階は食堂になっているようだ。

 まだ昼過ぎだというのに、たくさんの客がテーブルで何かを食べたり飲んだりしている。

 みんな旅支度をしているところからすると、旅の途中で休憩のために立ち寄っているのだろう。


 しばらくして、店主との話を終えたエステルが気落ちした様子で俺の所に戻ってきた。

「まだ着いてないわね……」

 どうやら彼女の昔の仲間は、まだ到着していないようだ。

 彼女の話によると、その仲間も今日中にはこの町に着く予定になっているらしい。

「まあ、まだ昼過ぎだから仕方ないか」

 彼女はそう言うと、気持ちを切り替え、カウンターの裏にある階段を上り始めた。

 俺は奴隷部屋に行かなければならないはずだが、荷物があるためとりあえず彼女の後を追った。


 彼女はそのまま三階まで上がると、表通りに面した部屋の中へと入っていく。

「失礼します」

 俺も彼女に続いてその部屋に入った。

 部屋は六畳ほどの広さだろうか、結構狭い。

 小さめのベッドが二つある他には、黄色い花が活けられた小さな花瓶が窓際に置かれているだけのシンプルな部屋だ。


 エステルはマントと帽子を脱いで壁のフックに掛けると、さっそく窓側のベッドに寝転がった。

「あー、やっとベッドで寝られるわ」

 久しぶりのベッドを満喫しているようだ。


 俺はその様子を横目で見つつ、部屋に入ってすぐの所にショルダーバッグを置くと、

「じゃあ、俺は奴隷部屋に行っています」

 とだけ告げ、早々に部屋を出ようとした。


 すると、エステルがガバッと起き上がり、

「こ、ここにいなさい。そのベッド使ってもいいわよ」

 と、隣のベッドを指差しながら意外なことを口にする。

「え? いいんですか?」

「旅の間は特別よ。奴隷部屋じゃ疲れがとれないでしょ」

「ありがとうございます!」

 俺はほっとした。

 何といっても、あの汚い奴隷部屋で寝なくて済むのだから。


 ……ん、ちょっと待てよ。

 ……このベッドを使ってもいいということは、エステルのすぐ隣で寝られるということか。

 ……アルテミシアでは即、奴隷部屋だったのに。

 ……こ、これは、もしかして誘われているんじゃないだろうか?

 ……ここ二日ばかり妙に優しくなったし。


 俺はちょっとドキドキしながらその場で考え込んでいた。

 が、その様子を見て察したのか、エステルがピシャリと言う。

「だけど、夜寝る時は拘束リングを施錠させてもらうからね」

「……は、はい」

 まあそうだよね、俺は所詮奴隷だもんね。


「…………」

 その後、エステルはしばらく無言で俺をぼーっと眺めていたが、突然何か思いついたように勢いよく立ち上がった。

「ちょっと付いて来て」

 彼女は部屋を出ると、階段を下りて何故か宿屋の外に出て行く。

「こっち」

 そして、さっき来た道を少し戻り、一軒の店屋のドアを開けると、振り返って俺を手招きした。何だか楽しそうだ。

 彼女に促されてその店屋に入ると、中は壁一面に服が掛けられていて、店の真ん中のスペースにも綺麗に折りたたまれた服が所狭しと並べられていた。服屋だ。

 奥には愛想の良さそうな店主がおり、ニコニコしながらこちらの様子をうかがっている。


「私が連れている奴隷なんだから、もう少しマシなのを」

 そう言うと、エステルは男物の服を物色し始める。

 どうやら俺に服を買ってくれるつもりらしい。

 彼女は端から一着ずつ丹念に見て、気になる物を見つけると俺の体にあてがいながら、

「これがいいかなぁ、やっぱさっきの方がいいかなぁ」

 と、独り言のように呟いている。

 まるで幼い子供の服を選んでいる母親のような素振り。

 できれば服ぐらい自分で選びたいが、奴隷の俺が言える立場ではない。


「ちょっとこれとこれ、着てみて」

 エステルは厳選した服を俺に手渡しながら、店の奥の垂れ幕が掛かった場所を指差した。

 試着室らしい。

 俺は言われるがままその場所に入り、奴隷服を脱いで彼女から渡された服に着替えた。


「……」

 備え付けの鏡に映し出された俺の姿。

 上は、補強のためか肩から肘にかけて茶色い皮が張られた白い長袖のシャツ。

 下は、濃い茶色のレザーパンツだ。

 どちらも所々に綺麗な模様が刺繍されており、手が込んでいる。


 ……悪くない。

 俺は服に関してはかなり疎いが、これはなかなか自分でも似合っているんじゃないかと思った。

 垂れ幕を上げて出ていくと、待ち構えていたエステルも気に入ったらしく、

「うん、ちょっとはマシになった」

 と、満足そうに頷いている。


 結局、俺はその服を買ってもらった。

「この先、ずっと裸足じゃつらいでしょ」

 ということで、エステルは革の靴も買ってくれた。

 思えばこの世界に来て、いきなり身ぐるみをはがされた後はずっと裸足だった。

 田舎育ちで、田植えの頃などは、よく裸足であぜ道を駆けずり回って遊んでいたからそんなに辛くはなかったが、やはり靴を履けるのはありがたい。


「奴隷に服を買ってあげる主人なんて、そうそういないんだから感謝しなさいよ」

「はい。ありがとうございます」

 本当にうれしい。

 これであのみすぼらしい奴隷服ともおさらばだ。


「……」

 そんな大喜びの俺を、エステルはしばらく微笑ましげに眺めていたが、急に目がキラキラしだして、

「……私も新しい服買っちゃおうかなぁ」

 と、今度は女物の服を物色し始める。


「……あ、これかわいいかも。うーん、でもやっぱりあれの方がいいかなぁ……」

 簡単に魔物を倒す天才ウィザードでも、やはり女の子だ。

 楽しそうに服を選んでいる。


 エステルは悩みに悩んだ末に一着を選び出し、試着室の中に消えた。

 俺はその辺の服を適当に見ながら彼女が出てくるのを待っていた。


「……ど、どお?」


 しばらくして、少し恥ずかしそうにエステルが試着室から姿を現す。


 ……!?


 彼女が選んだのは、淡い水色のワンピースだった。

 肩ひもが付いているタイプで肩が露出しており、ウエストは白いひもでキュッと絞められている。

 スカートは膝丈で何とも涼やかな感じ。

 アクセントとして、胸元に白い糸で細かな刺繍が施されていた。


「…………」

 彼女の可憐な姿に、俺は思わず見とれてしまう。

 今まで地味なローブ姿しか見たことがなかったから、それとのギャップが衝撃的だったのだ。

 さらに、その服が体にぴったりしているせいで判明した彼女の体のライン。

 細すぎず太すぎず、いわゆるムッチリ系だ。

 いい女に縁のなかった俺には少しばかり眩しすぎた。


「ねえ、どうなの?」

「…………え?」

 エステルに返答を催促されてやっと我に返る。

「……よ、よくお似合いです」

 俺は、ドキドキしている胸を抑えて何とか答えたが、

「そうじゃなくて、男性としての感想を聞きたいんだけど」

 と、彼女はえらく不満気だ。

 どうやら奴隷としての形式的な感想を言ったと思われてしまったらしい。

 俺は慌てて付け加えた。

「も、もちろん、そのつもりで言いました」

「……そう」

 彼女は短く答えたが、まんざらでもなさそうだった。


 エステルはその後も二、三着ほど試着した。

 みんなかわいかった。

 俺と彼女が逆の立場だったら全部買ってあげただろう。

 が、残念ながら今の俺は無一文だ。

「やっぱりこれにしよう」

 エステルは最初に選んだ水色のワンピースをもう一度試着してから決断した。


 彼女が支払いを済ませた後、俺は自分の奴隷服と彼女のローブを畳んで持ち、二人とも買った服のまま店を出た。

 外はいつの間にか夕焼けで真っ赤に染まっている。

 気付かなかったが、意外と時間が経っていたようだ。


 エステルと俺は新しい服の感想を言い合いながら並んで宿屋に帰った。

 他人から見れば恋人同士、とまではいかないまでも、少なくとも主人と奴隷の関係には見えなかっただろう。


 宿屋に入ると、食堂からいい匂いが漂ってきた。

 ちらほらと夕食を楽しんでいる客の姿も見える。

「少し早いけど、食事にしましょうか」

「あ、はい」

「じゃあ、服を部屋に置いてきて」

 そう言うと、エステルは部屋の鍵を俺に手渡した。


 俺は急いで階段を上って部屋に戻り、服をとりあえず自分のベッドの上に置いた。

 が、そこである疑問が頭に浮かぶ。

 ……俺の食事はどうなるんだろうか?

 アルテミシアの宿屋では、奴隷部屋で残り物らしきシチューを食べたのだが、今日は奴隷部屋に行っていない。

 ……食べる時だけは奴隷部屋に行かなくちゃいけないのかな?

 俺は悩みつつ一階に向かった。


 食堂に着くと、エステルはすでに窓際のテーブルに座っていた。

「服を置いてきました」

 報告しながらテーブルに近付くと、

「そこ座って」

 と、当たり前のように向かいの席を指差す彼女。

「えっ、いいんですか?」

「旅の間は特別よ」

「あ、ありがとうございます!」

 俺は彼女に頭を下げてから席に着いた。

 ……これで奴隷部屋にはもう完全に行かなくても済みそうだ。


「ここは鶏肉の煮込みがおいしいんだけど、それでいい?」

「……は、はい」

 奴隷の俺が決めてもいいのだろうか一瞬迷ったが、聞かれたんだから答えた方がいいだろう。

 エステルは頷くと、指をパチンと鳴らして店員を呼んだ。

「鶏肉の煮込みをお願い、あと葡萄酒をグラスで二つ」


 ほどなくして、店員が料理を運んできた。

 テーブルの上に並んだのは鶏肉の煮込みと葡萄酒、それに加え、ふっくらしたパンの入った籠と瑞々しい野菜のサラダ。


 ……ああ、なんて素晴らしい光景なんだ。


 俺は昔からそれほど食事については頓着しなかった。

 一人暮らしをしていた時も、家ではインスタントやレトルトが定番メニューだった。

 でもこの世界で奴隷になり、ちゃんとした食事ができる事の素晴らしさを初めて知った。


 ……そうだ、まずエステルが食べてからだ。

 美味しそうな料理に目がくらんで忘れかけていたが、奴隷が食べるのは主人の後なのだ。

 俺はやっとの思いで料理から目を反らすと、手を膝の上に置いて「待て」のポーズを取った。

「さあ、食べましょう」

「………………えっ?」

 あまりにも自然な言い方だったため、思わず聞き逃しそうになった。

「俺も一緒に食べていいんですか?」

「旅の間は特別よ」

 ……そのフレーズ好き。

 彼女は自分の取り皿に鶏肉の煮込みをよそると、俺の分までよそってくれた。

「ありがとうございます」

「さあ、乾杯しましょう」

 そう言って、葡萄酒のグラスを高々と掲げる彼女。

 俺は慌ててグラスを持ち、何となく申し訳なさそうに掲げた。

「乾杯!」

 そしてディナーが始まった。


 食べる物全てがおいしかった。

 しかも俺の前には、水色のワンピースを着たかわいい女性が楽しそうに食事をしている。

 こんな素晴らしいシチュエーションは向こうの世界でもなかった。


「ところでタケル、歳は幾つなの?」

「二十一です」

「なんだ、年下かと思った」

「エステル様は?」

「十八よ」

 十八か、もう少し下に見えたけど。

「向こうの世界では結婚してたの?」

「いえ、してません」

「彼女とかは?」

「いません」

「そう、じゃあこっちの世界でずっと奴隷をしていても問題ないじゃない」

「ずっと奴隷なんて嫌ですよ。今回の仕事がうまくいったら解放してくれるって言ったじゃないですか」

「そんなこと言ったっけ?」

「そ、そんなぁ」

 俺が真顔で抗議すると、

「あはは、大丈夫、ちゃんと覚えてるから。でもまだ先は長いわよ」

「解放してくれるなら、どこまでもお供させていただきます」

「うむ、よろしい」

 エステルはわざとらしく尊大に頷くと、また楽しそうに笑い出した。

 お酒が入ったせいか妙に機嫌がいい。

 そういえば、彼女の素直な笑顔を見たのは初めてじゃないだろうか。

 彼女の笑顔を見ていると、こっちまで自然に笑顔になってしまう。

 ……楽しい。

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