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044_仕事の終わり

 ダリスに到着したバウ達は、住民達の熱狂的な歓声で迎えられた。

 魔人討伐成功の報を受けて、ヴァイロン王国が今回の件の全てを国内外に広く公表したためだ。


 バウ達は駅前に停められていた豪華な馬車――エステルによればキャリッジという馬車らしい――に半強制的に乗せられ、レンガ造りの近代的な建物が建ち並ぶ町の中をパレードしながら進むことになった。


 パッパパパパー!! パッパパパパー!!


 歓喜のラッパが賑やかに吹き鳴らされ、紙吹雪が舞い、大歓声を上げる住民達。

 それに対し、バウ達は明らかに気後れしていた。何の準備もなく、いきなりパレードが始まって面食らっているようだ。

「は、恥ずかしいですぅ……」

 リリアなどは顔を真っ赤にして照れ臭そうに座っている。

 魔人を倒した時のドーラの住民達の騒ぎ様も凄かったが、これほどじゃあなかった。政治と経済の中心である王都だけに人口がやたら多いのだろう。


 キャリッジはそのまま町の中心に向かってゆっくり進み、ほどなくしてヴァイロン王が住まう王城に隣接する宮殿のような建物の前で停車した。

 どうやらここが俺達の宿泊所になるらしい。

 ヴァイロン王に謁見するような要人が利用する高級ホテルだ。



 ただ、ホテルに着いた後もバウ達に休む暇はなかった。

 すでに王城から使いの者がホテルのロビーに待機しており、「至急身なりを整え、登城するように」と急がせたからだ。勲章の授与式、及び、祝勝の晩餐会がすぐに催されるらしい。

「少しくらい休ませてくれてもいいのに」

 あまりの慌しさに、いつも温厚なグロリアも少し怒り気味だ。

 聞くところによると、ヴァイロン王は夜がとても弱いため、夜が更ける前に一連の行事を終わらせてしまいたいらしい。

 ……もしかして病弱なのだろうか?

 俺は、三千年前に魔界の門を封印した英雄ヴァイロンの子孫である現ヴァイロン王が、今回の一大事に際して何もしなかったことに少し憤りを感じていた。でも病気か何かで出陣できなかったのであれば、まあ、仕方がない。


 身なりを整えろと言われても、ワイルドローズを含め、討伐の仕事を求めて世界中を旅しているバウ達が、礼服なんて立派な物を持ち合わせているはずはない。

 が、ホテル側もそれは予想していたらしく、すでに貸し出す準備を整えていた。

 フロント横の中広間には様々なスーツやドレスが並べられ、着付けを補助する人や、メイクを施す人達まで控えている。準備万端だ。

 でも、バウ達のほとんどはいつもラフな格好をしているから、見るからに嫌そうな顔をしている。

「着替えるの面倒くさいわね」

「私もローブの方が楽でいいわ」

 グロリアとエステルもブツブツ文句を言いながら、仕方なさそうに中広間に入って行った。

 ちなみに、俺は着替える必要がない。奴隷は王城に入れないからだ。



 しばらくして、着替えを済ませたバウ達が続々と中広間から出てきた。

 みんな小奇麗になって、何となくは紳士淑女に見える。


「おお!」


 そんな中、静かなホテルのロビーに小さなどよめきが起こった。

 中広間から目を見張るような四人の貴婦人(ワイルドローズ)が現われたからだ。


「……」


 俺は、彼女達の変わりように思わず息をのむ。

 華やかなドレスを身につけ、薄化粧を施した姿が何とも美しい。

 いつものワイルドさなど微塵も感じられない。素が良いだけに、本当にどこかのお姫様のようだ。

「エステル様はウエストが締まった青いベルラインドレス、グロリア様はスリットがセクシーな白いロングドレス、チャロ様は髪の色に合わせたオレンジ色のショートドレス、リリア様は白い花型の飾りを散りばめた黄色いマーメイドドレスですね。皆さんとてもお似合いです」

「な、なるほど」

 ドレスに関しての知識なんてまったくない俺に、トライデントのエディが横で詳しく説明してくれた。

 彼は奴隷になる前、裁縫職人の見習いだったらしい。


「タケル様、どうですか?」

「と、と、とても良くお似合いです。リリア様」

「私はどうニャ?」

「チャ、チャロ様もお綺麗ですよ」

 リリアとチャロが俺の所に駆け寄って来てしきりにドレスを見せてくれるのだが、俺は彼女達のあまりの美しさに照れ臭くなってしまってじっくり見ることができなかった。

 さっきあんなに嫌がっていたエステルやグロリアも、まんざらでもなさそうに自分の姿を鏡に映してニヤニヤしている。やっぱりみんな女の子だ。


「おお、みんな見違えたな」

 するとその時、背後からいきなり低音のご太い声が。

 びっくりして振り向くと、そこには黒い礼服でビシッときめたベルナールが立っており、着飾ったワイルドローズのメンバーを微笑ましげに眺めていた。

 ……すげぇ。

 俺が驚いたのは、彼の着ている燕尾服だ。

 二メートルを軽く超える背丈に、異常に盛り上がった筋肉を持つ彼の体が無理なく納まっている。

「よくそんなサイズの服がありましたね」

「うん? ああ、このホテル御用達の服屋が昨日徹夜で作ってくれたんだとさ」

「なるほど」

 格好良い。これはこれで世界一のタンクに相応しい出で立ちだ。

 ただ、彼の場合、燕尾服というよりは怪鳥服といった方が適当のような気もするが……。


「ご支度の整った方から、表の馬車にお乗りください」

 出発の時間になり、紳士淑女に変身したバウ達が玄関の方へと移動を開始する。

「皆さん、行ってらっしゃいませ」

 俺は楽しそうに馬車に向かうワイルドローズの面々を手を振りながら見送った。

 悲しいことに、奴隷はこのホテルでお留守番なのだ。

 王城での晩餐会で美味しい料理をみんなと一緒に食べられないのはちょっと残念だが、ベルナールの計らいで、奴隷達にはこのホテルで特別に豪華な夕食が振舞われるらしいから、まあ、贅沢は言うまい。


******


******


 王城に行ったバウ達は、意外と早くホテルに帰ってきた。


「お帰りなさいませ」

 俺を含め、奴隷達が玄関で出迎えると、バウ達は酷く疲れた様子でダラダラと馬車から降りてきた。

 慣れない場所に行ったせいで気を使ったのだろう。


「あー、疲れた」

 エステルもホテルに入って早々、ロビーのソファーに座り込んでしまった。

 その横でグロリアも、

「魔物を相手にしていた方がよっぽど楽ね」

 と、いかにもバウらしい感想を言いながらぐったりしている。

 そんな彼女達の左胸には、異様にでかい金のメダルがぶら下がっていた。

 ヴァイロン王国で最高の勲章、ヴァイロン勲章だ。


「ヴァイロン王はどんな方でした?」

 俺が尋ねると、彼女達は疲れた顔を引きつらせて苦笑する。

「それがね……」

 エステルの話によると、現ヴァイロン王は先代が早世したためわずか三歳。

 完全にお子ちゃまなのだ。

 今回の晩餐会でも大声で泣きじゃくった挙句、途中でおねむ(・・・)してしまったため、早めにお開きになったらしい。

 ……なるほど、そういうことか。

 それじゃあドーラで魔人討伐の陣頭指揮など執れるはずもない。

「まあ、あんな堅苦しいところ早く抜け出したかったから私達は助かったんだけどね」


 結局その後、ワイルドローズの面々はすぐにドレスを脱いで元の姿に戻ってしまったのだった。

 もう少し見ていたかったのに、残念……。


******


 翌朝、ホテルの大広間において、今回の魔人討伐に対する懸賞金の授与式が行なわれた。

 懸賞金を受け取る、バウにとって待ちに待った瞬間だ。


 王宮府から委託を受けたヴァイロン王立銀行の行員達から、バウ一人ひとりが倒した魔人数に応じた懸賞金を受け取っていく。すごい札束の量だ。

 この世界の紙幣は魔法によって偽造することができないため、額面が大きな紙幣も流通しているが、それでも、みんな持ち切れないほどの札束を受け取って嬉しい悲鳴を上げている。


 三体の魔人を倒したワイルドローズは一生、いや、二生は遊んで暮らせる懸賞金を受け取ったようだ。

「こ、こんなに貰ってもいいんでしょうか……」

 バウの経験が比較的浅いリリアなどは、あまりの懸賞金の額にブルブル震えていた。

 ちなみにヴァイロン王国は、今回の魔人戦で命を落としたバウも英雄として扱い、バウギルドを通じて彼らの遺族に勲章と、相応の見舞金を送ることを決めている。


 その後、受け取った持ち切れないほどの懸賞金は、その場でヴァイロン王立銀行に預けるということになったようだ。この銀行は、世界でトップクラスの信用を有し、各国に支店、または提携している銀行があるため、この国以外でも問題なく下ろせるらしい。


 懸賞金の受け渡しが滞りなく終わり、王立銀行の行員達はほっとした様子で部屋から退出した。

「へへ、俺はこの金で前から欲しかった名刀バドエルソードを買うつもりだ」

「私は故郷に豪邸を建てるわ」

 バウ達は大金を手にしてあれこれと嬉しそうに使い道を言い合っている。


 そんな中、

「ううん」

 大きな咳払いが聞こえ、ベルナールが少し真面目な顔でみんなの前に立った。


「みんなの頑張りで、俺達は高額の懸賞金を手にすることができた。バウにとってこれ以上の喜びはない。本当によくやってくれた」

 そう言って彼は軽く一礼した後、今度は名残惜しそうな顔になり、連合のリーダーとして言わなければならない締めの言葉を語り出した。


「これにてこの連合は解散する。が、俺達は生死を共にし、固い絆で結ばれた戦友だ。もし、再び連合を組む機会があったなら、その時はまたよろしく頼む」


 パチ、……パチ、パチパチパチパチ!!


 すると、彼の話を静かに聞いていたバウ達から自然と拍手が起こり、歓声が沸き、ついで、健闘を称え合う握手や別れを惜しむハグが会場のあちこちで交わされ始めた。感動して泣いている者もいる。


 ……終わった。


 彼らの様子を見て、俺は今回の仕事が完全に終了したことを実感した。

 魔人という世界を滅亡させかねない相手との戦いは本当に辛く厳しいものだったが、でも、とうとう終わったのだ。


******


******


「タケル、ちょっといい?」


 懸賞金の授与式が終わった後、俺はエステルに呼び止められ、彼女に連れられてホテルのテラスに移動した。


 テラスは中庭に面しており、白いオシャレなテーブルが幾つか並んでいた。柔らかな日差しが降り注ぎ、周りは緑に覆われ、とても居心地の良い空間だ。


 俺達は中庭のすぐ脇に置かれたテーブルの一つに腰を下ろした。

 目の前には、コスモスの花がちらほらと咲き始めている。

 この世界ではマリレナと呼ばれ、やはり秋の訪れを告げる花として知られているらしい。

 あまり実感はないが、でも、秋はもうすぐそこまで来ているのだ。


「……」

 エステルはその花を見て一瞬寂しげな表情をしたが、すぐに俺の方に向き直り、単刀直入に告げる。


「あなたを、奴隷から解放してあげるわ」


「え?」

 いきなりの事で、俺は呆気にとられた。


「約束だものね。今回の仕事がうまくいったら奴隷から解放するって。まだ他のみんなには確認してないけど、承知はしているはずだから誰も文句は言わないでしょう」


「あ、あ……」

 思わず声が震えた。

 ……とうとう奴隷から解放される!

 アルテミシアでエステルに出会った直後に交わした約束が、ついに果される時がきたのだ。

 まあ、約束した当時と比べたら、奴隷から解放されたいという願望はだいぶ薄れてしまったが、でもやっぱり嬉しい。

 ワイルドローズの中にいればわかり辛いが、一度(ひとたび)外に出ると、拘束リングを見ただけで俺を毛嫌いする人がほとんどなのだ。


「あ、ありがとうございます!」

 俺は彼女に向かって深々と頭を下げた。


「うん」

 そんな俺を見て、彼女も嬉しそうに頷く。

 が、急に真面目な顔に変わり、

「……それで、みんなに言う前に一つ聞いておきたかったんだけど、奴隷から解放された後、あなたはどうするつもりなの? やっぱり元の世界に戻る? 戻るなら私がリシェールの森まで連れて行ってあげるけど。……次元の扉も見てみたいし」

 と、他人事のように俺の重大事を口にした。


「……」

 俺はすぐに反応できなかった。

 もちろん、元の世界に戻るつもりではいるし、リシェールの森まで俺一人では行かれないだろうから、連れて行ってもらえるのであれば非常に助かる。

 でも、

 ……少しくらい引き止めてくれてもいいじゃないか。

 俺達は一言で片付いてしまうような、そんな薄っぺらい関係だったのか。三ヶ月近くも一緒にいたのに……。

 「次元の扉を見てみたい」彼女はそう付け足した。彼女にとって興味があるのは次元の扉であって、俺が元の世界に戻る事などついででしかないのかもしれない。


 ただ、元の世界に戻るにしてもクリアしなければならないことがある。

 そう、あの条件だ。


「……でも、確か俺が通った『普段は閉じている次元の扉』は、条件が揃わないと開かないんですよね?」


「『選ばれし時、選ばれし物を持つ、選ばれし者』のこと?」


「はい。それがわからないのにリシェールの森に行ったところで――」

 俺がそう言いかけると、

「心配しなくていいわ。それなら大体見当がついているから」

 エステルが自信満々に切り返した。


「本当ですか!?」


「ええ、抽象的ではあったけど、あの古文書に詳しいことが書かれていたから」


「教えてもらっても、いいですか?」


 すると、エステルは何故か少し難しい顔をする。

「うーん、いいけど、もしかしたらあなたにはちょっとショックな内容かもしれないわよ。それでも知りたい?」


「えっ?」

 ……ショックな内容?

 どういうことだろう? 俺にとって悪い事なんだろうか。例えば選ばれし者は、一年以内に死ぬ者とか……。

 いやでも、それなら尚更知っておきたい。


「お願いします」

 俺は覚悟を決めてエステルに頼んだ。


「わかった。じゃあ教えてあげる」

 彼女は頷き、「普段は閉じている次元の扉」を開ける条件について語り出した。


「古文書には『選ばれし時』、『選ばれし物』、『選ばれし者』のことを『希望尽きたる夜空の記憶』、『色褪せぬ石の記憶』、『犬が辿りし血の記憶』と説明されているわ」


「は、はぁ……」

 ……何のこっちゃ。

 さっぱりわからない。


 そんなチンプンカンプンな顔をしている俺を見て、彼女が詳しい解説を始める。

「まず、『希望尽きたる夜空の記憶』だけど、これは希望を光に置き換えて考えるとわかりやすいわ」


「光?」


「そう、希望はよく光に例えられるでしょ。だからこの文章は『光尽きたる夜空の記憶』ということになる。光が尽きた夜、無くなった夜、闇夜、それはつまりどんな時かしら?」


「……新月の夜、ってことですか?」

 俺が恐る恐る答えると、彼女は大きく頷いた。

「その通り。さらにこの文章にある『尽き』も『月』に掛けてあるっぽいから、ほぼ間違いないわね」

「なるほど」


 すると、エステルが興味津々な目で俺に尋ねてくる。

「あなたのいた世界にも月か、それに類似した星があるんじゃない?」

「あ、あります! ほぼこの世界と同じような月が!」

 俺の世界のことなど全く知らないはずの彼女が月の存在を言い当て、俺は思わず興奮した。

「やっぱり。それで、あなたがこの世界に来た夜は新月だった?」

「え? えーと……」

 彼女に聞かれ、俺は考え込んでしまう。正直、月の満ち欠けに興味などないから、あの夜が新月だったかどうかなんてまったくわからない。


「……」

 ただ、闇夜と聞いて思い当たることがあった。あの森に入る前、駅を出た直後に気付いたことだ。

「……新月かどうかはわかりませんが、森に迷い込む前、夜空に満天の星が瞬いているのを見ました。だから逆に、月は出ていなかったと思います」


 それを聞いたエステルは満足げに頷き、

「じゃあ『選ばれし時』は『新月の夜』で決まりね」

 と、条件の一つを確定させた。


「よし、次は『色褪せぬ石の記憶』ね」

 エステルは勢いに乗って二つ目の条件についても説明を始める。


「これは一番簡単だったわ。この石というのは恐らく鉱石のことね。つまり、色の褪せない鉱石、腐食しない鉱石、といったら大体察しがつくでしょう?」


「…………(きん)、のことですか?」


 俺が答えると、エステルはニヤッと余裕の笑みを浮かべた。

「正解、これは問題ないわね」

「……」

 しかし、彼女の自信とは反対に、俺は首を傾げてしまう。まったく腑に落ちなかったからだ。


「……えと、でもあの時、俺は金なんか持ってなかったです」

「そう…………ええっ!? 持ってなかった!?」

 まさか否定されるとは思っていなかったのか、エステルはびっくりして目を大きく見開いた。

「はい。金は俺の世界でも貴重で高価なものなので、金持ちか、まあ見栄っ張りくらいしか普段は持ち歩きません」

「お、お(かね)とかは?」

「お金は持ってましたけど、俺がいた国で流通しているお金には、確か金は含まれていないはずです」

「そんな……」

 自分の推測が外れて動揺する彼女。

「……で、でもたまたま持っていたんじゃない? 誰かから預かったとか……、よく思い出してみて」


「はあ……」

 俺は無駄だと思いつつも、彼女の必死さに負けて一応あの時持っていた物を一つひとつ頭の中で確認してみることにした。


 俺があの時手に持っていた荷物はショルダーバッグだけだ。

 その中には着替えと洗面用具、それから確か東京駅の売店で暇つぶし用に買った雑誌が一冊……。それ以外の持ち物としては、ズボンのポケットに入れていた財布と携帯電話くらいで、大した物は持っていなかった。

 身に付けていた物としては服や靴があるけど、どれも量販店で買った安物だから金があしらわれてるなんて絶対にないだろう。


 ……やっぱり金なんか持ってなかった。

 わかっていたとはいえ、改めて悲しい結論にたどり着いてしまった俺は、申し訳なく思いつつ彼女の報告した。

「やっぱり、金は持ってな――!!?」

 が、その時、まだ頭の中に羅列されていた持ち物リストの中に、おぼろげながら金にまつわる情報が絡んでいるアイテムの存在に気付く。携帯電話だ!

 ……確か、携帯電話の電子部品には金が使われているって聞いたことがある。

 そうだ、テレビの情報番組か何かでやっていたんだ。使われなくなった大量の携帯電話から金を取り出すところを。都市鉱山とか言って紹介されていた。

 とすれば、俺が持っていた携帯電話にも当然!?


「持っていたかもしれません、金を!! ごく微量だとは思いますが」


 それを聞いたエステルが、安心したように肩の力を抜く。

「よかったぁ。もし金じゃないとするともう一回考え直さなくちゃいけないと思ってヒヤヒヤしちゃったわ」


「すみません。俺がそのとき持っていた小さな装置の中に、ごく微量ですが金が含まれているという話をいま思い出しました」


 すると、エステルは余裕の笑みを復活させ、

「よし! 『選ばれし物』は『(きん)』で決まり」

 と、二つ目の条件を確定させる。


「それじゃあ最後に『犬が辿りし血の記憶』について説明するわね。これについては意味自体それほど難しくなかったんだけど、でも、一番私を困惑させた内容でもある」

 エステルはそんな意味深なことを言いながら三つ目の条件についての説明を始めた。


「まず『犬』だけど、これは『男』の意味ね。この世界の古い書物なんかではよく男は犬、女は猫に例えられることが多いから。だから、この犬というのは男に置き換えて問題ない」


「はい」


「で、血は、血縁を指していると思われるわ」


 ……血縁。

 確か死んだジュストも東の砦に向かう馬車の中でそんなことを言っていた。それで、昔この世界に来た異世界人の男性が俺と血縁なんじゃないかって。

 あの時は魔人戦を控えて深く考えることができなかったが、彼の推測もなかなかいい線いっていたようだ。


「つまり、『犬が辿りし血の記憶』っていうのは、次元の扉を作った者の男系の血縁ってことになるわね」


「男系の血縁?」


「そう、始祖との血の繋がりが全て男の家系ってことよ」


 そういえば、高校の生物の授業で先生がそんなことを言っていた覚えがある。

 確か男系だと、男性しか持っていないY染色体が引き継がれていくからどうたらこうたらと、うーん、半分寝ながら聞いてたからよくは覚えてはいないが……。

 

 ……んんっ!?


 そこまで考えて、俺はエステルの言った言葉の中にかなりおかしな点が含まれている事に気付いた。


「でも、それだと俺は次元の扉を作った人と血縁てことになってしまいますよね?」


「そうよ」

 エステルは平然と答える。反対に俺の混乱は一気に増幅した。


「で、でも、次元の扉を作ったのはこの世界の人なんじゃないんですか?」


「ええ。私が思うに、あなたが通った次元の扉を作ったのは、その森に住んでいたといわれる魔法使いリシェールよ」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! じゃあ俺の先祖はリシェールとでもいうんですか?」


「そういうことになるわね」


「なわけないでしょ! 俺の実家は先祖代々石江地区という田舎の集落で農業を営んできたんです。もちろん向こうの世界でです。俺の先祖がこの世界の魔法使いだなんてあり得ません!」

俺は興奮して大声を出してしまったが、しかし、彼女は至って冷静だった。

「先祖代々って、具体的にどれくらい?」

「え? えーと、確か石江地区が拓かれたのが鎌倉時代末期くらいだとじいちゃんから聞いたことがあるから……、七百年くらい前だと思いますよ」

 俺は、彼女の説明を否定するつもりで自分の家の歴史の古さを語ったが、

「やっぱりね!」

 と、何故か彼女は確信したような目付きで何回か頷いた。


「リシェールっていうのはちょうどその頃に活躍したウィザードよ」

「へ?」

「初代ミロン王に仕えし五賢人の一人ピエル・シモン・リシェール。ミロン王国の歴史については私もうろ覚えだけど、それくらいは知っているわ。ミロン王朝樹立の立役者よ」

「……」

 俺は彼女が何を言っているのかすぐに理解できず呆気にとられていたが、彼女は構わず説明を続ける。

「でもその後、初代ミロン王は、暗殺したり処刑したりして賢人達を全て殺してしまったのよ。たぶん優秀すぎる賢人達が将来反逆することを恐れたのね」

「……」

「もちろん、リシェールも殺されたことになっているわ。私が読んだ歴史書ではね。……でも、実際は違っていたのよ」

「……」

「彼は優秀なウィザードだったから、殺される前に次元の扉を作り、あなたの世界に逃げ込んだんだわ。そしてそこに住み着き、子孫を残した……」


「……い、いや、そんなはずは……」


「そんなに驚くことじゃないでしょう? あなただって今、元々リシェールがいたこの世界にいるんだから」


「うーん、でも……」

 納得できない。自分が少し前までその存在すら知らなかった異世界の、それもウィザードの子孫だなんて。

 でも、反論もできない。時代的な背景や無理のない推測、エステルの話には強い説得力があった。


 そんな煮え切らない俺に対し、エステルはトドメとばかりにあることを話し始める。

「もう一つ、『リシェールがあなたの世界に住み着いた』という考えに至った理由があるわ」


「理由?」


「あなたの実家がある集落、イシエ、と言ったわよね。その名前、リシェールと呼び方が似てると思わない?」


「呼び方が似てる?」

 ……いや、まったく似てないでしょ。

 そう思ったが、彼女は真剣だった。

「リシェールって何回か繰り返し言ってみて。ゆっくりと、最初のリは母音を強めに、最後のルは発音しないようにして」


「は、はい。リシェー、リィシェー、リイシェー、リイシエー、イイシエ!?」


 ……に、似てる!!

 多少無理はあるけど、リシェールなんてもともと日本には無い名前だから、地元の住民がうまく発音できなかったのかもしれない。

 昔の人がポルトガル伝来のコンフェイトのことを金平糖と言い間違えたのと同じことか。

 俺の名字はイシエじゃないけど、リシェールが石江地区の名の由来だとすれば、彼と俺の血が繋がっているとしても全くあり得ないことじゃない。

 つまり俺は……。


「ね、あなたはリシェールの末裔なのよ」

 呆然としている俺に、追い討ちをかけるようにエステルが断言した。


 ここで、エステルは一度席を立ち、どう頭を整理していいかわからず戸惑っている俺を落ち着かせようとしたのか、テラスの隅に準備されていたスティーナを持って来てくれた。

 そんな彼女に俺はお礼も言わず、まだ火傷しそうなほど熱いスティーナを強引に喉に流し込んだ。


「ふう……」


「やっぱりショックだった?」

 エステルが俺の動揺ぶりを見て苦笑する。

「はい、まさか俺の先祖がこの世界のウィザードだったなんて」

 にわかには信じがたい。でも、あり得ないことではない。……が、やっぱり信じられない。


「あなたは偶然に偶然が重なった結果、この世界に迷い込んでしまったのね。でも、これであなたが元に世界に戻る目処はたったわ。『新月の夜』、『(きん)』を持って『あなた』がリシェールの森に立てば、恐らく閉じられた次元の扉が開くはずよ」


 そこまで言うと、彼女は軽く姿勢を正し、真剣な眼差しを俺に向ける。


「で、もう一度聞くけど、あなたはやっぱり元の世界に戻る?」


「……えーと」

 俺は先祖のことを知ってまだ動揺していたが、わずかに取り戻した冷静さの部分で、とても都合の良い事を考えていた。

「……でも、その条件なら、俺は一ヶ月に一度はこの世界と元の世界を行き来することができるっていうことですよね? それならそれほど難しく考える必要はないじゃないですか。好きな時に来て、好きな時に帰れば」


 けれども、彼女は目を閉じ、静かに首を横に振った。

「残念ながら『普段は閉じている次元の扉』は、他の世界に一時的に避難するために編み出された簡易的なものなの。だから使用できるのは一人一往復らしいわ」

「え?」

「つまり、あなたが元の世界に戻れば、もう二度とこの世界には来られなくなる」


「そ、そんな……」

 彼女の言葉に、俺の頭の中が真っ白になった。

 元の世界に戻れば、二度とワイルドローズのみんなには会うことができなくなってしまう。別次元の世界である以上、昔の友達のように駅前でばったり、なんてことは絶対にあり得ないんだ。


「…………」

 俺は何も答えられず沈黙するしかなかった。

「はぁ」

 そんな俺を見て、エステルは軽くため息をついた後、

「午後にワイルドローズの会合を開くから、それまでに結論を出しておいて」

 とだけ言い残し、静かに席を立った。


 俺は、しばらくその場から動けなかった。

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