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034_遺品

「とうばぁぁぁぁぁつ!!」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 バウ達は剣や槍を掲げ、聖錠石室は割れんばかりの歓声に包まれた。

 俺達はとうとう東の砦に居座っていた魔人の討伐に成功したのだ!


「やりました、タケル様!!」

 近くにいたリリアも興奮して勢いよく俺に抱きついてくる。

「お疲れ様です、リリア様!」

 そんな彼女を、俺は労いつつここぞとばかり右腕でぐっと抱き寄せた。

 ……ムフフ。

 彼女の柔らかい胸が俺の体に密着している。

 私物なのに何故か自由にできない彼女(おれ)の胸が!


「ダーリン、やったニャ!!」

 さらに、チャロも何処からか跳ねるように走ってきて、俺の胸にダイブ。

「チャロ様もお疲れ様です!」

 そんな彼女を、俺は左腕でしっかりと抱きかかえた。

 これぞまさに両手に花だ。

 ……魔人さん、倒されてくれてありがとう!


 すると今度はグロリアが、

「やったわ、タケル!!」

 と、リリアとチャロの後ろから勢いよく俺に抱きついてきた。

 ただ彼女は、……重装備だ。


「ちょ、ちょっと待っ!!」

「キャッ!」

「ニャッ!」

 俺はグロリアの勢いに耐え切れず、リリアとチャロを抱えたまま後ろに倒れ込み、三人の下敷きになってしまった。

 美女・美少女の三人が俺にぎゅっと密着している。

 ……く、苦しい、でも、気持ちいい。

 あぁ、魔界の門なんかより、俺の下半身の封印が解けてしまいそうだ。


「何やってるの、あなた達」

 そんな俺達をエステルが冷たい目で見ていたのは言うまでもない。


「バウの皆さん、討伐大儀!」


 するとその時、前室からブロードと数人の兵士が聖錠石室の中に入ってきた。「大儀」と言いつつもブロードの表情は険しく、わき目も振らずに部屋の中央に向かって走っていく。


 ……どうしたんだろう?

 彼らの真剣な雰囲気に、寝転がっていた俺達も気になってすぐに立ち上がった。


 彼らはどうやら聖錠石室の中央にある黒っぽい石? を目指しているようだ。

 それは高さ1メートルほどの双四角錐の形をした石で、小さな台座の上にあり、ほんのわずかだが宙に浮いている。

 ……もしかして、あれが聖錠石?

 たぶんそうだとは思うが、イメージしていたほど凄くもないし、綺麗でも無い。

 どちらかといえば地味だ。

 視界にも入っていたはずだが、さっきまで強烈に存在をアピールしていた魔人がいたせいで、まったくあの石の存在に気付かなかった。

 あんなちんけな石を魔人は必死に守っていたのだ。


 ……破壊しちゃえばいいのに。

 魔人の力なら造作もない事だろう。

 と、俺はその時思ったのだが、そうはいかないということを後に知った。


 聖錠石はマジックアイテムの一種だが、かなり特殊な代物で、何人たりとも破壊はおろか触れることさえできないほど強い光明の力をまとっている。

 近付きすぎれば、魔人ですら弾き飛ばされてしまうほど強力なものらしい。


 ただ、魔界の門を封印する力「封印力」を有効にしたり無効にしたりすること自体はそれほど難しくないのだそうだ。

 何でも守護神ヘルメスのフルネームを言えれば、誰にでもできるらしい。

 それを聞いて、

「簡単なんですね」

 と、何も知らない俺が感想を述べると、

「そうでもないですよ」

 リリアが苦笑した。

 彼女の話では、ヘルメスのフルネームというのは神の系列や序列、歴史なども含んでいるため、五百字以上にもなるのだという。しかも当然難解な神語。

 発音や音調も難しく、クレリックのようにちゃんと神語を勉強した者でないと正確に唱えることはできないらしい。

「……じゃあ、魔人は神語を話せるんですか?」

「私もよくは知りませんが、魔人は天界に住む天人の成れの果てなのだそうです。だから、神語を話せても不思議ではありません」

 なのだそうだ。


 ブロード達が聖錠石に近付くと、その中の一人が台座の正面に立った。

 クレリックと思しき白いローブ姿の女性兵士だ。

 彼女は聖錠石に右手を掲げると、目を閉じておもむろに呪文のようなものを唱え始める。


「…………」

 その様子をじっと見守るブロードやバウ達。


 それから五分ほど経って、

「…………、ジ・アーク、ギロヴェ、ミュ、ヘルメス」

 その女性兵士が長い呪文をやっと唱え終えた。

 彼女は静かに目を開くと、聖錠石に向かって大声で叫ぶ。


施錠(テ ロナ)!!」


 すると、黒一色だった聖錠石の表面に文字のようなものがぱっと浮かび上がった。

 緑色をした記号のような文字だ。

「……呪文が彫りこまれた特殊なクリスタル」

 それを見て、俺はナディア防衛隊副隊長のウォレスが言っていたことを思い出した。

 恐らくあの文字がその呪文なのだろう。


 その後、聖錠石は徐々に空中に浮き上がり、三メートルほどの高さまで上昇したところで、いきなり七色のまばゆい光を放ち出した。


「おお!!」

 周りで見ていたバウ達がどよめく。


 さらに、聖錠石はゆっくりと回転を開始し、その虹色の光を辺りに撒き散らし始める。白い部屋の中を華やかに彩りながら。

「きれいだニャァ……」

 チャロが見とれながら呟いた。

 彼女だけではない。屈強なバウ達までもがその光に見入っている。

 ……不思議な光だ。

 見ているだけで心が安らぎ、勇気を与えてくれる、そんな力のある光だった。

 これが、三千年に渡ってこの世界を守り続けてきた聖錠石の本当の姿なのだ。


「ふぅ」

 聖錠石が輝き始めたのを見届けると、ブロードは安堵した表情で大きく息を吐いた。

 それから思い出したように後ろに振り返り、

「今、東の聖錠石の封印力が有効になりました。皆さん、お疲れ様でした」

 と、ミーティングの時のような優しい口調でバウ達を労った。


「現在、我が隊は地下鉄道の入口付近にいる魔物の掃討を行なっています。それが完了するまでバウの皆さんはしばらくここで待機していてください。水や軽食は前室に用意してあります。ご自由にどうぞ」

 ブロードはそう告げると、彼自身は作戦の指揮をとるために慌しく部屋から出て行ってしまった。


 バウ達はひとしきり聖錠石を観察した後、パーティーごと思い思いの場所に腰を下ろし、休憩をとった。

 魔人を倒した興奮がまだ収まらないのか、叫んだり、大声で笑い合ったりしている。


 ワイルドローズも聖錠石室の壁際に腰を下ろし、一息ついた。

 俺は宿屋の主人から貰ったレモンの蜂蜜漬を取り出し、彼女達に振舞う。

「これおいしい! 疲れが吹っ飛ぶわ」

 大好評だ。

 宿屋の主人は俺達にすごく期待していたから、魔人を討伐したと聞けば大喜びするに違いない。

 ……今日の夕食はたぶんご馳走だな。

 俺は一人ほくそ笑んでいた。


 するとそこに、

「ワイルドローズの諸君、お疲れさん」

 と、ニコニコしながらベルナールが声をかけてくる。

 彼は連合のリーダーとして全パーティーを労って回っているようだ。

「君達の攻撃はすごくよかった。魔人をこれほど早い時間に倒せたのも、君達のおかげだ」

「ベルナールさん達がちゃんと魔人のヘイトを維持してくれていたおかげよ」

「アタッカーがしっかりしていると、タンクも張り合いがあるからな」

 お互いをたたえ合うベルナールとエステル。


「じゃあ今夜は祝勝会かしら?」

 そんな二人の様子を見て、グロリアが嬉しそうにベルナールに尋ねた。

 確かに、ドーラの町に着いてから何となく不安な気持ちで過ごしてきたから、今夜くらいはぱあっと騒ぎたい気分だ。

 けれども、ベルナールは少し暗い顔をして首を横に振った。

「そうしたいところだが、今回の戦闘で15名のバウがやられてしまった。討伐が成功したといっても、仲間を失ったパーティーは複雑な心境だろう。俺もメインタンクとして申し訳なく思っている」

「……」

 ベルナールの言うとおり、今回の戦闘では15名のバウが犠牲になった。

 47名中15名、結構な割合だ。

 ただ、相手は世界を大混乱に陥れるほどの魔人。

 むしろこれくらいの犠牲で済んでよかったと俺などは思うのだが、彼は納得していないようだ。

「だから、祝勝会は各パーティーでやってほしい」

「……わかったわ」

 グロリアも仕方ないといった表情で頷いた。


「まあでも、とりあえず一体は倒した。あと二体だ。全部倒したら盛大な祝勝会を開こう! だからこれからも頼んだぞ」

 彼が明るさを取り戻してそう言うと、ワイルドローズの面々も明るい表情で力強く頷いた。


******


 ほどなくして、バウ達はドーラに帰還することになった。

 魔人討伐成功により地下鉄道で優々と、である。


 俺達はブロードの部下に案内してもらいながら、まず地下鉄道の乗り口に向かった。

 すでに増援部隊は到着しているらしく、まだ汚れていない鎧を着た兵士達が通路に充満している。

 彼らはこれからブロード隊と共に砦内にいる魔物を全て駆逐し、その後は、この砦の守備に就く予定になっているのだ。


 地下鉄道の乗り口は砦の地下にあり、そこに至る通路は幾つもの隠し扉によって隠蔽されていた。

 例え砦が魔物に占拠されても、地下鉄道には入り込ませないための工夫なのだろう。


 その通路を抜け、さらに長い階段を下りると、暗がりの中に三両の客車と数頭の馬が見えた。

 地下鉄道の乗り口だ。


 この地下鉄道は魔汽車ではなく、馬が引く馬車鉄道になっている。

 魔物の侵入を防ぐ目的で地下鉄道はほぼ完全な密閉状態になっているため、煙が出る魔汽車では都合が悪いのだ。


「これが地下鉄道ですかぁ」

 リリアがレールに視線を沿わせながら興味深げに薄暗いトンネルの中をのぞき込む。

 地下鉄道といっても、日本の地下鉄のようなコンクリートのトンネルではない。

 岩肌がむき出しになったままの坑道だ。

 ……ここを馬車で走るのか。

 崩れてきそうでちょっと怖い。

 しかも、その岩肌は所々が薄っすら光っていて何とも不気味だ。

 魔物が発する青白い光にも似ている。

 そう思っていたら、

「この辺りの岩にも魔石が含まれているそうよ」

 と、エステルがどこからか情報を仕入れてきて教えてくれた。

 ……なるほど、光っているのは魔石ということか。



 バウ全員が客車に乗り込むと、馬車はライトリキッドを点灯させ、ゆっくりと動き出した。

 ……おっ、いい感じ!

 レールの上を走っているせいか、普通の馬車に比べて揺れがかなり少ない。

「ダーリン、快適だニャ」

 俺の膝の上に座り、俺の腕をシートベルト代わりにしているチャロも新感覚の馬車の乗り心地に満足したようだ。


 馬車は青白いトンネルを快調に走り、行きとは大違いの快適さで俺達はドーラの町に帰還することができたのだった。


******


 地下鉄道の終着駅は、ヴァイロン軍ドーラ基地の地下にあった。

 ホームにはたくさんの兵士が整列しており、馬車が到着すると敬礼と拍手で迎えてくれた。


「よくやってくれた」

 馬車の降り口にはドーラ司令官のデイルが立ち、降りてきたバウ一人ひとりと握手をして魔人討伐の労を労っていく。

「よくやってくれた、…………、よくやってくれた」

 ただ、残念ながら奴隷の俺は握手をスルーされてしまったが……。


 その後、地上に出た所でバウ達は一旦集められ、ヴァイロン軍の担当者から、

「今回の懸賞金は、王都ダリスで授与されることになっています」

 ということと、

「今後の討伐予定は後日バウギルドを通じてお知らせいたします」

 という連絡を受ける。


 それを聞いたグロリアとエステルが、

「王都ダリスで授与するって言われたって、ドーラの町から出られないんだから貰いようがないじゃない」

「つまり、全ての魔人を倒さなければ、懸賞金は出さないってことね。金持ち国家のくせにけち臭い」

 と、不服そうに小声で愚痴を言い合っていた。

 まあ、懸賞金はバウにとって元気の源。彼女達が愚痴るのも無理はないだろう。

 他のバウ達もブーブー言っている。


 最後にベルナールがバウ達の前に立ち、

「みんな、今日は本当によくやってくれた。俺からも礼を言う。ただ、魔人はあと二体残っている。こいつらを倒さない限り本当の勝利はない。次の魔人戦まで休養しつつ鋭気を養い、またがんばってほしい」

 と挨拶し、解散となった。


「さあ、早く帰っておいしいものでも食べましょう」

 仕事が終わり、エステルはほっとした表情でみんなに声をかける。


 辺りはすでに薄暗くなり始めている。夕食にはちょうどいい時間だ。

 俺は軽くなったショルダーバッグを抱え直し、チャロと手をつないで歩き始めた。

 ……早く帰ってご馳走食うぞ。


 が、その時、


 ワァァァァァ!!


 物凄い歓声が聞こえてくる。

「何だ!?」

 驚いて歓声のした方を見ると、ヴァイロン軍基地の正門の外側にたくさんの人が詰めかけていた。

 みんな嬉しそうにこっちの方を見つめている。

 彼らは、魔人討伐を成し遂げた英雄(バウ)達が出てくるのを今や遅しと待っていたのだ。

「この町にもあんなにたくさん人がいたのね」

 昨日までのゴーストタウンが嘘のような人の多さに、グロリアが思わず苦笑する。

「歓迎してくれるのはありがたいけど、通り抜けるのが大変そうね」

 エステルは困ったような表情でため息をついた。


 結局、俺達はその群衆に揉みくちゃにされながら何とかそこを通り抜けたのだった。


******


「魔人を討伐してくれてありがとう。今夜は俺のおごりだ。ぱあっとやってくれ!」

 宿屋に帰ると、俺の予想通り主人が豪華な料理をテーブルに並べて待っていた。

 ……すげぇ。

 豚の丸焼きやトロピカルなフルーツの盛り合わせなど、まるで一昔前のマンガに出てくるようなベタな「豪華料理」だ。

 あまりの豪華さにワイルドローズの面々も目が点になっている。


「さあさあ、早く席に座って」

 主人に促され、俺達はテーブルに座り、すぐに乾杯することになった。


 ただ、やはりみんな疲れていたのだろう、最初こそ大いに盛り上がったものの、すぐにうとうとし出したので、主人には悪かったが早めに切り上げさせてもらうことにした。

 がんばった彼女達、今はゆっくり休ませてあげたい。


******


******


 翌朝、というか正午近く、俺達は遅い朝食をとった後、そのまま食堂でスティーナを飲みながらまったりと過ごしていた。

 そこへ、


「……おはよう」


 突然ガエルがやってくる。

 いつもは元気良く挨拶する彼なのだが、今日は少し雰囲気が違っていた。

 声は小さく、暗い顔をしている。


「どうしたの?」

 不審に思ったグロリアが尋ねると、彼は下を向いたまま、呟くように言った。


「……ジュストが、……死んだ」


「ええっ!?」

 ガエルの思いがけない台詞に、俺は驚いて立ち上がってしまう。


「昨日の魔人戦で、氷の矢を食らって……」


 彼の話では、ジュストは昨日、トライデントの間接アタッカーとして右翼の中ほどで魔人への攻撃を行っていたらしいのだが、終盤に魔人が放った範囲攻撃魔法「水精の矢雨」によって心臓を射抜かれ、即死してしまったのだという。


「俺がドーラに行かないかと誘ったんだ。研究があるから嫌だって言うあいつを無理矢理……、俺がいけないんだ」

 ガエルは肩を落とし、目に涙を浮かべる。


 そんな傷心の彼を、

「バウはバウになった時から死ぬ覚悟はできているはずよ。自分をそんなに責めるもんじゃないわ」

 と、グロリアが優しく慰めた。


 ……ジュストが、死んだ。

 それは俺にとっても大きな衝撃だった。

 魔人を倒した喜びなど、どこかに吹き飛んでしまった。

 彼は次元の扉について色々親切に教えてくれたし、俺が元の世界に戻る方法についても調べてくれていた。

 とてもいい人だった。

 東の砦に向かう馬車の中で、

「……じゃあ、この魔人戦が終わったらもう少し掘り下げて調べてみるよ」

 と言って笑っていたジュストの顔が脳裏に浮かび、思わず涙が出そうになった。


「……それで、彼の遺品を整理していたんだが」


 そう言うと、ガエルは脇に抱えていた一冊の本をテーブルの上に置いた。

 金の装飾が施された年代物らしき本だ。


「三年前、討伐目標の魔物を追っていて古い遺跡に迷い込んでしまったことがあるんだが、この本はその時にジュストが偶然発見したものだ。何でも次元の扉とかいうものについて書かれているらしいんだが、俺にはさっぱりわからない」


 ……ジュストが言っていた古文書だろうか?


「ジュストには身内がいなくてね。でも、うちのパーティーにはこれを読める人がいないんだよ。だからいっそ売ってしまおうかとも思ったんだが、ジュストが肌身離さず持っていた物だから忍びなくて。で、どうしようかと……」


 どうやら本の扱いに困っているようだ。

 バウギルドでは「魔物の討伐中などでパーティー内に死亡者が出た場合、その者の遺品や懸賞金の分け前については遺族に引き渡すこと」と定めている。

 ただ、ジュストのように遺族がいなければパーティーメンバーで分けたり、売ってしまったりするらしい。

 遺品を売ってしまうなんて少々心無いようにも思えるが、旅の多いバウにとって荷物は最小限に抑えておかなければならないから、まあ、仕方の無いことだろう。


「それで、ワイルドローズでほしい人がいたら譲ろうかと思って来たんだ。君達も短い間ではあったけどジュストと旅をした仲間だから、受け取る権利はあると思う」


 すると、エステルがその本を取り上げ、表紙や裏表紙を軽く眺めた後、ページをぱらぱらとめくって中を確認し始めた。

 俺も彼女の脇から本をのぞいてみたが、記号のような文字が羅列されていてまったく読めない。

 ただ、あちこちに付箋やメモのようなものが挟み込まれていて、ジュストが熱心に読んでいた事だけはうかがい知れた。


「……死滅した古代アスタリ文字ね。たぶん四千年以上前の代物だわ」

 エステルが目を細めつつ本を鑑定する。

「読めるのか?」

「まあ、少しなら」

「じゃあ、ぜひ受け取ってほしい。その方がジュストにとっても、その本にとっても絶対に良いはずだ」

 ガエルが頼み込むようにしてエステルに本の受け取りを勧めると、彼女はこくりと頷いた。

「ええ、ありがたく頂戴するわ。私もジュストさんと話して多少次元の扉について興味を持ち始めたところだったから」


「そうか、よかった。これでジュストも安心して天国に行けることだろう」

 ガエルはほっとした表情を浮かべた。

 ジュストの宝物を大切にしてくれる人が見つかって肩の荷が下りたのだろう。


******


 ガエルが帰ってしばらくの後、俺達はバウギルドに向かった。

 ジュストの訃報による動揺はまだ収まっていないが、とりあえず今後の予定は確認しておかなければならない。


 バウギルドに入り、魔人討伐の張り紙を確認したところ、「討伐目標は魔人三体」という文字の「三体」がバッテンで消され、「二体」と修正されていた。

そして、そのすぐ下には次回の討伐日程もすでに記されているようだ。


「一週間後かぁ」

 張り紙を見たエステルが残念そうに呟く。

 早くケリをつけたいところだが、討伐作戦はヴァイロン軍を含めた大規模なものだ。

 ヴァイロン軍は、バウを安全に聖錠石室に誘導するために様々な準備を行っているし、聖錠石を取り戻した後の防衛の事についても考えておかなければならない。

 「すぐ」という訳にもいかないのだろう。


「まあ、十分に鋭気を養うってことでいいんじゃないでしょうか」

 連戦にならなかったことに、リリアはちょっとほっとしているようだ。

「そうね、多少の休養も必要ね」

 死ぬかもしれない戦いを立て続けに行うのは、確かにきつい。

 エステルも思い直したように頷いた。



 俺達は一週間の長期休暇に入った。


 俺は雑用の傍ら、リリアと一緒にまたグロリアとチャロから近接戦闘、特に防御に関する稽古を受けた。

 魔人クラスとの戦闘ではまったく役に立たないだろうが、弱い魔物の攻撃くらいは避けられるようになっておきたい。


 エステルは前と同じように部屋に籠り、今度はジュストの古文書を解読し始めたようだ。

 ……もしかして俺のため?

 そんな思いから、とびっきりの笑顔で彼女の所にスティーナを運んでいくと、


「どうしてこうわかり辛く書くのかしら、まったく不親切ねこの著者は!」


 と、本に向かってブツブツ文句を言いながら不機嫌そうに読んでいた。


「……」

 八つ当たりされる前に俺が退散したのは言うまでもない。


******


******


 次の討伐の前日になり、前回と同じようにバウギルドの二階でミーティングが開かれた。


 この前の時は新参者ということで少し緊張していたワイルドローズも、今回はかなりリラックスしているようだ。

 他のパーティーの人達とも気軽に話をしている。

 中でもエステルは、前回の討伐で魔人の逃亡を阻止したということもあって、有名なバウの面々からも話しかけられ、褒められていた。

 同じパーティーとして俺も鼻が高い。



「今回の目標は、西の砦に居座る魔人です」


 今までの経緯を説明した後、ブロードがバウ達に告げた。

 西の砦は魔界の門の西側にある砦で、ドーラの町から北北西約18キロメートル付近に位置している。

 東の砦とは対称的な位置にある砦だ。


「残念ながらこの魔人に関する情報はありません。魔人襲来の際、西の砦の守備隊はほぼ全滅してしまいましたから。わずかに生き残った兵士達も魔人の姿を直接見ていません」


 ……前情報無しか。

 情報がないというのは何とも不安だ。

 それに守備隊が全滅したっていうのも少し気になる。


 しかし、魔人一体を倒して波に乗っている今のバウ達には、さして気になることでもないといった様子でブロードの話を軽く聞き流していた。

 情報重視のエステルが少し眉をひそめている程度だ。


「では、明日の日の出の時刻までに西門の前に集合してください。東門ではないのでご注意を」

 そこまで言うとブロードは軽く敬礼し、足早に部屋から出て行ってしまった。


「よし、ここからは俺が進める」

 次は例のごとく、ベルナールによる連合内での各パーティーの役割とポジションの決定だ。

 今回の討伐では12のパーティー、54名のバウが集結した。

 この前よりも7名多く、20名以上が新顔。

 魔人一体が討伐されたという安心感から、様子見をしていたバウ達が参加したためだろう。

 都合のいい連中といえなくもないが、人数が多いに越した事はない。

 嬉しいかぎりだ。


 30分程度で全てのパーティーの役割とポジションは決定した。

 今回の魔人は前情報が無いから、とりあえず前回の魔人戦に準じた陣形でいくらしい。

 ワイルドローズも前回と同じくアタッカーパーティーとして左翼から魔人を攻撃することになった。


「じゃあ明日、みんな遅れないように来てくれよな!」

 最後にベルナールが爽やかに締め、ミーティングはお開きとなった。

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