030_手がかり
「はぁ……」
最近ため息ばかり出る。
ナディアの町を出発してからすでに八日、当初の予定ではもうとっくにドーラの町に到着していてもいい頃だ。
なのに、俺達はまだ山道を走っている。
トライデントの超鈍足馬車のせいだ。
魔物の対処も夜の見張りも二パーティーで協力して行っているから、体力的にはそれほど問題ないのだが、でも、そろそろ安心できる寝床でゆっくり眠りたい。
「はぁ……」
ため息が出る理由はそれだけではない。
俺はこの山道の旅の中で、悩みを二つも抱えてしまった。
一つはエステルの事だ。
あの夜以降、彼女とは何となくぎくしゃくしていて、必要最低限の会話しかできていない。
正直、彼女とどう接していいのか分からないのだ。
たぶん、俺が知らない間に彼女の気に障る事をしてしまったのだろうが、それが何だか分からない。
タイミングをみて彼女から直接聞き出し、謝るしかないとは思うのだが……。
もう一つの悩みは、トライデントのウィザード、ジュストの事だ。
彼はいつも何となく俺を見ている。
気のせいかもしれないが、気が付くと彼の視線を感じるのだ。
……もしかしてあっち系の人だろうか。
そう思うとちょっと怖い。
もちろん俺はそんな系じゃない。女の子大好き系だ。
「タケルは男にもモテるのね」
グロリアが面白半分に冷やかしたが、はっきりいってシャレにならない。
できるだけ彼を避けるようにはしているが、トライデントと行動を共にしている以上、それにも限界がある。
早くドーラに着くことを願うばかりだ。
しかし、結局この日もドーラの町にたどり着けぬまま野宿になった。
が、みんなで夕食をとっている時、
「だいぶ遅くなったけど、このまま行けばたぶん明日にはドーラに着くわ」
と、エステルから希望の持てる情報を聞くことができたため、多少気は楽になった。
彼女がナディアの町で得た情報では、今日の昼頃に見かけた白い立て札が、ドーラの町まであと一日であることを示す目印だったらしい。
「やっと着くのね」
「早く魚が食べたいニャ」
「もうこの景色は見飽きました」
みんなも安堵したのか、思い思いの感想を言い合っていた。
******
その夜、
「眠くて寝ちゃいそうだから見張りの順番を交代して」
とグロリアに頼まれ、俺は一番目の見張りに就く事になった。
「……私もそろそろ寝ますね」
「はい。おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
最後まで起きていたリリアが馬車の荷台に乗り込んだ後、俺は下火になった焚き火の脇に腰を下ろし、見張りの時間を計るためのろうそくに火を灯した。
俺の周りには真っ暗な世界が広がっている。
分厚い雲のせいで星一つ見えない。
音もほとんどしないが、時々、近くの草むらから寂しげな虫の音だけがかすかに聞こえてくる。
……今日で見張りも終わりか。
そうしみじみ思いながら、俺は暗闇の景色を見回していた。
時が経ち、ろうそくが四分の一程度の長さになった頃、
「そろそろ交代の時間?」
と、二番目の見張りが起き出してくる。
……げ、エステル!?
俺は彼女の出現に、魔物の出現以上にビビりながらも、
「ま、まだもうちょっとあります」
何とか平静を装って答えた。
「そう」
彼女は素っ気無く返事をしたが、何故か馬車には戻らず、そのまま俺の隣に腰を下ろす。
「…………」
「…………」
……気まずい。
彼女は何も言わずに、ただ暗闇の景色を眺めている。
……どういう風の吹き回しだろう?
俺の事を良く思っていないのなら、俺の近くになんか来なければいいのに……。
とも思ったが、よく考えれば、今が謝る絶好のチャンスかもしれない。
ドーラの町に着いたら謝ろうと思っていたが、早いに越したことはない。
……よ、よし。まずは気に障った事を聞き出そう。
俺は音を立てないように三回ほど深呼吸した後、意を決して彼女の方に振り向いた。
「この前の夜のこと、……ごめんなさい」
しかし、何故か彼女に先に謝られてしまう。
「この前の夜のこと?」
あの夜のことだとは思うが、一応聞き返した。
「どうしてこの世界に来たのって聞いたことよ」
「ああ」
「無神経だよね、あなただって好きでこの世界に来たわけじゃないのに……」
彼女は俯き、申し訳なさそうに言った。
……エステルも気にしてくれていたのか。
そう思ったら気持ちがすっと楽になった。
「そんなこと全然気にしてませんよ」
……すごく気にしてたけど。
「そお?」
「ええ。ただ、そう言われてしまうくらい俺がエステル様の気に障る事をしてしまったんじゃないかって、それだけが心配でした」
すると彼女は首を横に振った。
「そうじゃない。むしろその逆よ」
「逆? というのは?」
「えっ? ……ぎゃ、逆!?」
彼女は自分で言った「逆」という単語に過剰反応する。
「ぎゃ、逆というか、……つ、つまり、そのぉ……、き、気に障るような事はしてないって、そ、そういうことよ」
彼女は顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら言い直した。
「なるほど、フフ」
彼女の様子に思わず笑みをこぼしてしまった。
真っ赤になって慌てている姿が妙にかわいらしい。
どうやら俺が思っていたほど彼女は俺を嫌ってはいないようだ。
……気に障る事の「逆」ということは、俺が彼女に良い事をしたってことになるのかな?
ただ、そうだとすると、じゃあ何であの時彼女は「どうしてこの世界に来たの?」なんて言ったんだろう。
よくわからない。
まあ、でも嫌われていないのなら、それはいいとしよう。
「じゃあ、俺は今まで通りでいいんですね?」
「え、ええ。……もちろん!」
彼女は動揺を鎮め、ニコッと笑った。
「それを聞いて安心しました」
久しぶりに見た彼女の笑顔は、俺の渇き切っていた心を十二分に潤してくれた。
その後、俺達は何日か振りのフリートークに花を咲かせていたが、楽しかったせいか、あっという間に俺の見張りの終了時間になってしまった。
エステルは、燃え尽きかけたろうそくから新しいろうそくに火を移しながら、
「さあ、あなたの見張りは終わりよ。もう寝ていいわ」
と、優しく告げる。
「はい。それではおやすみなさいませ」
「おやすみ」
俺は彼女と自然な挨拶を交わせた事に感動しつつ立ち上がった。
……今夜はぐっすり眠れそうだ。
が、その時、
サッ、サッ、サッ、……
背後から静かな足音が聞こえてくる。
「!?」
驚いて振り向くと、暗闇の中から人の姿が浮かび上がった。
ジュストだ。
彼は真剣な顔を俺に向け、ゆっくりと近付いて来る。
……うわぁ、もしかして最後の夜だからって、告白とかするんじゃないだろうな。
俺の血の気が一気に引いた。
せっかくぐっすり眠れると思ったのに……。
彼は俺の近くまで来ると、
「ちょっと、いいかな?」
と、隣のエステルが気になるのか、俺を連れ出そうとする。
「えっとぉ、……」
……行きたくない。
俺は必死に断る理由を考えたが、思いつかずに焦った。
すると、
「彼は私達の奴隷よ。用があるならここでどうぞ」
エステルが助け舟を出してくれた。
……ありがとうエステル。
俺はほっとしたが、ジュストは俺をちらっと見てから、
「まあ、俺は別に構わんが……」
と、まったく意に介していないようだ。
……この人、まさかエステルのいる前で告白する気か!?
彼は真剣な表情で俺をじっと見つめた。
……うわぁ、これマジだよ。
女の子に告白される以上に緊張する。……まあ、されたことはないが。
ジュストは結構イケメンだ。十分女の子にモテるだろう。
何でわざわざ俺のような奴を……。
俺は下を向き、彼の口から発せられるであろう言葉の衝撃に備えて身構えた。
しかし、次に彼が口にした言葉は、俺が予想していたものとはかけ離れていた。
「君、もしかして異世界の人じゃないか?」
「!?」
まったく予想外のジュストの発言に、俺はびっくりしてすぐに言葉を口にする事ができなかったが、
「……ど、どうしてそれを?」
何とか聞き返した。
「やっぱりそうか」
彼は予想通りといった感じで何度か頷く。
「名前は、えーと……」
「タケルです」
「ああ、そうだったね」
彼は俺の短い名前すら覚えていなかった。
「少し前に、ミロン王国の王立図書館に行く機会があってね。そこで古い文献や記録を読み漁ったんだが、その時に、異世界人と名乗る男性についての記事を見つけたんだ」
「異世界人の……記事? それって過去にもこの世界に異世界人がいたってことですか?」
「ああ。もっとも、その記事は男性の事を『ホラ吹き』として扱っていたがね」
「……」
「ただ、その記事に書かれていた男性の特徴が、君の見た目とあまりにも合致していたもんだから、もしかしたらって思っていたんだ」
……なるほど、それで彼は俺をずっと見ていたのか。
「特徴ってどんな?」
気になったのか横からエステルが口を挟む。
「黒い髪、黒い瞳、それから、……低い鼻、短い足、だったかな」
「ぷっ」
エステルが思わず吹き出した。
……ほっとけ!
でも、それは明らかに日本人の特徴だ。
その記事の男性も、俺と同じようにあの森からこの世界に迷い込んでしまったのだろうか?
そして、向こうの世界では神隠しとして扱われた……。
「タケル君、それで、お願いがあるんだが」
ジュストが急にかしこまった。
「『次元の扉』について詳しく教えてくれないか?」
「……ジゲンノトビラ?」
「ああ、俺は三年くらい前からそれについて調べているんだが、なかなかいい資料を見つけられなくて行き詰っていたんだ。でも、まさか息抜きのつもりで付いてきたこの旅で、『異世界人』なんていう最高の資料にめぐり会えるとは思わなかったよ。なあ、お願いだから詳しく教えてくれよ」
よくわからないが、ジュストは一人で勝手に盛り上がっている。
俺が次元の扉? というものについてよく知っていると思っているらしい。
「……あ、あのう、何か思い違いされていると思うんですけど、俺は次元の扉? なんてまったく知らないです」
「またまたぁ、あっ、もしかして人に話しちゃいけない決まりでもあるのか?」
「い、いえ、本当に知らないです。いま初めて聞きました」
「え? だって、君はそこを通り抜けてこの世界に来たんだろ?」
ジュストが眉をひそめて問いただす。
「そこを通り抜けて? 違います。向こうの世界の森で道に迷って、気付いたら何故かこの世界にいたんです」
「うそだ、そんなことあり得ない!」
彼は興奮して大きな声を出した。
「俺だって最初は信じられませんでした。でも本当なんです」
「……」
しばらくジェストは疑いの目で俺を見ていたが、真剣な態度の俺に真を感じ取ったのか、その後、諦めたようにふうっと息をはいた。
「わかった。君の言っていることは信じよう。たぶん君は、知らない間に次元の扉を通り抜けてこの世界に来てしまったのだ」
「知らない間に? ……でも俺はずっと道を歩いていただけで、扉みたいなものを通り抜けた覚えはないですよ?」
「次元の扉は、扉と言っても普通の扉じゃない。俺もよくはわからないが『光り輝く幕』のようなものらしい」
「光り輝く幕?」
「ああ、そんなようなものを君は通り抜けなかったかい?」
「うーん、そう言われても……」
そんなものを通り抜けた覚えはまったくないし、見た記憶すらない。
だいたい街灯もない真っ暗な森の道だ。
いくら考え事をしていたって、光り輝くものであれば知らずに通り抜けるなんて事はあり得ない。
あの時すれ違った車の灯りだって、ずっと向こうにある時から俺は気付いていた。
あの暗闇の中で光る物を見逃すはずは無い。
……まあ、でもあの車の灯りは逆にちょっと眩しすぎたが。
……ん? 待てよ。……まさか……もしかして…………
「あれのことか!!」
思わず声に出してしまった。
「思い出したか!?」
ジュストは嬉しそうに確認する。
俺は静かに頷いた。
……あの時は車だと思った。
車がライトを点けて前から走ってきたと思った。
街灯のない森の道だからハイビームにしていると思った。
でも、今思えば、音もしなかったし、車体も見えなかった。
あれは、……あれは車なんかじゃない!
「確かに俺は、一瞬だけ強い光に包まれたようになりました。あれが次元の扉というものだったんでしょうか?」
「たぶんそうだ。君はそれを通り抜けたことでこの世界に来てしまったんだ」
そう言うと、ジュストはニヤッと笑った。
「しかし、本当に知らずに通り抜けたなんて、……いきなり異世界に来てさぞや驚いただろう?」
「驚いたなんてもんじゃないです。挙句の果てに奴隷にまでされて……」
ジュストは俺の手首のリングを見て苦笑する。
「どんなものだった? 覚えている範囲でいいから教えてくれ」
ジュストは目を輝かせながら尋ねてきた。
「すごく眩しかったです。こちらの世界の感覚でいうなら、暗闇でライトリキッドを目の前にかざされたような感じでした」
「そんなに眩しいのか?」
「ええ、それが遠くから近付いてきたんです」
「近付いてきた?」
「はい。だから俺は車、いや、馬車のようなものだと思い込んでしまったんです」
「なるほど、……それは俺が今までに調べた中にはない情報だ」
ジュストは頭の中のデータを参照しながら、俺の言う事に熱心に耳を傾けている。
「それから?」
「うーん、それくらいしか……」
ジュストはさらに聞きたがったが、残念ながら俺はそれ以上の情報を持ち合わせてはいなかった。
何しろあの時は車のライトだと思っていたのだ。
普通、車のライトをまじまじと観察する人なんていないだろう。
俺がジュストの質問に困っていると、
「ジュストさん。そもそも次元の扉っていったい何なの?」
しばらく俺達の会話を黙って聞いていたエステルが、耐え切れなくなったのかジュストに尋ねた。
「俺だってよくわからないから聞きに来たんだよ」
彼は苦笑しながら答える。
「でも以前から調べてるんでしょ?」
「ああ、……まあ、俺が調べた範囲内でよければ教えてやろう」
ジュストはそう前置きすると、次元の扉について語り始めた。
「この宇宙には、次元の異なる世界が無数に存在している。タケル君がいた世界も、天界も、魔界も、もちろんこの世界も、その一つに過ぎない。これらの世界は『無の壁』というものによって隔てられているため、通常、他の世界に移動することはできない。だが、『次元の扉』はそれを可能にする。つまりこれは、無の壁に開けられたトンネルのようなものだ」
そこまで聞いたエステルが、何かに気付いたのかハッと頭を上げる。
「それって、もしかして?」
「そう、魔界の門も次元の扉の一種だ」
ジュストはニヤッと笑みを浮かべながら、エステルの質問を先読みして答えた。
「次元の扉を作る技は、太古のウィザードによって編み出されたらしい。現在その技は失われてしまっているが、魔界の門を含め、昔のウィザードが作った次元の扉が、今でもいくつかこの世界に存在しているらしい。タケル君が通り抜けた次元の扉も、たぶんその一つだろう」
するとジュストは、再び目を輝かせながら俺に視線を向ける。
「君が通り抜けた次元の扉を俺もぜひ見てみたいんだが、君はこの世界のどの辺りに出現したか覚えているか?」
「えっ? えーと、……」
俺は「リシェールの森」と言おうとして迷った。
……もし、この世界のウィザードが現代日本に行ってしまったらどうなるだろうか?
向こうの世界でも魔法が使えるかはわからないが、使えると大変なことになりそうな気がする。
「よくわからないです。すぐに奴隷にされてしまったんで。ミロン王国のどこかの森だったとは思うのですが」
……とりあえず、ここは少しぼかしておこう。
すると、ジュストは酷く落胆する。
「そうか、それは残念だ。もし思い出したら教えてくれ」
「はい」
そこで話が一旦途切れた。
俺は一呼吸置いてから、今の俺にとって最も重要な事をジュストに尋ねる。
「あの、元の世界への戻り方はわかりますか?」
それを聞いたエステルが一瞬俺に視線を向けたが、またすぐにそらした。
「同じ次元の扉を通り抜ければ元の世界に戻れるはずだ。ただ……」
ジュストは難しい顔になる。
「次元の扉には『常に開いている扉』と、『普段は閉じている扉』の二種類あるんだ。魔界の門は常に開いているタイプの扉で、いつでも誰でも通り抜けることができる。だから、聖錠石という特殊な石の力で無理やり閉じているんだ」
「なるほど」
「だが、君が通り抜けたのは、たぶん普段は閉じている扉だ。このタイプの扉は、条件が揃わないと開けることができないらしい」
「条件?」
「ああ、古文書には、『選ばれし時、選ばれし物を持つ、選ばれし者のために開く』とある」
「選ばれし時、選ばれし物を持つ、選ばれし者? ……そ、それはどういう意味ですか?」
「それは……」
「それは?」
「俺にもさっぱりわからん」
思わずこけそうになった。
「でも君は一度通り抜けているんだから、この条件をクリアしていたことになるはずだ。よく考えればわかるんじゃないか?」
「そう言われても……」
まったくわからない。選ばれし時、物、者。あまりに漠然としすぎている。
俺が考え込んでいると、
「まあ、次元の扉の場所がわからなければ、条件が揃ったところで何の意味もない。まずは扉の場所を思い出すことだ」
「そうですね。色々教えていただき、ありがとうございました」
俺はジュストに向かって深々と頭を下げた。
「ああ、戻れるといいな」
彼はそう言うと、俺の肩をポンと叩いてから馬車の方へ戻っていった。
……いい人だ。
俺は思い込みで彼を避けていたことを恥じつつ、彼の背中を見送った。
彼の姿が見えなくなった後、
「よかったわね。元の世界に戻れる手がかりが得られて」
エステルがニコニコしながら話しかけてくる。
「ええ、まさかこんな所で元の世界に戻る方法を知っている人に会えるなんて思いもしませんでした」
「そうね」
彼女は頷いた後、顎に手を当てて考えるポーズをとる。
「……じゃあ元の世界に戻るには、まずあなたが通り抜けた次元の扉の場所を特定しなければいけないってことね」
そう言われて、
「実は……」
俺は彼女に顔を寄せ、できるだけ小さな声で打ち明けた。
「場所はだいたいわかっています。ミロン王国のリシェールの森という所です」
「えっ、そうなの?」
「はい。さっきはちょっと怖くなって言えませんでした」
「……なるほど」
彼女も俺が懸念している事に気付いたのか、納得して頷いた。
「じゃあ、後は条件だけね」
「ええ。ただあの条件、漠然としていてかなり厄介そうですよね?」
「そうね。『選ばれし』が何を指すのか解明するには、もっと情報を集めないとだめだわ。でも、そこまで難しく考えなくても、あなたは一度通り抜けているんだから、その時の状況をよく思い出して、それを忠実に再現してみればいいんじゃないかしら」
「そ、それもそうですね!」
……再現か。それなら何とかなるかもしれない。
さすがエステル、あったまいい!
「そういうことならさっさと魔人なんか倒しちゃって、すぐにリシェールの森に向かいましょう」
「はい!」
……元の世界に戻れるかもしれない!
俺の胸はいやが上にも高鳴った。
「さあ、今日のところはもう寝なさい。明日はドーラまで行かなくちゃいけないんだから」
彼女に言われてろうそくを見ると、すでに半分以上燃えてしまっていた。
「はい。では休ませてもらいます。おやすみなさいませ」
「うん。おやすみ」
俺はこの高鳴る胸をどうやって抑えて眠りにつこうか思案しつつ馬車に向かった。
ただ、馬車の荷台に手をかけた時、ふと見えたエステルの背中が妙に物悲しく感じる。
さっきまでにこやかに話していた彼女とはまったく別人のような後ろ姿だ。
「エス……」
俺は一瞬不安になって彼女に声をかけようとしたが、
……いや、たぶん周りが暗いせいだろう。
と思い直し、声をかけるのを止め、そのまま荷台に乗り込んだのだった。
******
次の日、俺達はドーラの町に向けて最後の野宿場を後にした。
空は相変わらず灰色の分厚い雲に覆われていたが、今日はいつもより心なしか雲の流れが速いような気がする。
馬車は順調に進み、出発から三時間ほど経過した時、前方に山道と合流する大きな道が見えた。
「街道よ!」
グロリアが指差す。俺達はとうとう山道を走破したのだ。
街道は魔汽車の線路と並進しつつ北にまっすぐ伸びている。
たぶん、それらの行きつく先にドーラの町があるのだろう。
「さあ、あともう少しよ!」
無事に馬車が街道に乗り入れると、荷台のエステルが嬉しそうに叫んだ。
馬車は快走する。
風を感じながら走るのは久しぶりだ。
街道は整備されているから、前を行くトライデントの馬車も躊躇なくガンガン飛ばしている。
そのまましばらく街道を走っていると、辺りの様相がガラリと変わった。
山も平地も草木が一切生えておらず、あるのは黒っぽいごつごつした岩だけだ。
空を覆う雲の流れはいよいよ速くなり、激しく形を変えながら西から東へと移動している。
「ここは地獄です」と言われても納得してしまいそうな光景だ。
ただ、唯一ここが地獄でないことを証明するものがあった。
左右の山の所々に口を開けている洞窟にしては不自然な四角い穴だ。
その周りには木の足場も組まれており、人の存在を感じる。
「たぶん魔石の採掘場じゃないかしら?」
エステルはそう推測した。
……あれが魔石の採掘場だとすると、魔界の門もすぐ近くにあるということか。
そう思い、若干の身震いを感じつつ、俺は馬車を走らせた。
さらにしばらく進んだ時、
「あっ、城壁よ!」
グロリアが前方を指差しながら叫ぶ。
彼女の指差した先、山と山の隙間の向こうに異様に高い城壁が見えた。
街道と線路がその城壁の中へと吸い込まれている。
「ドーラよ!!」
ナディアの町を出発してから九日、俺達はついにこの旅の最終目的地であるドーラの町にたどり着く事ができたのだった。




