029_自己紹介
俺達は、山道の途中で立ち往生していたガエル一行を助け、その後、ほとんどお願いされるような形で、彼らと共にドーラの町に向かうことになった。
出発に先立ち、
「一緒に行くんだから、自己紹介くらいしておこう」
というガエルの提案により、その場の全員が彼らの馬車の前に集合した。
ガエル達はワイルドローズと同じく四人パーティーで、全員が人間のようだ。
そして彼らも、ヴァイロン王国が依頼した仕事のためにドーラの町に行くらしい。
ガエルは全員が揃ったのを確認すると、
「じゃあまずこちらから」
と、軽く姿勢を正す。
「私達は『トライデント』というパーティーで、私がリーダーのガエル・トーマン、ガーディアンだ。よろしく」
ガエルは穏やかな口調で挨拶した。
さっきまで疲れ切った顔をしていたくせに、馬車が直り、しかも、頼りになりそうなサポーター――つまり俺達――を得て、安心したのか妙に顔色がいい。
単純で分かりやすい性格なのだろう。
ガエルが言い終わると、そのすぐ隣にいたローブ姿の男性が何故かエステルの目の前にわざわざ進み出て、
「こんにちは、僕はサミー・ロワイエといいます。クレリックです。よろしく」
と、彼女にだけアピールするかのように挨拶する。
彼は中肉中背、少し髪が薄いという他に何の特徴もない外見をしていた。
次に挨拶したのは濃い灰色のローブを着た男性だ。
「ジュスト・バロー、ウィザードだ。よろしくたのむ」
ウィザードと言ったが、体が細く、石膏の像のように白くて整った顔をしているから、イメージ的にはクレリックのように見える。
銀色でくせのある髪に、グリーンの瞳、なかなかのイケメンだ。
ただ、さっきから俺をちらちら見ているのが少々気になった。
「……ロジェーヌ、……ウォーリア」
最後に、ムキムキの筋肉を見せびらかすかのように露出度の高い鎧を身に付けた女性が、面倒くさそうに最小限の単語で挨拶する。
髪がぼさぼさで女気がまったくなく、野獣のような風貌。
胸だけは女性らしく大きく膨らんでいるのだが、俺の下半身が沈黙しているところからすると、たぶんそれは巨乳ではなく、盛り上がったカッチカチの大胸筋なのだろう。
ロジェーヌの短い挨拶が終わった後、
「それと、あそこにいるのが我がパーティーの奴隷、エディだ」
と、さっきから一人で馬車の修理を行っていた男性をガエルが指差した。
その男性は薄汚れた奴隷服を着ており、靴も履いていなかった。
彼はすでに馬車の修理を終え、地面に散らばった工具や部品を拾い集めていたが、ガエルに紹介されるとその作業を一旦止め、俺達に向かって軽く頭を下げた。
ガエル達の自己紹介が終わり、俺達の番になった。
エステルは軽くトライデントのメンバーを見回してから、
「私達はワイルドローズというパーティーで、私がリーダーのエステル・ドゥ・ビューリー、ウィザードよ。よろしく」
と、挨拶をする。
「ああ!」
すると突然、サミーと名乗ったトライデントのクレリックが大きな声を発し、みんなの注目を集めた。
「やっぱりエステルさんか! ローブも違うし、髪も短かったから、人違いかもしれないと思って言い出せなかったんだけど、やっぱりそうだったのか。いやぁ、懐かしいなぁ。とても大人っぽくなったね」
彼はエステルを知っているらしく、とても親しげに話しかけてくる。
「え?」
けれども、エステル自身はまったく覚えがないのかきょとんとしている。
「覚えてないかな? ほら、ヘリナ渓谷のグリフォン討伐に一緒に行ったじゃないか」
彼は嬉しそうに彼女と共有していると思われる過去の話を持ち出して、彼女に自分の事を思い出させようとしたが、
「え、えーと……」
彼女はまだ思い出せないでいるようだ。
……まあ、あんな見た目じゃあ仕方ないかな。
残念ながら、サミーには記憶に長く留めておけるほどの特徴がなかった。
それでもサミーは諦めず、彼女に何とか自分の事を思い出させようとしている。
「僕がグリフォンにさらわれそうになった時、君が火の魔法で助けてくれたよね。覚えてない?」
「……あ、ああ」
そこでようやくエステルも思い出したのか何度か小刻みに頷いた。
が、よく見ると目が泳いでいる。
たぶんまだ思い出せないでいるのだが、それじゃあ気まずいからと、思い出した振りをしているのだろう。
しかし、サミーは気付かず、
「ふぅ、やっと思い出してくれたようだね」
と、えらく満足げだ。
「知り合いなのか?」
すると、そこまでサミーとエステルのやり取りを黙って聞いていたガエルが横から口を出した。
「ああ、四年くらい前かなぁ、僕がローデの町を中心に活動していた頃に、一度だけ彼女のパーティーに入れてもらったことがあるんだよ」
「なるほど」
……四年くらい前? エステルが十四歳の頃ということか。
「その頃エステルさんは『炎のビューリー』って呼ばれてて、ローデの辺りじゃあ結構有名だったんだよ。若くして火の魔法を自在に操る天才少女だって」
「ほう」
……やっぱりエステルは昔から凄かったのか。
そう思いながら、おそらく自慢げな表情を浮かべているであろう彼女を見ると、
「……」
何故か俯き、黙り込んで、目の辺りに暗い陰を作っている。
しかし、そんな彼女の変化にも気付かず、楽しそうに話し続けるサミー。
「あの時も、エステルさんが飛んでいるグリフォンを火の魔法一発で撃ち落としたんだよ」
「グリフォンを一発で? そりゃあ凄いな」
「凄いなんてもんじゃないよ。僕は彼女以上にうまく火の魔法を操るウィザードを未だに見たことがない」
「へー」
火の魔法は精霊魔法の中で一番扱うのが難しいらしい。
「そしてとどめは、エステルさんの彼氏がダガーで心臓を一突きさ。もう一瞬で戦闘が終わってしまって、僕は苦戦すると覚悟していたからえらく拍子抜けしたのを覚えているよ」
「……」
明るく話すサミーとは対照的に、エステルは暗く、押し黙っている。
……彼氏って、まさか?
「あれ? そういえば……」
そこでサミーは何かに気付き、ワイルドローズのメンバーの顔を一通り見回した。
「今回彼氏は来てないのかい? 何と言ったかなぁ、確か、……ジャン、そう、ジャン・キャスパーだ」
「!!」
ジャンという名前が出た途端、エステルはビクッとして体を硬直させた。
「彼は急用で今回は来られなかったのよ」
そんなエステルの様子を見て、グロリアがすかさず口を挟む。
「えっ、……そ、そうなのか。そ、そりゃあ残念だな」
サミーもエステルの異常にやっと気付き、何となく勘付いたのか、気まずそうに一歩後ろに退いた。
「……」
サミーのせいでその場がしんと静まり返ってしまった。
誰もが目を閉じたり、視線をあらぬ方向に向けて我関せずを決め込んでいる。
「……う、うん。次は私ね。グロリア・リーシュ、ウォーリアよ。見ての通り闇エルフだけど、お腹が空いた時以外、人は食べないようにしてるから安心してね」
そんな重苦しい静寂に挑んだのはグロリアだった。
彼女は軽く咳払いした後、サミーの話を打ち消すかのように冗談を交えつつ明るい声で挨拶をする。
すると、
「じゃ、じゃあ、君がお腹を空かせている時は近付かない方がいいね」
ガエルもこの気まずい雰囲気を変えようと、グロリアの冗談に乗っかってきた。
「ええ、片足くらいなら簡単にたいらげるわよ」
「ああ、でもそれなら大丈夫。私の足は臭いから、いくら闇エルフでも食べられっこないよ」
「何それ、アハハ」
グロリアとガエルの冗談の応酬に、場が少しだけ和んだ。
「ローグのチャロです。よろしくニャ」
「クレリックのリリア・ブレイスフォードです。よろしくお願いいたします」
その後、チャロとリリアも滞りなく挨拶を終える。
「あと、彼はタケルよ。よろしくね」
俺のことはエステルが完全に沈黙しているため、代わりにグロリアが紹介。
俺は一歩前に出て、軽く会釈をした。
その頃にはエディの後片付けも終わっており、出発できる状態になっていた。
「じゃあ皆さん、お互い協力し合ってドーラの町までがんばろう!」
最後にガエルが爽やかに締め、わずかな気まずさを残しつつトライデントとワイルドローズの自己紹介は終わったのだった。
******
ワイルドローズとトライデントのメンバーが各々の馬車に乗り込み、出発の準備を始める。
ただ、エステルは荷台に乗り込むなり、そのままふさぎ込んでしまった。
ジャンの名を唐突に出され、ショックだったに違いない。
……それにしても、やっぱりジャンというのはエステルの彼氏だったのか。
……そして二人は、同じパーティーで活動していた。
……ダガーでとどめを刺したって事は、職種はローグってことだよな。
……しかも凄腕。
断片的な情報から、俺は頭の中でジャンという人物のイメージをジグソーパズルのように組み立てていたが、その途中でふと思った。
……どうして別れたんだろう?
「しゅっぱーつ!!」
その時、ガエルの威勢のいい号令が聞こえ、彼らの馬車がゆっくりと動き始める。
「タケル、私達も行くわよ」
「……は、はい」
グロリアに言われ、俺は慌てて手綱を持った。
……いま考えてもしょうがない。
俺は、ジャンやエステルの事で悶々としてしまった気持ちを切り替えるために、何度か首を大きく横に振った。
とりあえず、今はドーラの町にできるだけ早く着けるようにがんばるしかない。
……突っ走るぞ!
俺は大声で馬に掛け声をかけた。
が、ほどなくして……
「……失敗したわね」
グロリアが呟く。
「そうですね……」
俺も力なく答えた。
俺達の恨めしげな視線の先に、トライデントの馬車が超のろのろ運転で走っている。
いくら馬車が故障しないよう気を付けているとはいえ、あまりにも遅い。遅すぎる。
これまでの俺達の速度の半分も出ていないんじゃないだろうか。
「はぁ、ドーラに着くのはだいぶ先になりそうね」
グロリアは諦めたようにため息をついた。
******
再出発してから一時間ほど経った頃だろうか、前方からケルベロスが吠え掛かりながら突進してきた。
「ウォウォウォウォウォウォォォォ!!」
よほど虫の居所が悪かったのか、最初からもの凄い剣幕だ。
前の馬車が急停車し、そこからトライデントのメンバーが一斉に飛び出していく。
俺も彼らに合わせて馬車を停車させた。
「お手並み拝見といきましょう」
グロリアはそう言うと、御者台から飛び降りて前方に走り出す。
確かにトライデントの実力を見るにはいい機会だ。
チャロとリリアもグロリアの後を追って走っていく。
……あれ、エステルは?
そう思って荷台をのぞくと、彼女はまだふさぎ込んだままだった。
いつもは切り替えの早い彼女だが、ジャンの事だけはそうはいかないらしい。
……今はそっとしておいてあげるしかないか。
ケルベロスは一匹だし、トライデントもいるから彼女が戦闘に加わらなくても問題はないはずだ。
……でも、まだそんなにジャンのことを。
俺は知りもしないジャンという男に軽い嫉妬を覚えつつ、前に向き直った。
前方では、ケルベロスとトライデントの戦闘が今まさに始まろうとしている。
……ん?
ただ、何故かガーディアンのガエルよりも前に立つロジェーヌの姿が。
彼女は馬鹿でかい戦斧を両手で持ち、ケルベロスを待ち構えていた。
……これは、ロジェーヌが勢い余ってタンクのガエルよりも前に出てしまったのだろうか?
ワイルドローズでは、戦闘開始時にタンク役のグロリアより前に誰かがいることはあり得ない。
タンクより先に誰かが魔物に接触してしまったら、タンクのヘイト管理が非常に難しくなるからだ。
案の定、ケルベロスは一番前にいるロジェーヌ目がけて突進してきた。
彼女は露出度の高い鎧を身に着け、盾も持っていない。
あれでは、ケルベロスの強力な攻撃に耐えられないだろう。
……大丈夫なのか!?
ケルベロスとロジェーヌの距離はみるみる縮まり、もう少しで接触するというところまできたその時、
「フンッ!!」
ロジェーヌの後方にいたガエルが、構えた槍を目にも止まらぬ速さで前に突き出した。
ビィィィィッ!
途端、槍の先から赤く光った円錐状のものが飛び出し、激しい音を響かせながら前方に向かって飛んでいく。
……な、なんだ!?
そしてそれがケルベロスの目前に到達するや否や、パッと弾けて消え去った。
まるでロケット花火のように。
「グォウッ!!」
驚いたケルベロスは前足を強く踏ん張って急停止する。
……何なんだ?
音や見た目は派手だったが、特にケルベロスがダメージを負ったようには見えない。
俺は訳が分からぬまま、事の推移を静かにうかがっていたが、その直後、ケルベロスの様子が明らかに変化する。
「ウォウォウォォォォ!!」
大きな雄たけびを上げたかと思うと、間近にいるロジェーヌを完全に無視し、ガエルを憎悪の対象とばかりに強く睨みつけたのだ。
そして彼を目指し、物凄い勢いで走り出す。
どうやらケルベロスのガエルに対するヘイトが著しく上昇したらしい。
後でグロリアから聞いた話では、ガエルが使った槍の技を「ヘイトクラッカー」と呼ぶらしい。
「風笛」という風の初等魔法を応用したもので、槍の動きだけで発動させるというガーディアンしか使えない特殊な技だ。
槍先で、呪文を簡略化したような記号を宙に描き、その後、槍を素早く突き出すことで魔法を発動させるという。
風笛は本来、音色を楽しむ入門的な風の初等魔法なのだが、それが発する音や光が何故か魔物のヘイトを激しく刺激するため、ガーディアンはこの技を使って魔物の自分に対するヘイトをコントロールするのだ。
ただ、いくら初等魔法とはいえ、槍の動きだけで魔法を発動させるというのは至難の業で、そのため、この技の習得はガーディアンを志す者にとっての最大の障壁になっている。
「残念ながら、私は使えないわ」
だからグロリアは盾や槍の扱いがうまくても、ガーディアンを名乗る事ができないのだ。
ケルベロスの攻撃に対し、盾を使って巧みに防ぐガエル。
防御の専門職だけあって、とても安定した盾さばきだ。
「おりゃぁぁぁ!!」
ロジェーヌは戦斧で何度も切りかかり、ケルベロスの背中に幾つもの切り傷を負わせている。
「氷の投槍!」
さらに、少し離れた所では、ウィザードのジュストが水の中等魔法で攻撃をしかけていた。
氷の投槍は、水の初等魔法「氷の矢」を大きくしたような形状で、矢よりも殺傷能力が高いらしい。
けれども、彼の放つ投槍は、二本に一本がケルベロスの硬い皮膚に跳ね返されてしまっていた。
戦闘が長引いている。
ワイルドローズだったらもう倒してしまっているはずだ。
トライデントはワイルドローズより一回りほど平均年齢が上のようだが、レベルはそれほど高くないのかもしれない。
ガーディアンのガエルがいるから戦闘は安定しているが、でも、決定力に欠ける。
ずっとワイルドローズだけを見てきた俺にとっては、何となく歯がゆく感じた。
結局、その後グロリアとチャロも参戦し、あっという間にケリがついた。
「いやあ、君達は強いね」
ガエルはニコニコしながらグロリア達を褒めたが、
「ふん」
ロジェーヌは横槍を入れられた事がよほど気に入らなかったのか、早々に馬車の中に消えてしまった。
「気を悪くさせちゃったかしら?」
御者台に戻ってきたグロリアはロジェーヌのことを心配したが、元々「協力した方が楽」と言い出したのは彼らだ。
ロジェーヌに気を使い、トライデントだけで戦闘をしていたら、時間ばかりロスしてそれこそ彼らと同行している意味がなくなってしまうだろう。
「気にすることありませんよ」
俺はグロリアにそう声をかけた。
その後も、出現した魔物は二パーティーで協力して倒したため、時間的なロスを最小限に抑えることができた。
ただ、エステルだけは一度も戦闘に加わらず、荷台でずっとふさぎ込んでいた。
******
辺りが暗くなり始めた頃、俺達は見通しの良い所に馬車を停め、野宿の準備にとりかかった。
食事は二パーティーで仲良く、ではなく、少し離れた所で別々にとることになった。
これは、パーティー同士の仲が悪いからというわけではなく――まあ、良いともいえないが――死角をできるだけ無くすための処置だ。
エステルはというと、まだふさぎ込んでいるらしく、食事の時ですら顔を出そうとしない……。
夜はワイルドローズとトライデントでそれぞれ一名ずつ見張りを出すことになった。
二台並べた馬車の両脇を分担して見張るのである。
見張りの時間や順番等はそれぞれのパーティーに任せられたが、エステルがあんな状態のため代わりにグロリアが詳細を決め、エステルが見張りに立つ時間も今夜だけは替わりにリリアが立つ事になった。
俺は朝方に見張りをするよう指示を受けたので、食事の後片付けをした後、最初の見張りであるグロリアに後を託し、馬車の荷台に乗り込んだ。
荷台にはエステルだけでなく、食事を終えたチャロとリリアもすでに乗り込んでいる。
彼女達は、荷台の内壁に寄りかかったまま座って寝ていた。
危険地帯で野宿をする時の定番睡眠スタイルだ。
これなら例え寝ている時に魔物が襲ってきても、すぐに対応できる。
俺も彼女達に倣い、荷台の一番後ろ側に腰を下ろすと、そのままの姿勢で眠りについた。
******
夜中、ふと目が覚めた。
座って寝ているせいか眠りが浅いのだ。
荷台の中を見ると、リリアの姿がなかった。たぶん今、見張り番をしているのだろう。
彼女の順番はグロリアの次だ。
……俺は四番目だからまだ大丈夫だな。
そう思ってまた眠ろうとした時、反対側に座っているエステルの目が開いていることに気付く。
暗がりの中、いつも身に付けている金のイヤリングを手に持ち、それをぼーっと眺めていた。
……まだ立ち直れないでいるのか。
自信に満ち溢れたいつものエステルとはまったく別人のようだ。
元彼のジャンを今でも強く想っているのだろう。
ただ、それにしても、ジャンという名前を聞いただけでこれほどの落ち込みようは尋常じゃないような気もする。
……ジャンとエステルとの間に何か特別な事でもあったのだろうか?
そんな事を思いながらそのまま彼女を見つめていたら、彼女も俺に気付き、まずいことに目が合ってしまった。
「……ど、どうしたんですか? ……」
焦って思わず聞いてしまったが、聞いた瞬間後悔した。
「何でもない」
彼女はムスッとしてそう言うと、イヤリングを素早く耳に付け、そっぽを向いてしまった。
……なんて野暮な質問を。
俺はすぐに謝ろうとしたが、でも、どう声をかければよいかわからず、ただ彼女の横顔をぼんやりと眺めていた。
ひんやりとした夜風が「頭を冷やせ」と言わんばかりに荷台の中に吹き込んでくる。
そんな重苦しい雰囲気の中、
「どうして……」
エステルの口が弱々しく動いた。
「……どうしてタケルはこの世界に来たの?」
「えっ?」
彼女の声はとても小さかったが、明らかに俺を責めている口調だった。
「この世界に来てほしくなかった」
俺にはそう聞こえた。
「…………」
俺は戸惑い、彼女の問いに答えることができずにいると、突然、彼女が怒った表情で俺を睨みつけた。
が、しかし、その顔は見る見るうちに泣きそうな顔へと変わっていく。
鋭く光る青い瞳が涙でどんどん滲んでいく。
……な、何でそんな目で俺を見るんだ!?
彼女の視線に、俺は動揺を隠し切れずオロオロした。
彼女はしばらくそのまま俺を睨みつけていたが、涙が一筋頬を伝った瞬間、尖がり帽子のつばをぐっと押し下げて顔を隠し、その後は完全に沈黙の徒と化してしまった。
……何で泣くんだ!?
……何がいけなかったんだ!?
俺は、知らない間に彼女を傷つけるような事をしまったのだろうか。
この世界に来てほしくなかったと思われるほどの……。
結局、俺はその後、ほとんど眠る事ができなかった。
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翌朝からエステルは何事もなかったかのように振舞った。
戦闘では中等魔法をガンガン使い、魔物を数秒で倒していく。
「炎の砲弾! ……爆発!!」
二十匹以上いたウォーウルフの群れでさえ、一瞬で消滅させてしまった。
「さ、さすがは炎のビューリー」
エステルの魔法の破壊力に、トライデントのメンバーは目を丸くして驚いている。
ただ、俺には何となく彼女が無理をしているように見えた。




