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026_ナディアの町

 涼やかなそよ風を感じて目が覚めた。

 見ると、東側の窓が少しだけ開いており、白いレースのカーテンが静かに揺れている。

 ……朝か。

 すでに部屋の中は十分な光で満ちている。

 夜が明けてから随分経っているようだ。


 ふと隣のベッドが空いているのに気付く。

 エステルのベッドだ。

 ……もう起きたのかな?


「うんっ」

 俺はわずかに残る眠気を完全に振り払うべく、ベッドの中で大きく伸びをした。

 もっと寝ていたい気もするが、主人が起きているのならそうも言っていられない。

 俺は諦めて体を起こした。


 他のベッドを見ると、グロリアもチャロもリリアもまだぐっすり眠っているようだ。

 彼女達は一昨日から夜通しで俺とエステルを捜してくれていたというから、かなり疲れたのだろう。

 俺は彼女達を起さないよう、静かにベッドから立ち上がった。


 ……ん?

 音を立てないように部屋のドアに向かっていると、ベランダに人影が。

 エステルだ。手すりに肘をついて外を眺めている。


「おはようございます」

 俺はベランダに出て、グロリア達が起きないよう小声で挨拶した。

「おはよう」

 エステルも俺に気付き、にこやかに微笑みながらやはり小声の挨拶。

「まだ寝ててもいいのに」

「いえ、もうバッチリです」

 そう答えながら、俺もベランダの手すりにつかまって外の様子を眺めた。


 空は、昨日と同じように灰色の分厚い雲に覆われている。

 なんともすっきりしない天気だ。

 その下に、昨夜は闇に隠れて見えなかったナディアの町が広がっていた。

 白壁に赤い瓦屋根の家々が整然と並んでいる。とても美しい町並みだ。

 そして、その向こうには港。

 大きな魔汽船が三隻、ボートのような小型の魔汽船が二隻ほど停泊している。

 さらに外海に目を移せば、港を囲むようにして浮かぶ無数の小島。

 恐らくそれらが防波堤になってこの港を守っているのだろう。

 とても綺麗な港町の景色だ。

 天気さえ良ければ最高の眺めだろう。

 ヴァイロン軍が気を利かせて、良い部屋をあてがってくれたのだろうか。


「いい景色ですね」

 俺はそう言って横にいるエステルに話しかけた。

「そうね」

 彼女も楽しげに景色を眺めている。

 ただ、そんな安らかな雰囲気とは裏腹に、彼女の着ているローブは無残にもあちこちが切り裂かれていた。

 昨日ケルベロスにやられた跡だ。何とも痛々しい。

 でも、あの戦闘で負ったはずの頬の傷は跡形も無く消えている。たぶんリリアにヒールしてもらったのだろう。

 ……こんなかわいい顔に傷跡なんか残ってたらかわいそうだもんな。

 俺はほっとしつつ彼女の横顔を眺めた。


 ……それにしても。

 エステルは昨日、俺が生き返った時、わんわん泣いていた。

 まだその泣き声が耳に残っている。

 彼女は今まで、どちらかと言えば俺に冷たい態度で接していたから、まさかあそこまで俺の事を心配してくれていたとは思わなかった。

 怪我をした俺を、今にも死にそうだった俺を、彼女は諦めずにナディアまで連れて行こうとしてくれた。

 奴隷の俺なんかさっさと見捨てて一人で行ってしまえばいいものを。

 そして、動けなくなった後も、彼女はずっと俺を抱きしめてくれていた。

 グロリア達が発見した時、俺とエステルはウォーウルフに囲まれていたという。

 それでも彼女は俺を抱きしめていたらしい。

 グロリア達に発見されなかったら彼女だって死んでいたはずだ。

 ……どうしてそこまで俺の事を心配してくれるんだろう?


 そんな事を考えながらエステルの横顔を眺めていたら、俺の視線に気付いた彼女と目が合ってしまった。

「……なに?」

「えっ、あ、あの、……き、昨日はご心配をおかけしてほんとに申し訳ありませんでした」

 俺は回想シーンからいきなり引き戻され、ちょっとドキドキしながら頭を下げた。

「いいわよ、そんなの」

 しかし、彼女の返事は素っ気無い。

 俺とは違い、彼女は昨日の事などまったく気にしていないのだろうか?

「……それに、もうあなたの事を心配するのは止めにしたから」

「えっ?」

「だって、あなたは弱いくせに無鉄砲なんだもの、いちいち心配してたら私の方がもたないわ」

「……」

「だから、あなたは好きにすればいい。大しけの海で海水浴を楽しんでもいいし、ケルベロスと戯れてもいい。好きになさい」

 そう言うと、彼女はまた外の景色に視線を戻してしまう。

「そ、そんな……」

 ……見放された。

 そんな思いが俺の心に突き刺さった。

 言い付けを何度も破り、挙句の果てに死に損なった俺には返す言葉もない。

 俺はショックで肩を落とし、うなだれた。


「…………その代わり」

 けれども、エステルの話はまだ終わっていなかった。

 彼女は遠くの景色を眺めたまま、呟くように小さな声で言った。

「……もう、絶対に死なないで」

「……えっ?」

 彼女が温かい眼差しを俺に向ける。

「主人の、命令よ」

「……は、はい!!」

 ……やばい、泣きそう。

 彼女は俺を見放してはいなかったのだ。

 俺は嬉しさで胸がいっぱいになった。

 そして、もう絶対に彼女に心配をかけさせない! と心に誓うのだった。


 すると、その時、

「あれ、こんな所にいたんだ」

 部屋の奥から声が聞こえ、レースのカーテンに人の影が映った。

 どうやらグロリアも起き出してきたらしい。

 俺は嬉しさでいっぱいの胸を押さえつつ、挨拶しようと振り返った。

「おはようござま――」

 しかし、そこまで言いかけて俺の顔は完全に固まってしまう。そして、下半身も。


 「おはよう」と言ってカーテンの向こうから現れたグロリアは、紐のようなパンツ以外、何も身につけてはいなかったのだ。

 ボリュームのある漆黒の水風船が二つ、さらにその先端には、あ、あの黒いポッチが!?

「グ、グロリア、また裸で寝たのね!!」

 そんなグロリアに、エステルが慌ててたしなめる。

「えっ? ああ、ごめん。昨日疲れてたからついいつもの癖で」

 言われて、彼女もやっと自分が裸でいることに気付いたのか、申し訳なさそうに部屋の奥へと引き返していった。

 ……ムフフ、今日ははっきり見ちゃった!

 俺の下半身が不意の幸運を掴み、さっきとは違う種類の感動で胸がいっぱいになっていると、

「……」

 エステルに冷たい視線を向けられてしまったのだった……。


「おはようニャ」

「おはようございます」

 その後、チャロとリリアも起きてきたので、みんなで朝食をとるために一階の食堂に移動した。


 食堂にはヴァイロン軍の兵士が数人いて、無言で食事をとっていた。

 疲れ果てた様子でゆっくり食べているところからすると、彼らは夜勤で、いま任務を終えて宿屋に帰ってきたところなのだろう。緊急事態とはいえ、大変な仕事だ。

 俺達はそんな彼らの横を通り抜け、昨夜と同じテーブルに腰を下ろすと、さっそく五人分の朝食を頼んだ。



 運ばれてきた料理を半分ほど平らげた頃、

「食事が済んだら荷物を取りに行きましょう」

 と、エステルがみんなに提案する。

 現在、ワイルドローズの荷物は魔汽船の事務所に預けっきりになっているが、その中には貴重品もあるし、日用品も入っている。

 定期船を運航しているのは実質ヴァイロン軍だから、盗難などはないと思うが、できるだけ早く引き取っておいた方がいいと彼女は判断したのだろう。


「その後、明日の朝にはドーラの町に向けて出発できるように、旅の準備もしておきたいわ」

 エステルはさらに明日の準備についても話し始めた。


 ドーラの町に行くために、まず馬車を調達しなければならない。

 また、この町のバウギルドに行って、ドーラの町や街道に関する情報をできる限り収集することも必要だ。

 ワイルドローズのメンバーは誰も今までにヴァイロン王国に来た事がないから、この国の事情がまったくわからない。

 その上、今は魔物が活性化しており、特別に異常な事態にもなっている。

 綿密な情報収集は欠かせないだろう。

 さらに、得た情報をもとに必要となる物資なども調達しなければならない。

 一日で行うには結構な仕事量だ。

「……時間が無いからテキパキこなしていきましょう」



 俺達は朝食を済ませた後、エステルの提案通り魔汽船の事務所に向かうことになった。

 事務所までの正確な道のりはわからないが、宿屋の前の通りが少し下りながら港の方に伸びているから、恐らくここを行けばたどり着けるだろう。

「さあ、行きましょう」

 エステルはみんなに声をかけ、港に向かってスタスタと歩き始める。

 グロリアとリリアもその後に続き、俺はチャロを抱っこしながら最後尾についた。


 その通りを歩いてほどなく、町の様子を眺めていたリリアが控えめにその感想を口にする。

「……なんか寂れてますね」

 確かに、ナディアの町は全く活気がなかった。

 通りの商店や宿屋は三軒に二軒が休業中の看板を掲げ、わずかに開いている店屋にも人の出入りはほとんどない。

 露天商も幾つか店を開いていたが、客はまばらで全然繁盛していないようだ。店先に並んでいる商品も心なしか粗末に見える。

「魔物が活性化しているせいで物資が思ったように入ってこないのよ」

 グロリアはそう推測した。


 しばらくして通りは港に突き当たり、そこから左右に分かれていた。

 グロリアの話によると、魔汽船の事務所は港の北側辺りにあるらしい。

 俺達は通りを左に折れ、港を右手に見ながら進んでいった。


「何これ!?」

 

 すると突然、先頭を歩いていたエステルから驚きの声が。

「えっ?」

 その声に促されて彼女の視線の先を見ると、道の左側に見覚えのある乗り物が停まっていた。

 筒状の黒い胴体に連結棒で繋がった大きな車輪、そして煙突。

 俺は写真やテレビでしか見た事はないが、間違いない。蒸気機関車だ。

 後ろには、客車や貨物車も連結されている。

 ……こんなものまであるのか。

 まあ、汽船があるくらいだから汽車があってもおかしくはないと思うが、この剣と魔法の世界でこんな機械丸出しの姿を見ると、何とも不思議な感じだ。

 他の面々も初めて見たのか、一様に驚いた表情でその異様な姿を眺めている。


「……タケル様はこれが何だかわかるんですか?」

「え?」

 その時、不意にリリアに尋ねられる。彼女には、俺がそれほど驚いているようには見えなかったのかもしれない。

「……たぶん蒸気機関車という乗り物だと思います。この世界で何と呼ばれているかはわかりませんが」

「ジョウキキカンシャ?」

「ええ、レールっていう鉄のガイドに沿って走る、まあ、馬車を発展させたような乗り物です。馬車より力があるから人や物を大量に、素早く運べるんです」

「そうなんですか、すごいですね!」

 俺の説明を聞いてリリアが目を輝かせた。

「タケルのいた世界にもあったの?」

 今度はグロリアからの質問。

「はい、でも俺も実際に見たのは初めてなんですけどね」

 もう日本じゃ観光用のものくらいしか見ることはできないだろう。

「じゃあ、これに乗っていけばドーラの町に馬車より早く着けるっていうこと?」

 さらにエステルから現実的な質問が投げかけられる。

「だぶん、レールがドーラまで続いていれば」

「それなら楽でいいわね」

 エステルは羨望の眼差しで蒸気機関車を眺めた。

 ……確かに俺も楽できる。

 馬車の操縦をしないで済むから楽チンだ。

「荷物を受け取るついでに魔汽船の事務所で聞いてみましょう」

 エステルはそう言うと、さっきよりも早足で歩き出した。


 蒸気機関車を通り過ぎると、今度は黒い石の集積所のような場所に出た。

 広い敷地に大小の黒い山が幾つも並んでいる。

 ……石炭かな?

 残念ながら、俺は石炭という物を見たことがないからよくわからない。

「これは何ニャ?」

 チャロにも聞かれたが答えられなかった。

 蒸気機関車が停まっている近くに野積みされているのだからたぶんその燃料だとは思うが、でも、石炭じゃないような気がする。

 というのも、その山はあちこちが何故か薄っすら青白く光っているからだ。

 魔物が放つ光のようでもあり、正直気味が悪かった。


 ……後で知った事だが、この世界の蒸気機関車は「魔汽車」と呼ばれ、石炭ではなく魔汽船と同じように魔石によって動くらしい。

 そして、ナディアの港に山のように積まれた黒い石こそが魔石だった。


 魔石とは、魔界の門の周辺で採掘される魔力を帯びた鉱物のことをいうらしい。

 魔界の門が放つ強力な魔力の影響を受け、普通の鉱物が変化したものと考えられており、青白い光を放つのが特徴だ。

 ただ、常態では他の鉱物となんら変わるところはない。

 けれども、魔石に宿る魔力の力は強大で、その力にいち早く気付いたヴァイロン王国は、百年以上も前に魔石の魔力を熱などのエネルギーに変換する装置「魔機関」を発明、魔汽船や魔汽車に応用し、さらには、工場の動力としても用いているという。

 そのおかげで、ヴァイロン王国は世界で最も裕福な国の一つだ。

 魔機関の発明以降、魔界の門周辺は魔石の一大鉱山になっており、そこで採掘された魔石は一旦ドーラの町に集められ、そこから魔汽車によって王都やナディアの港に運ばれる。

 ナディアの港からはさらに他の港に運ばれ、魔汽船の燃料として使用されるということだ。


******


 グロリアの言った通り、魔汽船の事務所は港の北端にあった。比較的新しい三階建ての建物だ。

 すぐ近くには魔汽船が係留されていて、埠頭から直接乗れるようになっていた。


 ただ、目的地を目前にして、エステルはうんざりしたように立ち止まる。

「混んでるわね……」

 魔汽船の事務所は、どういうわけか外にまで人が溢れ出してしまうほど混雑していた。

 しかもその人達の多くは大きな荷物を抱えており、中には、産まれたばかりであろう幼児を抱く母親や具合の悪そうな老人までいる。みな尋常ならざる雰囲気をかもし出していた。


 後で聞いた話によると、今、ヴァイロン王国から大陸に渡る人が急増しているらしい。

 魔物の活性化により危機的な状況に陥っているこの国から脱出するためだ。

 フェーベなどに向かう魔汽船は常に満員で、予約も三ヵ月後まで完全に埋まっているという。

 ここにいる人達は予約を取ることができず、わずかな望みにかけて魔汽船の出航日にこうしてキャンセル待ちをしているのだ。


「大変そうですね……」

 リリアがやるせなさそうに呟いた。


 俺達は覚悟を決め、事務所の奥にあるカウンターに向かった。

 大きな荷物を抱えた人達に迷惑そうな顔をされたが仕方がない。

 

 何とかカウンターにたどり着き、

「ワイルドローズですが、預かってもらっていた荷物を取りに来ました」

 グロリアが受付の男性に声をかけると、

「ワイルドローズ様? し、少々お待ちください!」

 その男性は何故か大慌てで奥の方に引っ込んでしまう。

 ……何を慌てているんだろう?


 言われるがまましばらくそこで待っていると、すぐに男性は戻ってきた。さっきとは違い、ほっとした表情を浮かべながら。そして、

「どうぞこちらへ」

 カウンターの左側にある応接室のような部屋に俺達を案内する。

 窓から港の魔汽船が見える小奇麗な部屋だ。


 ……荷物を取りに来ただけなのに?

 俺達は要領を得ないままソファーに腰を下ろした。

「少々お待ちを」

 案内した男性が部屋から出ていくと、今度は女性の事務員が入ってきてスティーナまで出してくれた。


「……どういうこと?」

 事務員が部屋から出て行った後エステルがグロリアに尋ねたが、彼女も困惑した表情で首を傾げただけだった。

 こんな待遇を受けるとは彼女も思っていなかったのだろう。


 するとその時、いきなり入口のドアが勢いよく開き、ヴァイロン軍の白い鎧を着込んだガタイのいい男性が入ってきた。

 針金のように硬そうな白い髪をきっちり角刈りに整えた中年の男性だ。

 普通の兵士より見た目が華やかに見えるのは、その男性の鎧が金で縁取りされているせいだろう。

「将官クラスね」

 エステルが俺達にだけ聞こえるよう小声で囁いた。


「いやぁ、行き違いにならなくてよかった。今から君達の荷物を持って宿屋に伺おうと思っていたところだ」

 その男性は気さくに話しかけながら、俺達の向かいのソファーにどかっと腰を下ろす。

「あなたは?」

 エステルが尋ねると、

「ああ、申し遅れた。私はヴァイロン軍ナディア防衛隊副隊長のウォレスだ」

 彼はそう名乗って胸に手を当て小さくお辞儀をした。

 昨日、宿屋まで送ってくれた門番の兵士と同じ所作だ。

「そんなご身分の方がなぜ私達の宿屋に?」

「もちろん謝罪にだ。君達は魔汽船をクラーケンから守ってくれた。にも関わらず、我々は海に落ちた君達を救出することも、また、捜索することもできなかった。このこと、深くお詫び申し上げる」

 そう言うと、彼は深々と頭を下げた。


「確かにお粗末だったわね」

 謝罪と聞いて、エステルの言葉に怒気がこもる。

「クラーケンは高位の魔物、それをあんなレベルの兵士達に当たらせるなんて」

 するとウォレスは申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭を上げた。

「言い訳になってしまうが、知っての通り、現在我が国は魔物の活性化によって大混乱しており、我が軍にはまったく余裕がない。あの航路は今までに強力な魔物の出現例がなかったから、総合的な観点から新設の若い部隊に魔汽船の護衛を任せていたのだ」

「……なるほど」

 エステルが納得したように頷く。今のこの国の状況を考えれば、仕方がないと彼女も思ったのだろう。

「まあ、事情が事情だし、私達も結果的に無事だったのだからこれ以上責めるつもりはないわ」

「そう言ってもらえるとありがたい」

 ウォレスはもう一度頭を下げた。


「……」

 自分の怒りによって緊迫してしまったその場の空気を変えるためか、エステルはここでスティーナを一口飲み、間をおいてから違う事を話し始めた。

「ところで、私達はこれからドーラの町に向かおうと思っているんだけど」

「国王陛下の名でバウギルドに依頼が出ている仕事のためかね?」

 ウォレスは話題が変わったことに安堵した様子で応える。

「ええ。ただ、その仕事に関して詳しい情報が何故か手に入らないのよ」

「……」

「ヴァイロン軍上位のあなたなら詳しい事情を知ってるわよね? そのあたりを聞かせてくれないかしら」


 すると何故かウォレスの表情から気さくさが消えた。

「残念ながら、それは極秘事項ゆえ私から話す事はできん。ドーラに行けば自ずと分かるだろう」

「極秘? それほど秘密にしなければならないことなの?」

「うむ」

「そう言われると、尚更聞きたいんだけど」

「……勘弁願いたい」


「そう……」

 頑ななウォレスの態度にエステルは残念そうな顔で返事をした。が、しかし、すぐにその表情は不敵な笑みへと変わる。

「私達のおかげでクラーケンを倒せたのに?」

「うっ……」

 彼女は先ほど握ったばかりのウォレスの弱みをさっそく利用し始めたのだ。

「私達のおかげで魔汽船もその乗客も無事だったのに?」

「……う、うむ」

「私達のおかげで魔汽船に乗っていたヴァイロン軍の未熟な兵士達も全員無事だったのに?」

「……」

 段々とウォレスの顔色が青ざめていく。エステルもえぐい。

「私達のおかげで――」

「わ、わかった。君達には特別に教えよう」

 ウォレスは降参した。

「ありがとう」

 エステルは作戦が成功したことに満足しつつ謝意を述べた。

「ただし、ドーラに行くまでは絶対に他言しないでもらいたい」

「もちろん」


 ウォレスは諦めたようにため息をついた後、俺達の顔を一度見回してから、険しい表情でゆっくりと重い口を開いた。


「この世界は今、滅亡の危機に瀕している」

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