021_小さな砂浜
………………うっ!
「ゲボッ、ゲホッ、オゲッ、ウヴォッ、ゲホッ」
……い、息が、で、できない!?
「ゲホッ、ゲボッ、ヴッ、ハッ、ハァ、ハァ、ハァア、ハアァァ、……」
……し、死ぬかと思ったぁ。
俺は喉にこみ上げてきた塩辛い水を大量に吐き出しながら目覚めた。
最悪の目覚めだ。
俺はむせないように気を付けながら、何とか肺に空気を送り込んだ。
息が落ち着いてくると、今度はどうしようもないほどの体のだるさと、脇腹の痛みを感じた。
まったく動けそうにない。
俺は目を閉じてそのまま体を放置した。
ザザァ、ザザァ。
波の音? が聞こえる。
体の下はザラザラでひんやりしている。
……ここは?
俺は目を開け、ゆっくり頭を起こした。
波が、俺の足元の近くまで押し寄せては引いている……。
どうやら砂浜のようだ。
俺は上体を起こし、まだ焦点の定まりきれていない目で辺りをぼんやり眺めた。
小さな砂浜だ。海側以外は五メートルほどの高さの崖に囲まれている。
景色は全体的に灰色で、冬の浜辺のように物悲しい。
……そうか、俺は波にのまれて。
波の中でもがき苦しんでいた嫌な記憶がよみがえった。
その後ここに漂着したのか……。
……はっ、エステルは!?
俺は何よりも大事な事を思い出し、波打ち際に沿って素早く目線を走らせた。
すると、少し離れた所に魔汽船の手すりが漂着しているのが見えた。
俺がエステルを乗せたあの手すりだ。
でも、エステルがいない。
……うそだろ。
俺は一瞬、最悪の事態を思い浮かべてすぐにそれを振り払い、体のだるさなど構わず急いで立ち上がった。
……きっといるはずだ。
俺は砂浜を見て回ることにした。
波打ち際、崖の隙間、砂浜に散乱している漂着物の陰。
小さな砂浜をくまなく確認した。
しかし、エステルの姿はどこにも見当たらなかった。
……うそだ、……うそだ、……うそだ。
そう思いながらもう一度波打ち際を見回ったが無駄だった。
漂流している間にはぐれてしまったのかもしれない。
俺は沖の方を眺めた。
灰色の分厚い雲の下で、黒い海が激しくうねっている。
絶望を表現したような景色だ。
エステルはクラーケンにやられた後ぐったりしていた。
あんな状態で漂流していたら……。
……くそう、何で俺だけ助かったんだ。
俺は感情を抑えきれず、海に向かって大声で叫んだ。
「エステルさまぁぁぁぁ!!」
「……なに?」
「………………えっ?」
誰もいないはずの背後から声が。
俺はびっくりして振り返った。
そこには、……びしょ濡れの、……エステルが、……立っていた。
「あっ……えっ……」
俺は驚きのあまりうまく声を出せなかった。
「何驚いているの? 幽霊でも見たような顔して」
その幽霊かもしれない人は俺を見て不快な表情を浮かべる。
「……ぶ、無事だったんですね?」
「もちろん」
幽霊では、なかった。
「……よかった、……よかった」
俺は自分が奴隷であることも忘れて思わず彼女を抱きしめてしまった。
「ちょ、ちょっと、……」
彼女は困惑しているようだったが、俺を払いのけはしなかった。
彼女の体は冷え切っていたが、でも、ほのかに温もりを感じ、俺は涙が出るほど嬉しかった。
そんな状態で、しばらくそのままエステルを抱きしめていると、
「……あなた、また私の言い付けを守らずに無茶したわね」
と、不意に彼女が俺の耳元で囁いた。
冷静な口ぶりだったが、その声には明らかに怒気が含まれている。
「言い付け?」
聞き返すと、彼女は両腕を突っ張って俺を押し離し、怒った顔で睨んだ。
「危険な行動は慎めって言っておいたでしょ!」
「……」
確かに俺は旅の初めの頃、彼女からそう言われていた。
「それなのにあんな大しけの海に飛び込むなんて、無茶すぎるわよ!」
彼女はさらに怒気を強める。
「……で、でも、あの時エステル様を助けなかったらかなりやば――」
「あなたが私を助けようなんて百年早いって言ったでしょ!」
俺の反論を最後まで聞かないうちに彼女が言い返した。
「そ、そんな……」
必死で助けたのに、どうしてそこまで言われなくちゃいけないんだ。
さすがにショックだった。
俺は後ずさりして彼女から離れた。
「……エステル様はそんなに俺に助けられるのが嫌ですか?」
どうせ「奴隷に助けられるくらいなら死んだ方がマシ」とでも言いたいんだろう、そう思って俺は気落ちしつつ皮肉交じりに尋ねた。が、しかし、彼女は何故か首を大きく横に振る。
「そうじゃない! 私はあなたの事が心配だから言っているのよ!!」
「え?」
「……ええっ!?」
エステルは、自分が言った言葉に自分自身が驚いた様子で目をぱっと見開いた。
みるみるうちに、濡れて冷たくなっているはずの彼女の白い顔が真っ赤に染まっていく。
「……か、勘違いしないで、わ、私はただ、あなたが元の世界に戻る前に死んじゃったら不憫だと思うから心配してるだけで、と、特別な意味があるわけじゃないから」
彼女はあたふたしながら小声で説明し、その後、目を閉じて念じるように言った。
「本当に、本当にそれだけなんだから……」
その言い方はまるで自分自身に言い聞かせているようだった。
「…………」
エステルはしばらく無言で乱れた呼吸を整えていたが、やがて目を開き、また眉をつり上げる。
「とにかく、もう二度と無茶な事はしないこと、いいわね?」
「……はい」
「本当にわかった?」
「わかりました。今後はエステル様にご心配をおかけしないように注意します」
俺は頭を下げた。
理由はどうであれ、彼女が俺を心配してくれているのは確かなようだ。
素直に感謝したい。
「……わかればいいわ」
彼女はそう言うと、今度はほっとしたような表情になった。
「でも、まあ二人とも助かってよかったわ」
「そうですね」
あの大しけの海に落ちて二人とも助かったのだ。
奇跡だ。今は細かい事は抜きにして、この幸運を喜ぼう。
少し落ち着いたところで、俺は周りを見ながらエステルに尋ねる。
「……それで、ここは何処なんですか?」
彼女はまじめな顔になった。
「よくわからないわ、でもあの船があと半日でナディアに着くはずだったことを考えれば、ここがヴァイロン王国である可能性が高いわ」
「ここがヴァイロン王国?」
「ええ、でも確証はないわ。今、崖の上を見てきたんだけど、草原が広がっているだけで何もなかったから」
「……人が住んでいる様子は?」
「なかったわ」
「無人島じゃないですよね?」
「わからない」
無人島というと、ヤシの木が生えているような南国の島を思い浮かべる。
そんな所ならエステルと二人だけの生活も悪くないと思うのだが、こんな寂しい所ではそういう気分になれそうにない。
「それにしても、崖に登る前に起こしてくれればよかったじゃないですか。俺が気付いた時、エステル様がいなかったから必死に捜しちゃいましたよ」
「起こしたわよ。でも蹴っても起きなかったから諦めたの」
「け、蹴った? 奴隷とはいえ漂着して倒れている人を蹴って起こそうとしたんですか?」
俺に突っ込まれ、エステルは少し考えてから軽く頭を下げる。
「ごめん、つい癖で」
「癖って……」
俺が気付いた時に感じた脇腹の痛みは、エステルに蹴られたものだったのか。
……この人は本当に俺の事を心配してくれているのだろうか?
ちょっと不安になった。
その時、冷たい風がびゅーっと音を立てて吹き、俺達の濡れた体から体温を容赦なく奪っていった。
「……とにかく火を焚いて服を乾かしましょう。こんな格好じゃ風邪引いちゃうわ」
「そうですね」
俺達は火を焚くために、周りに散乱している薪になりそうな漂着物を拾い、砂浜の真ん中辺りに集めた。
ある程度集まったところで、エステルが火の魔法を放つ。
「炎の弾!」
すると、薪はボウォッという音を立てながら勢いよく燃え始め、すぐにその熱気が俺達をやさしく包んでくれた。
「……温かいですね」
「そうね」
冷え切った体が一気に生気を取り戻した。
体が少し温まった頃、
「次は水ね、タケル、水が溜められそうな物を見つけてきて」
と、エステルが指示する。
俺は砂浜を見て回り、小さめの樽を見つけることができた。
その樽は上蓋がなくなっており、底にも穴が開いていたが、斜めにすれば多少の水は溜められそうだ。
「それでいいわ」
樽を見せると、エステルも了解してくれた。
俺は樽を崖の隙間に固定し、彼女は少し離れた所からそれめがけ水の魔法を発動させる。
「水の槍!」
その途端、彼女の手のひらから水が勢い良く噴射され、樽を直撃。
あまりの勢いに樽が壊れてしまわないか心配したが、何とか持ちこたえ、結果的にその中には半分くらい水が溜まっていた。
「飲みましょう」
「はい!」
俺達は樽の水を交互に手ですくっては口に運んだ。
海水のせいで口の中や喉の辺りがカラカラに乾いていたから、とてもうまい。
生き返った気分だ。
……火に水、やっぱり魔法って便利だ。
魔法は誰でも使えるようになるらしいから、いつか暇なときにエステルに教えてもらおう。
「ああ、おいしかった」
水に満足すると、エステルは近くの丸太に座り、また焚き火で暖を取り始める。
俺もその隣に座ろうとしたが、
……着たままじゃ服が乾きづらいな。
と思って、焚き火の横に漂着物を組み合わせ、即席の物干し台を作った。
出来は悪かったが、要は服が干せればいいのだ。
「失礼します」
一応エステルに断ってから、俺は服を脱ぎ始める。
俺が着ているシャツもズボンも、カリオペの町で彼女に買ってもらったものだ。
旅の中でずいぶん汚れてしまったが、丈夫なのか破けている所はない。
俺はさっと服を脱ぎ、パンツ一枚の姿になった。
パンツ一枚と言っても、その時俺は、脚の部分を切り取った奴隷服のズボンをパンツ代わりにはいていたから、エステルの前でもそれほど恥ずかしいとは思わなかった。
もちろん、パンツまでは脱がない。……たぶん。
俺は自分の服を、とりあえず物干し台の端の方に干した。
「……」
その間、エステルは裸の俺を見ないようにずっと焚き火を眺めていたようだった。
「……エステル様は?」
自分の服を干し終わってから、俺は彼女にも一応尋ねる。
「えっ、……ぅ、ぅん」
すると、彼女は戸惑った表情でどうしようか悩んだ後、意外にも小さく頷いた。
彼女の着ているローブは厚手だから干さないとなかなか乾かないということを、彼女もわかっているのだろう。
彼女は立ち上がり、少し顔を赤くしながらローブを脱ぎ始める。
俺は見たい気持ちを抑えて、海の方を眺めていた。
「……これ、干して」
ほどなくエステルに声をかけられ、俺は彼女の方を見て、絶句した。
……こ、これは!?
彼女の姿に俺の目が釘付けになる。
彼女は、ローブの下に、地味な白いシャツとパンツを身につけていた。
それ自体はごく普通なのだが、でも、シャツもパンツも海水に濡れて肌にぴったりくっついており、つまりは、
……透け透け
なのだ。
むっちりした体のライン、大きな胸の輪郭がはっきりとわかる。
白いシャツには肌の色が浮き出ており、何ともエロっぽい。
……ありがとう。
この時ばかりはクラーケンに感謝した。
「早く干して!」
エステルは俺の視線に気付き、左腕で胸の辺りを隠すと、怒りながらローブを強く差し出してくる。
「は、はい」
俺は上ずった声で返事をしつつ彼女からローブを受け取ると、ぎこちない動きで物干し台の中央に干し始めた。
……静まれ、静まるんだ。
干している間、俺は下半身に必死に言い聞かせた。
気を付けないと、俺のビーチフラッグが勢いよく跳ね上がってしまいそうなのだ。
エステルは、今が緊急事態だから仕方なく俺の前でローブを脱いだ。
俺のために脱いだのではない。
こんな時にビーチフラッグが跳ね上がってしまったら、ドン引きされてしまうだろう。
……底辺かける高さ割る二、……上底足す下底かける高さ割る二。
俺は昔習った算数の公式を頭の中で懸命に唱えながら、何とか気を紛らわせた。
ただ焦っているせいか難しい公式はまったく思い浮かばない。
……対角線かける対角線割る二、……パイアール二乗、……二パイアール、……。
その間に、エステルは両腕を袖から抜いてシャツの中に入れ、肌が透けないように工夫。
それから丸太に腰を下ろし、体を小さく丸め込んだ。
俺はローブを干し終わった後、彼女から少し離れて丸太に座った。
近いと色々見えてしまいそうでビーチフラッグがやばいのだ。
しばらくすると、辺りが少し暗くなってきた。
空が灰色の分厚い雲に覆われていてよくわからないが、どうやら日暮れらしい。
海の方角がより暗く見える。
「あっちが東ね」
エステルが呟いた。
「……とすると、やはりここはヴァイロン王国のようね」
魔汽船は、西にあるヴァイロン王国に向かって進んでいた。
この場所から見て海側が東だとすると、ここがヴァイロン王国とみて間違いないようだ。
まあ、多分に希望的観測が含まれているかもしれないが、今はそれでいい。
「運がよかったですね」
「ええ、今日はもう日が暮れるから、夜が明けたらナディアに向かいましょう」
「はい」
ナディアと聞いて何となく希望が湧いてきた。
すると緊張がほぐれたのか、俺の腹がぐーっと鳴る。
……そういえば、船酔いのせいで昨日からほとんど何も食べていない。
お腹が空くわけだ。
エステルの魔法で水を作り出すことはできたが、さすがに食べ物までは作り出せない。
「……ナディアに向かいながら、近くの村か町に寄って食料を分けてもらいましょう」
俺の腹の音を聞いて、エステルが苦笑しながら付け加えた。
ほどなくして辺りは完全に暗闇になり、焚き火に照らされた部分だけが俺達の世界になった。
ザザァっという波の音が、暗闇の向こうから寂しげに聞こえてくる。
「…………」
「…………」
俺達は無言で焚き火を眺めていた。
「………………そういえば、タケルと二人で野宿するのって久しぶりね」
長い長い沈黙の後、エステルがようやく口を開く。
「はい、ザウル湿原以来ですね」
「ザウル湿原かぁ、なんか懐かしいなぁ」
「そうですね」
俺はこの旅の最初にエステルと通ったザウル湿原のことを思い出した。
あれから一ヶ月くらいしか経っていないはずだが、その後色々あったせいか、ずっと前のような気がする。
「あの頃、あなたは火もおこせなかったのよ」
「そうでしたね」
「魔物を見て腰を抜かしたりして」
「ハハ、それはもう忘れてください」
俺達はザウル湿原の思い出を語り合った。
その当時は大変だったが、今となってはいい思い出だ。
エステルも時々笑いながら楽しそうに話していた。
話題はザウル湿原からアルテミシアの町に移る。
「……タケルいきなり逃げるんだもの、びっくりしちゃったわ」
「あの時は奴隷から逃れようと必死でしたからね」
「でも今はかわいい女の子に囲まれてホクホクじゃない?」
「一人おっかない人がいますけど」
「誰の事よ!」
「じょ、冗談ですよ」
「アハハ」
俺達は長い時間、楽しく語り合っていた。
少し話が途切れたところで、俺は良い機会だと思い、前から気になっていた事をエステルに尋ねる。
「……でも、どうしてエステル様は奴隷売買所で俺を選んでくれたんですか?」
「えっ?」
「他にも何人か奴隷がいたじゃないですか」
すると、彼女は焚き火を見つめながら呟くように言った。
「……感じたのよ、……彼を」
「彼を?」
俺が聞き返すと、彼女は一瞬はっとした表情を浮かべ、その後は思いつめたように目を閉じてしばらく黙っていたが、
「……ごめん、今の忘れて」
と小さな声で呟いて、話を強引に終わらせてしまった。
……彼って誰だろう?
もう少し続きを聞きたかったが、もう聞ける雰囲気ではなかった。
俺はいたたまれなくなり、立ち上がって服の乾き具合を確認したり少し位置を変えたりした。
エステルはさっきからずっと目を閉じている。
「……ここは魔物が出るでしょうか?」
俺はエステルにそっと尋ねた。
「……たぶん」
彼女は目を閉じたまま短く答える。
「じゃあ俺は見張ってますから、エステル様は寝てください」
俺はそう伝えると、崖が見渡せるように焚き火に背を向けて丸太に腰を下ろした。
「……うん」
エステルは小さく頷いた後、静かに立ち上がる。
「おやすみなさいませ」
そう声をかけたが、彼女は返事をせず、何故かそのまま俺のすぐ隣に座り直した。
「えっ?」
俺が驚いていると、彼女は少し強い口調で言った。
「主人の命令よ」
しかし、その後の言葉は、小さくか細い声だった。
「……肩を、貸して」
彼女は俺の肩に頭をもたれ掛けてきた。
「はい、喜んで」
彼女の頭の重さが肩にかかったが、何故か心地良い。
俺は彼女が起きるまで絶対に体を動かさない事に決めた。
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俺は朝まで見張りをするつもりだったが、エステルが夜中に起き、
「あなたも少しは寝ておきなさい」
と、見張りを代わってくれた。
俺は申し訳なく思いつつも寝かせてもらうことにした。
明日はナディアに徒歩で向かわなければならない。
それなのに徹夜明けでは、集中力が落ち、返って彼女に迷惑をかけてしまうかもしれないと思ったからだ。
さすがに彼女の肩を借りるわけにはいかなかったが、彼女が俺のすぐ隣に座ってぴったりと密着していたので、それだけで俺は安心して眠る事ができた。
******
******
辺りが少し明るくなり始めた頃、俺は目を覚ました。
今日も空は灰色の分厚い雲に覆われており、何ともすっきりしない気分だ。
……あれ?
気付くと、いつの間にかエステルがいなくなっていた。ローブもなくなっている。
焦って見回すと、彼女はすでにローブを着て砂浜を歩いていた。
下を向いて何かを探しているようだ。
俺は干してあった自分の服を急いで着ると、彼女のいる方へ走っていった。
「おはようございます」
ある程度近付いたところで挨拶すると、
「おはよう」
と、彼女は笑顔で返事をしてくれた。
が、またすぐに何かを探し始める。
「どうしたんですか?」
「杖の代わりになる物を探しているのよ」
彼女の杖は、クラーケンにさらわれた時に落としてしまったらしい。
「……杖って必要なんですか?」
俺は、彼女が杖を持っていなくても魔法を使ってるところを何回も見ている。
「魔法を使うこと自体に杖は必要ないわ、でも、魔法をうまく操るにはやっぱり杖が必要なのよ」
「なるほど」
杖は魔法を制御するためのものだったのか。
「あっ、これでいいや」
しばらくして、エステルは自分の背丈ほどもある木の棒を拾い上げた。
船の装飾用の木材だろうか、表面が滑らかで幾何学模様が彫刻されている。
少し細めで力がかかると折れてしまいそうだが、それは仕方ないだろう。
エステルが杖を探している間、俺も何か武器になるような物がないか砂浜を見回り、デッキブラシの柄を見つけることができた。
敵を殴りつけるにはちょうどよさそうだ。
「じゃあ、出発しましょうか」
「はい」
俺達は崖を登り、この小さな砂浜を後にした。
目指すはナディアの町だ。
ここからどれくらいあるか見当もつかないが、行かなくてはならない。




