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016_最後の手段

 次の朝、俺達は軽い朝食をとった後、昨日と同じキングバシリスクの巣穴に向けて出発した。


 パカ、パカ、パカ、……


 馬車は朝日で真っ赤になった荒野の中を進む。

「…………」

 出発してから終始無言のワイルドローズを乗せて。


 俺の隣に乗っているグロリアも、さっきから一言も言葉を発していない。物憂げな視線を道の先に向けながら、黙って馬車に揺られている。

 どうみても乗り気じゃない。

 もう一度チャンスをくれはしたが、まだリリアのことをまったく信用していないのだろう。

 そんな彼女の左手には、見慣れない盾が握られている。予備の盾だ。

 見た目はグロスシールドよりも大振りで重厚だが、魔法は付与されていない。



 俺達は昨日と同じ岩山の陰に馬車を隠し、巣穴の前まで移動した。


「タケル、すぐにリキッドを出せるように準備しておいて」

「あ、はい」

「今日は南が風上だから、撤退するなら北ね、隠れる所は、……」

 今回はエステル達も緊張しているのか、いつになく落ち着かない様子でいる。


「すぅぅっはぁぁぁ……」


 当のリリアもさっきから何度となく深呼吸。昨日以上に緊張しているようだ。

「リリア様、がんばりましょう」

「は、はい、がんばります!」

 ……大丈夫かなぁ。

 威勢はいいが、声が少し上ずっている。


 その後、リリアはバフを行ない、俺はライトリキッドを点灯。

 全ての準備が整ったところで、

「じゃあ、行きましょう」

 エステルの号令により、俺達は再びキングバシリスクの巣穴の中にゆっくりと入って行った。


「……」

 中は、昨日と特に変わったところはない。

 でも、何となく雰囲気が違う。

 きっと、昨日の失敗のせいで恐怖心が倍増しているからだろう。

 俺達は細心の注意を払いながら少しずつ進んでいった。



 今日もベッドルームにキングバシリスクはいた。

 前回より若干左に寄ってはいるが、ほぼ同じ位置で寝ている。

 一方、昨日エステルが脱出の際に崩した天井の岩は、巣穴の端の方に荒っぽく寄せられていた。キングバシリスクが自分の寝床を綺麗に掃除したと思われる。


「もう一匹いないわね」

 巣穴を見回しながらエステルが小声で呟く。

 俺も見てみたが、確かにベッドルームにいるのは一匹だけだ。

 ……これなら何とかなるかもしれない。

 しかし、そう思ったのも束の間、

「奥にいるニャ」

 チャロが、巣穴の奥の岩陰からもう一匹の尻尾の先がわずかに出ているのを発見する。やはり、今日も二匹を相手にしなければならないようだ。


 その間、グロリアはベッドルーム内をくまなく探っていたが、

「……見える所に盾はないわね」

 と、諦めたようにため息をついた。

 昨日、彼女は脱出の際にキングバシリスクに向かって盾を押し放したから、もっと奥の方かもしれない。


「別のパーティーが来た痕跡はないから、たぶん捜せばあるはずよ」

「でもキングバシリスクを倒してからじゃないと、奥まで行くのは無理ね」

「ええ、……倒すしかないわね」

 エステルは先にグロスシールドを回収することを諦め、キングバシリスク討伐を決断した。


「リリア、バフを更新して」

「は、はい」

 エステルの指示で、リリアはグロリアとチャロのバフを更新。


 戦闘の準備は整った。

 最後にエステルは、

「リリア、がんばってね」

 と、今回の討伐のキーパーソンに声をかけた。

 リリアさえしっかりしていれば、たとえキングバシリスクが二匹いても勝てない状況ではないからだ。

 けれども、その後のリリアの返答を聞いて、エステルは不安な表情を浮かべざるを得なくなった。

「は、はい。がんばりぁます!」

 と、リリアが単純な単語ですら噛んでしまったからだ。戦闘を目前に控え、相当緊張しているに違いない。


「リリア様、とりあえず深呼吸してください」

 俺はすかさず小声で彼女に促す。とにかく今は、少しでも彼女の緊張をほぐしておかなければ。

 しかし、

「は、はい。すー、はー、すー、はー」

 ……だめだ。

 すーのところでも息を吐いちゃってるよ。

 ただ、俺はそのことを無理に指摘せず、わざとにこやかな表情をつくると、緊張しているリリアの心に届くようゆっくりとした口調で優しく助言を与えた。

「ここにいるみんなは強いから、慌てる必要はありません。みんなを信じて、自分のペースで」

 すると、若干落ち着きを取り戻したのか、リリアが真っ直ぐな眼差しでこくりと頷いた。


「じゃあ、行きましょう!」


 エステルの号令により、グロリアがキングバシリスクにファーストアタックをしかけ、二度目の戦闘が開始された。


「グギャワ!!」

 キングバシリスクは今日も元気だった。激しく攻撃をしかけてくる。

 対してワイルドローズは、グロリアが正面でキングバシリスクの攻撃を防ぎ、チャロは側面からダガーで、エステルは少し離れた所から初等魔法で攻撃、そして、リリアはヒールでグロリアを援護。

 昨日と同じスタイルで戦っている。


 俺はリリアのすぐ近くにいて、彼女に時間的な余裕ができると、

「深呼吸して」

 とか、

「落ち着いて」

 とか、言葉をかけ続けた。

 彼女も俺の言葉にちゃんと反応してくれている。

 ここまでは順調だ。


「出てきたわ!」

 ある程度一匹目のキングバシリスクにダメージを与えたところで、奥から二匹目が出てきた。

 ほぼ昨日と同じタイミング、どうやら連携しているようだ。

 ただ、今回はその行動がわかっていたから、グロリアは慌てずに対処した。

 チャロも二匹目に攻撃されないよう、少し後退した位置で攻撃を続けている。

 リリアも特別慌てた様子はない。大丈夫だ。


 しかし、キングバシルスクが二匹になったことで、戦闘は一気に激しさを増した。

 グロリアがダメージを受ける頻度が格段に増し、チャロも時々ダメージを受ける。

 グロリアにしてもチャロにしても、不意打ちを食らった昨日よりは安定しているようだが、二匹のキングバシリスクの苛烈な攻撃の前に、どうしてもダメージを受ける回数が増してしまう。

 少しずつヒーラーに重圧がかかるようになっていった。


******


 二匹目のキングバシリスクが姿を現してから三十分くらい経過した時、とうとうリリアの魔法に狂いが生じ始める。

 魔法の発動に手間取ったり、ヒールと解毒の魔法を間違えたりし出したのだ。

「リリア様、落ち着いて」

「リリア様、深呼吸」

 俺はできるだけ冷静に声をかけ続けたが、彼女は途中からほとんど反応しなくなってしまった。極度の緊張で、恐らく俺の声が聞こえていないのだ。


 リリアの魔法が狂い出したせいでグロリアとチャロの動きも鈍くなり、昨日と同じようにまたじりじりとキングバシリスクに押され始めている。

 ……このままじゃまた失敗だ。

「リリア様!!」

 もう形振り構っている場合じゃない。

 俺はリリアに大声で呼びかけたり、肩を揺すってみたりした。

 が、彼女はされるがままで、まったく反応してくれない。すでに目の焦点がずれ始めている。

 もう訳が分からず、魔法を連発しているだけのようだ。


「やっぱりだめか、グロリア、チャロ、撤退の準備を!」

 そんなリリアの状態を見て、エステルがやむなく撤退準備の指示を出した。討伐ができないとわかれば、これ以上戦ってもまったく意味がないからだ。


「仕方ないわね」

 エステルの指示により、グロリアが少しずつ後退を開始。

 チャロもキングバシリスクの側面からグロリアの横まで後退し、攻撃の仕方もグロリアを援護するような形に切り替えた。

 今回、リリアが混乱するかもしれないということは想定内だったため、みんな落ち着いて行動している。

 そして、ある程度まで二人が後退したら、昨日のようにまたエステルが天井を崩して逃走する手筈になっているのだ。


「リリア様!! リリア様!!」

 淡々と撤退の準備が進む中、俺は諦めずに大声で呼びかけ続けた。

 しかし、彼女はすでに完全に混乱してしまっているようだ。

 焦点のずれた目をして、的外れな魔法を撒き散らしている。


「……」

 そこで、エステルが魔法攻撃を中止する。

 撤退のタイミングを計り始めたのだ。


 ……このままじゃだめだ。このままじゃリリアは一生立ち直れない。

 死神という汚名を着せられたまま、失意の人生を送らなければならなくなる。

 そんなの絶対にだめだ!


 ……かくなる上は。

 俺は最後の手段に出た。


 まずリリアの後ろに回りこみ、隙をみて彼女の脇の下から両手を前に出す。

 それから、

「リリア様、ちょっと失礼します」

 聞こえていないだろうが一応声を掛け、彼女の胸の膨らみに手のひらをそっとあてがう。

 最後に目を閉じ、全神経を手のひらに集中させると、

 ……いざ!

 そのまま三度ほど思いっきり揉んだ(・・・)


 ……むふふぅ。

 彼女の胸は大き過ぎず小さ過ぎず、俺の手にジャストフィットするサイズだった。

 むにゅっとした正クレリックの柔らかい胸は、俺の下半身に心地よいヒールを施してくれたようだ。


「きゃっ!」

 するとリリアは、かわいい叫び声を上げて俺からぱっと離れ、胸を隠すように両腕をクロスさせると、驚いた表情で俺を睨みつけた。


 ……しめた、リリアが正気に戻った!


「タケル、あなたこんな時に何やってるの!」

 エステルの怒号が飛んだが、俺はそれを無視して、

「リリア様、まずグロリア様に、中等ヒールを、してください」

 と、ゆっくり告げる。

「え? ……あっ!」

 俺の言葉に、リリアは一瞬考えたが、思い出したように前を向き、言われた通りグロリアに中等ヒールを施した。

「次に、チャロ様に、初等ヒールを、してください」

 俺がまたゆっくり言うと、

「は、はい、チャロさんに初等ヒールをします」

 と、俺の言った事を繰り返し言ってから、彼女は冷静に魔法を施す。

「続いて、チャロ様に、解毒の魔法を、お願いします」

「はい、チャロさんに解毒の魔法を施します」

 俺ははっきりとした口調で、可能な限りゆっくり彼女に魔法の指示を出し続けた。

 そんな俺の指示を、彼女は素直な子供のように一度復唱してから実行するようになった。


 俺は戦闘経験はないが、これまでの旅の中での戦闘や、昨日からのキングバシリスクとの戦闘を客観的に見れる立場にいた。

 それに、グロリアやチャロの強さも十分知っていた。

 だから、彼女達がどのタイミングでどの魔法がほしいか何となく分かった。

 もちろん素人目ではあるが、混乱しているリリアよりはずっとましなはずだ。


 戦闘が良い方向に動き始めた。

 キングバシリスクは少しずつ弱っているように見える。

 好転した戦況を見て、エステルは「撤退準備」を早々に取り消した。

 グロリアもチャロも動きがさっきよりずっと良くなり、いつの間にかキングバシリスクを押し返し始めている。

 エステルの魔法攻撃も絶好調だ。


 リリアは最初こそ戦況を見ずに俺の言った事をそのまま復唱していたが、そうしているうちに慌てなくても十分に間に合うことがわかったらしい。途中から落ち着いて戦況を確認し始める。

 そして……、


「グロリア様に、中等ヒール――」

「グロリアさんに中等ヒールを施します」


「チャロ様に、解――」

「チャロさんに解毒の魔法を施します」


「グロ――」

「グロリアさんの鎧のバフを更新します」


「……」

「チャロさんに初等ヒールを施します」


 いつの間にか俺の指示を聞かなくても、自分で判断し、適切な魔法を落ち着いてかけ始めた。


 ……それは「死神」が「神」になった瞬間だった。


******


 その後、二匹のキングバシリスクはあっけなく倒された。

 あれだけ苦戦していたのに。

 ヒーラーの上手さは、そのままパーティーの強さなのだ。


 もちろん、この戦闘が終わった時、誰も怪我を負ってはいなかった。

 リリアのおかげでまったくの無傷だ。

 ……あ、いや、残念ながら一人だけ負傷者がいた。


 バキッ!


「うっ、……な、何を!?」

「当然でしょ、あんな時にヒーラーの胸を揉む奴がどこにいるのよ!」

「いや、だからそれは――」

「問答無用!」

「ひっ!」


 バキッ!!


 エステルに顔をグーで殴られた俺は、この戦闘で唯一の負傷者となったのだった……。



「ありました!!」

 戦闘の後、みんなでグロスシールドを捜したところ、巣穴の一番奥に転がっているのをリリアが発見した。

 どうやら二匹目のキングバシリスクがおもちゃにしていたようだ。


 最後に、チャロが討伐の証拠となるキングバシリスク特有の角を切り取り、俺はそれを麻の袋に入れ、この討伐は終了した。



 ワイルドローズはその日のうちに残り二カ所のキングバシリスクの巣穴を回って、ことごとく勝利を収め、全部で六個の角を手に入れることに成功する。

 最後の巣穴には何とキングバシリスクが三匹もいたが、それでも危なげなく倒すことができた。

 みんながキングバシリスクとの戦闘に慣れたからということもあるが、やはり神ヒーラーの存在は大きかったのだろう。


******


 夕方、ハリッサの町に戻り、その足で懸賞金を貰いに行った。

 キングバシリスクに懸賞金をかけていたのは、ハリッサの商人ギルドだ。

 商人ギルドは商人達の組合のことで、他のギルドに比べ規模が桁違いに大きい。


 ハリッサの商人ギルドは町の中心にあった。

 建物の大きさはバウギルドの五倍以上あり、見た目もゴージャスだ。

 俺達はその建物の中に入り、奥にあるカウンターに向かった。


 カウンターの前まで来ると、エステルはキングバシリスクの角の入った麻袋を豪快にひっくり返した。

 途端に、緑色の血の付いた生臭い角がカウンターの上にどさどさっと落ちる。

 その音と臭いに、近くにいた者達が何事かとカウンターに視線を向けた。


「キングバシリスクを討伐してきたので、懸賞金をもらいにきました」

 エステルが事も無げに言う。

「えっ? ……しょ、少々お待ちください!」

 しかし、応対した事務員は目を丸くしつつ慌てて奥の方に走り去った。


 すると、近くにいた行商風の男が不審げな表情で近付いてくる。

「……そ、それは、もしかしてキングバシリスクの角か?」

「ええ」

 面倒くさそうに答えるエステル。

「倒してくれたのか?」

「そうよ」

「……」

 その男はエステルの返答を聞くと黙り込み、何故かその場で少し身を屈めた。

 わなわなと震えている。

 ……ど、どうしたんだ?

 そう思った途端、男は今度は大きく伸び上がって大声で叫んだ。


「みんな、キングバシリスクが討伐されたぞ!!」


「……」

 彼の叫びに、一瞬ギルド内がしんとなる。が、


「うぉぉぉぉ!!」


 次の瞬間、建物が壊れるかと思うほどの大歓声が沸き起こった。

 キングバシリスク討伐、それはこの町で足止めされていた商人達にとって待ちに待った報せだったのだ。


 男はエステルの手を取り何度も頭を下げた。

「ありがとう、これでテミスに行くことができる。本当にありがとう」

「え、あ、はい」

 あまりの勢いに、さすがのエステルも困惑しているようだ。


 その後、男は足早にギルドを出て行った。

 いや、その男だけではない。

 ギルド内にいたほとんどの者達が続々と外に出て行く。

「……」

 俺達はその光景を呆気にとられながら眺めていた。



 ギルド内が閑散とした後、キングバシリスクの角の検証が行われ、ほどなく懸賞金が運ばれてきた。

「四等分にして」

 というエステルの依頼通り、同じ厚さの札束がトレーの上に四つ並べて置かれている。

 バウパーティーは懸賞金を獲得した場合、原則的にメンバーで均等に分けることになっているらしい。


「これでやっと西の街道を通行することができます。ありがとうございました」

 ギルドの事務長と名乗る太った男性が懸賞金を渡しながらエステルに向かって頭を下げると、

「いえいえ、どういたしまして」

 彼女は今までに見せたこともないような笑顔で応えた。

 懸賞金をもらうということは、バウにとってまさに至上の喜びなのだ。



「エへへ、ざっと見てもミロンとヴァイロンを十回は往復できるお金が手に入ったわ」

 商人ギルドを出ると、札束を見ながらいやらしい笑顔を浮かべるエステル。

 キングバシリスク六匹分の懸賞金、結構な額のようだ。


 外はすっかり日が落ちて、辺りは夕闇に包まれている。

 通りの家々の窓からは、柔らな暖色の光が漏れ出ていた。

「さぁ、早く宿屋に帰りましょう」

 俺達は馬車に乗り込み、夜になって一層閑散とした商人ギルドを後にしたのだった。


「……キングバシリスクが討伐されたんだってな」

「ほんとか? こ、こうしちゃいられねえ、すぐにテミスへ出発だ!」


「……四人組のバウパーティーが一日で全部討伐しちまったらしいぞ」

「そりゃすげえ、相当腕の立つ連中なんだろう」


 ハリッサの町はすでにキングバシリスク討伐の話題で持ち切りで、馬車に乗っている俺達にもその興奮した話し声が聞こえてきた。

 商人達は薄暗い中、忙しく出発の準備を始めている。



 俺達は宿屋に帰り、俺は馬車の停留の仕事を、エステル達は着替えなどを済ませ、その後、全員食堂に集まった。


 みんなが座ったのを確認すると、懸賞金をもらった後も一人だけ険しい顔をしていたグロリアが最初に口を開く。

「リリア、あなたをパーティーから追放する件だけど、……」

「……」

 みんなが息をのんで彼女の次の言葉を待った。


「……あれ完全に取り消し、ずっとこのパーティーにいていいわ、いえ、いてください」


 グロリアはそう言うといつもの優しげな表情を取り戻し、リリアに向かって深々と頭を下げた。

 エステルもチャロも笑顔だ。異存はないらしい。

 そんな彼女達の温かな眼差しに、

「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 リリアは目を潤ませつつ、グロリアと競う合うようにして深く深く頭を下げたのだった。


「よし!」

 すると、そこでエステルが勢いよく立ち上がり、食堂中に聞こえるような大声で言い放つ。

「今夜は討伐の成功と、新しい仲間の正式加入を祝してぱあっと行きましょう! マスター、今夜は私達のおごりだから、ここにいるみんなに好きなだけ飲ませてあげて!」


「おおっ!!」

 周りにいた客達から歓声と拍手が沸き起こった。

 すぐに、なみなみと葡萄酒の注がれたグラスがジャンジャン運ばれてきて、

「さあ、みんなグラスを持って!」

 というエステルの呼びかけに、俺達はもちろん、食堂中の客達までもがグラスを高々と掲げる。

「かんぱーい!!」

「かんぱーい!!」

 そして、宴会が始まった。


 俺は、エステルやグロリアから浴びるほど飲まされてしまった。

 チャロは、ハリッサの湖で獲れた特大の魚をおいしそうにほおばっている。

 リリアも結構飲んでいるようだ。色白の顔が真っ赤に染まっている。そして、時々意味も無く俺にヒールしてくる。

 明日はこの町で一日休養ということになったため、その夜はみんな心置きなく飲み明かしたのだった。


******


 次の日、ワイルドローズは昼近くまで誰も起きなかった。

 それから徐々に起き出し、全員が揃ったところで遅い朝食をとった。


「タケル様、本当にありがとうございました。あなたのおかげでまともなヒーラーになれそうです」

 そこで、改めてリリアからお礼を言われる。


「俺のおかげではありません。リリア様ががんばったからうまくいったんですよ」

「いいえ、タケル様が土下座までして頼んでくれたから、……それに戦っている時も、タケル様が私を必死にサポートしてくれたのでがんばることができました。本当にありがとうございました」

 あまりに感謝されてちょっとこそばゆい。


「まあ、がんばれるきっかけになれたのであれば俺もうれしいです。……でも、その、俺は奴隷なので『様』付けは止めてください」

「いいえ、私にとって神様のような存在であるあなたに『様』を付けるのは当然の事です。本当なら、すぐにでも奴隷から解放して差し上げたいのですが、私だけの奴隷ではないので仕方ありません」


 そんな俺とリリアのやり取りを、面白そうに眺めているグロリア。

 目を細めてじっと俺を睨んでいるエステル。何故か怒っているようだ。

 チャロは、スティーナをふーふー冷ましながらゆっくり飲んでいた。


 「神様のような存在」なんて言われ、俺は照れくさくなってしまった。

 ここはちょっとはぐらかしておこう。

「いやー、でもリリア様がパニクらなくなっちゃうと、もうリリア様の胸を揉むことができなくなるから、ちょっと寂しいです」


 すると、リリアはパッと赤くなって俯いてしまった。


「な、何言ってるの、奴隷のくせに!!」

 さらに、エステルが立ち上がって大声で俺を叱りつける。


 ……やばい、ちょっと言い過ぎた。

「じょ、冗談で言ったんですよ。ほ、本気にしないでくださいね」

 まさかリリアがそんなにも過剰な反応をするとは思わなかったため、慌てて取り繕おうとしたところ、彼女は上目遣いで俺を見つめながら恥ずかしそうに言った。

「い、いえ、……こ、こんな胸でよければいつでも、も、揉んでください。こ、これはもうあなたのものです」


「…………………………へっ?」


 ……ど、どういうこと、……あなたのもの? ……いつでも、揉んでいいの?


 おっしゃー!!


 俺の下半身が、満塁ホームランを打った打者のように大きくガッツポーズ。

 ……じゃ、じゃ、じゃあ、と、とりあえず今からお祝いのハイタッチ、いや、パイタッチを!

 俺は喜び勇んで、さっそく彼女の胸に手を伸ばそうとした。が、その瞬間、


 ……うっ!?


 背後に強烈な殺気を感じてまったく動けなくなった。尋常じゃない殺気、あのキングバシリスクよりも強烈な殺気だ。

 ……こ、この殺気は!?

 恐る恐る振り返ると、そこには、

「…………」

 髪を逆立て、物凄い形相をして俺を睨んでいるエステルが、いた。

 ……下手にリリアに手を出せば、次はグーじゃ済まないかもしれない。

 俺の下半身は、牽制でアウトになった走者のようにガックリとうなだれてしまったのだった。


******


 翌朝、俺達は次の目的地であるテミスの町に向けて旅立った。


 キングバシリスクが討伐されたとはいえ、荒野の街道では、レッドタランチュラや普通のバシリスクなどが度々出現した。が、その度にグロリアとチャロが二人だけであっさりと片付けていく。

 キングバシリスクとの戦闘で、彼女達のレベルもさらに上がったようだ。


「ちょっとぉ、少しは私にもやらせなさいよ」

 エステルが不服そうに訴えたが、その後も彼女の出番はほとんど無かった。


 さらに、

ヘルメスの慈悲(ヘルメス エソ ハク)!」

「ヒ、ヒヒーン!!」

 リリアが時々馬にヒールしてくれるおかげで、荒野の荒れ果てた道でも馬車はすこぶる順調に進んでいく。


 そんなこんなで、ハリッサの町を出発してから五日目の昼過ぎ、俺達はとうとう荒野を抜け、テミスの町にたどり着くことができたのだった。

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