014_パニック
「じゃあ、行きましょうか」
エステルの号令で、ワイルドローズはキングバシリスクの巣穴に足を踏み入れた。
先頭はグロリア、次いでチャロ、エステル、リリア、俺という順番だ。
ライトリキッドは、先頭のグロリアと、殿の俺が持つことになった。
巣穴は奥に向かって少しずつ下っている。
全体的にゴツゴツしていて非常に荒々しいが、地面だけはキングバシリスクに踏み固められたのか比較的平坦で歩きやすい。
巣穴の中は当然真っ暗のはずだが、ライトリキッドのおかげで十分見通せるから、今のところ暗さに対する恐怖心はない。便利なアイテムだ。
グロリアは警戒しながらゆっくりと進んで行く。
巣穴は結構深いようだ。
しばらく進んでから、念のためリリアがバフを更新した。
それから五分ほどだろうか、巣穴が緩やかに右にカーブし始めたかと思うと、急に開けた場所に出た。
今までの所より横幅も天井の高さも三倍以上ある。
たぶんここがキングバシリスクのベッドルームだ。
「いたわ!」
そこで先頭のグロリアが後ろを振り向き、緊迫した声で告げる。どうやら討伐目標を発見したようだ。
彼女の声で、後方を歩いていた俺達の緊張度も一気に上昇した。
目を凝らすと、確かに青白く光る馬鹿でかい何かがベッドルームのほぼ真ん中でうずくまっている。キングバシリスクだ。
体長は十五メートル以上ある。もう完全に怪獣レベル。
あんなのがいきなり街道に現れたら、そりゃあびっくりするだろう。
ただ、目を閉じているところからすると、どうやら今は眠っているようだ。
俺達はエステルの指示により一旦キングバシリスクから見えない所まで後退。
「わかってるとは思うけど」
エステルはそう前置きしてから、段取りの確認を始めた。
「まずグロリアがファーストアタックを行って目標を挑発、その後もヘイトの維持をお願い」
「オーケー」
「私とチャロは目標のヘイトを上げ過ぎない程度に攻撃、少しずつ目標の体力を奪う」
チャロはこくりと頷いた。
「リリアは後方でグロリアを中心に光明魔法で援護して」
「わかりました」
「タケルはライトリキッドを掲げながらリリアの後ろで待機」
「は、はい」
段取りの確認が終わったところで、リリアがバフを更新。
討伐の準備は整った。
エステルはみんなの顔を見回した後、一呼吸おいてから小声で気合を入れる。
「じゃあ、締まっていきましょう!」
みんなが静かに頷いた。
キングバシリスクは俺達にまったく気付かず、さっきと同じ所で眠っている。
「……」
俺達はある程度の所まで全員で音を立てないよう静かに前進した後、そこからグロリアだけが突進を開始。
そして、キングバシリスクに肉薄した瞬間、目をめがけて槍を突き出す。
「ゥラー!!」
しかし、キングバシリスクは彼女の攻撃の直前に目を覚まし、頭を少しだけ動かしたため、槍は目のすぐ下辺りに突き刺さった。
「ギャワッ!!」
キングバシリスクが唸り、首を左右に振って槍を払う。
グロリアはさっと槍を引き戻し、素早く防御の体勢を取った。
……こうして、ワイルドローズとキングバシリスクの戦闘が始まった。
眠りを妨げられたキングバシリスクは闘志をみなぎらせ、下あごの鋭い牙でグロリアに襲いかかってきた。
対して、グロリアはぐっと踏ん張り、盾を構えてそれに備える。
ガシャン!
牙と盾が激しく接触し、その勢いにグロリアはわずかに押し込まれた。が、何とか踏み止まり、キングバシリスクのさらなる突出を阻む。
……すげぇ、あんな化け物の攻撃を受け止められるのか。
その後もグロリアは、キングバシリスクの攻撃を盾で受けたり、槍でいなしたりしてしのぎ続けている。
チャロは、開戦直後にライトリキッド――事前にグロリアから受け取っていた――を戦場のすぐ脇に置き、その後はキングバシリスクの左側面に回り込んで足を中心にダガーで攻撃し始める。
エステルは、直接攻撃を受けない後方に陣取り、キングバシリスクの首や足の付け根などを狙って水や風の初等魔法を打ち込み始めた。
初等魔法を使用しているのは、敵のヘイトを必要以上に上げないためだ。
リリアはエステルのすぐ後ろにいて、時々初等ヒールでグロリアの体力を回復させている。
俺はリリアのさらに後ろでライトリキッドを掲げながら黙って戦闘を見守っていた。
******
戦闘は順調に推移しているように見える。
リリアが二回目のバフを更新した頃には、キングバシリスクの動きが開戦直後よりもかなり鈍くなっていた。
だいぶ弱ってきているようだ。
「このまま倒してしまいましょう!」
エステルもそう言ってみんなを励ました。
彼女の言う通り、このまま行けば討伐は時間の問題だろう。
……が、しかし、そこで思いもよらない事が起こる。
「ニィギャッ!!」
突然、チャロの悲鳴が巣穴内に響き渡ったのだ。
……!?
びっくりして悲鳴のした方を見ると、彼女は壁に激しく叩きつけられていた。
「えっ!? どうして?」
エステルが驚きと戸惑いの声を上げる。
確かにおかしい。目の前のキングバシリスクはずっとグロリアを攻撃していた。
チャロには攻撃をしかけていないはずなのだ。
「もう一匹いるわ!」
そこで、最前線で戦うグロリアからの切迫した報せが。
それとほぼ同時に、巣穴の奥の方から新手のキングバシリスクが躍り出てきた。
たぶんそいつが背後からチャロに攻撃をしかけたのだ。
普通、バシリスクは単独行動のため巣穴に二匹いることは滅多にないらしいが、運が悪かったのかこの巣穴にはもう一匹いた。
「グギャー!!」
新手のキングバシリスクは雄叫びをあげながらさらにチャロに襲いかかろうとしたが、彼女は間一髪その攻撃をかわし、何とかグロリアの後方まで後退することに成功した。
しかし、彼女は不意を突かれて壁に叩きつけられたため相当のダメージを負っている。
しかも毒にやられているようだ。
「リリア! チャロに中等ヒール、それと、解毒の魔法を!」
この緊急事態に、エステルはリリアに向かって矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「…………は、はい!」
リリアは新手のキングバシリスクの出現に呆然としていたようだったが、エステルの指示を聞き、慌ててチャロに魔法を施した。
「落ち着いて! もう一匹いたのは予想外だったけど、こっちはヒーラーが優秀だから二匹くらいなら何とかなるわ。まず最初の一匹を片付けてしまいましょう」
一時的な混乱が収まると、エステルはみんなを落ち着かせるために、ゆっくりと冷静に指示を出した。彼女の言う通り、先ほどまでの調子で戦えば、多少苦戦はするにしても勝てない状況ではないはずだ。
エステルの指示に従い、チャロは新手のキングバシリスクに攻撃されないよう最初のキングバシリスクの右側面に移動して攻撃を再開。
エステル自身も最初のキングバシリスクに目標を絞って魔法を打ち込み始めた。
グロリアはキングバシリスク二匹のヘイトを維持すべく懸命に立ち回っている。
激戦の様相を呈してきた。
グロリアはキングバシリスクが二匹になったことで、さっきよりもダメージを受ける回数がかなり増えた。
さらに、キングバシリスクの体が大きいため、彼女一人では二匹分のヘイトを完全に維持することが難しく、その結果、チャロも時々ダメージを受けるようになってしまった。
こういう状況で一番大変なのはヒーラーだろう。
リリアは俺の斜め前にいて、グロリアとチャロにヒールや解毒、バフの魔法を必死に施している。
ただ、彼女の魔法は、開戦直後よりもタイミングがかなり悪くなってきているような気が……。
「リリア、グロリアに中等ヒール、チャロに解毒の魔法を!」
エステルも俺と同じように思ったのか、魔法攻撃の合間にリリアに向かって色々指示を出し始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ、……」
リリアはだいぶ焦っているようだ。肩で息をしている。
エステルの指示を受けても、すぐにその魔法をかけることができなかったり、違う魔法をかけてしまったりしている。
そのせいだろうか、少しずつキングバシリスクに押され始めているようだ。
このままだとまずい。
「私に鎧のバフをかけてどうするニャー!」
バフを間違えられ、キングバシリスクの攻撃をまともに受けてしまったチャロが悲痛な声で叫んだ。
「リリア、チャロにヒールを! 急いで!!」
エステルも我慢できなくなったのか大声を出し始める。
さらに、
「何やってるのヒーラー! ちゃんとヒールしなさい!!」
何度かダメージを負っても一向にヒールがこないグロリアが、イライラした口調で怒鳴った。
すると突然、リリアの頭上に光の玉のようなものが形成され、周囲を強く照らし始める。
「えっ、パワーヒール!?」
それを見て、エステルが驚きの声を上げた。
パワーヒールとは、術者の周囲にいる者全員に中等ヒールの効果が及ぶ正クレリックしか使えない高等の治癒魔法らしい。
直後、リリアの周りにいた者の体が一斉に光に包まれる。
「おおっ!」
彼女のすぐ後ろにいた俺も光に包まれ、疲れが一気に吹っ飛んだ。
しかし、悪いことに、そのヒールは少し離れた所にいたチャロには届かず、さらに悪いことに、敵であるダメージを負っていた最初のキングバシリスクの体力まで回復させてしまったようだ。
「な、何を!?」
光に包まれたキングバシリスクを見てグロリアは唖然、キングバシリスク自身も驚いたのか、目を見開いて一瞬動きを止める。
そんな中、再びリリアの頭上に光の玉が!
「えっ、また!?」
エステルがびっくりして彼女の方に振り返った。
その瞬間、またも周囲の者が光に包まれる。
けれども、先ほどと位置関係がほとんど変わっていないため、またしてもチャロには届かず、悲しい事に、キングバシリスクの体力をさらに回復させてしまったようだ。
「ど、どういうことよ!」
グロリアが大声で喚いた。
俺は状況を確認するためにリリアの横まで移動し、彼女の顔をのぞき込む。
すると、……リリアの目がまるでマンガのように左右非対称にクルクル回転していた。
完全にパニクっているようだ。
ただ、口はわずかに動いていて、呪文のようなものを唱え続けている。
三度、リリアの頭上に光の玉が形成され、周囲の者が光に包まれた。
明らかにオーバーヒール、ダメージを受けていたキングバシリスクでさえ、体力が全回復しているはずだ。
……バタッ。
その時、俺の隣で何かの倒れる音が。
反射的にその方を見ると、……何故か、リリアが地面に張り付いていた。
「え?」
一瞬何が起こったのか分からず、俺とエステルはお互いの顔を見合わせる。
……どうやらリリアは、精神力を使い果たして失神したようだ。
「やばい、ヒーラーが倒れた!」
状況を何とか理解したエステルが前方に向かって叫んだ。
「何ですって!?」
グロリアも驚きの声を上げる。
この状況でヒーラーがいないとなれば全滅は必至だ。
「撤退しましょう!!」
元気になったキングバシリスクの攻撃を必死に食い止めながら、グロリアが後方に向けて大声で提案する。
「どうやって!?」
しかし、エステルもグロリア以上に大声を出して聞き返した。
彼女がそう言うのも無理はない。
ヒールを受けられず、かなりのダメージを負っているチャロ。
失神しているリリア。
現状では逃げることすら厳しい状況なのだ。
一方、キングバシリスクは図体の割に動きが速く、しかもリリアのおかげで体力が全回復してしまっている。
追撃されればたぶん振り切れまい。
「アブソリュートディフェンスを使うわ」
そんな危機的な状況に、グロリアは「奥の手」を使用することを宣言する。
アブソリュートディフェンスとは、グロリアが持っている盾に付与されている魔法で、簡単な呪文を唱えることで発動し、前方の敵のヘイトを煽ると同時に、盾の防御力と、盾の所持者の肉体剛性を最大限まで高める効果があるらしいのだ。
ただ、その効果の持続時間はせいぜい三十秒だと聞いているが……。
「チャロ、私がアブソリュートディフェンスを発動したらすぐに後退して。エステルはチャロが後退したら、魔法で私の上の天井を崩して!!」
「ニャッ!」
「わかったわ!」
チャロとエステルはグロリアが何をしようとしているのか一瞬で理解したようだ。
グロリアはキングバシリスクの攻撃を防ぎながら早口で呪文を唱えると、タイミングを見計らいつつ叫ぶ。
「絶対防御の陣!!」
するとグロリアの持っている盾が真っ赤になり、彼女の体から赤いオーラが激しく吹き出した。
アブソリュートディフェンスが発動したのだ!
「グギャワー!!」
そんな彼女に向かい、激しく吼えかかる二匹のキングバシリスク。
ヘイトが一気に上昇したようだ。
「っ!!」
それを見て、チャロが俺達のいる後方に向かって全力で走り出す。
ただ足に怪我を負っているらしく、いつもの素早い動きではない。
一方、エステルは両手で杖を掲げ、もごもごと呪文を唱え始めた。
普段よりも意識を集中している。強い魔法を使うのかもしれない。
「リリア様!!」
その間、俺は肩を揺すってリリアを何とか起こそうと試みた。が、まったく反応がない。
仕方なく、俺は彼女を抱き起こして背負った。
二匹のキングバシリスクはさっきから継続してグロリアに襲いかかっている。
ヘイトが高いせいか、さっきまでよりも激しい攻撃だ。
けれども、今のところグロリアは、アブソリュートディフェンスによりその攻撃をいとも簡単に跳ね返している。
ただ、そうしていられるのもあとわずかかもしれない。
タイムリミットが迫る中、チャロが俺達のいる所まであと少しというタイミングでついにエステルが魔法を発動させる。
「岩の砲弾!!」
すると、エステルの杖の先に直径一メートルほどの岩石が形成され始めた。
土の中等魔法だ!
そしてそれができあがると同時に、彼女は杖を頭上で一回転させて勢いをつけ、そのままグロリアの真上の天井に向けて一気に振り抜いた。
杖から離れた岩石は、回転しながら勢いよく飛んでいき、ズゴンという衝撃音と共に目標の天井に見事激突。
途端に天井はガラガラという大きな音を立てて崩れ始める。
が、それとほぼ同時にグロリアから赤いオーラが、消えた。
アブソリュートディフェンスの効果が切れたのだ。
「ちいいっ!」
グロリアは、頭を突き出していたキングバシリスクに向かって盾を強く押し放すと、その反動を利用して後方に大きく飛び跳ねる。
直後、ほんの一瞬前まで彼女のいた場所に、天井の岩がどさどさ落ちてきて土煙を上げた。
「逃げるのよ!」
グロリアはそのまま俺達の方に向かって走りながら叫ぶ。
「行きましょう!」
「はい!」
俺達は巣穴の出口に向かって一目散に走り始めた。
グロリアは足を引きずっているチャロに追いつくと、彼女を背負って走った。
「もう少しで出口よ!」
前方に見える外の光を指差しながら、みんなを励ますエステル。
けれども、後方からはキングバシリスクの吼える声と、ズスン、ズスンという重そうな足音がかなり速いペースで近付いてきている。
早くしないと追いつかれる。
「出た!!」
俺は巣穴の外に出た所で嬉しさのあまり思わず叫んだ。
「まだよ!」
しかし、すぐにエステルに戒められる。
キングバシリスクは地下の魔物ではない。地上に出ても当然追ってくるはずなのだ。
俺達は赤茶けた大地を必死に駆け、少し離れた所にあった大きな岩の陰に飛び込んだ。
そして何とか息を殺し、その岩の割れ目からそっと巣穴をうかがう。
二匹のキングバシリスクは巣穴から少しだけ頭を出し、鼻をピクピクさせながら辺りを探っている。
「……」
ここで見つかったらたぶんアウトだ。俺達は身動きひとつせず、キングバシリスクの様子を静かに見守った。
それからしばらくの間、キングバシリスクは執拗に辺りを見回していたが、その後、諦めたのか巣穴の奥の方へゆっくりと戻っていった。
……た、助かった。
ワイルドローズはギリギリのところで全滅を免れることができたのだった。




