012_荒野
「おまたせ」
俺が御者台で待っていると、彼女達が着替えを済ませて宿屋から出てきた。
……おお、みんな格好いい。
今回、ワイルドローズの面々は魔物の襲撃に備えて完全フル装備だ。
エステルはローブにマント、尖がり帽子をかぶり、手には杖を持っている。
ザウル湿原以来、久しぶりの格好だ。
グロリアは銀色に輝く鎧と兜を身に付け、右手には長い槍を、左手には盾を持っている。
闇エルフのダークな感じと相まってとても格好がいい。
彼女はウォーリアで、本来は近接重装備アタッカーなのだが、ワイルドローズのような少数パーティーの場合は、槍と盾を持ってタンク役を務めることもあるそうだ。
チャロは鎖帷子を着て、その上に布製の服を羽織り、手にはガントレット、脚には金属製の脛当を着用している。
ただ、グロリアのような「凛々しい」という感じではなく、どちらかといえば可愛らしさが増したような気がする。
全員が揃ったところで、グロリアは御者台に、エステルとチャロは荷台にそれぞれ乗り込み、俺達はオアシスの町ハリッサに向けて出発した。
いよいよ荒野の街道に突入だ。
しかし、ヴァシアの町を出てもしばらくは草原の景色が続いた。魔物も出ず、のどかなものだった。
が、二時間ほど走ると、草原のあちこちに土の色が急に目立ち始め、さらに二時間も走れば、周囲の景色は赤茶けた不毛の大地に完全に置き変わっていた。
カラカラに乾いた背の低い植物が所々に生えている他に、生物の存在を感じない。
テーブル状の巨大な岩山があちこちに聳え立ち、特異な景観を造り上げている。
まさに荒野って感じだ。
そんな中をしばらく進むと、突然、左方向からワラワラと忙しくうごめく三つの物体が馬車に向かって猛スピードで近付いてくるのが見えた。
クモだ!
異常にでかい。人間と同じくらいはありそうだ。
全身赤紫の毒々しい色をしていて、青白い光を放っている。魔物だ! 俺達を狙っている。
「レッドタランチュラよ、タケル、馬車を右側に寄せて!」
グロリアはそう言うや否や、馬車から飛び降り、大グモの前に立ちはだかった。
そして盾を構え、防御の体勢をとる。
チャロとエステルもすぐに荷台から飛び降り、グロリアの後に続いた。
俺は馬車を右側に寄せて停車させ、そこで静かに待機する。
といっても、悠長に休んでいるわけにはいかない。
もし馬車が攻撃されそうになったら、すぐに逃げるよう指示されているからだ。
三匹の大グモはグロリアに狙いを定めると、前側の二本の足を振り上げ、それを槍のように使って素早く突いてきた。
グロリアは六本の槍に攻撃されるような形になったが、しかし、彼女は盾でそれらをいとも簡単に弾き返す。
彼女は三匹に囲まれても至って冷静で、逆に大グモの方がひるんだように見えた。
その間隙を縫い、左の大グモの横を疾風のように素早く通りすぎるチャロ。
途端、その大グモは不自然に斜めに倒れ込んだ。
よく見ると、大グモの左側の足の全てが切り落とされている。
チャロが一瞬で切断したのだ。
大グモは足を失って混乱したのか、残った右側の足を必死に動かして同じところをくるくる回り始めたが、次の瞬間にはチャロのダガーによって胸部と腹部を切り離されてしまっていた。
「炎の弾」
そんなチャロの攻撃とほぼ同時に、馬車のすぐ前では、エステルが魔法で作り出した炎の塊を前方に向けて放っていた。
その塊は右の大グモの腹部に見事命中。その瞬間、大グモは真っ赤な炎に包まれる。
「キィッキィィ……」
炎の中で大グモは苦しそうにもがいていたが、ほどなく、焦げ臭い匂いだけを残して動かなくなってしまった。
その頃には、真ん中の大グモもグロリアの槍によって串刺しにされ、哀れな最後を遂げていた。
……つえぇ。
彼女達のあまりの強さに俺は呆然となる。
あっという間にけりがついてしまった。
今回、グロリアとチャロの戦闘を初めて見たが、見事としかいいようがない。俺のようなまったくの素人でもすごいということは十分わかった。
「さっ、行きましょう」
そんな驚いている俺のことなど気にも留めず、何事も無かったかのようにまた馬車に乗り込むエステル、チャロ、そしてグロリア。
……この人達は怒らせない方がいいな。
そう思いつつ、俺は再び馬車を走らせ始めたのだった。
それから一時間ほどだろうか、今度は右斜め前方からでかいトカゲのような魔物が姿を現す。
尻尾も入れれば八メートルほどはあろうか。
ごつごつとした茶色い皮膚をしていて、所々に角のような突起がある。
足が八本もあり、それを器用に動かしながら俺達の馬車に肉薄してきた。
「バシリスクよ!」
グロリアが叫ぶ。
……あれが!
この魔物のことは、事前にグロリアから教えてもらっていた。
バシリスクは、この荒野に出没する魔物の中で最強だ。
図体の割に動きが速く、鋭い牙と毒のある爪で攻撃をしかけてくる。
皮膚が硬く、体力もあってなかなかしぶとい。
ただ、単独で行動しているため、パーティーで対処すればそれほど怖い相手ではないらしい。
前方からの魔物の出現に、俺は慌てて馬車を停車させる。
同時に、グロリアは御者台からさっと飛び降り、臆することもなく巨大なバシリスクの前に立ちはだかった。
チャロとエステルもすぐに馬車から降りて戦闘態勢に移る。
バシリスクはグロリアを見て一瞬止まったが、「グゥエー」という迫力のある雄たけびを上げると、物凄い勢いで彼女に攻撃を加え始めた。
グロリアに噛みつこうとしきりに大きな口を開けるバシリスク。
それに対し、グロリアは後ろに避けたり、盾で受けたりしながら、その攻撃をしのいでいる。
その間、チャロはバシリスクの側面に回って足を中心に攻撃し、エステルはバシリスクの首を目がけて水や風の初等魔法を放っているようだ。
ただ、バシルスクはチャロやエステルの攻撃を受けながらもひるまずに激しくグロリアを攻撃してくる。タフだ。さっきの大グモと違って簡単に勝たせてくれそうにない。
そんな中、俺はグロリアが独特な動きをしているのに気付いた。
バシルスクは、正面にいるグロリアに攻撃を加えるだけでなく、側面から斬りつけてくるチャロにも攻撃を仕掛けようとすることがある。
が、何故か攻撃までには至らない。
それは、バシリスクがチャロに対して攻撃行動を起こす直前に、グロリアがバシリスクの嫌がりそうな目や鼻への攻撃をタイミング良く行なうため、バシリスクが堪らず彼女の方に向き直ってしまうからだ。
軽装備のチャロは、バシリスクから直接攻撃を受けるとかなりのダメージを負ってしまう恐れがあるのだが、グロリアのこの動きのおかげで完全に守られている。
……あれがタンクの動きか。
グロリアの動きを見て、俺は少し前に彼女から聞いたバウパーティーでのタンクの振る舞いについての話を思い出した。
バウパーティーにおいて、防御に特化したタンクは、基本的に打たれ弱いアタッカーやヒーラーを守るために敵の正面に立ち、彼らの盾となる役目を負っている。
ただ、残念ながら敵はタンクだけを攻撃してくるとは限らない。
そこでタンクは、敵の自分に対する敵対心を煽るような行動をわざと取り、敵の攻撃目標が確実に自分に向けられるよう仕向ける必要があるのだ。
グロリアは正式のタンクではないが、それをちゃんと行なっている。
また、アタッカーもただ敵を攻撃すればよいというわけではない。
攻撃力の高いアタッカーは敵のヘイトを煽りやすく、タンクに固定されている敵の攻撃目標を自分に向けさせてしまう恐れがある。
そうならないために、アタッカーは力加減を調節して敵のヘイトを煽り過ぎないようにしなければならないのだ。
強力な攻撃魔法を放つこともできるエステルが、わざわざ初等魔法でバシリスクを攻撃しているのも、たぶんそれを意識してのことだろう。
そんな三人の優れた連携プレイにより、バシリスクはすぐに劣勢になって最後には逃走を始めたが、
「炎の弾」
と言うエステルの声がした直後、火達磨になって倒れた。
その後も魔物の襲撃は相次いだが、ワイルドローズの敵ではなかったようで、結局リキッドを使うほどの苦戦には一度もならなかった。
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夕日が赤茶けた大地を一層赤く染め上げた頃、俺達は見晴らしの良い場所を見つけて馬車を停めた。
今日はここで野宿だ。
残念ながら、この街道にはザウル湿原のように他のパーティーと仲良く一緒に野宿、という場所はないらしい。
エステルは馬車から降りた後、しばらく辺りをウロウロしていたが、
「……この辺がいいかな」
と呟くと、おもむろに呪文を唱え始める。
「水の槍!」
すると彼女の杖の先から水が激しく噴射され、目の前の窪地にみるみる溜まってちょっとした池を作り出した。
……おお!
魔法で水が確保できるとは。
荒野や砂漠のような所では、水の魔法が使えるとかなり便利だ。
俺は感動しつつ、早速その水を使って食事の用意を始める。
その間、チャロは近くの大きな岩に登って見張りをし、グロリアは荒野に生えているわずかな植物を餌として馬に与え出した。
夜は二人一組になって見張りを交互に行いながら眠りに就いた。
一人は御者台、もう一人は荷台の後ろで見張り、魔物が出たら寝ている人を起こして全員で倒す手筈になっている。
もちろん、その時俺は馬を連れて少し離れた所に隠れる係だ。
……このような荒野の旅を続け、俺達はヴァシアの町を出発してから五日目にオアシスの町ハリッサにたどり着いたのだった。




