第9話
「……とまあそんな感じで帰ったんだけどな」
そう言って綾香が締め括ると、女性陣は夢心地になっていた。
『いいわぁ』
『ご飯三杯は固いわ』
『あ、あたしもいつか勇と……』
「……お前らなあ」
綾香があきれたような顔になる。その隣で鷹久が苦笑いをしていた。
しかし、その肩に手が置かれる。
「やあ吉田くん」
「……な、なにかな? 青島くん」
鷹久の肩に手を置いたのは、柔らかそうな茶髪を撫で付けたクラスメイトの青島 洋介だった。
いつもは軽薄そうな雰囲気をを醸し出し、女子と見れば声をかけずにはいられないという軽い男だが、集めてくる情報の量や精度の高さは侮れないという少年だ。
だがしかし、今はいつもの軽薄さはナリを潜めている。
背後に数人の男子を従え、彼は朗らかに笑ってはいるが、吹き出しているのは黒いオーラだ。
実力的には鷹久ならなんなくあしらえるほど差があるはずだが、それを越える理屈抜きの恐怖が彼を襲った。
「……向こうで話そうか? は、は、は、なに怯える必要はないよ?」
「わ、わかったよ……だから力一杯肩を掴まないでくれないかな? 痛くてしょうがないんだけど……」
鷹久は嘆息しながら洋介と教室の奥に移動していった。
それを、がんばれよ~。と見送って綾香はひばりの方を見た。
「んで? ひばりはあそこで何してたんだ? 一緒に居た金髪は、もしかして麟なのか?」
綾香の問いに、ひばりが目をぱちくりさせてから小さく笑った。
「うん、たぶん麟ちゃんだよ」
「ええ」
そこへ縦ロールにした金髪を揺らしながら小柄な少女がやって来た。
皇見 麟。けして華やかではないが落ち着いた気品のある少女だ。
そんな彼女に綾香は屈託の無い笑顔を見せた。
「おっす♪ あたしは夏目綾香だ。よろしくな☆」
無邪気に差し出された手を見て、麟は一瞬戸惑ってひばりを見るが、彼女は笑ってうなずくだけだった。麟は少し戸惑っていたがやがて意を決したように綾香の手を握った。
「皇見麟です。よろしくお願い致します」
自己紹介してから会釈するように頭を下げた。その所作ひとつとっても上品さを感じる。
「……なんか、お嬢様……ていうかお姫様? みたいだな?」
麟を見ながら綾香はそう言って笑った。
言われて麟が困ったような顔になった。
「……えっと」
「冗談だよ。さすがにお姫様が入学してくるとか無いだろ?」
戸惑う麟に綾香がいたずらっぽく笑いかけた。
それを見て麟が曖昧に笑う。
綾香は一瞬だけおや? となったが、すぐに思い直してひばりを見た。
「んで? 結局、何があったんだ?」
綾香に訊かれたひばりは、秋人や麟を見た。彼女の視線に気づいて二人ともうなずいてくれた。
ひばりは小さくうなずくと、綾香を見ながら口を開いた。
「えっとね? 昨日は朝から良い天気だったじゃない? だから……」
そうして小柄なポニーテール少女、支倉ひばりの話は始まった。
「ふう。お洗濯終了」
晴れ上がった日差しの下で、ひばりは額をぬぐった。
見上げれば、物干し台に種々様々な洗濯物が干されていた。
さらには自身と父の布団もだ。
場所は支倉邸の二階、バルコニータイプのベランダである。
ひとりでこれだけの量を洗濯してベランダに干すとなればなかなか大変ではあるが、この小さな少女にとっては日常的な労働にすぎない。
屋内に戻り、消耗品をチェックしてメモを取る。父子家庭ではあるが、父は忙しくしており、それを邪魔したくないひばりは家の中の事を一手に引き受けていた。
「うん、こんなものかな?」
消耗品のチェックとは言っても、普段ほぼ一人で生活しているため必要なものはさほど多く無い。ひとつうなずいてひばりは出掛ける準備を始めた。
鏡に向かい、ほどいた髪をブラシと手で丁寧に鋤いていく。
ひばりの髪は亡き母譲りの黒髪だが、父親の癖っ毛も受け継いでいるため緩い癖がついている。そのため、手入れをしないとすぐに絡まってしまう。
そうならないように絡まり掛けたものを丁寧にほどきながら整え、ふんわり束ねて髪ゴムで留めてからリボンで結ぶ。
『マスター、そろそろお時間です』
「ありがと♪」
“TaC”から聞こえた電子の使い魔の声に答えて、ひばりはクローゼットに移動して適当な外出着に着替えた。
「こんなものかな?」
シャレっけ等無い彼女は目立ちたくないと言う意識も働いてか、どちらかと言えば地味な装いを好む。
今も地味なブラウンのワンピースをチョイスしている。
もっとも、身長に反するように豊かな胸部がなかなかに目立つのだが。ワンピースの上からクリーム色のカーディガンを羽織り、鏡で確認してうなずいた。
「よし! タイムセールに間に合わせるよ!」
『ハイ! マスター!』
気合いを入れてひばりと
風華は戦場に向かうべく出陣した。