第7話
繁華街をウインドウショッピングしながら歩き、たまたま見つけたファミリーレストランにふたりで入る。
ボックス席へ案内されて腰かけたふたりはメニューをチェックし始めた。
「な・に・に・し・よ・う・か・な・♪ っと」
「……僕はイタリアンハンバーグのセットかな?」
メニューを楽しげに眺める綾香をそのままに、鷹久は注文を決めてしまう。しかし綾香は気にすること無くメニュー内容をひとつひとつ吟味していった。
その楽しそうな姿に、鷹久の頬がほころんだ。
「おっし! タンドリーチキン&メキシカンピラフに決定だ!」
「ん。それじゃあ店員さん呼ぶね」
綾香の言葉に鷹久は呼び出しスイッチを押す。
ぴんぽーん♪
と軽快な音がして、ウェイトレスが一人近づいてきた。
「いらっしゃいませ! アーニーズへようこそ! ……って、綾香じゃない」
「うえ?」
ウェイトレスに名前を呼ばれ、綾香が彼女を見上げた。気の強そうなつり目に、少々細目の顔つきで、全体にはすらりとした少女。その顔に、綾香はすぐに思い当たった。
「って、れーかじゃん。何やってんだよこんなとこで」
そのウェイトレスは、綾香の親友でもある天原 麗華だった。
中学時代から仲良くしており、今でも親友と呼べるほど親しい。
もっとも、二年に上がってからはクラスが別になってしまったこともあって若干疎遠になってきているが、それでも大事にしたい友達だ。
麗華は腰に手を当てながら胸を張ると、鼻を鳴らした。
「何って、見れば分かるでしょ? バイトよバイト。せっかくうちの学校は、学園都市内ならバイトオッケーなんだから稼がない手は無いでしょ? あんたこそ今日はめかし込んでるじゃない? なに? デート?」
麗華の言葉に、ふたり顔を見合わせ、綾香は嬉しそうに、鷹久は照れ臭そうに笑う。
「おう☆」
「まあ、そんなところだよ」
素直に返され、麗華は一瞬だけ詰まるものの、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「……そう、うまくいってるみたいじゃない。まったくごちそうさまだわ。じゃあお客様? 注文をどうぞ」
芝居がかった調子で言う麗華に笑い掛けて、二人はそれぞれに注文した。
「……にしてもさ」
注文した料理を待つ間、窓の方を見ていた綾香が不意に口を開いた。
「なに? 綾香」
鷹久は彼女に釣られるようにして、窓の外へと視線を走らせながら返した。綾香はぼんやりと外を眺める。そこには、道行く人々の姿。
「……街の様子がおかしくね?」
「……そうだね」
外を見ながら、綾香の言葉に同意する鷹久。彼らの見る先に、黒い服が通過する。
仕立てが良さそうなブラックのスーツに、黒いネクタイと白いワイシャツ。顔にはサングラスを掛け視線をごまかす。
そんな連中が、二、三人の小グループで、綾香達が見ている道を行ったり来たりしている。
格好は同じでも体格や顔つきは違うため、同じ人間が行ったり来たりしているわけでは無いとすぐに分かる。
「なんかあったのか?」
呟いて、綾香はハッとなる。
「……まさか、ひばり?」
「いくらなんでも考えすぎじゃあないかな? こんな黒づくめの一団に追われるなんて」
綾香の呟きに、鷹久は苦笑いした。
あのひばりが、厳めしい男達に追い回されるというのはなんだか想像しづらい。
同じことを綾香も感じたようで、微妙そうにうなずいた。
「……まあなあ。それに大の大人が寄ってたかって小学生追い回してる絵面っていうのもな……」
実にシュールである。
あんな格好で変態の集団だったらそれはそれで嫌なものだ。
「……んでも、やっぱなにかしら厄介ごとに巻き込まれてる気はするんだよな」
「……なんとなくわかる」
頭を掻いて外を見る綾香に、鷹久は同意した。
二人のクラスメイトである小さな少女は、頑張り屋だがお節介焼きだ。どうもそれが空回りしすぎて無茶をすることもあり、そこが見ていてハラハラする。
もっと周りを頼れば良いのにと思うが、それを迷惑と捉え遠慮する。
そんな少女だ。
そしてそんなところに、綾香は隔意を感じるのだ。
「……もっと、遠慮無く色々言ってほしいよな。友達なんだしさ」
「たしかにね。友達同士でも線引きは必要だけど、支倉さんのは度が過ぎてるように思うし」
踏み込みすぎな綾香に釘を刺しながらも鷹久は思案する。彼とてひばりには友情を感じなくはない。出来うる範囲で助けたいとも思うのはまごう事なき本心だ。だが、小さな少女は頑なであった。
その姿を思ってか、鷹久は眉を寄せて考え込む。
「……無理をしていることが分かってない……いや、分かって背負い込んでるのかな? けど、それじゃあまるで……」
呟きながら、思索を整理する。そんな彼の様子に、綾香が気づいた。
「……どうした? タカ。なんか怖い感じになってるぞ?」
「え?」
ハッとなる。
「……あ、いや。なんでもないよ」
苦いものを含みながら笑ってごまかした。だが、長い付き合いの従姉には通用しない。綾香は表情を曇らせた
鷹久を追求して至った考えを吐かせるのは容易だろう。この心優しい従弟は、特に自分に甘いことを綾香は承知している。
だが同時に、彼が今言う言わないなら、まだ必要無いのかもしれない。
こういった思索は、綾香より鷹久の方が得意としている。
ならば。
綾香は笑顔になった。
「うし、ぐちぐち考えてても仕方ねーや。とりあえず腹ごしらえ済ませようぜ☆」
「……だね」
綾香の言葉にうなずいて鷹久も笑顔になった。
ほどなく料理が運ばれてきて、ふたりは昼食を開始することにした。
「ふめーっ♪」
「綾香、食べながらしゃべるとみっともないよ?」
スパイシーなピラフと、香辛料たっぷりの焼き上げたチキンを口一杯に頬張りながら満足げに声をあげる綾香を、鷹久は苦笑いしながら注意した。
もっとも、綾香は騒がしく食事をするのが常であるし、周囲の目を気にするほど細やかな質では無い。
それに最低限、汚くない程度の分別くらいはつけている。
とは言っても、一緒に食べている鷹久からすれば、周りの視線は気になるもので、ついつい注意してしまうのだ。
綾香は頬張っていた香ばしいピラフとチキンを飲み込むと、鷹久を軽くにらんだ。
「うっさいなあ。別に良いじゃんか」
「……あのね。周りは知らない人ばっかりなんだから……」
ブーたれる綾香に、鷹久がさらに注意しようとした刹那。彼女の蒼い瞳が煌めいた。
電光石火の早業で、鷹久の皿から、切り分けられたハンバーグを奪い去る。
「ちょっ?!」
「はふっはふっ♪ ハンバーグの肉汁と、とろっとしたチーズがうんめえ☆」
思わず声を上げ掛ける鷹久。あの一瞬で、もっとも大きくチーズがたっぷり乗ったひと切れを綾香に奪われたのだ。
わりとダメージは大きい。
「とほほ……」
落胆する鷹久に、すこし良心を刺激され、綾香は頬を掻いた。
「……あー、わりい。そんなにがっかりするとは……あたしのもひと切れやるから許せ」
言いながら切り分けたチキンから二番目の大きさのものをフォークで刺して鷹久に差し出した。
「え? あ、ありがとう」
虚を衝かれた顔で、鷹久はお礼を言う。と、綾香がチキンを差し出したまま笑顔で、「んじゃ、あ~ん♪」と言い始めた。
「……え~」
おかずの交換(奪い合い)や味見を経験してきた二人としては、日常的な光景ではある。しかし、衆人観衆の目がある以上、周りを気にする鷹久にして見れば羞恥プレイの一種となる。
「い、いや皿に置いてくれれば」
「あ~ん♪」
「……周りが見てるよ?」
「あ~ん♪」
「あ、綾香……」
「あ~ん♪」
「……」
「あ~ん♪」
笑顔のまま「あ~ん♪」を繰り返す綾香に、鷹久はとうとう折れざる終えなかった。
「あ、あーん」
「☆ あ~ん♪」
観念して口を開けた鷹久に、綾香が手ずからチキンを食べさせてやる。
カレー粉ベースのスパイシーな風味と、チキンの肉汁が口中に広がる。
「ん、これはなかなか……」
思わず口許に手をやりつつ咀嚼しながら漏らす。
綾香は「だろ?」と自慢げに胸を張るが、誇るべきはこのレストランの厨房シェフであろう。
「んじゃひと切れ貰うな~☆」
そして流れるように綾香はハンバーグにフォークを刺した。
「あ、うん…………待てい」
うなずいてから気づいて、鷹久は綾香の腕を掴んだ。
「なんだよ。ひと切れとひと切れ。等価交換じゃん」
綾香は笑顔で言いきるが、鷹久は怖い笑顔になっていく。
「その前に僕のハンバーグを強奪したよね? 綾香」
言われて綾香はついっと顔を逸らした。
「……記憶にございません」
「……今さっきのことを忘れるわけ無いでしょ?」
鷹久の追求に、綾香は軽く息を吐いた。そして彼の方を見ると、「……えへ♪」と小首をかしげた。まごう事なき小悪魔スマイルである。
「……はあ」
鷹久は嘆息した。このくらいで彼の従姉にして恋人である金髪碧眼のこの少女は反省などしない。
それが分かっているだけに、注意するにも徒労感が強い。
「……仕方ないなあ」
けっきょく、鷹久は折れることにした。
自分のフォークでハンバーグをひと切れ刺して、綾香に向けた。
「はい、あ~ん」
「! あーん☆」
鷹久が折れたことに喜色を示し、綾香はつばめのひなどりのように口を開くと鷹久の手にしたフォークへとぱくんと口に含んだ。
そのくちびるから、ちゅぷんとフォークが抜かれ、綾香は上機嫌でハンバーグを咀嚼し始めた。
「うん、うめー☆ じゃあお返しな♪」
そう言って、綾香は再びチキンをフォークで刺して鷹久へ。
こうして二人は、料理が無くなるまでかわりばんこで食べさせ合うのだった。
ちなみにドリンクバーのコーヒーは大盛況であったが、デザートのキャンセルが相次いでいた。