第6話
薄暗い屋内に、軽快な音楽が流れる。
それをバックに、長くて癖のある金糸が舞い踊った。
音楽に合わせてスカートが翻り、汗の滴が舞い散る。
ゲームセンター内の大型筐体のダンスリズムゲームに興じる金髪碧眼の少女に注目が集まる。
一昔前の筐体ではあるが、このアミューズメントに置いてはいまだに現役。
愛好者たちが注目するなか、その少女、夏目綾香は注目されていることを気にせず……否、注目されていることを意識して、オリジナルのパフォーマンスを組み込みながら激しく踊っていた。
拍手でリズムを取り、ターンやジャンプ、時にはストリートダンサーのような見た目重視のパフォーマンスを次々に繰り出していく。
無論、完璧なタイミングはとれておらず、わずかなズレで最高点にならないことなど茶飯事だ。しかし、その楽しげなパフォーマンスに、野次馬はどんどん増えていき、いつのまにか結構な人だかりとなっていた。
反転して皆を見て笑いながらウインクして、また戻る。軽快なステップで足元の矢印を次々に踏み、足を交差しながらクリアしつつ、くるりと回って次を踏む。
曲の行程とどの矢印が落ちてくるのかを熟知していなければ出来ないブラインドプレイ。
それが決まれば周囲がどよめく。
すでになんどもスカートがまくれてショーツが見えたりしているが、そちらを気にするよりパフォーマンスのすござに観衆は魅了された。
そして迫る曲の最終フレーズ。
華麗に跳躍して、彼女の体が二回転半した。
『イェアッ!』
観衆の方を向きながら着地し、声を上げてウインクしながらポーズを決めた。
一瞬の静寂。そして、歓声が上がった。
「お疲れ綾香」
筐体を降りて、声をかけてくる周りの野次馬共へと適当に返しながら近づいてくる従姉に、鷹久は労いの声をかけながらハンドタオルを差し出した。それを受け取って汗をぬぐった綾香が、にぱっと笑う。
「いやあ、踊った踊った♪ スッキリしたぜ☆」 金髪碧眼の美少女ながら、イタズラ小僧のような笑顔と口調は、いつものこと。
鷹久は軽く笑って簡易テーブルへ誘った。
「じゃあ、これもな」
そこで彼女から手渡されるのは銀色と銅色の硬貨。苦笑いしながらも「りょーかい」と返して受け取り、近場の自販機へ。
財布からさらに硬貨を取り出して、綾香と自分の分の清涼飲料水を購入して戻る。
すると、髪を金色に染めてピアスをした男が綾香に声をかけていた。
『いいじゃねえか。楽しいところに連れていってやるからさあ』
『……あたし、連れがいんだけど?』
『あ? ほっとけよ、んなん。つーかそいつも女?』
『……ちげーよ』
男は綾香を連れ出そうと口説きつつ、彼女の髪を弄ったり、肩を撫でたりしていた。
その行為に嫌悪感を滲ませる綾香だが、男は気にも留めていないようだ。
鷹久は小さく息を吐いて足を進めた。
「……ただいま綾香」
「お? やっと戻ってきたか」
鷹久が声をかけると、綾香は笑顔になる。男はその様子に顔を歪ませ舌打ちをした。
鷹久は、彼の方を見ると困ったように笑う。
「あの、どちら様ですか?」
「ああぁあん?! すっこんでろよ糞ガキ!」
柔和に訊ねた鷹久を組みやすしと見たか、威嚇するように声を上げた。
音がせめぎ合うゲームセンターにも関わらず、客がこちらを注目する。
「……やめませんか? 彼女、嫌がってるんですけど」
鷹久は、“平坦な声で警告した”。
だが。
「うっせえっ!」
男は唾を飛ばしながら叫び、鷹久の肩へと腕を突き出した。
鷹久を突き飛ばそうと言うのだろう。しかも、鷹久は両手が飲み物で塞がっている。
小さく悲鳴が上がり、誰もが鷹久が床に転がると思った。
だが、鷹久はひょいとその手を躱した。
「うおっ?」
見た目弱そうな鷹久に避けられると思っていなかった男は、空かされた腕をそのままにつんのめった。
バランスを崩して無様に転びそうになる男。その足を綾香が仏頂面のままサンダル掃きの足で刈る。
たまらず男は顔面から床にダイブした。
『プフッ』
周囲に失笑が広がる。
男は慌てて飛び起きて周囲をにらんだ。野次馬達の大半は目をそらすが、笑っているものが多い。
「笑ってんじゃねえッ!」
床に打ち付けたらしい鼻の頭を赤くしたまま、男は怒鳴り付けると、鷹久をにらんで殴りかかった。
鷹久は両手の飲み物をそのままに、軽く腰を落として、その拳を迎え撃った。
静かに、鋭く左足で踏み込んで、男の拳に向けて肩を向け、そのまま一撃を受け流した。瞬間、男の勢いに合わせるようにして、肩を引きつつ一歩後退。勢い込んでいた男は上体を泳がせ、そのまま再び床に転がった。
「おわっ?!」
声をあげて無様に転がった男は、すぐに身を起こして周囲を見回した。それを綾香がつまらなさそうに見下ろす。いや、彼女だけではなく、周囲の野次馬達からも見下ろされた気分になって、男は羞恥に顔を染める。
「ち、ちくしょうっ! 覚えてやがれッ?!」
捨てぜりふを残して逃げ出した。綾香はそんな彼の背中に一瞥をくれながら、綾香は「忘れた」と、彼の背中へと投げ掛けた。
そして、ようやく店員がやって来た。
なんとも遅いものだと思わなくはないが、致し方ないと綾香は息を吐いた。
「……災難だったね」
苦笑い気味に鷹久が近づいてきて、手にした缶コーヒーを差し出す。綾香は複雑そうな顔でそれを受け取って、今度は盛大に息を吐きながらプルタブを引いた。そしてそれを豪快にあおってから鷹久へと笑いかけた。
「お前モナー。つーか、せっかく楽しんでたのに最悪な気分だぜ」
「……確かに気分は良くないね」
うなずいて苦笑いしながらこちらもプルタブを引く。実際、鷹久も内心では殴り付けてやりたい気分ではあった。
が、公共の場ということもあったし、綾香がキレかけていた分、頭へ上っていた血が下がり、冷静になろうと努めた。
まあ、その態度がかえって男を刺激したというのはあるが、そこに鷹久の責任があるかというと首をかしげざる終えない。
結局のところ、愚かな男が手前勝手に騒ぎ立てて自爆したようなものなのだから。
「……出ようぜ。ゲームの気分じゃねーや」
「了解」
コーヒーをさらにあおってから立ち上がった綾香の言葉に、鷹久は肩をすくめてからうなずいて、彼女に続いた。
「……んで、どこいくかなぁ」
ゲームセンターを出たところで綾香は鷹久の腕を取って自分の腕と絡めながら周りを見回した。
鷹久は晴れた空を軽く見上げる。もう日が高い。
「ん~、そろそろお昼かな? どっかでランチにしない?」
「ランチとか洒落た言い方すんなよ。まあ、腹減ったしそれでいっか。よし! メシだメシ!」
綾香は笑顔になって鷹久を引っ張り始めた。
鷹久は慌てて手にしたジュースをこぼさないように守る。
「ちょ、ちょっと零れるよ!」
「いつまでも残しとくからだよ。つーか、そっちのもくれよ。あたしのコーヒーやるから」
「脈絡無いよねッ?! それっ!? ……別に構わないけど」
絡めたままの腕をそのままに、鷹久が手にしたジュースを綾香の口許へ。綾香も自分の手にした缶コーヒーを鷹久の口許へと持っていく。
そうして始まる飲ませ合いっこ。
周囲の自販機で無糖コーヒーが飛ぶように買われていった。
「んー♪ んまい☆」
「……綾香、コーヒーほとんど残ってないんだけど?」
鷹久のジュースをもらって満足げな綾香だが、鷹久の方はうろん気だ。
綾香のコーヒーはほとんど残っていなかったのである。
「まあ気にすんなよ。行こうぜ☆」
上機嫌で歩きだす彼女に合わせ、鷹久も歩き出しながら嘆息した。