第5話
「申し訳ないッ!」
「ごめんなさい!」
「すいませんでした!」
「やあわりいわりい☆」
四者四様に頭を下げる。あれから話を擦り合わせている最中に警察官がやってきて、誤解からきた乱闘と説明。口頭注意のみで四人は解放された。
そして現在、四人で頭を下げあっている最中である。
ちなみに綾香だけは全く悪びれていない。そこが彼女らしくはあるが。
「いやてっきり妹をかどわかすものと……」
青年が頭を掻きながら申し訳なさそうになった。それを聞いて、ポニーテールの少女がそっぽを向く。
「兄さんがしつこいからです」
「お前なあ……」
妹の態度に、青年が嘆息する。それを見た鷹久がとりなそうと口を開いた。
「いや、確認を怠った僕らにも責任が……」
「んでも、手を掴まれた女の子がああいう風に騒いだら、そういう認識になるぞ? 普通」
あっけらかんと言い放つ綾香に、青年はぐうの音も出ず、鷹久は口を閉じるしかない。
路上で微妙な空気が醸成され、道行く人々はそれを避けながら流れていく。それに耐えられなくなったポニテ娘は肩を怒らせながらきびすを返した。
「だいたい、繁華街の様子を見物に来ただけなのにそんなに心配されるいわれはありません!」
「し、しかしだなあ」
ピシャリと言い放つポニテ娘に、青年はなおも食い下がろうとした。その様子に綾香と鷹久は、過保護だなあ。とは感じたが、向こうには向こうの都合があると、口を出しかねていた。
「とにかく! あたしは一人で平気なんですッ! ついてこないでくださいッ!」
「あ! 待てアキナ!」
ポニテ娘がパッと走りだし、青年もそれを追わんと走りだし……足を止めた。
「と、とと……き、君たち! すまなかった! じゃあ!」
律儀に頭を下げてから再び走り始めた青年の姿に、ふたりは呆気にとられるしかなかった。
「行っちゃった……」
「行っちまったな」
呆然と見送る鷹久のとなりで、綾香は頭の後ろで手を組みながら嘆息した。
「名前も聞けなかったなあ……あ、あたしも教えてないや」
「そう言えばそうだね」
今更ながらに気づいてふたり、顔を見合わせた。そして互いに苦笑する。
「まあ、繁華街を見物に来たって言ってたしな。縁がありゃあまた会えるさ」
「そうだね」
綾香の言葉に鷹久はうなずき、二人で並んで歩き出す。
「んじゃ続きといこう……」
不意に、綾香の足が止まった。鷹久はおや? と彼女を見た。
「……ひばり?」
「……どうしたの? 綾香。支倉さんが居た?」
呟かれた言葉を拾い、鷹久は訊ねた。が、綾香は変な顔になって頭を掻く。
「……いや、ポニーテールの女の子が向こうに走っていってさ。ひばりかと思ったんだけど……」
自信無さげに向こうを見る従姉の視線を追う鷹久だが、見知った小さな少女の姿は見えなかった。
「……もう見えないみたいだね」
「チラッと見えただけだったからなあ。金髪の女の子と一緒に走ってたから」
ぼやくように言う綾香。鷹久は軽く息を吐いた。
「……どうする? 行ってみる?」
答えがわかりきっている問いを発し、彼女を見た。
綾香は、さも当然と言わんばかりに笑う。
「……なんか困ってるなら助けたいしな。行こう」
「了解」
鷹久とて同じ気持ちだ。うなずき合って、ふたりは駆け出した。
「まあ結論から言やあ、完全に見失っちまってたんだけどな」
「さすがに小説やマンガのようにはいかないね」
聞き入っているクラスメイトに対し、肩をすくめて漏らす綾香に、鷹久が苦笑いしながら言う。
たが、それを聞いていたひばりは、「そっか、やっぱり綾香ちゃんだったんだ……」と呟いていた。
これを耳ざとく拾ったのは、サラッとした金髪をボブカットにした碧眼の少女である。
「うむん? ひばりんは思い当たるものがあるのかなん?」
独特の口調で話す彼女はクリスティーナ・ウエストロード。
とある事情で一年留年しているが、立派にクラスの仲間であり、まとめ役の一人だ。
制服を着崩してはいるものの、だらしない感じは無く、むしろそれが似合っているという不思議な少女でもある。
そんな彼女とひばりの交わしている話聞き付け、綾香がそちらを見た。
「あー、やっぱ居たんだ。ひばり、なにやってたんだ?」
「あ……うん、実はね?」
うなずいて話し出そうとするひばりだが、周囲の女子が押し止めた。
『待って支倉さん』
『そんなことよりもっと重要なことがあるの』
『そうよ。下手をしたら、あたし達の一生に関わるわ!』
『そうそう! だからさ、夏目ちゃん!』
クラスの女子達が、一斉に綾香へ詰め寄る。
「な、なんだよ……」
その迫力に、綾香は思わずのけ反った。
『話の続きをっ!』
異口同音に、言い放たれた言葉に、綾香はうろん気になった。
「……いや、秋菜との出会いのエピソードは終わってるだろ?」
『まだよっ!』
『デート続けたんでしょっ!』
『キリキリ吐きなさい!』
『ど、どんな風に乳繰り合ったのよっ? さ、参考にして上げなくもないから言いなさいよ』
百パーセント下世話な興味本位である。綾香の顔が、げんなりとなる。
「……お前らなあ」
呆れたようにぼやくが、女子達は気にした風でも無く包囲の輪を縮めた。
『お願い聞かせて!』
『どうしたらあんなに恥ずかしげもなくイチャつけるのか知りたいのよ!』
『彼氏とうまくいく為なのッ!』
『か、勘違いしないでよっ? 勇の事なんてなんとも思ってないけど、幼馴染みとして鈍感なアイツでもわかるように説明するためなんだからねっ?!』
女子達の迫力に気圧され、綾香は頭を掻いた。
「んなイチャついた覚えはねーんだけどなあ……」
「おねーさま! あたしも聞きたいです!」
ぼやく綾香に、鷹久によってつり上げられていた秋菜も聞きたいとせがみ始めた。
チラッと蒼い瞳を従弟へ向ける。すると彼は、苦笑しながらうなずいた。
それを見た綾香は、大きく息を吐き出した。
「…………わぁーった、わぁーったよ。話すからみんな離れろよ。さすがに暑苦しい」
綾香から言質をとった女子一同は、すばやく縮めていた包囲の輪を広げて聞きの体勢に入った。鷹久も秋菜を解放してやり、綾香の隣へと移動した。
「なー先生よぉ」
そんな野次馬根性の集団を、教卓近くから遠巻きに眺めているのは一人の小柄な少年だ。
牧野 慎吾。
小さな少女支倉ひばりの幼馴染みであり、小柄な体躯ながら、優れた運動神経と反射神経で男子バスケ部次期エースと言われる少年だ。
その慎吾が、滝川教諭に「いいのか? あれ」と訊ねた。
滝川は面倒臭そうにあくびをしてから、嘆息する。
「……まあ良いだろ。連絡事項も終わったしな。1限目も俺の授業だ。自習扱いにでもしとくさ」
「……いや、良くないだろそれ」 やる気無さげにあくびを噛み殺す担任の滝川教諭を頭の上の重石に辟易しながら見上げて慎吾は突っ込みを入れた。が、教諭はそんな彼をジト目で見下ろした。
「……お前に言われてもなあ」
「……」
呆れたように言われ、憮然となった慎吾は再び野次馬どもに目を向けた。
「そーだよぉ。慎くんが言っても説得力無いよぉ」
慎吾の頭上から声が降ってきた。
彼の幼馴染みにして恋人でもある如月 琴代だ。180を越える長身ながら、肉付きの良い身体をしており、そのバストは学園最大最強と言われるチアリーディング部のエースだ。さらに言えば琴代は如月グループ総帥の孫娘でもあり、慎吾の将来は約束されたも同然で羨ましい限りである。もっとも、ここに至るまでのふたりには紆余曲折があったわけだが、それはそのうち語られる機会があるかもしれない。
ともあれ、彼女は慎吾を抱っこしながら上機嫌そうだった。
反対に慎吾は不機嫌そうである。何しろその身長差は30センチ以上もあり、慎吾の身長が牛歩のごとく伸びないのとは反対に、琴代の身長はまだ伸びているらしい。いったいどこまで大きくなるつもりだろうか?
とにかく、この体勢は見てる方は羨ましく思うかもしれないがやられる慎吾としては身長差が如実に出て嫌だし、琴代の胸がちょうど後頭部に来て、照れ臭いし、といろいろ複雑なのである。
そんなうらやまけしからん状態の慎吾に良識を説かれても、「リア充爆発しろ!」としか返ってこないだろう。
閑話休題。
そして、不良担任が黙認するなか、綾香のデート風景の続きが語られ始めたのである。
結局、ひばりを見つけられなかった綾香は、仕方ないとばかりにデートに戻ることにした。
この辺りの切り替えの早さは大したものである。
鷹久の腕に自分の腕を絡めて彼を見る。
「んじゃ、次はどこ行こうか?」
そんな綾香の問いに鷹久は申し訳なさそうになった。
「うーん、実はノープランなんだよね。綾香は行きたいところある?」
頬を掻く鷹久に、綾香は苦笑いした。
「まあ、急なデートだったしな。よし! ゲーセン行こう! 対戦やるぞ! タカ!」
「りょーかい」
楽しげに言う綾香に返して、鷹久は歩き始めた。