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第3話


「さてと」

 デートをすることになって、鷹久と綾香は外で待ち合わせることにした。

 同じマンションに住んでいるのだから、一緒に出れば良いのではないか? とも思わないではないが、そこはやはりデートらしさを重視して待ち合わせにしたのだ。

 そんなわけで支度を終えた鷹久は、綾香に追い出されるようにして、先にマンションを出たのだ。

「……なんか変な気分だな」

 待ち合わせ場所に指定された、繁華街中心広場のモニュメント前で、鷹久は静かにごちた。

 友人と待ち合わせたことはいくらでもあるが、綾香とはあまり無い。実家が近かったため一緒に出てくることが多かったからだ。

 待ち合わせるにしても、ゲーセンなどを指定されるのが常で、大抵彼女は先に来て遊んでいた。

 こんな恋人同士が待ち合わせるようなシチューエーションは完全に初めてなのだ。

「…………そっか、恋人なんだよな」

 改めて口にすると、背中がむずむずする。嬉しいのと照れ臭いのが半々といったところか。

「…………なんだ、普通に嬉しいんじゃないか」

 恋人としての距離は掴み損ねてはいるが、綾香との新たな関係自体は笑みが自然とこぼれるほど嬉しかったようだ。

「……にしても、格好はこれで良かったのかなあ……」

 不安げに全身を点検する。

 柔らかい髪質の髪型は普段通りだが、軽くクシは入れてきた。

 もともと華美な装いを好まない鷹久は、デートにどんな格好で来たら良いか分からなかったわけだが、地味ながらにまとまった姿である。

 ブラウンのジャケットに、クリーム色のスラックス。

 シャツは木目のボタンがワンポイントの白。

 全体に落ち着いた雰囲気は鷹久自身の雰囲気とあいまって、似合っている。

 武術を修めている関係で、体幹もしっかりしているため、立ち姿は自然体ながらブレもない。これで顔から完全に幼さが抜ければ、落ち着いた成人男性で通るだろう。

 しかしながら今は年相応に落ち着かなさそうにしていた。

 落ち着き払った所が特徴の彼だが、やはり緊張しているようだった。

 不意に、向こうが騒がしくなってきた。

 見ればそちらの方から人混みがモーゼのごとく割れて自分の方へと向かってきた。そして、出来た道をひとりの女性が鷹久の方へと歩いてくるのが見てとれた。

 晴れた空色で膝丈のスカートに、雲のように白いブラウス。その上から薄いピンクのカーディガン。

 肩からショルダーバッグを掛け、花をあしらったサンダル出足元を飾り、滑らかで長い金糸をたなびかせ、女性は鷹久の前までやって来た。

「よっ♪ 待たせた☆」

「っ?!」

 片手を挙げ、軽い調子で笑いながら挨拶をして来た女性の声を聞いて、鷹久は目を見開き、息を飲んだ。

「……………………あ、あ、綾香?」

「おう☆」

 姿は金髪碧眼の美しい女性ながら、晴れた空のお日様のような笑顔、そしてその口調と声はまず間違いなく長い時を共に過ごしてきた彼の従姉である綾香のもの。

 普段とは違いすぎる彼女の姿に、鷹久はただただ見惚れた。

 だが、鷹久の態度に綾香は不安そうになった。そして苦笑しながら頬を掻く。

「……あー、やっぱ似合わねえか? あたしもそう思……」

「似合ってる!」

 我に返った鷹久は、慌てるように彼女を遮って力強く宣言した。

「すごく似合っていて、きれいだ!」

 大事なことだからとばかりに、鷹久は勢い込んで言った。

 その勢いに綾香は口をつぐみ、軽く顔を伏せた。

「……………………さ、さんきゅ♪」

 蚊の鳴くような小さな声。初めて見る彼女の様子に、鷹久の胸奥が大きく跳ねた。


『……誰だ? あの美人』

『外国のモデルさんかしら?』

『……ほー』

『ちょっと! どこ見てるのよっ!』


 気づけば周りが騒がしくなってきていた。普段でも綾香は耳目を集める存在ではあるが、今日の彼女は一段違う。周囲の注目度が段違いだ。

 それに気づいた鷹久だが、目の前の従姉は顔を赤らめて、照れ臭そうに髪をいじるばかり。

 周りの状況が目に入っていないらしい。

 そんな彼女の珍しすぎるほどに可愛らしい姿に、鷹久はふたたび胸奥を踊らせ見惚れそうになるが、頭を振ってそれを一時追い払った。

「い、行こう」

「え? 」

 鷹久は慌てて綾香の手を取って歩き始めた。

 彼女は強引な鷹久にされるがままにその場を後にした。

 しばらく移動して喧騒から逃れる二人。不意に綾香が立ち止まる。

「……綾香?」

 鷹久は訝しげになって振り返った。すると彼女は顔を伏せたまま、ぽつりと呟く。

「……手、痛いよ」

「あ! ご、ごめ……」

 綾香の言わんとすることに気づいて、鷹久は慌てて手を離した。夢中だったので思いっきり握っていたようだ。

 顔を伏せた綾香の肩が震える。

「綾香?」

 心配になった鷹久は顔を覗き込もうと近づいた。

 が。


『ブッハッ?! アハハハハハハハハッ!♪』


 唐突に綾香が吹き出して身体をくの字に折りながら笑い始めた。

「あ、綾香?」

 一歩後ろへ下がりながら驚く鷹久に構わず、綾香は爆笑していた。

「イヤイヤイヤどこのラブコメだって話だよなっ?! アハハハ! 手ぇ繋いで逃走とかさ☆」

 そんな綾香を見ていて鷹久も小さく吹き出した。

「……確かにね」

「だろ?」

 二人で笑う。先程までの恋人らしさはどこへやら。

 しかし、これこそが自然だとばかりに二人は笑い続けた。

 そして、ひとしきり笑い終えると、綾香は両手で頭をわしゃわしゃとかき混ぜ始めた。

「綾香?」

 突然の行動に鷹久は戸惑うような声を出す。が、綾香は気にしなかった。

 そして、かき回し終えたかと思いきや、頭を数回左右に素早く振った。まるで長毛種の大型犬が身を震わせたときのようである。

「うし、さっぱりした」

 そう言いながら腰に手を当てつつ、フンス! とばかりに胸を張る綾香。

 艶やかで滑らかだった髪は、いつも通りバサバサのクセッ毛に戻ってしまった。だが、鷹久は惜しいとは思わなかった。

 むしろ普段通りの綾香で安心したくらいだった。

 と、彼女が手を差し出してきた。

「よし! 続きとシャレ込もうぜ☆」

 晴れやかな空で、すべてを照らすお日様のように、少女は笑っていた。

「……そうだね」

 そんな彼女に微笑み掛けてら鷹久はその手を取った。




 それからふたりで街を歩いた。

 ピタリと寄り添うようにしながら楽しげに歩く二人の姿はそれが当たり前と言わんばかりであった。鷹久の腕に絡められているのは、綾香の腕。

 力も入れず、体重を掛けるでも無く、ただ身を預けるようにして組まれた腕は、どこまでも自然であった。

 立ち止まる時も、道を曲がるときも、どちらがどちらを引く訳でもなく、どちらがどちらに合わせて歩るくでもなく、ふたりはただ普通に自然体で歩いていただけだ。だがそれは、恋人同士と言うよりは、長年連れ添ったもの同士のように、ふたりは街を歩き行く。それ見た道行くカップルは誰もが羨むように彼らを見やった。

 そんな視線もものともせずに、鷹久と綾香は談笑しながら歩を進めた。

「けどどうしたの? その服。それに髪が整っていたけど?」

 だいぶ落ち着いてきて鷹久は改めて綾香の姿を見ながら訊ねた。彼女はその質問に苦笑した。

「これ、由利香さんのお古なんだよ。たまには普段とは違う格好をしてみれば良いってさ。『これなら鷹久くんもイチコロよ♪』ってな」

 綾香に言われ、鷹久は苦虫を噛み潰した顔になった。おそらなくその通りであることは間違い無さそうであった。


「んで、髪はマンマにやってもらったんだ」

「実家まで行ってきたの?」


 綾香のあっけらかんとした言葉に鷹久は驚いた。それを見て綾香が苦笑する。

「あたしが自分であんなに丁寧に髪をセット出来るわけ無いだろ? バイク転がして行ってきたよ。にしても喜んでたなあ。あたしの髪いじるの久しぶりだって」

 そういえばと鷹久はうなずく。綾香は生まれつきクセッ毛だったのだが、小学校に上がるまでは彼女の母親が丁寧に揃えてくれていた。

 が、小学校に上がると男子に混じって遊ぶようになってしまい、髪を整えるのを辞めてしまったのだ。

「あー……幼稚園の頃の綾香は、髪サラサラにしてたっけ。うん、思い出した。お人形さんみたいに大人しくてさ……」

「ちょっ?! なに余計なこと思い出してんだよっ!? 忘れろっ!!」

 鷹久がニヤけるのを見て、綾香が慌て出す。幼稚園の頃の綾香は、とても大人しい子だった。

 言葉も日本語と英語とイタリア語がちゃんぽんで、髪と瞳の色から周りの子供たちも敬遠しがちであったのだ。

 そこに手を差し伸べたのが従弟である鷹久だ。

「あの頃の綾香は可愛かったなあ。大人しくて、はにかむように笑ってくれて……」

「わーっ! わーっ!」

 鷹久がわざとらしく思い出を語り始めると、綾香はそれを掻き消さんと声をあげた。

 周りは何事かと注目するが、腕を組んだカップルが仲睦まじくはしゃいでいるようにしか見えなかった。


『あらあら、仲が良いわねえ』

『いいなあ……』

『くっ、リア充めっ!』

『私たちも負けてられないわっ!』


 微笑ましいと笑みを浮かべるもの、羨むもの、妬むもの、張り合うもの。

 周りのそういったものをするーしながら、鷹久は綾香をからかい続けた。

 だが。



『離してよっ!』



 唐突に響いた声に、ふたりは表情を引き締めた。

 見ればすぐそこに人だかりが出来ていた。

 それを確認した瞬間、綾香は走り出していた。

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