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第1話


 五月。

 桜色の季節が終わり、青々とした若芽が顔を覗かせ始め、生命の息吹を感じさせる季節。


 ゴールデンウイーク明けの央華学園は、どのクラスもちょっとした倦怠感に包まれていた。

 四月下旬にあったクラス対抗戦でのトラブルは、理事長の仕業となり、表向き学園は平穏であった。

 最後に戦う事になった四・六組と七・八組の対戦は、引き分けとなり、クラス対抗戦は勝者無しとなった。しかし、代わりに理事長の悪ふざけの代償ということで、全クラスGW補習が免除となり、一部賞品はグレードダウンしつつも二年生全員に配布された。

 中間一部免除は無くなったが、学食のデザート割引券がしっかり配布されたのである。

 そんなこともあり、生徒達は表向き不満を爆発させることも無かった。




 二年八組の教室入り口前、緊張気味の表情で出待ちをしている少女ふたりの姿があった。

 連れてきた二年八組の担任である滝川教諭は、彼女らを待たせて一人教室内へ入っていた。

 教壇にやる気が無さそうに立ち、数日ぶりに担当するクラスの生徒らをあくびを噛み締めながら見やる。

「……ふぁ。よし、久しぶりだな。まあ、ゴールデンウイーク明けで辛かろうが我慢しろ。まさて、まずは連絡事項だ。五月に入ったわけだが、今月はリンクネットのメンテナンスがあるため、下旬までダイブ不可能だ。実習の予定はすべて座学に変更になる」

 教諭の言葉に、クラスがざわめく。

「静かにしろ。連絡事項はまだあるんだ。今まで事情があって学園に来ていなかった二人が正式に登校できるようになった。二人とも、入ってこい」

『はい』

『ハイッ!』


 音も無くドアがスライドし、二人の少女が入ってきた。

 一人は金髪碧眼で髪を縦ロールにした儚げな美少女、今一人は硬そうな赤毛をポニーテールにした元気の塊のような少女。どちらも小柄だが、対照的な少女であるのは確かだ。

 二人の横に、その名前を記されたホログラムプレートが浮かび上がった。

皇見おうみ りんと申します」

春野はるの 秋奈あきなですっ! よろしくお願いしますっ!」


 そして麟は丁寧に、秋奈は元気良く挨拶をした。


 その二人を見て、クラス一……いや、学園一小柄なポニーテール少女である支倉はせくら ひばりと、赤毛をツンツンに立たせたような硬質そうな髪質にワンパクそうな顔つきの少年、沢井さわい 秋人しゅうと。それに太陽のように活達そうで、癖のある長い金髪に晴れ上がった空のような蒼眼の少女、夏目なつめ 綾香あやかと柔らかそうな黒髪に柔和な笑みが似合いそうな細身の少年、吉田よしだ 鷹久たかひさはポカンとなった。

「り、麟ちゃん?」

「……何でこんなとこに?」

「あのポニテ、この間の子じゃん」

「……」

 四者四様の反応。そして、麟と秋奈もそれぞれ気付いた。

「あ! ひばりちゃん! 秋人さん!」

「おねーさまっ!」

 麟は偶然に喜んでいるようだが、秋奈の反応にクラス中が目を剥いた。



『おねーさまっ?!』



 そして軽やかに走り出した秋奈が「お♪ ねえ♪ さまっ♪」とばかりにジャンプして飛び込んでいったのは、綾香の胸の中であった。

「ってあたしかよっ!? なんだよお姉さまってっ?!」「昨日の今日で再会、しかも同じクラスだなんて、運命に違いないです!」

 さすがの綾香も驚き慌てるしかない。その間にも秋奈は綾香の胸に顔を擦り付けていく。

「おねーさまー! おねーさまー!」

「うぎゃあぁぁあっ?! やめろっ! あたしはこういうのは好きじゃねえっ?! タカ! 助けろよっ?!」

 彼女にしては珍しく、背後の席に座る従弟の少年に助けを求める。だが鷹久は苦笑いを浮かべるばかりだ。

「……そのうち飽きるんじゃない?」

「はくじょーものっ!?」

「……昨日の僕の台詞だよね、それ」

「わ、悪かった! 御免! 謝るから助けて鷹久ぁっ!」

 半泣きで助けを求める綾香に、鷹久は嘆息した。綾香が鷹久を愛称ではなくきちんとした名前で呼ぶときは、本気かつ真面目な時だ。それほどに嫌だったんだろうと鷹久は当たりをつけた。

「……そういう訳だからごめんね? 春野さん」

「うにゃ?」

 鷹久は素早く秋奈の背後に回ると彼女の首根っこを押さえると猫の子のように持ち上げた。秋奈は何が起きたのか分からずにいる。小柄な少女とはいえ細身の鷹久が片手で持ち上げている様子はある種異様な光景だ。周囲のクラスメイトも一部を除いてポカンとしている。

 見た目細身な鷹久だが、その身体は贅肉などまるで無い針金のように絞り込まれた身体をしている。古武術を源流とした護身術を修めていることもあって体幹もしっかりしており、見た目よりずっと力を出せるのだ。

「た、助かった」

「わわっ?! 放してくださいっ!? あたしは猫の子じゃあありません」

 驚いて暴れる秋奈。その振り回す腕にしっかりと力が乗っているのを見て、鷹久は眉をひそめた。

 本来、地面に足の着いていない状態では、拳打は有効に働かない。体重を乗せられないので力が半減するのだ。無論、跳躍しての蹴りや拳打などは、全身の体重が乗るように勢いを付けたり、重力を利用したりするのだが、これがなかなか難しい。

 今の秋奈のように吊り上げられているとなれば、なおさら力が乗らないものだ。

 それをしっかり乗せてきたということは、その手の技術に通じているか、あるいはセンスか。

 そのどちらかまでは、鷹久にはなかなか判断がつかなかったが、昨日遭遇した一件を鑑みるに、前者であろうと鷹久は推測する。

 そう、街中で秋奈の兄を名乗る青年との激闘の記憶が、それを強く思わせるのだ。

「……昨日は、大変だったなあ……」

 暴れる秋奈《猫の娘》をぶら下げたまま、鷹久は前日のトラブルを思いだし、深く深ーく嘆息した。

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