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 あれから二日が過ぎた。

 新たな事件はまだ起きていない。

 ここ二日、何かあったとすれば祈莉が風邪を引いて休んでいるくらいだ。

 帰りに電話して体調を聞いてみたら明日には学校に行けると言っていたので、明日聞きたい事を聞いてみようと思う。

 二月三日、交差点、この二つの言葉について、それとレインコートの男も何か知ってるかと。

 電話で聞くのが手っ取り早いけど、直接話して祈莉がどう反応するのかを見たい。

 ったく、肝心な時に休みやがって。

「やあやあ、今日は帰り道が違うね。どこかに寄るのかい?」

 後ろから聞き覚えのある声が背中に届き、振り返るとそこには楽田。今日の帰り道は楽田と同じ方向だから、折角なので一緒に帰るとしよう。

 何かと彼の顔を見るといつも笑顔で固定されているな、親しみやすい。

 祈莉にもこの笑顔を分けてやりたい。

「今日はちょっと図書館にでも行こうと思ってな」

「図書館? 何か調べ物でも?」

 楽田は訝しくも笑顔を維持。

「図書館のパソコンを使ってみたいんだ、使ってみたい、ただそれだけの好奇心」

 と、言っておく。

 何を調べるのかは言わない。

「そうなんだ、早めに帰らないと見回りの先生に見つかったら怒られるよ?」

「あまり遅くまではいないようにするさ」

 むしろちょいと調べてすぐに帰宅を予定している、明るい内に家まで、若しくは家の近くにいたいね。

「しかし君達は、仲が良くていいね」

「仲がいいって、何が?」

「ほら、祈莉さんや瑠璃垣さんと話をしたり、一緒に帰宅したり、嗚呼! 羨ましい、両手に花という言葉を再現してみましたと言わんばかりの光景だったよ」

「そ、そんなんじゃないさ。祈莉とは昔からの付き合いだし律はちょっと話したくらいで帰り道が同じなんだ」

「そうだとしても、そうでも、そんなわけでも、羨ましいのよね。律さんは俺になんだか冷たい気がするし話しても気の抜けた返事しか返ってこないのに、君には普通に接してるじゃないか」

 律の今日一日はというと俺以外の誰かと話していた光景はほとんど無し、会話しても数秒で途切れて沈黙。

 昼休みは食後に腕を組んで目を閉じて自分の世界に引きこもる始末。

 俺にはよく話をしてくれるが、是非皆にも同じ対応をしてもらいたいものだ。

「瑠璃垣さんとはいつもどんな会話してるんだい?」

「どんなっていうと……」

 猟奇事件について?

 んな事言えるか。

「世間話?」

「へえ、世間話をしてる姿なんて想像できないな」

 ごもっともだ。

 ちょっと世間話って言ったのは無理があったが、しかしどう言えばいいのか言葉が見つからない。

「実は瑠璃垣さんとは同じ中学だったんだよね」

「そうなの? あいつの中学時代はどんな感じだった?」

 結構、そう。結構気になる。

「同じクラスには一度もなった事は無かったけど、どんな感じというと、学校で見かけるといつも沈黙してたかな。話しかけたい人や仲良くしたい人はいたようだけど、なんだか自分から引き離すみたいな、親しくされるのを好まないような、それを三年間貫き続ける、そんな人だったよ。それなりに有名人」

 中学校の教室で三年間欠かさず昼休みに腕を組んで目を閉じる律の姿が浮かび上がった。

「俺には結構話してくれるんだけどな」

「僕には五秒くらいしか話してくれない」

「めげずに頑張れ」

 律は俺に興味があるのではなく俺に接触しようとしている特異者に興味があるのだ。

 用件が済めば俺が話しかけても周りと変わらぬ対応に変わるかもしれないけど。

 今日なんか、図書館のパソコンで一緒に調べないかと誘ったら自分で調べると言われて早々に帰宅されて素っ気無かった。

 俺が心細いのわかってるくせに、あいつめ……。

 ――殺されないように気をつけな。

 笑いながら冗談のつもりで言ってたけど、俺は笑い返せずに顔は引きつっていた。

 図書館の近くに通りかかったあたりで楽田とはお別れとなった。

 あいつの家はまだ先らしい、歩いて十分ほど掛かったがそれ以上の道程となるとやや遠いとこから学校に通ってるんだな。

 しかし、図書館を利用するのはいつ以来だろう。

 俺の家からは通いづらい距離だからこうして見上げるのも久しい。

 三階建てで、横幅も長いので建物はそれなりに大きい。

 中に入るや静謐に迎えられる。

 まるで時間が止まっているかのような、雰囲気だ。

 二階へ行き、いくつかキーボードを叩く音のするほうへ向かい空いている席に座った。

 パソコンはもう起動されていて、ネットを開いてキーボードを凝視。

 扱いなれていないので一つのキーを打ってひらがなを導くまで時間が掛かる。

 検索内容は二月三日、交差点、それとこの町の名前、青葉町。

 交差点といってもこの街の交差点とは限らないが、猟奇事件はこの町で起きていてレインコートの男が思い浮かべていたのならば、この町で合っているはず。

 検索してみた結果、一万件近いヒット数に迎えられて早くも精神的に押しつぶされそうになった。

 いくつか見てみたものの交通事故だったり、イベントだったり、はたまたただの日記でたまたま文章に検索が引っ掛かっただけだったりで三十分ほどその繰り返し。

 あの交差点では二ヶ月前と一年二ヶ月前に交通事故が起きていた。

 しかし交通事故というだけで詳しい記事は載っておらず、その後も調べてはいたものの成果は無し。

 日が暮れる前に家に帰りたい、調べる時間は少ない。何回かはここに通って調べようとは思うが、平行線を辿るようなら早めにやめておくか。

 あとは猟奇事件について検索をしてみて終わりにしよう。

 少しでも多くの情報を得ておかなくては。

 検索結果は数万件にも及び、それほど注目されているのが解る。

 なになに。

 一年前から怪奇事件も始まっていたと。

 一年前にこの町で遺体安置所や霊安室から遺体が消失する事件が発生、半年間に消えた遺体は数十体。

 警察は未だに犯人を捕まえられず、遺体消失事件が収まるや次は猟奇事件が発生か。

 被害者の多くは二十代前後、学生は未だに一人も被害者とはなっていない。主な犯行時間は夕方から深夜。今までの被害者が殺害された時間、場所はどれもばらばら。

 更には、この一年で行方不明者も続出している、と。

 律から少しは聞いていたが、こうして事件の内容を読んでいると尋常ではない町の変貌に畏怖の念を抱いてしまう。

 俺はパソコンの画面を消し、深い溜め息をついた。

 多くの文字を読めば読むほど、肺を鎖で縛られたかのような、背中に重石を乗せられたかのような気分になる。

 席を立ち、当時の新聞が置かれている棚を見かけたので俺は一年二ヶ月前の新聞を見ようと探した。

「……あれ?」

 変だな、一年二ヶ月前の新聞だけ見つからない。

 年毎に分かれている、探す場所も間違えてはいない。

 一ヶ月毎にちゃんと纏められている、一年一ヶ月前の新聞も、一年三ヶ月前の新聞も見つけた。

 でも、一年二ヶ月前の新聞だけ無くなっていた。

 一か月分丸ごとだ。

 誰かがこの図書館内で読んでいるのか?

 ……まあいい。

 窓の外は橙色。

 今から帰れば十分に日が暮れる前に帰宅できる。

 ゆっくりと腰を上げて、俺は図書館を出た。

 まだ人気は途絶えていない、あたりは警察官も何人か歩行していて安心できる。

 安心できるとはいえ、俺の足は……駆け足に近い速度だ。

 そうして足を進めていると、周囲から妙な音が聞こえ始めた。

 何か、軋むような音でどこから聞こえるのか、見回してみても音の源は発見できない。

 近くを歩く人も音に気づいて周囲を見回しているようだが、俺と同じくどこから聞こえてくるのか解らず、しかし気にせずすれ違っていく。

 すると、音は大きくなり、真上からそれは――

 降ってきた。

 見上げた瞬間、黒い何かが俺の顔めがけて落下中。

 咄嗟に身体をひねってそれを回避するも、肩に掠り更にガードレールに頭を打った。

 肩の怪我はそれほどではない、頭を打ったほうが中々の衝撃だ。

 視界がぼんやりとして、こぶができたくらいの痛みに身を悶えて、しかし何が落ちてきたんだと、意識はその落下物に向けられた。

 拉げていてすぐには何か解らなかったが文字が書かれていたので看板だと把握した。

 俺の身長と同じくらいの大きさだ、もしも避けてなかったらどうなっていた事か……。

 すぐに看板を設置していた建物から人が出てきて、救急車を呼ぶと言われたが怪我は肩に掠った程度で呼ばれるのも何なのでそれは断っておいた。

 一番の重傷は服が破けてしまった事。肩から肘近くまで破けて肌が露出されて恥ずかしい。

 しかしこの看板が落ちてきたのは、単なる偶然だろうか。

「大丈夫かい?」

 そこへ葛谷さんがやってきた、偶然通りかかったのではなく、二日前に言っていたようにやはり近くにいたからに違いない。

「はい……かすり傷程度です」

 俺はしばらく看板を見つめていた。

 妙なのは、それほど重量は無さそうなのに地面へ深々と突き刺さっていて、まるで看板が突如に重くなって俺を狙って急降下したかのようだった。

 看板を取り付けたのは先月で、落ちるなんて考えられないと建物の経営者は話していた。

 看板が設置されていた部分は二階の高さ、ここから目視で十分に確認できる。

 螺子が外れて落下したのではなく、接続部分が異様な曲がり方をして千切れて落下。

 先ほど聞こえた異音はその千切れ始める音だったのかもしれない、今は聞こえないのだからそうだろう。

「看板が落下してくるなんて、君は不運に好かれてるね」

 好かれてたまるか。

「遠くから様子を見ていたが、看板には誰も触れてないし、触れられない場所だ。事故さ、事故。不運以外は気にしなくていい。狙われたんじゃないんだから」

「そう……ですね」

「よかったら車で送っていくよ」

「あ、いえ……大丈夫です、家もそれほど遠くないですし」

 とか意味も無く強がって言ってみる。

 そそくさと俺は帰路についた。

 家に帰ったら服を縫ってもらおう。

 肩の怪我も猫に引っかかれたのと同じようなもの、血も止まってわざわざ治療する必要もないな。本当にかすり傷でよかった、奇跡と言ってもいい。

 少しでも反応が遅れていたら入院か、今頃あの世だ。

 しかし……あれは本当に事故だったのだろうか。

 あの看板の落下は、もし誰かが意図的に……俺を狙って落下させたのだとしたら……。

 例えばレインコートの男とか……。

 まだ日は暮れてない、周囲には帰宅する人らが何人もいる。

 車両はいくつも道路を走行し、警察官は何人も巡邏。

 どこからどう見ても安全に囲まれているが俺の足取りは重く、ちょっとした物音にさえ怯えを抱いていた。

 今日は特に、上から何かまた降ってくるのではという新たな恐怖。

 やっぱり送ってもらったほうがよかったかな。

 小走りで家へ向かい、家に帰るや母さんに破れた制服を見られて激怒された。

 せちがない。



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