表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23



 心労が絶えない。

 タイムスリップだけでも頭がいっぱいなのに、次は猟奇事件を目撃。

 不幸のバーゲンセールに飛び込んだみたいな気分だ。

 心のゆとりが欲しい……それかカウンセラーに一日中診察してほしいところだ。

 向かいの家の塀についていた手形、レインコートの男が書いたものとは限らないものの不安は募っていく。

 早くタイムスリップさせた特異者とやらを見つけて元の時間に戻して欲しいものである。

 昼休みは昼食を食べた後に屋上で律と二人きりで話をする事にした。

 多分、お互い今後こうして密かに二人で話す機会は増えてくるだろう。

「まだ現れないんだ」

「一日経ったばかりだよ、焦らなくてもいいんじゃないかな。どうせあっちから来るのだから」

「俺は一刻も早く会って元の時間に戻りたい」

「そう言ってもさ、どうするというんだい?」

「……お前の力でなんとかならない?」

「過去を読むために老若男女兎に角触れて探せとでも? 先ずは学校の生徒と教師全員にかい? どれだけの時間が掛かると思う? それに結構疲れるんだが」

 頬を突付かれながら言われた。

 本気で言ったわけではないけど、ちょっとなんとかしてくれそうで期待していたり。

「ごめん、言ってみただけ」

「朝から絶望感漂うくらい元気がなかったけど大丈夫?」

 元気など出るはずが無い。

 正直、今すぐ家に帰って布団に飛び込んで一日を潰したい気分だ。

「昨日さ、帰りに猟奇事件の犯人見た」

「ほう、それは面白い」

 俺は面白くない。

 彼女は俺の肩に触れて、目を閉じる。

 その間、十秒くらい。

 目を開けるや、

「このレインコートを着た男が猟奇事件の犯人か。顔は……見えないな」

 過去の記憶を覗いたようだ、便利な力だ。

「警察に連絡しながら逃げたんだけど、犯人に家を特定されたかも」

「特定? 顔でも見られたのかい?」

「どうかは解らない、けど昨日の夜……家の前にいたんだよ。見間違いかもしれないけどさ」

「気のせいでしょ、深く考えすぎ」

 俺もそう思いたい。

「でもさ、うちの向かいの家の塀に真っ赤な手形がついててさ、もしかしたらそいつがつけたのかなって」

「誰がつけたのか、確かめてあげようか?」

「ああ、確かめて欲しい」

 彼女がその手形に触れて記憶を読めば確実に手形を書いた主が解る、これで俺の不安の一つを解消できればいいのだが。

「しかし……君が来た途端に猟奇事件の新たな被害者、ねえ」

「何か関係がある……とでも?」

「さあ、それは解らないがなんともタイミングが良すぎやしないか。今月はまだ猟奇事件は起きてなかったのに」

 何を言いたいのか今一掴めない。

「もしも、タイムスリップと関係があったとして猟奇事件とどう繋がるんだ?」

「まあ……ただの偶然、か。そう、そうだね」

 何か意味深な目だ。

 一度は自分の考えを放り出したのに、また回収して頭の中でそれについて考えているような、そんな目をしていた。

「是非お前の意見を聞かせてもらいたいな」

「大した事ではない。気にしないでくれたまえ」

 気にしてしまうんだけど。

 彼女は続けて口を開こうとしなかった。

「な、何の話?」

 するとそこへ祈莉がやってきた。

 教室に一人でいるのは心細くて俺を探していたに違いない。

「ん、別に」

 祈莉には何も言わないでおく、心配かけたくないのもあるが話したところですんなりと理解してもらえないだろうから。

「世界がどうすれば平和になるかを二人で話し合っていたのだよ」

 もう少しまともな嘘をつけなかったのだろうか。

「な、なんか……すごそう」

 信じるんだ。

 話は一旦止め――ちらりと横目で俺を見る律の瞳にはそんな意味を含んでおり、俺は小さく頷いた。

 昼休みはまだ十分に時間がある、今日は天気もいいしこのまま屋上で時間を潰す事にした。

 フェンス越しに見える街、そしてその先にある山、こうして見ると中々良い風景ではないか。

 普段なら心地良い風に頬を撫でられて良い気分なところだが、心の中に居座る不安がそれを妨害して、出てくるのは溜め息一つ。

「退屈?」

「退屈……違うな。なんだろう、疲労?」

 精神的な。

「そ、そんなに疲れてるの?」

 心配そうに祈莉は顔を覗いてくる。

 俺の話はよそう、話を広げられると困ってしまう。

 どうして疲れてるのか、どうして寝不足なのか、これ以上は問われたら嘘を付かなくてはならない。

 猟奇事件を目撃しちゃってさ。

 言えるか? いいや、言えないね。

「寝不足でね。それよりどうした? 教室にいても暇だったのか?」

「教室は……み、皆、猟奇事件の話してて」

「無理も無い。今月はないかも、事件は終わったのかもと誰もが思い始めてた矢先に起きたのだからね、しかも今回は学校からも結構近い」

 律は猟奇事件についてかなり詳しいと思われる、能力を使って猟奇事件の情報を収集したのかもしれない。

「帰路に事件現場がある、そういう生徒達は特に不安を言葉に表すだろうね」

 俺もそういう生徒達の一人である。

「だ、大丈夫? 昨日の、事件……家、近いよね?」

「ああ、かなり近くだ。でも大丈夫」

 家から出て数分、それほどの距離。

 通学路の一部は警察官によって封鎖されていた、現場を通りかかったが複数の警察官が立ちはだかるように立っていて、ブルーシートで現場は完全に隠されていた。

 いくつかの脇道にも何人かの警察官が地面を見つめて何か調べてるようで、立ち入れられないようになっていて現場周辺にも何かあったようだ。

 何があったのかは解らないが知りたくも無い。

 取材者が通りかかる人にマイクを向けて言葉を求めていたが俺は捕らえられぬように避けてその場からすぐに立ち去った。

 いつもの道が使えないので今日は遠回りをしての登校、それほど人が通らない細い道が一番近くであまり利用はしたくなかったが同じ理由を抱く人らがその道を通っていたので俺もその波に乗り込んだ。

 一夜にして人通りの少ない道は人通りの激しい道へと変化。

 今日の帰り道もきっと多くの人が俺と同じ帰路をなぞるはず、人気の無い道を通らずに済む。

 警察官も近くで警戒をしていたので猟奇事件の犯人が近くにいたり、俺を襲おうと考えはしないだろう。

 飛んで火に入る夏の虫、そうはなりたくないはずだ。

 俺が犯人ならどこか事件現場より遠くのほうへと行って身を潜める、多分……今は安全。

 だから、大丈夫と言った。

「い、家まで……送ってあげるッ!」

「それはこっちの台詞だ。事件が落ち着くまで家まで送ってやるよ」

「えッ、い、いいの?」

 祈莉の家はそう遠くない、いつもの十字路を祈莉の家の方向へと歩いて五分ほど。

 人気は少なくないものの事件の事を考えると祈莉を一人で家に帰らせるのは心配である。

「隣でいちゃつかれると疎外感を抱かざるを得ない」

 律は退屈そうに風景を眺めていた。

 今にも溜め息でも出しそうなくらい退屈そうに。

「い、いちゃついては……」

「ごめん、いちゃついてた」

「はっ、えッ?」

 冗談で言っただけだが、祈莉は赤面して視線を膝へ落とした。

 祈莉の様子を窺うのは楽しい、可愛らしいから。

「二人は付き合ってるのかな?」

 よく聞かれる質問だ。

 それに対して俺はいつも、

「……さあ? どうだろう」

 そう答える。

「ど、どうだろう……」

 祈莉も、いつもそう言う。

 祈莉とは昔からの付き合いだ。

 幼稚園が一緒で、学校が一緒で、遊び場も一緒で。

 祈莉はいつも一人だった。

 俺の家と、祈莉の家の丁度同じ距離のところに公園があった。

 この町は遊び場が少ないので色んな場所からその公園に子供たちがよく集まっていたのを憶えている。

 彼女は、公園の小さなベンチに座って足を揺らしていて、いつだったかは憶えてないが話しかけた時があった。

 言葉は返ってこなかったけど、彼女は俺にクッキーを一枚くれた。

 ほんのりとチョコの香りがする手作りのクッキーで、家族が作ってくれたもののようだ。

 最初は言葉を交わさなかったものの一緒にそれを食べながら公園で走り回る子供達を見て過ごし、俺は祈莉をひどく気に入ってそれからもよく一緒にクッキーを貰いに、願わくば多くの会話を求めて会いにいった。

 一週間後くらいかな、最初に声を聞いたのは。

 綺麗で透き通るような声で、口を開いてくれたのがとても嬉しかったのを憶えてる。

 小学三年の時にクラス替えがあって、祈莉は同じ学校なのは知っていたがまさか同じクラスになるとは思わず、一緒にいる時間は歳を重ねる毎に増えていった。

 こいつといると落ち着く。

 友人達と一緒に外で駆け回るのもいいが、交わす言葉は少ないもののどうしてか楽しさを感じられた。

 中学も同じ学校へ、しかも三年間同じクラス。

 休日は二人で遊ぶ事もある、祈莉の家に遊びに、逆に俺の家で遊んだりも。

 長い付き合いではあるがお互いの距離は一定だ。

「幼馴染、今はそれだけの関係」

「今はって事はこれから発展する可能性もある、と」

「かもね」

「か、かもッ……!?」

 祈莉の顔が見る見るうちに赤くなっていく、こいつは本当に見てるだけで楽しませてくれる。

 そうしているうちに昼休みが終わり、眠気を纏う午後の授業が始まった。

 教師の声は睡眠効果のある呪文のように聞こえて瞼には重みが掛かるもののなんとか持ちこたえてノートにシャーペンを走らせていた。

「なあ、聞いた?」

 声を潜めて楽田が話しかけてきた。丁度教師は背を向けて長文を黒板に書きながら説明している最中だ、話をしていても気づかれはしないな。

「何を?」

「また猟奇事件が起きたってやつ」

「ああ、その話か」

 逆に聞いてないほうがおかしいくらい流布している、一年二ヵ月後の世界に来て二日目の俺でさえ知っているのだから。

「あれ? もう知ってたの? 朝からずっと黙ったままだったから知らないと思ってたよ」

 朝は誰かと話をできる精神状態ではなかった。

 机に突っ伏して現実逃避、何人かが話しかけてきたけど空返事してその場をやり過ごしていたっけ。

「犯行現場がさぁ、またまたすごかったとか」

「……だろうね」

「だろうね?」

「あ、いや……今までの事件も話を聞く限り相当すごかったから」

 実は犯人が大量の血を流した死体引きずってるの見てましただなんて言えない。

「道路は血だらけで足跡が残ってたんだって」

「足跡?」

「それも何か探すような、周辺を歩き回ったような足跡」

 探すような……?

 まさか俺を探してたりして……。

「掠れてしまってどこへ行ったかは解らなかったらしいけど現場周辺の住民は近くにまだ潜んでるんじゃないかって不安がってたよ」

「詳しいな、聞き込みした記者の話を聞いてるみたいだ」

「ふふ、野次馬に紛れて情報収集してたのさ。こういう刺激のある話は詳しく知りたい性質でね」

 解らなくもない、退屈な時によく俺も何か刺激のある話を聞きつけてはネットで調べた事があったな。

 流石に事件が起きて、その野次馬の中に入って情報収集するほどの行動力は無いが。

「それでさあ、今回は体のどこの部分が喰われてたと思う?」

 ――一人目は腕を引きちぎられていたらしい。

 ――二人目は足、三人目はわき腹部分だったかな。

 昨日律が話していたのを思い出した。

 喰われたとは確定していないものの、噂によって浸透してしまっているな。

「どこ?」

「それはね……」

 恐怖心を煽りたいのか一呼吸置いて、

「内臓さ」

「内臓……かあ」

 これまた食欲を削がれる話を聞いてしまった。

「腹部がべっこりと異様な凹み方してたんだって。まさに内臓がないぞう」

「最後の言葉で台無しだ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ